第313話 暗き地下へ
強力な式神二体がいる地下都市。
その手前五キロ地点で戦艦を停止。
これ以上近づくと、交戦の恐れがあったからだ。
戦艦の留守番は政臣と梨々花、そしてリズ。
梨々花は渋るかと思いきや、まだ攻略は始まったばかり、見せ場はいくらでもあると、あっさりしたものだった。
それよりも、梨々花は次の作戦に動いていた。
ひとつは、地上への監視の目の無効化。
この戦艦が受け取っている空からの信号。
審判の魔眼は、その入射角をここ数日モニタリングしていた。
ダンジョンに宇宙空間があるのかどうか知らないが、もしあるとして、衛星の軌道を外の世界のエンジニアたちの知見を借りて導き出していたのだ。
移動中もモニタリングを続けていて、かなりデータが集まってきた。
次のフェーズとして、戦艦の高出力レーザーを使って、衛星を撃つというのだ。
撃ち落とせなくてもいい。
カメラやセンサーに障害を与えられれば、目的は達成なのだ。
次は、機械の生産工場の破壊だ。
ここに来る前に、機械が鉱石を採掘している現場を見た。
やつらは自らを構成する材料を掘り出し、同胞を造り出している。
まずは、その供給源を叩く。
由利衣のマップを解析していけば、候補は絞れるはずだ。
その検証は魔戦部に任せた。
現在、キャプテンと副キャプテンは冒険中のため、副顧問のヴィオラの協力を仰いでいる。
ヴィオラは学園長と交渉し、部員の夏休みの課題をマップ検証に変えてもらうことに成功。
そして冒険部からの報酬はミスリル装備。
魔界の機械兵が対式神用に使用していたミスリル。
あれを巨人の工匠に打ち直させて、武器でも防具でも一人三個まで希望のものを進呈するという大盤振る舞い。
巨人の工房には、イクシオン・アンド・ハント商会お抱えの彫金師が在駐している。
エンチャントが施されたミスリルなど、ナイフ一振りでも一千万Gクラスだ。
魔戦部員たちは血眼で機械工場を探す。
マップ上の候補地は、次々と色分けされていた。
そして最後。
今回、制御系の駆動命令を解析できたのは大きな前進だった。
これから大規模なマルウェア作戦が企画されていたのだ。
機械に偽の更新通知を送り、アップデートさせる。
人工知能の命令を変換するプログラムを仕込んだものだ。
例えば、人工知能が「前進」の命令を制御系に飛ばしたとする。
こいつを「後退」に途中で変換して渡してやると、どうなるだろう。
そう単純ではないが、考え方としてはそういうこと。
機械どもは統制が取れた軍隊だから恐ろしいのであって、そいつを乱してやれば、つけ入る隙はいくらでも生まれるだろう。
梨々花は統括として、プロジェクトの進捗を管理していた。
そして、リズにも役割がある。
魔戦部が探している機械の生産工場は、この付近五十キロ地点に候補地があった。
ここにジャングルを発生させ、最新テクノロジーの工場を原始時代に戻す。
設備も材料も丸ごといただく。
そんな作戦も同時進行していた。
梨々花はリズへのカロリー供給係として、自動調理機に立ち向かうのだ。
そういうわけで、次の仕込みは総務課長の双肩にかかっていた。
俺たち潜入班は、遺棄された地下都市の冒険と式神の獲得。
ステルスを施し、魔法使いたちは地上へと向けて飛び立った。
***
マップを確認し、入口から地下へと侵入していく。
地下都市へと続く道はいくつかあるものの、ほとんど潰されていた。
大規模な空爆があったのだろう。
通路は真っ暗で、ライトの光だけが頼り。
少し進むと、鋼鉄のシャッターの残骸が見えた。
セロのいた都市でも見た。
鋼鉄のシャッターを何枚も設置し、機械どもの侵入を阻んでいたのだが、それが無残に破壊されている。
それの意味するところは……。
後方の由利衣へと声をかける。
「黒澤、機械の反応は?」
「地下空間の索敵は……まだ分かりません」
式神だけではなく、機械もいるかもしれない。
その可能性は頭に入れておくべきだろう。
それに、この都市の広さだが。
最初に訪れたところは五キロ四方。
ここは、その三倍はある。
地下に、ここまでの規模の都市があるとは……。
いまさらながら、驚きの連続だ。
そんな俺の緊張には一切構わず、能天気な声が素朴な疑問を飛ばしてきた。
「ねえ、教官。
こんなでっかい穴掘ってたら機械にバレるんじゃね? どうやって作ったの?」
"そもそも地下都市を造っている最中に、機械に見つかるんじゃね"問題。
こいつ、雑なわりには鋭い。
「入江、世界に疑問を抱くのは若者の特権だな。
……そんなこと俺が知ってるわけないだろう」
躱したと思ったら、なおも食い下がってくる。
「でもさー、気にならない?
あたしは古代地下都市を再利用した説を推すけど」
それはありそうな話だが、都合が良すぎる気もする。
だが、下手なことを言えば何が飛んでくるか分からない。
黙って頷く。
すると、口々に仮説が上がる。
巨大な鍾乳洞だとか、風の魔力を結集して土を対消滅させたとか、モグラ型式神がいたとか……。
ティナがパーフェクトスマイルをカメラに飛ばす。
今回の撮影係はセロ。
彼にとって初の冒険だ。
「煮詰まってきたわね。
ズバリ正解者には、“さえき亭、夏の涼を呼ぶ素麺セット”をプレゼント。
正解は五分後、応募はここから!!」
そう言って、虚空を得意げに指し示す。
次に、美柑を見た。
「んで、結局なんなの?
年の功ってやつ、炸裂させて欲しいわね」
美柑の目が泳いだ。
「え……いや、どうしてって言われても……
昔からあるとしか」
ティナの左頬がピクリと動く。
そこに、山本先生の助け舟が入った。
「この前訪れた都市の資料室にありましたよ。
かなり難解な言葉で書かれていましたが、要約すると時空魔法の一種。
私たちが使っているアイテム袋のように、別空間に繋いでいるようです」
おおっと歓声が上がる。
最初から答えを言わずに考えさせるのは、山本先生らしい。
つまり、この地下都市は実際には全体を掘削したわけではない。
必要最小限の通路だけを整備し、その先を時空魔法で別空間へと接続しているという。
そして、その空間には元々地上にあった都市を丸ごと転移。
なんともスケールの大きな話だ。
この世界の科学にも驚きだが、魔法使いたちの技術力にも舌を巻く。
魔法使いと普通の人との対立がエスカレートし、破滅に至ったらしいが。
確かにこれだけの大魔法を使える一族は、世界の脅威だったのだろう。
ティナは再びカメラの前に立った。
「というわけで、きみは正解できたかな?
当選者の発表は、賞品の発送をもって代えさせていただきまーす!!」
セロが珍獣を見るような目で問いを発した。
「なあ、何やってんだ?」
しかし、ティナは意にも介さない。
「これが配信ってやつよ。あんたも慣れないと。
ヘイトハンターだけでやってけるほど、甘くないわよ」
子供にも容赦がない。
しかし、将来のプロデューサー候補生の育成は始まっていたのだ。
セロは頷くとカメラを構える。
「配信ってやつ、成功させてみせるからさ」
その言葉に、美柑の目つきも真剣になった。
化血神刀の柄に、そっと手を添える。
側に付き添う麗良が、静かに声をかけた。
「美柑さん、超再生があるから大丈夫……
なんてのが通用しない相手なのは、経験済みですよね。
逸らずに、私から離れないこと」
続けて、にこりと冗談を飛ばした。
「パニックになって化血神刀を振り回されては困りますから。
私が付いている、それを忘れないでくださいね」
「はい、麗良先生」
それは、覚悟を決めた表情だった。
今までは、式神になるしか道がないと思いつめていた。
そして、その式神になって守るはずだった家族はもういない。
いま生きる意味、それは機械を一体でも多く家族へ手向けること。
復讐でもいい。
それが原動力になるのなら。
美柑は深く息を吸い、ゆっくり吐き出す。
「戦闘魔法使いは、向かい合った相手を完膚なきまでに叩き潰す。
……相手にとって不足なしです」
麗良は目を細めてその姿を見た。
「戦いましょう。力の使い方は教えてあげますから」
そして、歩を進める。
通路は終わり、地下都市が見えてきた。
それまで退屈そうにしていたグレイスの表情が、みるみるうちにイキイキとし始めた。
「……いいじゃないか、こいつを待ってたよ」
同時に、由利衣の声が飛ぶ。
「います、機械も多数。
総員、スマートグラスの着用急いでください!!」
魔力を発しない機械の位置は、由利衣の索敵レーダーだけが頼りだ。
全員素早くスマートグラスをかけてマップを起動。
「黒澤、突入したら出口を塞いでくれ。
生半可な防御結界だと突破されてしまうから、厚く張るんだ。
機械を地上に出すんじゃないぞ」
ここは無線が届かない。
地上に出さなければ援軍を呼ばれることはないはずだ。
「佐伯はん、詰めが甘ぅおすなあ……
有線ケーブルがあるに決まってますやろ。
なあ、ティナはん」
「まあ、おじさんにしては考えてたから。
でも、光ファイバー網を繋いでるくらいは想定しときなさいよね」
俺は少しだけ苦い顔をする。
「それじゃあ、その光ファイバーを見つければいいのか?
鬼蜘蛛の能力とかで……」
橘は「そうやねえ」と軽く頷く。
「見つけられるものは見つけて、切断できんこともあらへんけど。
それだけに頼るのは危険どすなあ」
ティナも同意した。
「打てる手は打つべきだけどね。
おそらく、ここの機械たちはローカルの無線を使っていて、地上との連絡は有線。
だとしたら、基地局と交換機を叩くのが有効ね」
そう言うと、審判の魔眼が黄金に輝いた。
由利衣のマップが更新される。
「高出力の送信アンテナが放つ電磁波。
こいつが基地局。
まずはこの区画の基地局を破壊すると同時に、交換機までの有線経路を鬼蜘蛛で割り出して叩く」
ティナは自身のバッグから金蛟剪を取り出した。
「アンテナの破壊は任せなさい。
あんたたちは手分けして交換機を沈黙させる。
それが終わるまでは静かに行動。明かりも使うんじゃないわよ」
言い残すと、ティナの姿が消えた。
視界に入る範囲を転移できる指輪の力だ。
来奈が抗議の声を上げる。
「いやいや、無理っしょ!!
あたしはコウモリじゃないんだからさー!!」
おそらくティナは審判の能力で暗視しているのだろうが。
だが、俺たちのスマートグラスに暗視機能はない。
地下都市は完全な暗闇。
機械に照明など必要ないのだろう。
鬼蜘蛛の糸のナビゲートといっても、この人数じゃあな……。
そこに、由利衣の声が響いた。
「大丈夫ですよ、審判とのシンクロは切れていませんから。
右下の双眼鏡アイコンを選択してください」
その声に従うと、スマートグラスに暗視映像が表示。
「えっと……コーチが夜道をフラフラしていた映像を高柳くんが見て。
いまのスマートグラスに赤外線センサーを載せるのは難しいけど……なんだっけ?」
たどたどしく説明してくる。
セロのいた村に向かうとき、真っ暗闇で何度も用水路に落ちそうになった、あれのことだろう。
「……で、審判とシンクロした状態なら、私の魔力弾をセンサー代わりにできるとかで。
みんなの頭の上に一つずつ浮かべています」
どうやら、センサーの情報を受け取って映像化するアプリを、急遽ダンさんのチームが開発した……ということらしい。
なんでも、外の世界の最新スマート工場も、機械だけが活動するエリアは省エネのため照明を落としている。
これから機械の拠点に乗り込むにあたり、同じような状況は十分あり得ると見込んでいたらしい。
「まいったな、数手先まで準備済みとは」
俺はカメラを構える少年プロデューサーに声をかけた。
ちなみに、使用カメラは暗視機能付きのミリタリー仕様だ。
「なあセロ、お前の師匠たちの支援がなかったら詰んでたぜ。
うちのチームは魔法だけでも科学だけでもない、コラボだ。
どっちかの排除じゃない。対立だけが道じゃないんだ……」
そして、地下都市へと向かって歩みだす。
「戦闘は任せとけ。
お前にしかできない仕事、きっちりやり遂げて男を上げろよ」
地図上の基地局の一つが、白から赤へ変わった。
由利衣の補足の言葉がかかる。
「ティナさんが消したようですね。
位置は記録していますから」
雷光を撃ち込んだにしては、轟音も光も無かった。
次々と基地局が消えていく。
おそらく金蛟剪だろう。
挟み込んだものを因果ごと消滅させる能力。
隠しダンジョンで、一度だけ見たことがある。
この能力は滅多に使うものではないため、普段は鈍器代わりに振り回しているが。
どうやら本気を出しているようだ。
「俺たちの役目は交換機とやらを叩く。橘、どうだ?」
「もうやってますからに。黒澤はん、どうぞ」
マップに鬼蜘蛛の索敵結果が重なる。
ティナとのシンクロだけでなく、橘とも――
女教皇の魔眼は単独でも高性能。
しかし、その神髄は他の魔法使いとの魔力の同調、整える力。
心強い支援を受け、作戦の指示を一同へ伝える。
「俺と麗良と美柑が交換機を潰す。
鬼蜘蛛の合図とともに、この地域一帯の掃討に入る。
入江、お嬢、お前たち体鈍ってるだろ。存分に暴れろよ。
黒澤と橘はサポート頼む」
軽快な返事を受けて、麗良と美柑を伴って駆ける。
「天ヶ崎さん、麗良も言ったが気追うなよ」
美柑の声が背中にかかった。
「美柑で、師範。
松枝一門で決めて行こうじゃないですか」
思わず口元が上がる。
十年前は俺と理沙と麗良。
一番下の、いつもピーピー泣いていた麗良が、いまは姉弟子とはな。
「無線は潰したが、有線で異常を知らされる前に速やかに制圧。
交換機の施設付近の機械兵はおよそ五体。
……逃さず沈めろよ」
静かな同意を受けて突き進む。
やがてターゲットの建物が見えてきた。
二階建てのビルだ。あのどこかに獲物があるはず。
「抜刀。交換機は俺がやる。
麗良と美柑は協力して機械兵に対処してくれ」
村正を抜き放つ。
麗良は雷切、美柑は化血神刀。
相棒に魔力を注ぎ込むと、青白い光が応えてくれた。
後ろでは雷切のバチバチと魔力の爆ぜる音。
美柑は――魔力にまだ無駄な揺れがある。
たった数日の付け焼刃。
それでも、この初陣を持てる力のすべてで切り抜けるしかない。
機械がこちらに気付いた。
俺は相手にせずに躱し、建物に滑り込むように侵入。
雷切が機械兵の首を飛ばす。
化血神刀の刃は大幅に狙いを逸れ、僅かに機械兵の左腕を掠めた。
だが、黒の魔力が内側から機械兵を破壊。
麗良は思わず苦笑い。
「えーと、“当たればいいんだろう精神”は剣術じゃないから。
基礎をきっちりやっていきましょうね」
「はい、麗良先生!! 基礎お願いします!!
私、ガンッガン機械をぶっ潰していきますから!!」
麗良は、本当に分かっているのかな……と思いつつ。
続けて襲い来る機械兵を一刀のもと切り捨てる。
「美柑さん、戦いの中でも魔力集中。
それが無意識でできて、初めて戦闘魔法使いの入り口に立てる。
私がついているから、安心して試行錯誤してください」
機械兵のマシンガンから撃ち出される弾丸を雷切で弾いていく。
美柑は目を見開いてその様を見ていた。
「私は星4のレベル25。それでも、魔力制御次第でこれくらいはできるんです。
美柑さんは完凸SR。極めれば、こんなもんじゃない。
……ワクワクしません?」
美柑はぐっと目に力を込める。
心臓を起点に、魔力を全身に巡らせていく。
化血神刀の黒い鳴動がドクンを低く響いた。
「魔力制御……魔法使いとしての戦い方なんて誰も教えてくれなかった」
美柑は小さく呟き、動き出す。
その細い脚に魔力が乗った。
機械兵に一気に距離を詰める。
その左手には、短刀の月光。刃が風を纏っていた。
機械兵のマシンガンの銃身をスパリと落とす。
続けて、化血神刀の刃が機械の体を貫いた。
「機械には子供も孫もいないのよね……遠慮なく」
……動きは素人そのもの。
魔力制御の練度は粗い。
おそらくステータス値の三割も引き出せていないだろう。
だが、この速度と威力。
視線が釘付けになる麗良に、美柑は「麗良先生、後ろ!!」と慌てた声をかけた。
だが、もう雷切の刃は機械の体を屠った後だった。
「さすが、麗良先生ですね!!」
崩れ落ちる機械兵を笑顔で蹴り飛ばす、見た目少女のアラ古希。
「えっと……そうね。美柑さんも良かったわよ」
――とんでもない新人を預かってしまった。
そのポテンシャルの片鱗に触れ、麗良の頬は期待と若干の恐れに引きつるのであった。




