第309話 邂逅
次の日。
俺たちは、魔界の地下都市の人たちに温かく送り出されて地上へと旅立つことになった。
みな口々に、俺に惜別の言葉をかけてくる。
短い間だったが、彼らと過ごした温かな時間。
一切俺の記憶にはないことだが。
見知らぬ男がフレンドリー全開で俺の肩を叩いた。
「大将、また来てくれよ。
あのキレッキレのパフォーマンス、楽しかったぜ」
茶髪ソバージュにボディコン、額にサングラスの若い女性が名残惜しそうに上目遣い。
「えー、大将もう行っちゃうのー?
みんなで水着撮影会したやつ、他の都市のみんなにも見せてあげてよね。
逞しく生きてまーす!!」
そう言って、俺の構えるカメラにピースサイン。
山本先生の圧が背中に突き刺さる。
俺ではないと分かっているはずだろうに、理不尽極まりない。
こうして、終始曖昧な笑顔で別れの言葉を告げる。
橘は、着物の袖で顔を覆っていた。
別れを惜しんでいる――
そんなはずはない。
クスクスと含み笑いが、鬼蜘蛛の通信に乗って聞こえてきた。
「あー、もう。お腹いとうて仕方ないわあ。
“夜の大将、魔界で大暴れの巻”でおしたなぁ」
こいつ。
やはりとんでもないやつだ。
……まあ、旅の恥はかき捨てだ。
俺ではないとはいえ、黒歴史は地下世界に置いていくに限る。
そう思えば、まあ気楽なものだ。
そんなことを考えていると、間垣が一人の少年を伴って現れた。
街の人々の声がぴたりと止まる。
それでも、彼らは「あ、お疲れ様ですー」とにこやかな表情を作って挨拶した。
この静かな対立。
事情は分かったが、なんとも言えないな。
少年は、俺にぺこりと頭を下げ、次に振り返って非魔法使いたちに頭を下げた。
「行ってきます……」
作業服の男性が少しだけ目線を落として声をかけた。
「お……元気でな」
口々に同じテンションの言葉がかかる。
危険な地上に、こんな年端もいかない少年が……。
そう思う一方で、彼らには長年植え付けられた魔法使いへの差別意識や劣等感がある。
そんな単純な感情ではないのだろう。
もつれた糸を解くのは簡単ではない。
昨日のうちに、俺たちはこの都市の様子を伝えるため、現地人のアシスタントがいないかと頼んでいた。
この少年セロは、たった一人の父親を失い、魔法使いの村でも持て余している。
間垣の妻は、そんなつきたくもない嘘をついて役場へ推薦してくれた。
設備課長の千石は、若い魔法使いの戦力がいなくなることに難色を示していたそうだが。
どんな手練手管を使ったのか、俺に化けた式神が飲みの席で千石を籠絡し、認めさせていた。
この成果に、橘はますます得意げな顔になり、俺は思わず渋い表情になるのだった。
魔界の都市の人々と別れ、俺たちは来た道を戻る。
地上への入口が見えてきたところで、間垣とも別れのときがやってきた。
「セ……ロ。たの……む」
俺たちに深々と頭を下げる異形――
いや、勇敢なる魔法使い。
俺は間垣へと力強く頷いた。
「分かってると思うけど、甘い戦いじゃない。
だけど、希望は確かに預かった」
セロは間垣へと声をかけた。
「おじさん。俺、絶対に機械との戦い方持って帰るから。
そしたら……みんなで上の世界で……」
そこから先は声を詰まらせる。
山本先生が、セロの震える肩にそっと手を置いた。
「間垣さん……
私たちの仲間を信じてくださいね。
きっと、強くなって帰ってきますから」
間垣は最後に俺たち全員と握手を交わすと、地下へと戻っていった。
「行くぞ、セロ」
俺はセロの目を見る。
その瞳には、強い意思の力が宿っていた。
***
戦艦で待つ仲間たちと連絡を取り、俺たちは艦内へ入った。
セロは「はー」と艦内を見回した。
驚きの連続なのだろう。
「すっげー。なんだこれ。
こんなのが飛んでるなんて……」
実に素直な感想。
そして、俺もまったく同じだ。
キョロキョロするセロに、付いてこいと声をかけて、仲間のいる部屋へ。
そこに待ち受けていたのは――
「おー、教官!!
すっげー再生数だったじゃん!!」
いきなり何の話だ。
俺の困惑に構わず、来奈はまくし立てた。
「あたしも一緒に歌っちゃったよ。
“追いすがるぅ 乱れ髪ぃ かわしてぇぇ 嗚呼ぁぁん 男グリフォン ひとーりーたーびぃぃぃーー!!”
からの、パイ投げに水着泥プロレスとか、弾けすぎっしょ!!」
満面の笑顔の赤マント。
一方、梨々花は切れ長の目を鋭くする。
「先生……深夜企画とはいえ、コンプライアンスに配慮していただかないと困ります。
食べ物を粗末にするなという意見も多いですから。
納豆ジョッキチャレンジに、あんかけヌルヌルモンゴリアン相撲……いろいろ、羽目を外しすぎです」
その汚物を見るような目はなんだ。
麗良はクスクス笑うだけ。
「なあ……どういうことだ?」
問いかけると、麗良は目を逸らしながら一言だけ。
「さあ、スマホに聞いてみたらどうでしょうか……配信の」
俺は猛烈に嫌な予感に襲われ、スマホを取り出す。
冒険部のチャンネルを開き――
数秒後、そっとスマホを懐にしまった。
「なあ、これはどういう……」
「先生、そんな終わったことよりも、新しいコンテンツの撮れ高はどうなんですか?」
梨々花はそこまで言って、初めてセロに気づいた。
「この子は?」
「いや、その前にどうして俺の――」
すると橘が間に入った。
「詳しいことはコンテンツハンターはんのお宝映像におますけど。
この子は機械と戦う魔法使いの弟子入り志願どす」
そして、セロの手を引いて政臣とティナの方へと歩き出した。
俺もその後を追った。
「高柳はん、ティナはん。お疲れやす」
政臣はノートパソコンの画面から目を上げた。
「あ、お疲れさまです。
橘さんの式神のおかげで、良い繋ぎになりましたよ。
偽大将シリーズ、正式にコーナー化しようかなって思ってるんですけど。
それと、魔王健康ランドで夏祭りカラオケ大会を企画しているので、ぜひ」
抗議の声を上げようとする俺を遮る橘。
「よろしおすなあ。
魔界のお歌、仕入れてきはりましたさかい。
盛り上げていきまひょ」
そして、セロの頭に手を置く。
「その代わり、うちのお願い聞いて欲しいんやけど。
この子なあ、高柳はんみたいに、魔法使わんでも機械と戦いたい言うてはるんよ。
小間使いから使うてくれへん?」
橘は「ほら、ご挨拶」と、セロの後頭部に手をやる。
「あ、あの……セロと言います。
高柳……先生?
俺、式神にならなくても機械と戦う方法があるって聞いて。
教えてもらえませんか?」
ぺこりとお辞儀した。
政臣は、頭を下げる少年をまじまじと見る。
「え……いや、現地の子ですか?
分かるかなあ……」
そう言って手元のパソコンに手を添えた。
困り顔を作る政臣に、ティナの声。
タブレットから目を離さずに言い放った。
「誰だって最初は素人でしょ。
私だって審判の魔眼がなかったら分かんないし。
……少なくとも、式神になって特攻しかないって思い詰めてる誰かよりも前向きじゃないの」
そう言って、ちらりと部屋の端を見る。
橘の視線がつられて向いた。
そこには、ベッドに横たわる美柑の姿。
「あれが、完凸SRの……」
橘は呟いた。
そしてティナへと問いかける。
「元気やと聞いてましたけど……
どこぞ、お加減崩されたんどすか?」
ティナは「まあ、その話はおいおいね」と一言だけ。
そして、セロへ声を飛ばす。
「んで、あなた。
このメガネのお兄さん、外のN魔法使いの人たちとやり取りしてるから、とりあえず連絡来たら取り次ぎなさいな。
そんで、配信コメントチェックして、粘着ヘイト見つけたら私まで来なさい。
地獄の果てまで訴訟で追い詰めるから」
セロはきょとんとした顔で返した。
「ヘイト……?」
「まあ、悪口よ。
リリカ宛は特に多いから、フィルタリングが間に合わないやつを拾いなさいな」
政臣は、少し気遅れした顔を見せた。
「ティナさん、子供にあまりそういうの見せるのは……」
するとティナは目で制した。
「甘いわね、この世界でやっていこうってなら、ヤワなメンタルじゃ困るのよ。
潰しにかかってくるやつには、潰し返しても文句は言わせない。
それが戦闘魔法使いよ」
そして、セロを見る。
「まあ、嫌な仕事を無理にさせる気はないけど……」
「俺、なんでもやるから。
ヘイトとかいうの、ぶっ潰せばいいんだよな?」
ティナは楽しそうに目を細めた。
「簡単なことから覚えなさい。
このお兄さんがやってる雑用を全部こなせるようになったら、機械と戦えるようになってるから」
そして大きく伸びをする。
「そんじゃ、お昼を兼ねて作戦会議ね。
お互いの情報交換しましょう」
それから、俺へとスマイルを飛ばした。
「おじさん、番外編盛り上がってたじゃない。
たくさん誹謗中傷来てるから、この子の初仕事、大忙しよ」
俺は苦い顔を隠せない。
「なんで身に覚えのないことで……
まあ、そうだな、そちらの状況も聞きたい。
飯にするか」
その言葉に反応したのは、案の定リズだ。
さっきまで美柑の側にいたはずなのに、俺の背中に儚げな圧がかかった。
「大将、魔界の料理も美味しそうで……
私も行きたかったです」
リズがいたら、あっと言う間に地下都市の食料を食い尽くしそうだ。
「……そうか。
代替肉貰ってきたから、食ってみてくれ。
気に入ったら、さえき亭でも出せるように手伝ってくれよな」
トンカツのリクエストを受け、俺はさっそく作戦会議の準備に入るのだった。
***
代替肉のカツをモリモリ頬張りながら、来奈は嬉しそうな声を上げた。
「あたしこの肉、気になってたんだー。
いいじゃん、美味しいって!!」
そして、あらためて紹介されたセロを見る。
「委員長に弟子かあ。いくつなの?」
セロは人懐っこい来奈とは早くも打ちとけそうな雰囲気だった。
カツカレーにスプーンを入れながら答える。
「えと、十三です……」
リュシアンよりも年下なのか。
俺が魔法使いになった歳と、そんなに変わらない。
背は高い方で、まだまだ高身長に成長しそうだった。
スラリとした手足。
サラサラの黒髪。
目は緑色で、地下都市生まれだというのに肌は浅黒い。
美柑のような日本人っぽい顔立ちとは違い、どことなくオリエントの雰囲気。
健康的な美少年だ。
麗良は「かわいー、イケメン候補ね」と声をかけていた。
……俺が小学生に戻った時とは、えらく扱いが違うじゃないか。
来奈は「へえー」と声を上げると、自分のカツを一切れカレーの上に乗せてやった。
「よろしく。あたしのことは来奈って呼んでいいから。
んで、あの優しそうなのが由利衣で、おっかなそうなのが梨々花だから」
由利衣はふわりと笑いかける。
一方の梨々花は雑な紹介に不満げだ。
カツに箸を入れながら文句を飛ばした。
「誰がおっかないのよ」
すると、セロがやる気満々の発言。
「梨々花……粘着ヘイトが多いって人か。
大変だな。でも、俺がぶっ潰してやるからさ」
梨々花の切れ長の目が引きつった。
「……そう、期待してるわ。
でも覚えておきなさい。私は誰に何と言われても自分の冒険をやめるつもりはない。
匿名の囀りなんかじゃ、止めることはできないのよ」
黒髪をさらりとかき上げる。
「でも、それはそれとして。
おいたにはお仕置き。しっかりカタにはめるのよ」
セロはカレーを食いながら頷く。
少年ヘイトハンターの爆誕に、政臣は苦笑していた。
眼鏡の位置を直してセロを見る。
「……まあ、人手は欲しかったから、正直助かるかな。
ダンさんも協力してくれるって言ってくれたし」
同じくN魔法使いにして、元大手IT企業のエンジニアだ。
本職がバックアップしてくれるとは、心強いことこの上なかった。
実際、この巨大戦艦の解析もダンさん率いるITチームが総力を挙げて対応していた。
リバースエンジニアリングした情報は世界中のエンジニアのコミュニティに公開され、解析が行われる。
外の世界一丸となって、この魔界の科学へ挑んでいたのだ。
ティナはキャベツの千切りとカツを飯に乗せて呟く。
「審判だけじゃとても対抗できないところだったけど。
……魔法使いはランクじゃない。
みんなのおかげで、そろそろいけそうだから」
この戦艦の制御系の乗っ取りまで、道筋が見えてきたという。
俺はカツを揚げながらため息が漏れた。
「どれだけ強力な魔法が撃てても、これは無理だ。
敵わないな」
機械との本格的な戦いのときは近い。
そして、それに対抗すると思われていた式神だが。
ちらり、美柑の方を見る。
折り畳みベッドの背もたれを起こし、もたれかかっている。
しかし、その目は虚ろ。
口は半開きで、微かに動いている。
その様子に目を奪われる俺に、由利衣が小さく声をかけた。
「コーチ、天ヶ崎さんは今は薬でその……
放っておくと命の危険が……」
事のあらましは聞いた。
彼女の故郷はとうに滅びていたとは。
偽の俺と千石の会話から飛び出した、思いもしなかった情報だというが。
完凸SR魔法使いである美柑は、最強の式神と化して機械を滅ぼし、魔法使いの罪を清算する。
それでようやく、魔法使いと普通の人たちとの真の和解が訪れる。
美柑はそれが自分の子や孫を救うための道だと信じていたのだ。
俺は地下都市で読んだ、この魔界の歴史をかいつまんで語った。
ティナが吐き捨てるように呟いた。
「“人類はろくでもないから要らない論”……使い古されたSFね。
まあ、それが現実に襲ってくると厄介なんだけど」
そして、リズを見る。
「ねえ、どうなの。
私は機械と戦うのはついでで、目的は別なんだけど」
強力な式神の入手。
それがティナの悲願なのだ。
しかし、自我が崩壊した式神では話にならない。
式神化の際に行われるモンスターとの融合。
魂の呪縛を解く魔法薬の開発がリズと由利衣によって行われていたのだ。
リズは次々に揚がるカツを、大量の飯と一緒に流れるように胃に収めていく。
「仙丹をベースに、効果のありそうな成分をいくつか検討していますが。
けれど、呪術そのものの解析ができない以上は手探りで……」
そこに橘の声。
「それを早く言うておくれやす。
その解析……術具があれば話は別ですやろ」
そしてセロを見る。
「おとはんの形見……戦い、無駄にしたらあきまへん。
あれ、役に立つときがきましたえ」
俺は思わず問いかけた。
「橘、ずっと気になっていたんだけどな。
魔法使いの村に行ってから、何だかおかしくないか?」
やけに魔界の魔法使いに肩入れしている。
そんな気がしていたのだ。
橘は熱い茶を一口含み、飲み下すと、俺に目線を流した。
そして、一言呟いた。
「カルコ……」
カルコ。
どこかで聞いた気がするが。
山本先生が、その疑問に答えた。
「その名前、魔界の完凸SSR……式神術を完成させた人だって……」
そうだ。
間垣が言っていた、昔の伝説的な魔法使いの名だ。
橘は、ゆっくり頷いた。
「そうやね。
その橘 香流子こそが、日本の式神術の開祖。
うちのご先祖様どす」
そして、セロを真っすぐに見た。
「うちも機械と戦いますからに。
その術具、悪いようにはせえへんから、貸しておくれやす」
二人の視線が交差する。
魔界の魔法使いの子孫の、長い時を経ての邂逅であった。




