第306話 魔法使いの一族
ここは、魔法使いの一族が住む村。
目の前の女性は、さらりと俺たちへ向けてそう言った。
俺たちは日本政府が召喚の儀を実施し、ランダム当選で精霊に選ばれた魔法使いだ。
この違いはなんだ?
いや……。
ガチャを回した結果、今日からあなたは魔法使いですという、こちらの世界観もおかしいと言えばおかしいが。
そういうものだと思っていた。
努めて冷静に問いかける。
「そう……ですか。
ここのみなさんは、生まれついての魔法使いなんですね」
軽く探りを入れると、間垣の妻はカメラのレンズを気にしながら髪に手を添えた。
「そうですね。でも、まだ“発症”していない人も多いですし。
みんながみんなではないですよ」
まるで病気のような言い回しだ。
思わず訝しげな顔になる俺に、慌てて取り繕うような声。
「あっ、場所によっては“覚醒”っていうんですよね。
私たちは、その……なってもあまり嬉しい方じゃないっていうか」
俺たちの世界では、精霊の祝福とも言える魔法使いの当選だが。
いろいろと事情も違うようだ。
この魔界は、大昔に移り住んだ魔法使いが独自に発展を遂げた地。
その子孫は、ガチャではなく血統によって魔法使いになる……ということなのだろうか。
厄災神の世界にいた、贄にされた奴隷たちの子孫は全員生まれついての魔法使いだった。
ここは特定の血脈の人間だけが魔法使いになる。
断定はできないが、手持ちの情報をつなぎ合わせると、そう解釈するのがもっともらしかった。
山本先生が口を開いた。
「嬉しくない……そうかもしれませんね。
魔法使いになったら機械との戦いですから」
化け物の姿に変わるから……という言い方を避ける。
間垣の妻は、小さく頷く。
「普通の人には言えないですけどね。
同じ魔法使いなら、分かってもらえると思いますけど」
完全に共感できるほど魔界のことを知らないが。
想像は容易だった。
俺たちは揃って頷く。
しかし、昼間の役場で盗聴した言葉。
その意味が分かった。
巨大戦艦との戦いで、式神となった魔法使いたちが大きく減った。
だから、新たに発症した魔法使いを補充しようとしている。
ガチャによるランダム当選ではない。
自分たちはならない。
他人事だから、平気であんな言い方ができるのか。
山本先生も察したようだ。
穏やかな口調で言葉をかける。
「確かに、普通の人の理解を得るのは難しいかもしれませんね。
機械と戦えるのは魔法使いだけ。
期待されていますから」
うまい。
役場のやつらからは、魔法使いに対する敬意など感じられなかった。
しかし、それは非魔法使いたちの間の裏の符丁。
建前では魔法使いたちへの敬意を見せていた。
ここで非魔法使いたちをなじる言葉をあかさまに出すのではなく、裏の意図を含ませた言葉を投げて反応を見るのだ。
「期待は……そうなんでしょうけど」
間垣をちらりとみる妻。
「魔法使いはそれが仕方のないことだとしても。
でも……あんな危険なこと……」
そこまで言うと、あらためて頭を下げてきた。
「うちの人が生きて帰ってきてくれた。
本当にありがとうございます」
慌てて頭を下げ返す俺たち。
そして、妻は言葉を続ける。
はあ……と大きなため息。
「今日は捕まった高ランク魔法使いがいるかもしれないからって、戦いに出て。
いつもなら、機械が来てもやり過ごすところなんですけどね」
美柑を餌にする機械側の作戦は、まんまと成功したわけだ。
山本先生は少しだけ視線を落とす。
「そうですか……
その、高ランク魔法使いは見つからなくて残念でしたが」
美柑の存在は、まだ迂闊には喋れなかった。
この人たちを信用していないわけではないが、どこから漏れるか分からないのだ。
妻は、軽く頭を横に振った。
「いえ……
こんなこと言うと叱られてしまうけど。
見つかってもどうせ……なので」
どうせ頭のイカれた化け物になるだけ。
そうだろうな。
それがなぜ希望なのかは、やはりよく分からなかった。
そのとき、間垣が「う……完……凸」と呻くような声を上げた。
妻は、再びため息をつく。
「そうね……だといいけど」
俺はすかさず問いかけた。
「あの、完凸がどうかしたんですか?」
すると妻は、意外そうな顔をした。
だが、すぐに思い出したようだ。
「ああ……式神をよくご存知ないんでしたね。
完凸の高ランク魔法使いなら、融合したモンスターに打ち勝てる。
そういう事例が過去にあったらしくて……
本当なのかどうか」
どうにも胡散臭いが。
つまり、完凸に至るほど積み上げた高ランク魔法使いは、精神崩壊せずに自己を制御できる……。
そういうことなのだろうか。
俺の横顔に、山本先生と橘の期待に満ちた眼差しが、痛いほど突き刺さる。
完凸とはいえ、俺はR魔法使いだ。
というか、何を考えてるんだこいつら。
「うそ……じゃない」
間垣が必死で訴えかける。
真偽不明な噂といえど、彼にとっては希望なのだろう。
妻はそっと間垣の手を取る。
「そうね……
信じないと、戦ってくれた人たちにも申し訳が立たないわね」
間垣は、小さく頷いて一言。
「う……カルコ」
そのとき、バシャッと音がした。
橘が、ちゃぶ台の上で湯呑みを倒したのだ。
慌てる橘。
「あ……あ、えろうすんまへん」
ハンカチを取り出したところ、間垣の妻が柔らかく制した。
「いまタオル持ってきますね。
服は大丈夫ですか?」
「おおきに……
うちは濡れてへんさかいに」
橘は、右手を胸に当てたまま、心ここにあらずといった様子だ。
「カルコ……」と、小さく呟いている。
ここまで動揺する橘を見たのは初めてだ。
付き合いはまだ浅いが、最強の式神使いとして常に冷静沈着な面を見せてきた彼女が……。
間垣の妻がタオルを持って現れ、ちゃぶ台を拭き始めた。
山本先生は手伝いながら、間垣へと問いかけた。
「あの、カルコって?」
「む……あ……」
妻が代わりに答える。
「昔の話ですけど。
そういう名前のSSRが生まれて」
そして、ちゃぶ台と畳をきれいに拭き取り、ぽつりと言葉を落とす。
「SSRだということで、いろいろな手を尽くして完凸まで。
すごく強かったらしいですよ」
強化素材だろうか。
美柑と同じパターンだな。
「そう……なんや。SSR……」
橘が食い入るように、間垣の妻の手元のタオルを見つめる。
妻は小さく息をつく。
「ただ、突然姿を消してしまって。
どうしていなくなったのかは分かりませんけど。
SSRなんて、それからは一人も……
SRだって、何十年に一人出るかどうかですから」
八十億人いる俺たちの世界だって、SRなんて数千人なのだ。
この人口を抑制した世界では、なかなか生まれないのだろうな。
間垣の妻は続けた。
「それで、その後ようやく出たSR魔法使いも完凸まで育てたそうなんです。
でも……機械に拐われてしまったらしくて」
なるほど、強化素材は貴重だ。
そのSSRがいなくなってから、必死で貯めた分を美柑に注ぎ込んだのだろう。
しかし、その話だと成功事例はたったの一件。
「かもしれない」レベルじゃないか。
……そんな希望的観測にすがるほど追い詰められているということか。
まあ、他に手があるかと言われても、だからな。
だんだんと輪郭が見えてきた。
ただ、まだ分からないことはある。
前澤さんの言った「魔法使いには責任を取って欲しい」というセリフ。
あれはどういう意味なのか。
ただ、この夫婦に街の人の生の声を聞かせるのは憚られた。
どうしたものかな……と思っていると。
「あの、良かったら」
間垣の妻は、皿の葡萄を勧めてきた。
俺は頭を下げる。
「あ、すいません。それじゃ……」
葡萄に手を伸ばしかけたそのときだ。
視線を感じた。
ふすまの奥から、小さな瞳。
思わず固まっていると、間垣の妻は気づいたようだ。
「こらっ、お客様にご挨拶」
すると、ふすまを開けて出てきたのは、小さな子供。
兄弟だろうか。
上は小学生、下はまだ幼稚園くらい。
二人は「こんばんわー」と、ぺこり。
山本先生は、ニコニコと「あらー、こんばんは」と返す。
小さな子の扱いは上手い。
山本先生の人当たりの良い雰囲気に安堵する子供たち。
そして、二人の視線は葡萄に手を伸ばしかけて固まったままのおじさんへ。
……。
俺は、すっと手を引っ込めた。
すると間垣の妻は顔を赤らめる。
「お行儀が悪いでしょっ!
すいません……」
兄は少し口を尖らせた。
「だって、それ……
役場のおじさんがお見舞いだって」
下の子は何も言わず、じっと皿を見つめている。
俺の脳裏に、昼間の役場の連中の声がフラッシュバックした。
――残った奴らには良い餌出しといてくれ。
良いもの、これが?
母親に注意され、しょんぼりしてる子供。
よほど楽しみだったのだろう。
彼らはこの農村で作物を作っているのだろうが。
それは彼らの口に入っているのか?
そんなところまで発想が飛躍し、俺の左頬は思わず痙攣した。
魔法使いが何をしでかしたのかは知らないが。
なんだこれは。
山本先生の顔を見る。
小さく頷き返してきた。
それを確認すると、間垣夫妻へと声をかける。
「あの、俺たち店をやろうとしてるんですよ。
こんな状況だから、美味いもの食べて魔法使いを元気にしたいなって」
いきなりの展開に、何を言ってるのか理解できない顔の夫妻。
構わずに続けた。
「で、どんなものが受け入れられるのかリサーチしたくて。
良かったら、試食してもらえます?
……村の人たちも呼んで」
そして、葡萄の皿を手に取って子供たちへと向けた。
「おじさんたち、戦闘魔法使いの料理人だからさ。
なんか食いたいものあるか?」
顔を見合せて、ぱあっと表情を明るくする兄弟。
口々に、焼きそばだのお寿司だの嬉しそうな声が上がる。
「橘も、いいよな」
橘はぶつぶつと呟いていた。
「香流子はんは、魔界に行って帰ってきたんやない。
魔界から……なら、うちは……」
「おい、橘」
再び声をかけると、ハッとした顔。
「え……何でおすか?」
橘の動揺の理由はよく分からない。
だがその話は後で聞くことにして、声を飛ばした。
「さえき亭魔界店、プレオープン試食会だ。
手伝ってくれるよな?」
橘はきょとんとした顔。
間垣の妻が「お客様にそんなこと……」と、伏し目がちに俯いた。
橘は俺の顔から視線を外し、間垣一家を眺める。
そして、一言。
「何言うてますの。
今からお客はんはそちらどすえ」
目尻を細めて、子供たちへと笑いかけた。
「どんなもんでも、よろこんで。
それが味とまごころのさえき亭やさかい、あんじょうお食べやす」
それから、集会所を借りて。
勇敢に戦った魔法使いたちを偲びつつ。
異界の同胞たちへの、俺たちなりのもてなしが始まるのだった。
***
来奈はかき氷マシンに氷をセットし、勢いよくハンドルをぶん回す。
シャリシャリと軽快な音を立てて、器にふわふわの氷が盛られていく。
バニラアイスを乗せ、小豆と練乳と抹茶シロップをこれでもかとかけると、スプーンを突っ込んだ。
一口含み、鏡を見る。
「おじさんたち、いい感じに出来上がってるじゃん」
みな、めいめいにアレンジしたかき氷を作り、食後のまったりとしたひととき。
ただし、リズだけはエンジン全開。
麗良は鯛を捌いていた。
そして、鏡の中の中年たち。
「そうどすか、千石はんも大変でおすなあ……」
千石が杯を空けると、すかさず徳利から酒を注ぐ偽大将。
「そう。あの化物。
増えすぎても維持費がかかるし。
けど、一度にいなくなられても困るのよ、これが。
適度な調整、査定に響いちゃってさー」
梨々花はマンゴーのエスプーマに氷を絡め、フンッと鼻を鳴らした。
「なんなんですかね、好き勝手言って」
そして、氷を一気に頬張る。
額に手をやり、思案を巡らせた。
どうやら、魔法使いをいいように使って機械と戦わせている。
それはこの男の言動からも分かった。
実際のところ、あの物量の兵器に対抗できるのは式神と化した魔法使いだけだろう。
しかし、わからない。
魔法使いは、なぜ大人しく従っている?
美柑をちらりとみる。
とん平焼きを食べ終え、両手を合わせていた。
梨々花は近づき、美柑の前にカップアイスを置く。
「天ヶ崎さん。
私なら、あんな態度取られたら迷わずマグマをブチ込んでやるけど。
……なんとも思わないのかしら?」
美柑はカップアイスに目を落としたまま、ぽつり。
「そりゃ、まあ……でも、仕方ないので」
仕方ない。
さっきも聞いた言葉だ。
「何が仕方ないっていうんですか?
魔法使いは自由なのに」
美柑は、ゆっくりと顔を上げた。
「……自由?」
「少なくとも私は、自由に冒険をしたい。
そのためなら、何が相手でも命がけで戦うし、守りたいものを守る。
……けど、あいつらに命をかける価値なんてない」
そう言って、鏡を見る。
店内には、楽しげに酒を飲む非魔法使いたち。
切れ長の目を鋭くする。
美柑へと視線を戻した。
「あの人たちのかりそめの平和って、魔法使いの犠牲で成り立っているんですよね。
だから驕れとは言いませんけど、どうしてそんなに卑屈なんですか?」
美柑の視線と交差する。
相手の実年齢は祖母のような歳だが、見た目は同世代。
何とも言えない複雑な気分だった。
「あなたこそ、どうしてそんなに堂々としていられるのかな。
機械との戦いを終わらせて、それでようやく魔法使いは赦されるの。
キイにいる私の子も、孫も……だから……」
そのときだ。
「さ、千石はん。もう一献」
鏡の中では偽大将と千石が並んで座っていた。
「佐伯さんこそ、ささ」
偽大将がクイっと杯を空けると、千石が注ぐ。
はんなり瞳を潤ませる偽大将。
「あらまあ、うちを酔わせてどないするつもりなん。
罪なお人やわあ……」
梨々花の目元が盛大に引きつる。
来奈とグレイスがゲラゲラ笑い、麗良は苦笑い。
「あの先輩は、ちょっと見たくなかったかなー」
クスクス笑いながら丸々一尾の鯛の船盛をリズの前に置く。
そして焼き鳥のオーダーを受け付ける。
炭火を起こしていると、千石の声が響いた。
「それで、あの強力な式神。
東京じゃないんですよね……どちらの取材で?」
偽大将は思案顔。
基本的には橘の知識を共有しているのだ。
「え……と、そう、キイとか言うたなあ。
えろう逞しい式神でおましたわあ……」
そう言いながら、千石の胸先を人差し指でくるりとなぞる。
由利衣は目を輝かせながら、食い入るように見守っていた。
「キイ……?」
千石が赤ら顔でへらっと笑う。
「そんな滅んだ都市を守ってどうなるんですかね。
まったく、イカレ魔法使いってのは」
…………。
梨々花は、ゆっくりと鏡から視線を外す。
振り向いた先には、カップアイスに匙を入れようとして固まる美柑。
「……あの」
一言だけ絞り出す梨々花の目に映るのは、泣いているのか笑っているのかよく分からない顔。
――人って、こういうときはこういう顔になるんだ。
妙に冷静に分析する自分が滑稽で。
梨々花もつられて同じ顔を作るのだった。




