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終末のSSR ―魔法使いジャパン、ただいまダンジョン攻略中!―  作者: 白猫商工会
第09章

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第303話 魔界人

魔界には、機械の侵攻に抗う人類の生き残りがいた。


このダンジョンに非魔法使いがいることにも驚きだが。

そんなことは些細な問題だという気になる。


こういう世界の地下都市といえば、薄暗くて湿っぽく、配管むき出しの退廃的な穴蔵スラムのディストピアを想像していたのだが。


まさかの地方都市。


青空が拡がり、緑もある。


ここにはもう何十年にもわたる人間の営みがあるという。


閉鎖空間で息詰まることなく、快適性を追求した結果なのだろう。

どの世界でも人類とは逞しいものだ。


そして、俺たちはいま、ここの都市の代表という市長と向き合っている。


まだ三十代前半くらいの若い男で、穏やかそうな面持ち。

細身のスーツを着こなしている。


そいつは橘の差し出したスマホを見ながら、「これは確かに強力な式神ですね」と感心しきり。


続けて、


「それだけに、頭がイッちゃってるわけですか。

まあ、魔法使いなんて式神になる前からおかしな連中ですけどね」


と、魔法使いたちを前にして言い放った。


そして橘が同時中継で聞かせてくるのは、鬼蜘蛛による盗聴。

千石と名乗った、ここの設備課長の男の声だった。


先ほど退室して、いまは下の職場にいるのだろう。


「ったくよー、あの化け物。

結局空振りで、戻ってきたのは三十八体?

おっ死ぬ前に高ランク魔法使いとっ捕まえて来いっての」


同僚たちだろうか。

笑い声が響く。


「まあまあ、課長。

機械は追い払ったって言うし。

Nにしちゃ根性見せたじゃないですか」


千石は、フッと笑う。


「まあなあ。

残った奴らには良い餌出しといてくれ。

メンテナンスも設備課の仕事だからな。

しかし、うちもRくらいは欲しいもんだな」


……好き勝手なこと言いやがって。


目の前の市長に意識を戻す。


橘がそれとなく同調の声を上げる。


「まあ、魔法使いもよう分からんのがぎょうさんいはりますからに。

猿の方がまだエレガントやわあ」


市長は頷く。


「それでも、機械に対抗するためには持ちつ持たれつですからね。

うまくやっていかないと」


俺の耳には同時に盗聴の声が入る。


橘は涼やかな調子で市長と会話している。


さすが、頭脳のアクセラレータ魔法に精通しているだけある。

複数の会話を並列処理するくらい、朝飯前なのだろう。

俺には難しいが。


「で、課長。

あの人たちなんなんですか?

もしかして魔法使い?」


同僚の質問に、鼻で笑って答える千石。


「いいや。ジャーナリストなんだってよ。

よくやるよな……

けど、ああいうのがたまに来ねえと様子が分かんねえからな」


「へえ、魔法使いじゃなかったのは惜しいっすね。

でもどうするんですか、あんなに数減らして。

それにB-17区画、めちゃくちゃじゃないですか」


千石のため息。


「それなんだよな。

まあ、そこはもう遺棄するしかねえけどよ。

化け物が減ったのはな……

あいつらから、新しい魔法使い生まれたのかよ?」


――なんだ、この会話は。


「……さん?」


市長が怪訝な顔で俺を見ていた。


思わず盗聴に聞き入ってしまっていた。


額に手を当てて、冷静に取り繕う。


「失礼。少し疲れが」


そこに、さらりと橘が乗せる。


「おじさんやさかいなあ」


なぜ余計な一言を入れるんだ。


市長は穏やかに笑う。


「いやいや、地上を旅するなんて、お疲れですよね。

宿舎に空きがあるので使ってください」


この男の善意に裏は感じない。


しかし、それは俺たちを魔法使いだとは思っていないからだろう。


表情には出さずに礼を言うと、市長は秘書と思わしき女性を呼んだ。


「彼女に必要なものは言ってくださいね。

この街の案内もさせますから」


そして、秘書は俺たちを宿舎へと案内してくれた。

たまに来る外来者用の宿泊施設も兼ねていると言う。


山本先生と橘には大部屋、俺にはシングル。


簡易バストイレ付き。


この地下世界で排水はどうなっているのか。

疑問はいろいろあるが、気にするのはそこじゃない。


秘書はマエザワと名乗る若い女性。


その前澤さんは、一時間後に食事に案内すると言って職場に戻って行った。


俺はベッドに腰かけると、小さく呟いた。


「橘、どうだ?」


「監視カメラはあらしまへんなあ。

けど、盗聴はどうやろ……

蜘蛛の糸を使うて、小声のやり取りがよろしゅうおすなぁ」


俺もそう思う。


「なあ、あの千石とかいう男の言ってたこと。

なんだろうな」


山本先生の小声が聞こえた。


「式神になった魔法使いには、表向きは感謝の言葉をかけていたのに……

実態はモノ扱いだなんて」


異形に対する差別感情だろうか。

好きで怪物になったわけでもないだろうに。


そして、もうひとつ気になること。


「新しい魔法使い……なんてことも言ってたよな。

魔法使いガチャを回すってことかな」


「それなんやけど。

ガチャ回したら、誰が魔法使いになるか分からしまへんやん。

自分がなるかもしれんのに、えらい態度とりますなあ」


そうだな。

橘の指摘は的を射ている。


「まだ俺たちが知らないことがありそうだな。

……ワクワクするじゃないか」


すると、クスクスと含み笑い。


「さっきの音声も記録してますさかい。

全世界のみなさんに魔界の暮らしを知って欲しいどすなあ」


こういうやつだった。

穏やかな顔をした和風美人の見た目に反して、えげつない一面がある。


やがて。

かっきり一時間後に前澤さんは迎えに来た。


案内されたのはこぢんまりとした洋食屋。

落ち着いた雰囲気でゆっくり夕食をとるには悪くない。


外はいつしか夕闇で、月と星が瞬いていた。

あれも疑似的に生み出したものだとは、とても信じられない。


同席する前澤さんは眼鏡をかけて髪をアップにした、“できる女”の風貌。

魔界の地下世界でキャリア女性とは、違和感しかない。


しかし、意外と砕けた一面があった。


興味津々の眼差しを俺たちに向けてきた。


「東京ってところから来たんですよね。

私、全然知らなくて。

どんなところなんですか?」


そこは山本先生がうまいこと話をつないでくれた。


確かめる術などないということもあるが。

適当に創作するとボロがでるだろうと、実際の東京の暮らしぶりを語る。


「へえー。鉄道なんて、教科書で見たくらいですよ。

そんな大都市からわざわざ。

ここなんて、何もなくて」


そんなことはないと言うと、「いやいやー」と手をブンブン振る。


「でも、ここのご飯は美味しいので。

お好きなもの選んでくださいね」


そう言ってメニューを差し出してきた。


地下世界の料理か。


おじさん世代の創作物のイメージでは、ネズミだの虫だの……。

それでもタンパク源は貴重というものだが。


だが、メニューを見るとハンバーグやエビフライ定食、ポークソテーなどなど。


これが魔界人の食生活なのか。


山本先生も驚いた様子。


「お肉とか、お魚ってここではどうされているんですか?

やっぱり、代替肉でしょうか」


前澤さんは明日案内するけど、と前置きして答えた。


「魚は陸上養殖ですよ。お肉は、植物と菌類由来ですけどね」


野菜は工場の水耕栽培もあれば、田畑でも栽培。


人間や陸上養殖からの排出物を肥料として植物を栽培し、藻類で濾過させた水を還元。

大豆や藻は魚の餌となる……。


発電は地熱とバイオガスと水力。


こうしたエコシステムが働いているらしく、山本先生はしきりに感心していた。

俺は「ふーん」という言葉しか出なかったのだが。


ただ、それだけではやはり完全とはいかず。

大量にストックしている魔法鉱石が、補助エンジンとなっているようだ。


土属性のオレンジストーンは肥沃な土地を維持。

ピーク時の発電は雷属性のゴールドストーン。

排水の濾過は水属性のブルーストーン。

そして入口でも見た、風属性のグリーンストーンが空気を綺麗にしている。


しかし、なんだろうな。


これだけの生活水準を維持するには、結局のところダンジョン産の素材に頼らざるを得ないということじゃないか。


どれだけ溜め込んでいるのか知らないが、それをせっせと採掘してきたのは魔法使いだろうに。


そんな複雑な思いの俺の前に、熱したプレートに乗ったハンバーグが置かれた。


ちらりと橘を見る。


「佐伯はん、美味しそうどすなあ」


そう言って、にこり。


自分はエビフライにナイフを入れている。


……食っても大丈夫なのかな?


食生活も探ってこいとの梨々花の指示なのだ。

食わないわけにはいかないのだが。


毒入りということもないだろう。

旅人を襲うという風でもなかったのだから。


覚悟を決めて一口。


味は……これが人工肉とは思えないな。

やはり、技術水準は相当高い。


山本先生はオムライス。

卵は植物由来の卵液を使っているらしい。


店の許可を得て撮影しているが、映像だけ見ると単なる旅ロケ。

見て面白いものなのかどうかは、自信がなかった。


食べながら、山本先生は前澤さんに問いかけた。


「あの、図書館や資料室のようなところってありますか?」


ナイスだ。

この世界の基本的な事柄をいちいち聞いていては怪しまれる。

歴史に関する資料を確認するのが一番早い。


前澤さんは頷く。


「ええ。東京の方が充実しているとは思いますけど」


そう言ってパンをちぎる。


「それにしても、その荷物でここまで来られたんですか?

旅慣れていらっしゃるんですね」


まあ、それは疑問に思うだろうな。

ほぼ手ぶらなのだから。


取ってつけたような説明を並べたてた。


「大荷物だと動きづらいですからね。

夜間の悪天候時に大規模な移動をして、拠点を少しずつ動かしながら。

今日は廃都市に機械と戦う魔法使いたちの姿が見えたので、遠くから観察していたんですよ」


へえ、と感心した声。


そして、俺は困った顔を作る。


「取るものとりあえずで飛び出してきたので。

こんなご馳走になって申し訳ないけど、持ち合わせが……」


前澤さんは、


「お気になさらず。

外の情報は私たちにとって貴重ですから」


と微笑んだ。


どうなんだろうな、この言葉に嘘はなさそうだが。


リズがいれば、真偽の鑑定魔法が使えるんだが……。


「大丈夫どすえ」


橘が口元を隠してボソリと呟く声が鼓膜を震わせた。


「今のところ、嘘はなさそうやわ。

それより、怪しい顔をしなはりなさんな」


……なぜ、考えていることがわかる?


式神か。


橘 志津香、頼もしいやつ。


ある意味SSRよりも厄介。

橘自身に戦闘能力はほぼない。

だが、考えなしに仕掛けて勝てる気がしない。


味方に対して、思わず不穏なことを思ってしまう。


だが、なんにせよ嘘は言っていないというのなら。


俺はひとまず警戒を解いて前澤さんに向き合う。


「それにしても、地上を満足に移動できないなんて、ひどい有り様です。

早く高ランク魔法使いが見つかって欲しいですね」


この話題にはどう出てくる?


前澤さんは、はぁ……とため息ひとつ。


「……まあ、私は正直いえば諦め半分なんですけどね。

生まれたときからここなので、外のこともよく知りませんから」


自由な移動というものを知らなければ、そういうものだと受け入れるのかもしれないな。


「あ、でも。

やっぱり、いつか機械が来るんじゃないかって思いながら生活するのは……

魔法使いが責任とって何とかして欲しいですよ、そりゃあ」


「そうやねえ、けじめは必要どす」


俺に変な顔をするな、と制するように、橘は間髪入れずに相槌を打ってきた。


俺も山本先生も、微笑みを崩さない。


――魔法使いが何をしでかしたんだ?


とりあえず、その疑問は後回しにして。


俺はぜひ代替肉の工場を見学させてくれと、力を込める。


きっと、あいつなら食いつくはずだ。


さえき亭ヘルシーミートフェア。


女性冒険者向けに、ギルティフリーな食材を。

他店との差別化ですよ、先生。


そんな総務課長の言葉が脳内再生されていた。


そして、食事を終えて宿舎へと戻る。

また明日迎えにくるからと、前澤さんとは別れるのだった。


***


「なあ、なんで考えてることが分かるんだよ」


部屋に戻り、ボソボソと呟く。


橘の声が聞こえた。


「考えてることまでは分かりまへん。

佐伯はん、もう少し演技しなはりなはれ。

ヒヤヒヤするわぁもう」


式神、(さとり)


姿形は猿に似た単眼の獣。


こいつを天井に忍ばせ、鉄鼠で小さな穴を開けて観察していたという。


能力は、呼吸、心拍、発汗、筋肉の微細な動きのモニタリング。


相手の平常時との差異から、動揺や嘘の兆候を読み取る。

高度なポリグラフのような能力だ。


思わず渋い顔になる。


「……なら、最初からそういうのがいるってことを教えといてくれよ」


「式神は本来、門外不出なんよう。

まあ、他にもこういうのがいてはりますけど」


その直後――


ドアの外の通路で、ビシッと割れるような音が響いた。


続けて、「うわっ!!」と男の大声。


バタバタと靴音を立てて去って行った。


クスクスと、橘の含み笑い。


「佐伯はん……魔力がない人間相手に油断してはりましたなあ。

まあ、監視か興味本位かは分からしまへんけど。

これで迂闊に近づいてきまへんやろ」


橘によると、今のは式神・家鳴《|やなり》。

小さな鬼の姿で、音を出すことができるという。


思わず口元が引きつる。


「……まあ、落ち着けるのは何よりだな。

じゃあ、寝るかな」


その提案は、あっさり却下された。


「何言うてますの、これからが本番どす。

おじさんは朝も夜も早おすなぁ」


……だんだん地が出て口が悪くなってないか、こいつ。


思わず視線を落とすと、妙なのがいた。


小さな、ぷよぷよした肉塊に手足がくっついている。


そいつが動くと、俺の肩がビクッと跳ねた。


「大声出したらあきまへんえ。

人が来ますさかい」


思わず口元を押さえる。


その肉塊はぐんぐん大きくなると――


俺そっくりに変化した。


式神・ぬっぺふほふ。


そいつは、俺の肩を叩いて言葉をかけてきた。


「ここは、あんじょうまかせておくれやす。

夜の魔界、潜入開始どすえ」


……。


なんでもありだな。

どこぞの諜報機関が欲しがりそうな魔法使いだ。


しかし、だ。


「なあ、喋りは俺に寄せてくれないか?」


地下都市の取材は続くのだった。

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