第312話 出発
麗良は、美柑に剣の構えを教える。
ずいぶんなへっぴり腰だが、それはいい。
最初から扱いに精通している方が、どう考えてもおかしいのだから。
「美柑さん。この化血神刀。
何度も説明したように、強力な毒の呪詛を傷口から流し込むことができます。
魔力を込めている間は、決して刀身には触らないように」
呪詛の発動は使用者の意思による。
でないと、手入れ中にうっかりあの世に行ってしまっては笑い話にもならない。
とはいえ、できるだけ刀身には触らない。
これを徹底しておく必要があった。
形状は片刃の細身の剣。
環首刀と呼ばれる中国刀だ。
美柑は軽く喉を鳴らして鞘から引き抜く。
銀色の刀身が照明の光を照り返した。
深呼吸し、魔力を集中する。
心臓を起点に、精霊の力が巡っていく。
麗良が言葉を続けた。
「剣も身体の一部。
その感覚で魔力を流してみてください」
小さく頷く美柑。
魔力が刀身に少しずつ流れていく。
……悪くない。
もちろん、まだ全然ぎこちないが。
しかし、魔法の武具に魔力を通すのは、それなりにコツがいるのだ。
初めてでこれだけできれば、文句なしの及第点だった。
化血神刀の刀身が黒に染まり、鳴動するように明滅した。
麗良は踵を返し、数歩先の機械兵へ歩いていく。
いまは偽の待機命令で大人しくしている。
この艦内の機械どもは、来奈とグレイスがあらかたスクラップにし、梨々花が素材を回収していた。
ただ、美柑の訓練用に数体だけ残してある。
「それじゃ、美柑さん。いつでも行っちゃって。
まあ、動かないから大振りでもいいけど、突きが確実だから」
美柑は、「はいっ!!」と返事をして黒い刀身を機械に突き立てた。
さすが上位の武具。
魔力を纏っているとはいえ、易々と機械を貫くとはな。
美柑は化血神刀を引き抜く。
見物していた来奈は、「やっぱ機械相手に呪詛とか効かないんじゃね?」とグレイスの顔を見た。
グレイスは興味なさそうに曖昧な返事。
だが――
黒の魔力が機械の内側から爆発するように噴出。
駆動系を破砕し、機械はガクンと崩れ落ちた。
来奈はこれには大興奮。
「おおっ!! すっごいじゃん。一撃必殺!!」
俺もこの結果には驚いた。
機械相手でも通用するとはな。
腕を組み、美柑へと声をかける。
「掠りでもすればいいというのは反則級だな。
けど、これくらいハンデもらわないと。
機械だって、文句は言わないだろ」
美柑は、手元の化血神刀をじっと見つめた。
「やれた……私が、機械を」
左手でそっと瞼を擦る。
そこに、セロの声が飛んできた。
カメラを構えている。
「ばあちゃん、やるじゃん!!
けど、たった一体で満足じゃないよな?
そんなんでお迎えくるのは早すぎだからな」
口が悪い。
だが、こいつなりの励ましなのだろう。
しかし、こうして魔戦部のユニフォームに身を包み、高ランクの武具を手にしていると、いっぱしの戦闘魔法使いじゃないか。
次に麗良は、剣技指導に移る。
こちらは化血神刀は危ないので、他の剣に。
由利衣が自分のスケルトン軍団に持たせるために、イナンナの世界で強奪……もとい、冒険しまくって集めた剣の一振りを練習用として譲ってくれたのだ。
起きている間は、ひたすら魔力集中。
剣技指導をしながら、魔力制御を実践で教えていく。
これが麗良の育成方針。
俺たち松枝一門のやり方だった。
梨々花は、撮影と演出をセロに教えながら訓練風景もしっかりコンテンツにしていた。
何しろ完凸SRなど、知られている限り外の世界にも存在しない。
そのステータスが公開されると、あまりの怪物ぶりに世界が震えた。
本気で一国を落とせるポテンシャル。
なのに、このへっぴり腰。
そして、十代のビジュアルにも関わらず実年齢はまさかのアラ古希。
真っ先に食いついたのは案の定、芹那……。
ではなく、意外にもゼファスだった。
人生の終盤、ラストチャンスとして星五に上げたばかりだ。
完凸SRがどうなるのか、どうやら知らなかったらしい。
大興奮のメッセージが俺のスマホに送られてきた。
彼はベアトリスに近い。
あの完凸SSRなら知っていそうなものだが、あえて教えなかったのだろう。
古の魔法使いは、そういうところがある。
とにかく、ゼファスは次の冒険には俺も連れて行けとグイグイきた。
アメリカは日本よりも遥かに先の深層に進んでいる。
レベルアップだけが目的なら、そっちでやればいい。
どうやら俺たちと一緒にいれば何か起きると思っているようだ。
それは冒険者として嬉しい信頼だった。
俺は、セロの構えるカメラに笑顔を送る美柑をあらためて見る。
最強の素人か――
まったく、面白い。
麗良も鍛えがいのある弟子ができたな。
さっそく、師匠から連絡が入っていた。
魔界で松枝一門の門下生をスカウトするとは、さすがだと。
最近は、魔戦部前キャプテンの高坂が入門したばかり。
若い世代が増えるのは嬉しいのだろう。
……いや、若いのは見た目だけだが。
美柑のことは麗良に預けた。
魔界攻略のための二チームへと歩いていく。
まずは、ティナと政臣。
「どうだ?」
ティナは画面から目を離さず「そうね……」と呟く。
「いろいろ叩きまくったから。
こいつ、だいぶお漏らししてくれたわよ」
何を言っているのかさっぱり分からない。
そんな顔をする俺に、政臣が補足してくれた。
「審判の電磁力操作はすごいですね。
メモリリークやビット反転……もう、制御系の管理者権限の掌握にも成功しています。
この戦艦の通信の暗号鍵を取得した方法、って言えば分かります?」
分かるはずがないだろうに、説明する気があるのか。
かいつまむと、こうだ。
現在は、この戦艦の人工知能が制御系に命令を出して動かしている。
そのプログラムを少しずつ抜き取り、外の世界のITチームがリバースエンジニアリング。
駆動命令の仕様を推測し、それを操るためのプログラムを開発しているのだ。
政臣は巨大なデスクトップパソコンをアイテム袋から取り出す。
○国魔法戦特殊部隊――あいつらは最新のIT機器と携帯電源も持ち込んでいた。
そいつを鹵獲し、軍事用のハイグレード品を大量にストックしているのだ。
「それでですね。このパソコンに入っている高性能AI。
こいつに戦艦の頭脳を肩代わりしてもらおうってわけですよ」
今の戦艦の人工知能から制御系への命令経路を切り離し、新しい頭に挿げ替える。
そこまで抽象化されれば、なんとなく俺でも分かった。
しかし、そんなプロジェクトを世界中の物好きが手弁当でやっているというのだから驚きだ。
なにしろ未知のテクノロジー。
こいつを解いてやると燃えているらしい。
「なるほどな。で、そいつはいつになるんだ?
早くしないと夏休みが終わっちまうんだけどな」
休みの残りはあと十日ほど。
SSRの三人は進学が決まってノホホンとしているが、俺と山本先生には仕事があるのだ。
ティナは渋い顔を作る。
「焦るんじゃないって。
……っていっても、いつまでもこんな閉鎖空間にいてもね。
安心しなさい、いまは最終テスト中だから。
上手くいけば明日にでも」
さすがだ。
これが成功すれば、俺たちは遥か上空の監視の目を誤魔化して堂々と移動できる。
まずは強力な式神の解放。
由利衣の索敵マップでは、大きな魔力反応をいくつか捉えていたのだ。
ティナは嬉しそうに含み笑い。
「こんなにたくさんいるなんて、選り取り見取りじゃない。
魔界はまさにお宝パラダイスだわ」
そして、由利衣たちの方を見る。
「そうはいっても、あっちの方が準備完了しないと出撃できないわよ。
おじさん、こっちにいても役に立たないんだから、女帝にしっかりカロリー補充しなさいな」
ティナに追い立てられるようにリズたちの方へと向かう。
「戦艦の方はもうすぐいけるそうだ。こっちはどうだ?」
俺はエプロンを装着しながらリズに問いかける。
今は山本先生が手巻き寿司を作っていた。
「山本先生、こっちは引き受けたから。
セロに勉強教えてやってくれないかな。あいつ、機械と戦うなら学が必要だからさ。
ついでに入江とグレイスにも」
山本先生は頷く。
「そうですね。入江さん、前期のテストの結果を踏まえると、大学部への進学が決まっているとはいえ。それと……」
そして、由利衣を見た。
すかさず、由利衣は魂の底からのシャウトを響かせる。
「わたしは!! こっちが忙しいのでっ!!」
山本先生は「……それが終わったら、黒澤さんも」と言い残し、俺にこの場を任せて立ち去った。
見ていると、セロに話しかけた途端、嫌な顔が返ってくる。
それでも、梨々花と橘に説得されると渋々首を縦に振った。
来奈とグレイスは、山本先生のアイアンクローで強制連行。
山本先生と梨々花と橘の三名体制で夏期講習が始まった。
まあ、俺が言えたことじゃないが。
学生時代はバトル以外も伸ばしていかないとな。
マグロの柵に包丁を入れようとした俺に、暗黒のオーラが突き刺さった。
「コーチ……」
俺は目線を下げたまま言う。
「黒澤。リズの知識を吸収するんだろう。
俺は剣と包丁を振ることしかできんが、お前には別の可能性があるんだ」
オーラが弱まった。
「お前が、単純に目の前の戦闘のことだけ考えていれば良いってなら、それでもいいけどな。
違うんなら、今しかできないことは他にもあるぞ」
そこにリズの声がかかる。
「ユリィさんは何が大切か、ちゃんと分かっていますよ。ね?」
目線を上げる。
由利衣は、リズに向かって小さく頷いていた。
まったく。リズには弱いのだ。
「それで、本題だけど、式神の呪いを解く薬はどんな感じなんだ?」
納豆をかき混ぜて、酢飯に乗せる。
手巻き寿司を次々に量産し、提供すると儚げな咀嚼に消えた。
「術具が解析できたのは大きかったです。
これは使用者の魔力量に応じて、降ろすモンスターの格が決まるようですが、呪いのパターンはさほどの違いはないようです。
ユリィさん、いまの状況はどうでしょうか」
由利衣は返事をすると、タブレット端末を操作した。
「はい、仙丹のギン・ギンデスナーの成分はモンスター由来の魔力除去と生命の活性化。
アンデッド化以外にも効果が期待できます。
こちらにアンサン100mgと合わせることで、アンサン・ギン・ギンデスナーは既に侵食された魔力の除去をより高めていくはずです」
それはすごいが、薬効以外のことが気になるのは俺だけなのだろうか。
「そうですね、いいと思います。
しかし、目指すのは完全除去ではなく調和でしょう。
消し去るのではなく、過剰分を除去しつつ魔法使いの側の抵抗を高めていくこと」
由利衣は頷きながら唇に手を添える。
「ですよね……
アンサンは減らして、呪いの抵抗力を高めるエエンカとエエノンカ。
アンサン・ギン・ギンデスナー・エエンカ・エエノンカ。
コーチはどう思いますか?」
俺は「……それもありじゃないか」とだけ呟き、甘エビの頭を切る。
そんなこんなで由利衣の調合が始まる。
「お師さま、色はハワイアンブルーはどうでしょうか。
珊瑚をイメージした赤の粒をまぶして」
「いいですね。海と、大地……常夏の楽園。
豊かな食……」
そう言って俺へ儚げな視線を流す。
すかさず、マグロを角切りにしてポケ丼を作る。
「大将、ロコモコも……」
「わかったから、せめてまともな見た目にしてくれないか」
すると、由利衣の声。
「まとも……?」
俺は沈黙したまま、ひき肉の用意を始める。
「コーチ、“呪いは気から”ですよ。
突き抜ける青、珊瑚とハイビスカスの赤、太陽のオレンジ。
イマジネーションこそが世界を前に進める力なんです」
そう言いながら、薬液の調合を続ける。
俺は、それ以上何も言えず。
呪いはかかっていないと拒否したが、人体に影響がないか検証させろとの圧に抗えず、ハワイアンブルーの液体を三リットル飲み干すまで解放されることはなかった。
***
翌日。
俺たちは地上で息を潜めながら巨大戦艦を見上げていた。
中にいるのは、ティナと政臣、そして麗良。
これから敵艦の人工知能を切り離し、新しい頭脳に接続。
俺の雑な理解はそうなのだが、事はそう簡単でもなく、当然失敗のリスクはある。
リスクその一は敵の人工知能が危険を察知して異物排除に動くこと。
外部からの侵入を遮断し、すぐさま敵の排除に動く。
この場合は、戦艦を速やかに沈めなくてはならない。
その二は、頭の挿げ替えに成功したとしても、制御系を完全にコントロールできるかは分からないこと。
下手をすると墜落の危険性がある。
そのため、実行メンバーは最少人数。
飛行魔法が使える麗良は、緊急脱出のための要員だ。化血神刀で艦を機能停止させる役でもある。
スマホのスピーカーから政臣の声が聞こえる。
「接続は完了しました。
これからティナさんが電磁障害を起こし、一時的に艦の人工知能の機能を無力化します。
三……二……一……」
通話はブツリと切れた。
審判の魔眼が発動したのだ。
見守ることしかできない俺たちの、短くて長い時間が過ぎていく。
失敗は仕方がない。
とんでもないことをやろうとしているのだから、最初からうまくいくとは正直思っていなかった。
しかし、うまく脱出してくれ。
およそ三分が過ぎる。
見た目では分からない。
カメラを構えるセロが美柑へと言葉をかける。
「ティナと委員長、大丈夫だよな」
美柑は、「麗良先生……」と呟くのみ。
さらに数分。
俺のスマホが鳴る。
「政臣か、どうだ?
ダメなら身を守るんだ。お前らが出たあと、麗良の化血神刀と、桐生院の鉄砂嵐で……」
「おじさん、審判舐めるんじゃないって何度言わすのよ。
それと、私たちの世界の技術力。
魔界に通用したわよ」
ティナの声。
続けて政臣。
「姿勢制御は、いけました。推進も、おそらくは。
ただし、着陸はまだちょっと難易度高いので、来てもらえますか」
沸き立つ俺たち。
セロは、呆然とした顔で見上げていた。
「本当にできた……委員長、ティナ……大魔法じゃん」
その通りだ。
この世界は、単純な戦闘能力だけで攻略できるほど甘くはない。
俺たち一丸となって、進むのだ。
俺はセロの頭に手を置いて言葉をかけた。
「あの大魔法は、お前にもきっと使えるときが来る。
とりあえずは、目の前の仕事だ。
コンテンツ配信、頼んだぞ」
少年は目を輝かせて応えた。
「任せとけって!!
おじさんに粘着してるヘイトも、地獄送りにしてやるからな」
その屈託のない笑顔に、思わず頬が緩んだ。
「まあ、ヘイトの反対は無関心だ……
ネットバトルは、ほどほどにな」
そう言って、村正の残像の刃を具現化して足場を作る。
俺たちは、新たなホームへ飛び立った。
***
戦艦内にテーブルと椅子を広げ、全員で作戦会議に移る。
大型モニターへ注目が集まる。
表示されているのは、由利衣のマップと索敵レーダーだ。
政臣は、新たにこの艦を動かしている人工知能のメンテナンスに忙しい。
当面は片時も側を離れられない。
というわけで、進行は梨々花だ。
梨々花が手元のノートパソコンを操作すると、大型モニターのマップは、二つの大きな魔力反応にフォーカスした。
「ここからの距離は千五百キロメートル……
この艦の速度なら、あと一時間もあれば到着します。
なんとも言えませんが、橘さんの探している前鬼と後鬼。そのコンビじゃないかなと」
そして、モニターはこの艦に搭載されているカメラの映像とレーダーに切り替わった。
空には、大小様々な機械が悠然と飛び交い、地上には、重機のような機械が自律的に働きながら鉱石を採掘している。
機械の支配。
いや、やつらには支配という感覚はないのだろう。
人工知能が導き出した命題を、淡々と実行しているだけに過ぎないのだ。
梨々花は続ける。
「この映像のように、外は機械だらけですが、安全に航行できています。
空からの監視の信号も解析していますが、今のところスクランブルが発信された形跡はありません」
俺たちは、機械の群れに紛れることに成功していた。
再び由利衣のマップへと切り替わる。
「それで、二体の式神ですが。
どうやら遺棄された地下都市に潜んでいるようですね。
他にも式神がいるかもしれませんが、この距離では掴みきれていません」
来奈は、今からワクワクを隠しきれていない。
「遺棄されてるってことは、お宝持って帰ってもいいってことだよね?」
遺棄された経緯を考えると、いろいろと問題発言だ。
しかし、貰っても文句を言う人が残っていないのは事実。
梨々花は力強く頷く。
「さすが来奈だわ。その食らいつきでお宝ゲット。
ガンガン行くわよ」
冒険者たちは気合いを入れる。
いよいよ、本格的な魔界の攻略が始まるのだった。




