第315話 手探りの奇跡
魔法使いたちの前には、アームの先端に木材やスクラップを掴むグラップルを取り付けた油圧ショベル。
四本爪が式神の巨体を掴んで離さない。
そして、別のショベルの巨大なハサミが首を絞め上げていた。
重機二台がかりで、一体の式神を拘束。
この場の式神は二体、重機は六台。
手が空いている二台が襲いかかってきた。
まず最初に迎え討ったのは、来奈。
「塵にしちゃったら、勿体ないんだよなー」
そう呟くと、拳に竜魔法を纏わせていく。
一体のアームをするりと躱し、それを足場にして駆け上がる。
高く跳び上がる。
赤マントをなびかせながら、重機へ垂直落下。
さっき食べたホットチキンのカロリーが燃える。
右拳にタキオンブレスが乗り、インパクトとともに撃ち出された。
轟音と地響きを立て、重機のボディを撃ち抜いた。
「っし!!」
大地に立ち、左手で右の二の腕を叩く。
セロの歓声に得意気な笑顔を見せた。
一方のグレイスは、グラップルを紙一重で避けながらヴァジュラをアームに撃ち込む。
「姐さん、ミスリル回収だからさー!!」
来奈の声は無視。
目の前の重機は、グラップルと大型ハサミを備えた双腕仕様。
ボディも他より一回り大きい。
さらにアームには、凶悪な機銃が取り付けられている。
回転灯をまたたかせ、二本のアームがなぎ払い、銃弾が襲う。
グレイスの口が勝手に動く。気狐だ。
「お前、あんな化け物に突っ込んでどうするですかー」
「こいつ、なんかリスク隠してるね。
ビンビンにきてるよ」
気狐は盛大にため息をつき、魔力を高めていく。
グレイスは迫りくるハサミをギリギリまで引きつけてしゃがむ。
これは気狐の占術、先読み。
グレイスが感じるのは「なんとなく、こっち」程度の勘で、未来が分かっているわけではない。
だが、刹那の攻防ではそれで十分。
彼女の戦闘センスとの噛み合わせは抜群だった。
脚に魔力を集中し、速度を上げる。
機銃は由利衣の防衛結界に任せ、対処はアームに集中。
ヴァジュラの雷が本体を穿つ。
一撃では止まる様子はない。
だが、何発か撃ち込むと、ハサミ付きのアームの油圧ホースを破砕。
そして、高まるリスク。
グレイスはニヤリと笑うと、動かなくなったアームに飛び乗る。
そして、重機の頭を取った。
「隠し球があるなら、さっさと見せな。
このままスクラップにしちまうよ」
ヴァジュラに雷の魔力が集まる。
真上から叩き込めば終わりだ。
「……根性見せてみな、デカブツ」
回転灯の速度が上がり、警報が響く。
グレイスの足元が、ガクンと揺れた。
続けて、目線がどんどん高くなっていく。
セロの大声が警報に負けじと響いた。
「おーい、視聴者さん!!
なんかこいつ変形してるぞ!!」
来奈の「カッケー!!」の声も重なった。
クローラーが軸ごと垂直に回転し、格納されていた足がせり出す。
二足歩行になった重機は、動かなくなったアームを切り離す。
式神の首を絞め上げていた、ハサミのアームを持つ二体の重機が動き出した。
先端のハサミのアタッチメントを外す。
現場の巨大ラックにはずらりとアタッチメントが並んでいる。
そこから、次に装着したのは人間の手のような五本指。
ココココ……と音を立て、ベアリングが滑らかに回転する。
小指から親指まで、順に折り曲げていく。
巨人の腕が二本。
まず、一体の重機が隣の重機の腕をつかむ。
根元から切り離され、そのままグレイスを乗せたボス重機へ運ばれていく。
ガシンと音を立てて合体。
もう一本の腕も切り離されて、ボスに提供。
腕を失った二体はボディから機銃を展開。
即席の装甲車となる。
その隙だらけの準備を、魔法使いたちはワクワクしながら見物していた。
由利衣の顔が興奮で上気する。
「これ、ゾンビにできないのかなー!!」
来奈の「無理っしょー」の声を聞きながら、思考がフル回転。
「スケルトンの次の合体技は、重機からの二足歩行……百体くらいあればいけるかな」
そんな死霊王の青写真を一顧だにせず、クローラーを唸らせて迫る二体。
由利衣は短く指示を飛ばした。
「来奈とグレイスさんは巨大ロボ!!
あの二体は、わたしが潰すから!!」
呼吸の書はブックショルダーにしまって肩にかけている。
由利衣が手にしているのは、新しい銃。
いや、ロケットランチャー。
第五層・隠しダンジョン。
その三階にある小さなガンショップ。
ずっと愛用しているレールガンを入手した店だが、そこに展示されていたもうひとつのアイテムだ。
呼吸の書が淡く光った。
由利衣の魔力が召喚と呪術へと変わり、呼吸の書からスケルトンが顕現される。
先ほどの五体一組のスケルピオンを一体解除していたのだ。
スケルトン五体を新たに呼び出す。
それらはロケットランチャーの後方から、次々と吸い込まれていく。
照準を一体の重機へ合わせ、引き金を引いた。
筒先から飛び出したのは、炎に包まれた巨大な怨霊――骸骨の頭。
そいつは重機に向かってまっすぐに飛ぶと、クローラーのベルトを食い破った。
重機はたまらずスピンし、機銃を乱射しながら並走するもう一体に衝突。
クラッシュする二台を見届けると、由利衣はセロの持つカメラへと、ふわりと笑顔を放った。
「黒澤バズーカだよ。死霊王スペシャル」
このロケットランチャーは、モンスターの体の一部を装填すると、死霊を撃ち出すというもの。
初めて見たときは少し気になる程度だったが、呼吸の書を得た今は死霊王にこそふさわしい武装だと買い求めていたのだ。
お値段は在庫処分で、たったの三億G。
イナンナの世界から帰還するやいなや、連日梨々花に猛アピールして、渋々投資させていた。
再びロケットランチャーを構える。
呼吸の書が輝く。
動かなくなった二体に、とどめを浴びせた。
そして、由利衣は拘束された二体の式神へ駆けた。
「そっちは任せたから!!」
一方、巨大ロボに立ち向かう二人。
来奈は下から、グレイスは上から。
それぞれ視線を交差させた。
グレイスは楽しげな声で言い放つ。
「女教皇……もっとおとなしいと思ってたんだけどね。
やるじゃないか」
同じく楽しそうな来奈。
「由利衣はうちで一番の戦闘民族だから。
あたしも負けてらんないなー」
腰の小さなバッグから混鉄棍を取り出し、右手に握る。
軽くスイングすると、小気味よい風切り音を立てた。
「こっちも映えていかないと……」
その言葉が終わらないうちに、巨大な拳が斜め上から襲ってきた。
来奈の世界が引き延ばされていく。
眼前いっぱいにミスリルの塊。
――あれを粉砕しちゃ、勿体ないじゃん。
戦闘衣装に魔力を巡らせる。
繊維状のオリハルコンが魔力に感応した。
続けて、腕に防御ステータスを振る。
混鉄棍をバントのように構え、巨大な拳を受け止めた。
オリハルコンの戦闘衣装は最高の防御性能。
だが、衝撃を打ち消すことはできない。
来奈は防御ステータスを振る部位を高速で切り替え、体を突き抜ける衝撃を逃がした。
1メートルほど後退したものの、吹き飛ばされてはいなかった。
続けて、腕へ攻撃ステータスを切り替える。
混鉄棍をぐっと押し込んでいく。
熟練した戦闘魔法使いであれば、防御と攻撃の魔力制御は並列で可能。
しかし、その域にはまだ遠い来奈にできることは、超高速のスイッチング。
星の魔眼だからこそ可能な、極限までのシングルタスク。
上からグレイスの「相変わらずイカれてるね!!」と褒め言葉がかかった。
しかし――
「ちょっ、何も見えないんだけど……」
体の衝撃は逃がしたが、スマートグラスが吹き飛んでいた。
暗視モードが無ければ、真っ暗闇。
しかも、相手は魔力を持たない機械だ。
混鉄棍の感触は機械の拳を捉えている。
一気に押し返す。
生まれた間合いで混鉄棍を振り被る。
火花が散り、視界が一瞬だけ明るくなる。
巨大拳をはじき飛ばした。
「おい、どこみてんだい!!」
不意に頭上からグレイスの大声がかかる。
ヴァジュラの雷が闇を裂く。
一瞬の光に照らされた世界で来奈が見たのは、別のアームに取り付けられた、巨大なドリルの回転だった。
……いつの間に、あんなのを。
いや、そんなことはどうでもいい。
星の魔眼が映し出す力と風の流れ。
そして、音。
来奈は今ある情報を駆使して身を捻る。
由利衣の防御結界にドリルの側面が食い込み、削れていく。
そして、右横から拳の一撃。
機械は急に動きが鈍った来奈から潰す算段に出たようだった。
防御結界が突き破られていく。
オリハルコンの衣装に魔力を通し、防御ステータスを右半身に集中……。
が、間に合わない。
衝撃が身体を突き抜けた。
右半身の肋骨がベキベキと嫌な音を立てる。
来奈の細い身体は宙を舞い、地に崩れ落ちた。
「おい!! お前!! 大丈夫かっ!?」
グレイスが叫ぶ。
同時に由利衣の悲鳴と、セロの「来奈!!」の声。
来奈は三人の声を耳鳴りのように聞いていた。
――ダッサ。
お宝に目が眩んで、ならなくてもいいピンチ。
……また教官に怒られるかな。
それとも、いつもの困り顔かも。
少しは強くなれたかなって思ったけど。
やっぱ、あたし――
激しく吐血。息ができない。
由利衣が防御結界を厚く張り直す。
拳とドリルがそれを突き破ろうとする。
グレイスが、必死にヴァジュラをアームに撃ち込んでいた。
「おい、来奈!! 死んでないだろうなっ!?」
……姐さん、初めてあたしの名前……。
朦朧とする意識の中、セロの声が聞こえた。
「来奈!! しっかりしろよ!!」
……逃げ……セロ……。
そして、由利衣の声。
「来奈が……わたしの防御結界が弱かったから……」
……違うって……由利衣のせいじゃ……。
声が出ない。
――悪魔騎士団長にやられて大怪我したとき、由利衣は自分のせいだってずっと責めてた。
そう梨々花に聞いた。
あたしが調子に乗って油断してただけなのに……。
いつも心配かけて。
このままじゃ、また由利衣が……。
……意識が――
そして、来奈は沈黙した。
***
「来奈、ねえ!!」
由利衣が必死で呼びかける。
側にはセロ。
そして、三人を覆う防御結界は、アームの総攻撃を受けていた。
削られるたびに張り直す。
由利衣のこめかみを汗が伝った。
……まずい。
防御ラインを維持する防御結界と、自分たちの身を守る防御結界。
どちらも維持するのは厳しい。
防衛ラインをおろそかにすれば、地上の応援を呼ばれて全滅。
かと言って、こちらを薄くしてしまうと……。
思い出すのは、悪魔の国チャレンジ第一戦。
押し寄せる巨人の軍勢から仲間たちを守るため、限界を超えて魔眼能力を使い過ぎたあのとき。
心臓がキリキリと痛んだ。
梨々花も同じ症状が進んで、魔法が使えなくなった。
……あれは終わりの、始まり。
今では、あの頃よりも魔力制御の練度は上がっているけれど。
このままじゃ……。
防御結界が突き破られようとしていた。
防衛ラインの方は捨てるしかない。
そう思ったとき、雷の轟音が響く。
ヴァジュラがアームをはじき飛ばした。
「おい!! 生きてるんだろうな!?」
グレイスの問いかけを受け、由利衣は索敵レーダーを応用したスキャンで来奈の身体を走査。
心臓は、まだ動いている。
でも、右半身が……。
涙がこぼれ落ちそうになるのをこらえて、しゃがみ込む。
来奈の左半身を下にして横向きに寝かせる。
まずは気道を確保しなくては。
グレイスへと小さく頷いて、回復魔法を展開。
その様子にグレイスの口元は一瞬だけ緩んだが、すぐに目元を鋭くし、機械へと立ち向かう。
そして、一言。
「悪かった……」
由利衣の肩が、かすかに揺れた。
「私がすぐにこいつを片付けてれば良かったんだよ……」
由利衣はかぶりを振る。
その拍子に、雫が落ちて来奈の顔にかかった。
「わたしだって……もっとちゃんとしてたら……」
そこに、野太い声が割り込んだ。
「あーあ、お前らもう詰みかよ」
由利衣が顔を上げると、魔神の顔。
「アドラメレク……さん」
魔神は口元を吊り上げた。
「言っとくが、なんとかしねえぞ。
機械とのバトルのチュートリアルは終わってるからな」
そして中腰になると、ピッと右手人差し指を由利衣へと突きつけてきた。
「ただ……特別サービスで、リタイアは認めてやってもいい。
が、これも言ったよな、再チャレンジは認めねえぞ」
由利衣の顔に血色が差す。
今すぐ外の世界に帰って、緊急搬送すれば。
ミアに頼めば、回復アイテムのブリーシンガメンを――
そこに、
「なあ、リタイアってなんのことだ?
それと、このおじさん、いつからいたんだ?」
セロの疑問の声がかかる。
…………。
由利衣は一気に血の気が引く。
それでも、恐る恐る尋ねた。
「ねえ、アドラメレクさん。
わたしたちがいなくなったら、セロは?
……連れて行けないのかな」
「できねえな。
そのガキも、完凸SRも、魔界人の世話は俺の仕事じゃねえよ」
由利衣の視線は、アドラメレクとセロを行き交う。
みんなに確認する時間も手段もない。
自分が決めなくてはいけない。
来奈をこのまま見殺しにするか、セロと美柑を敵地の真っ只中に置いて行くか。
頬の痙攣が止まらない。
リズの言葉が繰り返される。
――魔法使いは、自分にしか起こせない奇跡を求めなさい。
でも、今の自分には奇跡なんて持ち合わせていなかった。
涙が知らず知らずに頬を伝う。
グレイスが声を張り上げた。
「おい、泣くな!!
私のせいだって言ってんだろ。一人で背負ってんじゃないよ!!」
由利衣は、その声を聞きながらも涙が止まらない。
グレイスはなおも叫ぶ。
「おい、アドラメレク。私を残せよ!!
その代わり、来奈を死なせたら地獄まで追いかけるからな!!」
アドラメレクは、楽しそうに笑う。
「面白いこと言ってくれるな。
あいにく俺は医者じゃねえよ。
……じゃあ、そういうことでいいんだな?」
由利衣の頬の痙攣が全身の震えに変わった。
そのとき。
「なあ、よく分かんないけどさ。
来奈が助かるなら、俺はいいから」
セロの手には、術具。
「嫌だけどさ。式神になったら、ばあちゃん助けて逃げるくらいはできるかもしれないし。
気にすんな、な?」
そう言って、笑った。
――由利衣の震えが止まった。
そして、回復魔法を展開。
アドラメレクが楽しそうな声で問いかけた。
「どうした?
そいつ、早くしねえとヤバいぞ。
そんな回復魔法じゃあな」
「うるさい」
ぴしゃりと、由利衣の声。
「そんな回復魔法でも、わたしにしかできないことをやるの。
グレイスさん、そのデカい機械、邪魔だから、さっさと片付けちゃって」
そして、セロにふわりと笑顔を向けた。
「かっこいいじゃない。
魔法使いは、映えていかないとね。
私は、奇跡をあきらめないから」
回復魔法をかけ続ける。
「……どうして、もっと練習しておかなかったのかな」
アイテム袋から薬液を取り出し、来奈にかける。
「来奈、頑張れ。
チビっ子たちも、応援してくれるから」
涙をボロボロとこぼしながらも、笑顔を浮かべる。
グレイスも目に涙をため、それを拭いもせずにヴァジュラを振るう。
「おい気狐、なんかあるなら……頼むよ」
すると、グレイスの口が勝手に動いた。
「お前、いつもそれくらい素直にしやがれですー。
まったく」
グレイスの眉が動いた。
「何かあるのかい? さすが私の手下だね」
気狐は何か言いたげにグレイスの口を動かしたが、「……まあいいです」とぽつり。
グレイスの体から青白い炎が噴き出した。
「お前、初回サービスですから。
次からは、いただくものいただくですよ?」
炎は二つの尾となり、ゆらりと揺らめく。
グレイスは由利衣に大声を放った。
「おい、私に防御結界はいらないよ!!
……来奈の回復、頼んだ」
振り向いた由利衣と視線が交差した。
「グレイスさん……」
「グレイスだ、由利衣。
ヒーローは、ピンチで輝く。そいつを見せてやるよ」
気狐がすかさずツッコミを入れる。
「お前、ひとの力で偉そうにするんじゃないですー」
グレイスは、余裕の表情で口元を上げた。
「お前の力は、私のもんだろ」
思わぬ危機に遭遇した魔法使いたち。
それぞれが起こす奇跡を信じて。
戦いは続くのだった。




