第307話 奇跡にすがらぬ者たち
鏡に映る千石は、赤ら顔で枝豆をつまんだ。
「キイっていえば、完凸の高ランク魔法使いがいた都市でしたっけ?
とっ捕まったマヌケの……
まだそんな強力な式神がいたなんて驚きですよ」
上目遣いの偽大将へ向けて、へらへら笑う。
「人財……いや、化け物財豊富で羨ましい限りだ。
まあ、滅んじゃどうしょうもないですけどね」
そして杯をクイッとあおる。
偽大将が酌をしながら、ため息をついた。
「ほんに、世の中ままならんものでおすなぁ……
強い式神がおっても勝てへんのやさかい。
キイの人たちも残念でしたなあ」
千石が「うーん」と天井を見た。
「そうなんですよね。
強力な化け物と融合したらしたで、呪いに打ち勝てないとかなんとか。
まあ、根性が足りんのですわ」
はははっと笑って焼き鳥に手を伸ばす。
その映像を見つめる魔法使いたち。
儚げな圧が麗良にのしかかった。
「リズさん、いま焼いてますから……」
麗良は小声で応じ、レバーにたれを塗る。
そっと気遣うような視線を美柑へと向けた。
炭火の煙の向こうでは、美柑が匙を持ったまま頬を引きつらせていた。
「キイが……? どうして……?
私が攫われたから……式神になれなかったから……」
答えを持つものは誰もいない。
沈黙が流れる中、麗良はレバー串を差し出す。
それは儚げな咀嚼に消え、カロリーが世界樹へと送られる。
リズはポツリと言った。
「式神になっていたとしても……
奇跡のような逆転が本当に起きたのでしょうか」
美柑の肩がピクリと動く。
リズへと振り向くその目が大きく揺れていた。
「……何を。
式神になっても無駄だって……言いたいの?」
リズはゆっくり頷いた。
「精霊は奇跡を求める者には力を貸してくれますけど。
ただ縋るだけの者には訪れない」
そして、大きく息を吐く。
「……ごめんなさい。
何をしても無駄だったとは思いませんが。
でも、誰か一人が犠牲になっていればどうにかなった……
そんな風には責めないでください」
その言葉に美柑は視線を落とし、口元を震わせたまま黙り込んだ。
それ以上、魔法使いたちにはかける言葉が見つからない。
だが――
「お前、あぶねえな」
突如、美柑にかかる太い声。
視線を上げると、厳つい魔神の姿があった。
さらに言葉を失う美柑。
アドラメレクはサングラスを外し、美柑の目を見る。
すると、カクッと美柑は椅子から崩れ落ちそうになった。
アドラメレクは支えて、椅子に座らせ直した。
「まあ、こいつの面倒は俺の仕事じゃねえんだけどな。
寝かせといてやれ」
梨々花が恐る恐る問いかけた。
「あの、何を……」
「お前らも知ってんだろ、完凸SSRの亜精霊はやめようと思えばやめられる。
SRの超再生能力も、本人の意思次第だな。
死にたくなったら死ねる、精霊のサービスってやつだ」
来奈が疑問の声を上げた。
「そんなこと思うの?」
アドラメレクは、やれやれと言った様子。
「お前、こいつが拷問されてるところを見ておいてよくそんなこと言えるな。
エンドレスでなぶられる、麻痺、石化……そんな状態でも死ねねえってのは罰ゲームだろうが」
梨々花は小さく頷いた。
最上位モンスターがそんな配慮のセリフを吐くのは意外だが。
確かに、いっそ死んでしまいたいシチュエーションでもどうにもならないのは、精霊の特典どころか呪いだ。
そして、今まで美柑が耐えてきたのは、式神となって機械と戦い家族を救うこと。
――その生きる目的が無くなったら。
椅子の背にもたれかかり、静かな寝息を立てる小さな体。
閉じた瞼の端から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
梨々花は、大きなため息をついた。
「やっぱり、ろくでもない世界だわ魔界ってのは。
……来奈、手伝って」
室内の隅に折り畳みベッドを置き、そこに美柑を寝かせて毛布をかける。
リズが由利衣を伴ってやってきた。
「私たちが見ていますから。
ユリィさん、まずは精神を落ち着かせましょう」
そう言って、テキパキと魔法薬の投薬準備を始める。
リズは呟いた。
「……残酷なことを言ってしまいました」
すると、由利衣は大きくかぶりを振った。
「お師さま、わたしに言ってくれたじゃないですか。
“魔法使いは、自分にしか起こせない奇跡を求めなさい。苦しくても、つらくても”って。
……わたしも、式神になるのがその奇跡とは思えないです」
第五層・悪魔の国チャレンジ。
来奈が瀕死の重傷を負い、何もできずに絶望の底にあった由利衣を救った言葉だ。
リズは穏やかに微笑んだ。
「憶えていてくれたんですね。
美柑さんは強い人ですから……きっと」
師弟は頷きあう。
リズは右手を美柑へと差し出す。
その手から植物の管がスルスルと伸び、美柑の鼻から食道へ至った。
由利衣は慎重にメモを確認しながら植物の管の先端を薬液に浸していく。
こうして、少しずつ投与していくのだ。
――こんなときだが。
由利衣は小さく思い出し笑い。
「隠しダンジョンの攻略。
来奈がキョンシーに噛まれたときも、こうやってお師さまと二人で。
……来奈ってば、心配かけてばっかり」
それを聞いた来奈は「いやー」と頭をかく。
「あのときは、モンスターになりかけてたし。
呪い、ヤバくね?」
リズは「そんなこともありましたね……」と目を細めた。
そして、ふと何かに気付く。
「モンスターとの融合……魂の呪縛。
その呪縛に打ち勝つことができずに、理性を失う……」
あのとき、キョンシーに噛まれてアンデッド化しかけた来奈と政臣を救ったのは仙丹という薬だ。
ラベルに書かれていた効能を思い出す。
「不快なゾンビ諸症状を抑えて活力を取り戻す、総合解法薬――」
式神化とは違うが。
モンスターの呪いに抗うという発想……。
リズと由利衣の目が合った。
「ユリィさん、私たちにしかできない奇跡、見せていきましょうか」
軽快な返事を飛ばす由利衣を見て、梨々花は満足げに頷いた。
「さすが、リズさん。
いつも美味しいところを持って行くじゃないですか」
黒髪をさらりとかきあげる。
そして、鏡に映る千石を鋭く睨みつけた。
「今のうちに調子くれてなさいな。
魔法使いを舐めたやつは、誰だろうと地獄行き。
そのルールを魔界のおじさんにも教えてあげるわ」
口上を決める梨々花に応えたのは、居酒屋のラストオーダーの声。
「佐伯さん、二軒目どうします?
行きつけのスナックあるんですけどね。
カラオケちょーっと古い曲しかないんだけど。
“二丁目夕焼けショコラティエ”、東京で流行ってません?
甘い嘘まで、甘い嘘まで、溶かしておくれよマイビターぁぁん♪」
「よろしおすなあ。
千さんと、お歌ご一緒したいわぁ
うちの心も溶かしておくれやす」
両手を合わせて嬉しそうに腰を浮かす偽大将。
梨々花の目元と口元が引きつる。
そこに、鏡に化けた狸が話かけてきた。
「あのー、もう終わりでいいですよね?」
――こうして、緊急企画は番組内容を変更してお届けすることとなった。
ミスター千石&偽大将プレゼンツ。
深夜の魔界ヒットメドレー。
来奈たちが寝息を立てる中、レモンサワー片手に中年のデュエットに聴き入る麗良。
柿ピーをボリボリ食べながら、戦いの疲れを静かに癒していくのであった。
***
さえき亭の臨時出店は大盛況だった。
みな家族を失って悲しい気持ちはあれど、生きている者は腹いっぱい食って明日につなぐ。
それは、どこの世界だろうと不変の法則だ。
魔法使い一族の奥さん連中が加勢に入り、千人からいる村人に料理を振る舞っていた。
こちとら、いつもリズの相手をしているのだ。
千人や二千人、物の数ではない。
今回の冒険に用意した食材は三十年分。
その半分を俺が預かっていた。
「カツカレーいかがですかー」
山本先生が軽快に声を飛ばし、分厚いカツを揚げていく。
橘は流れるような所作で寿司を握る。
山本先生の腕は折り紙付きだが、橘も意外とできる。
……さすが一流の戦闘魔法使いだ。
俺も負けていられないな。
大量のキャベツを刻み、ひき肉をこねる。
さえき亭特製の餃子が、次々と包まれていく。
間垣の妻の目が見開かれた。
「皆さん、すごい手際ですね……」
料理は速度だ。
リズの食欲のトップスピードに対応するために、こちらも進化を遂げていた。
しかも、味には一切の妥協はない。
「焼きはお願いできますか。たくさん作りますから」
焼きあがる端から村人の腹に収まっていく。
俺は速度のステータスに最大限の魔力を割り振る。
たちまち餃子の山を築き上げた。
次は、焼きそばとお好み焼き、唐揚げもいくかな……
準備に入ろうとする俺に、間垣の妻の声がかかる。
「あの、どうしてここまでしてくれるんでしょうか」
視線が交差する。
「これ、全部本物のお肉……ですよね。
私たち、代替だって滅多に口にできないのに」
どうして、か。
どうしてだろうな。
俺は小麦粉をかき混ぜながら淡々と答えた。
「好きでやっていることだから、気にしないでくれ。
こいつにかかったコストは、よそできっちり回収させてもらう。
じゃないと総務課長にしばかれちまうからな」
視線を上げると、大きな月が目に入った。
これだけの科学技術がありながら、なぜ人類は滅亡の淵にあるのだろうか。
それは、俺たちの世界にも起こりえる未来なのだろうか。
俺は思想家ではないが、それでも思いを馳せずにはいられなかった。
しかし、手は一切緩めない。
俺の周りに村の子供たちが寄ってきた。
「お前ら、お好み焼き食べるか?」
豚玉やイカ玉を次々と焼き、手渡していく。
ふと、一人の少年が目についた。
歳の頃はまだ中学生くらいだろうか。
皿を手に持ち、視線を落としていた。
「どうした、腹いっぱいか?」
声をかけると、首を横に振る。
「父さん、食べたかったと思うから。持って帰ろうかなって」
「そうか、じゃあ親父さんの分はこれ持って帰るんだな」
パックに包んで、一つ持たせてやる。
少年は嬉しそうに受け取ると、皿のお好み焼きを食べ始めた。
「おじさん、強いよね。わかるよ。
……どうして式神にならないの?」
言葉に迷っていると、間垣の妻がフォローを入れてくれた。
「あのね、魔法使いが式神にならない国から来たんだって。
だから――」
「式神にならなくても、機械と戦えるの?」
妙に真剣な目だった。
この少年の魔力量は、Nだろうな。
まともに機械に対抗する術はない。
少年は続けた。
「役場のおじさんに言われたんだ。
父さんの次は俺だって。ねえ、どうしたらいいのかな」
あいつら……自分では戦わずに、こんな子供を。
思わず目が鋭くなり、魔力が漏れた。
間垣の妻は、俺と少年の顔を交互に見てオロオロしていた。
俺は鶏肉を捌きながら声をかける。
「お前は、どうしたいんだ?」
「強くなりたい……けど、式神はいやだ」
少年は空になった皿を返すと、ズボンのポケットを漁る。
取り出したのは、小さな水晶玉が埋め込まれたアクセサリー。
これが魔法使いを式神と化す術具か。
鶏肉に衣をつけながら言葉をかけた。
「……強くなりたい、か。強さもいろいろだ。
俺の知ってるN魔法使いは火炎の一発も撃てないが、俺にはできない方法で機械に対抗していたけどな」
熱した油に鶏肉を投入する。
少年は俺へとグッと身を乗り出してきた。
「どうやって!?」
油に近づくなと手で制す。
「俺にもよく分からん魔法だ。
政臣のやっていることは理解できないからな……」
「ねえ、それを教えてよ。俺、なんでもやるから」
グイグイくる。
話を振っておいてなんだが。
俺たちはいま、潜入取材中なのだ。
魔界人を拾って騒ぎを大きくしたくはなかった。
困り顔を見せる俺に、山本先生の声がかかった。
「佐伯さん、未来の魔法使いには魔法だけじゃなくて教育も必要。
それを必要としている子がいるなら、私は応援したいです」
同時に、鬼蜘蛛の糸の通話が鼓膜を震わせた。
「うちからもお願いしたいわあ。
嫌がる子を式神にしたらあきまへん。
別の戦いの道、見せといて引っ込めるのはいけずやわ。
けじめつけなはれ」
……まいったな。
間垣の妻を見る。
「あの、この子の親御さんは?」
妻は視線を少し逸らして、一言返した。
「お父さんと二人暮らしで。今日……」
そうか。
俺がもっと早く参戦していれば、この子を一人にすることはなかったかもしれないな。
唐揚げをバットに置き、次の鶏肉を投入する。
「……お前、名前は?」
「セロ、だけど」
てっきり日本風の名前だと思っていたが、それはまあいい。
「じゃあ、セロ。なんでもするって言ったな。
うちは飯作りからコンテンツ制作まで、仕事は掃いて捨てるほどある。
そいつをこなしながら、あの機械どもとの戦い方を教わるんだな」
そして、間垣の妻を見た。
「他の都市にも、ここの魔法使いのことを知ってもらいたい。
現地人のアシスタントを付けてもらえないか。
そんな要望を役場に出してみたいと思いますが、推薦してもらえますか?」
そして、肝心なことを伝える。
「魔法使いにどんな負い目があるか知らないけど。
街の人間が何を言っても、嫌だってやつを式神にしないで欲しい。
機械は俺たちがなんとかするから」
妻は「え、そんな……」と、困ったように俯くだけ。
そこに、
「う……セロ」
割り込んできたのは間垣だ。
セロをまっすぐに見つめ、異形は問いかけた。
「戦い……嫌……か?」
セロは大きく首を横に振った。
「俺、戦うよ。魔法使いだから。
でも……このおじさんが、式神にならなくても機械に対抗できるって……だから……」
視線を落とすセロ。
それを見つめる間垣。
数秒の沈黙の後、俺に言葉がかかった。
「サエキ……この子……頼む」
セロの顔が上がる。
その目をまっすぐに見据える間垣は、たどたどしく言葉を継いだ。
「お前……次の……魔法使い……だ」
彼は昼間、俺たちが魔法以外の方法で巨大戦艦を制圧する様を、その目で見たのだ。
魔法使いは式神になって戦う。
完凸高ランク魔法使いこそが唯一の希望。
そう信じていた。
しかし、別の戦いもある。
セロが歩もうとしている道は新しい希望だった。
間垣は、妻の肩にそっと手を置いた。
「俺たち……の……子も、式神……しない」
その言葉に、妻は顔を両手で覆う。
細かく肩を震わせ、何度も頷いた。
「佐伯さん。私、高ランク魔法使いが式神になって何とかしてくれるなんて、あまり信じてなかったんです。
でも、子供たちが式神にならなくても機械と戦える……信じていいですか?」
俺は腹の底から声を張った。
「山本先生、橘!!
機械殲滅コースのオーダー入りました!!
いけますか!?」
「よろこんで!!」
頼もしい仲間の声を背中に受け、俺は鶏肉を油から引き上げる。
セロに向かって声を飛ばした。
「たくさん食えよ。
“腹が減っては戦はできぬ”、俺の国の言葉だ。
ガンガン食ってガンガン働いてもらうからな」
ここ、魔界の底の小さな村で。
小さな反撃の狼煙が上がるのだった。




