第305話 魔界の魔法使い
仲間の魔法使いたちがビビンバを頬張りながら見守る中、鏡の中の偽物おじさんは頬を桜色に染めていた。
麗良が疑問の声を飛ばす。
「あれ式神ですよね、お酒で酔うんですかね。
……演技?」
すると、鏡に化けた狸が答えた。
「私たちは人間に化けても薬物は効きませんけど。
どうなのかな……けっこうリアルに大将を再現していますから」
魔力だけでなく肉体まで精巧に……。
梨々花は思わず感嘆の声を上げた。
しかし。
偽物が鯛のお造りを一口。
「これ、ほんに美味しいわあ。
最近は養殖のもんも、いけるようにならはりましたなぁ」
梨々花は「肝心なところがポンコツじゃないですか」 と、切れ長の目を引きつらせた。
しかし、ここは見守るしかないのだ。
「高柳くん、どうなの?」
巨大戦艦のハッキングの傍らで配信コメントをチェックしていた政臣へと声をかける。
今は緊急企画“ぶらり魔界放浪記”をライブ配信中なのだ。
全世界に、居酒屋で刺身を食う酔っ払いをお届け中だった。
政臣は、「悪くないよ」と返す。
「この時間帯は、仕事終わりにまったり晩酌しながら視聴する人も多いから。
一定のニーズを掴んでるね」
それに、と前置きをして政臣は続けた。
「こういう旅先のハプニングも醍醐味じゃない。
偽佐伯さん、本物よりも面白いって概ね好意的だし」
梨々花の頬が緩む。
――これもこれでアリ……か。
鏡の中の千石も、ほどよく芋焼酎が回ってきたようだ。
「佐伯さん、それ東京の言葉ですか?
前澤さんから聞きましたけど、ずいぶんな大都市だとか」
偽大将は、スーツの上着の袖を口元にあててクスクスと含み笑い。
「そうどすなあ。
東京はこれが普通でおますさかい」
魔界人にさらりと偽情報を流す式神。
ツッコミを入れる者はいなかった。
そして、
「お兄さん、お銚子ぬるめでつけておくれやす」
と、遠慮なく追加オーダー。
千石は気にした風でもない。
続けて、シャツの第二ボタンまで外し出した。
「ふう、なんやら暑いわあ……」
これには来奈も大笑い。
「教官、酔っ払うとそういう路線なんだー」
麗良もクスクス笑いながらナムルを口に運んだ。
おじさんたちの話は続く。
「ここのお酒、悪くないでしょ。
鶏肉は貴重なんですけど、この店のは代替じゃなくて本物ですから……
ネギマとボンジリ、タレで二つずつねー!」
麗良へ向けられる儚げな圧が最高潮に達した、そのとき。
店に作業服を着た男が三人入ってきた。
そのうちの一人が、千石を認めて声を飛ばした。
「お、珍しいじゃないですか課長さん」
そして、偽大将の背中を見て一瞬だけ眉をひそめた。
千石はすかさずフォローを入れる。
「あ、こちら外から来た佐伯さん。
ジャーナリストで、ここを取材して他の都市に知らせてくれるそうなんですよ」
言葉に嘘はない。
千石の期待と事実が違うだけだ。
偽大将は振り返って、「よろしゅうに」と笑顔で挨拶。
作業服の男の一人は後頭部に手をやって頭を下げた。
「へえ……外から。
久しぶりだな。他の都市ってどんな感じです?」
偽大将は、ふうと息を吐く。
「まあ、どこも魔法使いはんが頑張ってはりますけど。
あんまりええ具合にはいきまへんなあ」
男たちは、顔を見合せてため息。
「まあ、だよなあ……
早く高ランク魔法使いが見つかって欲しいもんだ」
そして、千石に向かって声をかけた。
「Nだって貴重ですからねー。
化け物ずいぶん減ったらしいじゃないですか。
補充頼みますよ」
千石は軽く手を上げて応える。
「あまり増やし過ぎてもアレですけどね。
まあ、計画的にってやつで」
そう言うと、男たちは笑いながら座敷へと移っていった。
鏡を見つめる魔法使いたちは、全員言葉が出ない。
――なんだ、いまの会話は。
そして、美柑を見る。
目線を下げて、まだとん平焼きをもそもそと食べていた。
リズが問いかける。
「あの……さっきの人たち。
魔法使いをあまり良く思っていないようでしたが」
美柑は、軽く頷く。
「それは、まあ仕方ないですから。
あなた方の国は、そうじゃなかったんですか?」
高ランク魔法使いは人類の希望。
美柑はそう言ったが、先ほどの男たちや千石の口から出た言葉とはずいぶんと温度差がある。
梨々花は黒髪をさらりとかきあげた。
「なるほど、魔界と呼ばれるだけありますね。
魑魅魍魎が潜んでいそうじゃないですか」
そう言って由利衣へ目配せすると、軽快なナレーションが入った。
「今夜の舞台は、魔界で愛され続ける大衆居酒屋『潮源』さん。
店内に漂う香ばしい匂いに、新鮮なお魚。
シュワッと炭酸で潤して、ああ〜魔力に染み入ります。
おやおやコーチ、次は日本酒ですかー。
磨き抜かれた大吟醸。ふくよかでフルーティな香りに、口内のメバチも泳ぎ出します。
これは焼き鳥も楽しみですね。
地元の人で賑わいながら、夜と謎が深まってまいりました。
それでは、気になる続きは六十秒後!」
梨々花と来奈が、一糸乱れぬ声を上げる。
「チャンネル変えはったら、しばき倒したりまっせ!!」
こうして、本物が一切関知しないところで、コンテンツは静かに進行していくのであった。
***
南区画。
俺は目の前の光景に少なからず驚きを禁じ得なかった。
一面の水田と畑。
いや、それがあるのは前澤さんから聞いてはいた。
しかし。
地上では殺人機械が跋扈し、空からの監視に移動もままならない。
魔法使いたちは式神と化して果敢に抵抗するも、人類の命運はもはや風前の灯。
という状況なのに、田んぼからは蛙の合唱。
蛍があぜ道を淡く照らしていた。
「なんとも、のどかだな」
点在する電柱の灯りに照らされたホーロー看板を見ながら、思わず呟く。
ウシガエルとコオロギの音に、どことなく癒しを覚えつつ道を進む。
近づくにつれ、ここに魔力反応が集中していることを鬼蜘蛛の探知網が捉えた。
地上とは通信できないため、由利衣の索敵は使えなかったのだ。
なぜ住宅街の東区画ではないのか。
そのあたりにも、何か裏がありそうだった。
式神の謎。
それがあるのは、秘密の研究施設のようなものを想像していた。
異形の魔法使いたちが、カプセルの中に浮かんでいる。
そんな脳内光景は、あっさり裏切られた。
どうやら、魔界はあからさまに怪しげな顔を見せてはこないようだ。
「佐伯はん、後少しで集落がありますなあ」
さすが鬼蜘蛛。
夜目が効くようで、この暗がりでも橘には昼間のように見えているという。
実はさっきから何度も用水路に落ちそうになっていて、その度に糸で袖を引かれていた。
ガードレールすらないのだ。
ビデオカメラは暗視モードにしているが、いちいちファインダーを覗き込んでいなかった。
スマートグラスは改良の必要があるな……。
そんなことを考えながら歩く。
やがて集落の明かりが見えてきた。
慎重に近づくと、なにやら人だかり。
集会所のような建物がある広場に、異形と人の姿が集まっていた。
広場の中央には花が飾らている。
みな下を向いて静かに泣いていた。
山本先生が小さく声を上げた。
「もしかして、戦艦と戦った魔法使いたちの……」
そうかもしれない。
あの異形も元は人間。
家族がいて当然なのだ。
しばし様子を伺っていると、人々はやがて家々へと帰っていく。
残ったのは、異形が一体と数人の男女。
異形は、俺たちをここに誘った間垣だった。
すると、橘が近づいていく。
俺たちも後に続いた。
「こんばんはぁ、間垣はん」
静かに後ろから声をかけると、間垣は振り向いた。
「あ……」
うまく喋れない様子。
橘は、細い目尻を下げた。
「お取り込みのところ、すんまへんなあ。
みなさんにもお話聞きたい思うたんやけど。
出直した方が良さそうやね」
すると、間垣は小さくかぶりをふる。
集会所から女性が出てきて、「どちらさま?」と声をかけてきた。
年は三十前くらいだろうか。
エプロンをつけて、まかないでもしていた様子だ。
橘が俺に視線を向けてきたので、自己紹介。
「夜分に申し訳ありません。
昼に間垣さんにお世話になった、佐伯と言うものです。
こっちは橘と山本」
女性は軽く頭を下げ、「間垣の家内です」と一言。
魔力は……感じるが僅かだ。
N魔法使いなのだろう。
地上にいたときに確認した由利衣の索敵では、ここには約五百の魔力反応があった。
そのうちの二百が巨大戦艦と戦うために出撃していたが、まだ式神になっていない魔法使いもいるのだろう。
こちらも魔法使いだと正体を明かすべきだろうか。
しかし、女性の方が気づいた。
「あの、魔法使いですよね。
外から来られたんですか?」
隠しても仕方ないだろう。
こくりと頷くと、女性は間垣を見た。
「じゃあ、あなたを助けてくれたのって……」
「そう……だ」
間垣がたどたどしく言葉を出すと、女性は口元を押さえた。
「ありがとうございます……
本当に……みなさんがいなかったら……」
涙をポロポロと流して深く頭を下げてきた。
――なんとも言いようがない。
モンスターと機械の謎の戦闘に、最初は介入する気はなかったのだ。
あれは、ほぼ成り行きだ。
もっと早く参戦していれば、救えた命は多かったかもしれない。
そう思うと同時に、満足に準備も整わない段階で突撃していれば、今頃は間垣も俺たちもここにいなかっただろう。
何が正しかったのか。
そんなことは分からなかった。
俯く俺の背に、山本先生が軽く手を添えた。
そして、俺の前に出る。
「あの、私たちもあの機械と戦っているんです。
でも、みなさんと少し違うのは、式神についてほとんど何も知らない。
そういうところから来た……って言ったら、信じてもらえますか?」
間垣は妻に向かって、「がい……こく」と言う。
「そうなんですか?
式神がない国があるなんて……」
魔界の外から来たというよりも、そういうことで納得しておいてくれた方が話が早そうだった。
そして山本先生は、間垣を見た。
「魔法使いが式神になるということも知らなくて……
だから、心の準備ができていないあの子たちに背負わせるのは……」
梨々花の魔眼を見て、救世主だと騒いでいたという。
間垣は、しばらく黙って山本先生を見つめていた。
「そう……か」
と、一言だけ。
すると、妻がおずおずと声をかけてきた。
「あの、よろしかったら家にいらしてください。
何もないところですが……」
俺は「ありがとうございます」と頭を下げた。
そして、広場に飾られている花に向かって、静かに両手を合わせる。
山本先生と橘も、俺に続いていた。
***
間垣の家、いやこの集落の家はみな昔ながらの日本家屋といった趣だった。
ガタガタ鳴るアルミサッシの玄関をくぐると土間があり、壁は土壁。
高い場所にある上がり框を跨いで畳の茶の間に通された。
体の大きな間垣は窮屈そうだ。
……なんだろうな。
これが良いとか悪いとかを云々する気はないが。
ほんの少し離れた街では近代的なビルがあり、洋食屋でハンバーグを食っているのに。
好きで地下世界でオールドスタイルを営んでいるとも思えないんだが。
いろいろとおかしい。
だが、街の人間に聞いたところでわかるまい。
だからこそ、ここに来た意味があった。
間垣の妻は、ちゃぶ台を囲む俺たちの前に湯呑を置く。
そして、葡萄を乗せた皿。
「すいません、こんなものしかなくて……」
なぜか恐縮される。
とりあえず、ここの様子を自分たちの国に伝えたいので撮影しても良いかと聞く。
アポなしではあるが、撮影許可を得るのは大切なのだ。
間垣の妻は髪先を指に巻きつけながら身を縮める。
「え……でも、お化粧だって……」
気にするのはそこなのか。
いや、女性なのだ。
俺は努めて穏やかに言う。
「そんなに畏まらないでください。
ここで魔法使いたちが暮らしていることを知ってほしいだけなんです」
間垣が視線を向けると、「じゃあ、あまり顔を撮らないでくださいね」と恥ずかしそうに了承してくれた。
戦闘民族を見慣れた俺には新鮮だ。
などと、山本先生の前で考えるわけにはいかない。
頭を強く振って雑念を追い出す。
さっそくだが、気になっていたことをそれとなく聞いてみることにした。
「あの、ここは魔法使いたちの暮らす村……なんですかね?
普通の人もいるみたいでしたけど」
言葉がうまく喋れない間垣に代わって、妻が答える。
「そうですね。魔法使いの一族の村です。
普通に見える人も、まだなっていないだけで」
俺と橘と山本先生は一斉に顔を見合わせた。
――魔法使いの一族?
どうやら根本から俺たちの常識とは違うようだ。
魔界の魔法使いと、外の世界の魔法使い。
精霊に選ばれし存在たちがいま、ちゃぶ台を挟んで静かに対峙していた。




