第300話 式神
巨大戦艦に捕らわれの身になっていた、完凸SR魔法使い、天ヶ崎 美柑。
彼女の話によると、ここは人類が生み出した機械が、その人類に牙を剥く世界だという。
実にどこかで聞いた設定だ。
だが、まさか魔法使いになってそれを体験する日が来るとは思ってもいなかった。
その戦争は美柑が生まれる遥か以前より行われており、人類は長らく地下に潜む日々だという。
だが、希望の光は消えたわけではない。
美柑は齢五十三にして、精霊の祝福を受け高ランク魔法使いに。
彼女が最後に残された灯。
式神となり機械に立ち向かうのだ。
「はい、ストップ。いろいろおかしいです」
熱弁を振るう俺に、梨々花の静止の声。
目を輝かせて聞いていた由利衣は、「えー、いいところなのに」と不満顔。
橘は席に着き、茶を啜っている。
由利衣はスパゲッティの供給を続け、リズは儚げにそれを流し込む。
俺は立ち上がって拳を振り上げ――そのまま静止していた。
「……何がだ、桐生院」
梨々花は切れ長の目を細めて俺を見つめた。
「だってそうじゃないですか。
その話だと、ダンジョンに魔法使いじゃない人がいるってことですよね?」
実はそれは俺も引っ掛かっていた。
ダンジョンに入れるのは、魔法使いだけ。
これは精霊が定めたルールなのだ。
――しかし。
「それは、あれじゃないか?
ここで生まれたんだからさ、最初は魔法使いじゃないってことだろ」
梨々花は「うーん」と納得いかない顔だが。
ダンジョンに入れる入れないは精霊が決めることなのだから、特例を設けていてもおかしくはない。
そう言うと、
「……まあ、精霊についてあれこれ考えても仕方ないですね」
と、それ以上の追求はしてこなかった。
追求されても困るのだが。
そこに由利衣がグイグイきた。
「でっ!!
魔法使いは式神にマジカルチェンジして機械の軍団に立ち向かったんですよね!!
空を裂き、海を割り、地を砕く!!」
「ああ。魔法使いランクが上がるほど、強い式神になるらしい」
伝聞なので、語尾に若干の自信のなさを乗せる。
そこに橘の声。
「それで、その式神にはどうやってならはりますの?」
由利衣も被せてきた。
「魔界には強力な式神がいるって話は本当だったんですね。
それって、どこにいるんですか?」
途端に俺の目が泳ぐ。
「大将……その質問は想定内じゃないですか?」
儚げな咀嚼とツッコミが飛んできた。
軽く咳ばらいをする。
「ともかくだ。
希少なSR魔法使いとなった天ヶ崎さんを強力な式神に仕立てるため、強化素材を注ぎ込んで完凸まで持っていったらしい。
式神になる前に、囚われの身になってしまったけどな」
梨々花はさらに疑問をぶつけてきた。
「そんな素人が最後の希望ってのも、どうなんでしょうか。
だいたい、強力な式神がいてもどうにもならないから、こんなことになってるんじゃないですか?」
――こいつ、さっきから痛いところを。
「お前、いい年して言い負かされてんじゃねえよ」
いつの間にか、背後にアドラメレク。
俺の肩を軽く叩いた。
「強力な式神は確かにいるけどよ。
イッちまってんだ」
そう言って、頭の横で指をくるくる回した。
そして、橘を見た。
「お前のご先祖ってやつ、その術を改良したのよ。
まあ、誰にでもできることじゃねえな」
「改良……」
橘の呟きに、アドラメレクは面白そうに笑った。
「その前に、どうやって式神になるか、だったな。
知りてえか?」
リズの咀嚼を除いて、全員の息が止まる。
アドラメレクは、梨々花をちらりと見る。
「おい、撮影も録音も禁止だ。
じゃねえと、この話はここで終わりだな」
梨々花は、左頬を少しだけピクッとさせる。
黙ってスマホを取り出し、電源を切って画面を見せた。
「配信はNGだ……悪魔との約束だぜ?」
小さく頷く梨々花。
アドラメレクはそれを確認すると、俺の隣の椅子にドカッと座る。
足を組み、両の手のひらをぴたりと合わせた。
そして、一言。
「魔力の融合……禁忌の合体だ」
何だそりゃ。
「まあ、聞けよ。
サービスだぞ、こいつは」
俺の心を読んだかのように、サングラスをこちらに向けてきた。
「巫術と呪術の複合。
モンスターの魔力を降ろし、自らの魂に取り込む。
そういう術具を開発したのよ」
術具とは魔導ギアの一種だ。
そんなものまで作れるとは、魔法工学も相当発展していたらしい。
巫術には、“インストール”と呼ばれる、モンスターの能力を一時的に借りる魔法があることは知っている。
それを魂に取り込むとは、つまり……。
「人の身でありながらモンスターと化す……
ということですね」
リズが俺の思考を先取りして言った。
「正解だ。
魔法使いってのは、面白いこと考えやがるな」
アドラメレクは、軽く笑う。
俺はちらりと橘を見た。
いつもと変わらず冷静に見えるが……。
その口が開いた。
「ほなら、うちの式神も。
どこぞの魔法使いはん……なん?」
アドラメレクは、意味深な笑みを浮かべる。
橘の問いかけには答えずに続けた。
「でだ。融合ってやつには、釣り合いがあるのよ。
それなりのランクの魔法使いには、それならのモンスターだな」
その言葉に、梨々花はピンときたようだ。
「じゃあ、戦艦と戦っていたモンスターは……」
「ご明察だ」
魔神は軽く鼻で嗤う。
「まあ、あの程度なら、N魔法使いだろうな。
普通の武器が効くくらいだからな」
――いや。
戦艦の物量には押し負けたが。
一体一体が中堅戦闘魔法使いに匹敵する。
あれがNとは信じられない。
梨々花は、「はー」 と大きな息を吐いた。
「……この先の展開は、なんとなく想像がつくんですけど。
高ランクモンスターと融合した魔法使いは、自我が崩壊した、とか」
俺を見て言葉を続けた。
「アドラメレクさんが言う“あの程度”でも、片言しか喋れないので、コミュニケーションが難しいです。
……敵味方の分別くらいはありますが」
魔神は何も答えない。
「なあ……」
問いかけると、ガタッと椅子から立ち上がる。
「くっちゃべってても埒があかねえだろ。
案内してやるよ。
仕事だからな」
それだけ言うと、パチンと指を鳴らした。
***
俺たちは別の場所へと転移していた。
といっても、ここも遺棄された都市のようだ。
ボロボロのビル群が立ち並び、アスファルトはめちゃくちゃに剥がれている。
折れ曲がった信号機が寂しげに佇んでいる。
高速道路のような、高架も見える。
もっとも、ところどころ千切れて使い物にはなりそうもないが。
そういった現代建築物の残骸があるかと思えば。
石造りの荘厳なコロッセオや神殿のようなものも視界の端に映る。
外の世界にも似たような場所はある。
ここは以前は美しい観光都市だったのかもしれない。
歩き出そうとした俺に、アドラメレクの声がかかる。
「動くな。
嬢ちゃんたちもな……言いつけが守れねえやつは、面倒見ないぜ」
気づくと、橘たちも転移していた。
空は曇天で、厚い雲に覆われている。
そのまま、数分が過ぎる。
「大将、カロリーを……」
背後から儚げな声。
さっきまで食っていただろう。
「とりあえず待機だ、リズ」
俺の声に、残念そうな気配。
しかし、梨々花はたくましいやつだった。
さっそく交渉を始める。
「アドラメレクさん。
ここは撮るのは構いませんよね?」
「……動くなっつっただろ。
まあ、その場から離れなきゃいいぜ」
スマホを取り出す梨々花。
ワクワクが隠しきれていない。
そこに――
「来たぜ」
空を埋め尽くす飛行機械の群れ。
地上からは、二足歩行のドローン兵軍団。
歩兵は整然と行軍し、俺たちの脇をすり抜けていく。
気づかれないのは、アドラメレクによる高度なステルスなのだろう。
小雨に混じり、汗が滲む。
こんな戦場のど真ん中に連れてきやがって。
もし、機械に感づかれでもしたら……。
俺たちの緊張をよそに、機械の軍団は廃墟を進む。
そこに、大きな地響き。
ビル群から影がいくつも現れた。
――異形。
そうとしか形容できない。
体高は五メートル超。
虫のような六本脚に体表はツヤツヤとした張りのある灰色の皮。不気味な斑点。
頭は目と鼻の位置には窪みだけ。
顎はやたらと大きい。
そいつらが何体も群れをなし、奇妙な雄叫びを上げて機械どもに襲いかかる。
脚の一本一本に強力な魔力をまとい、それが振るわれるたびに炎が巻き起こる。
顎が機械兵を捉え、噛みちぎり、放り投げる。
機械どもの銃弾は、皮膚が易々と弾いている。
すると、機械どもの後方から、ガトリングガンを目一杯巨大にしたような兵器が現れる。
腹の底まで響く轟音。
機銃掃射――いや、もはや砲撃だ。
異形の肉が抉れる。
ガラスを引っ掻くような悲鳴が響く。
思わず背中に鳥肌が立った。
あの弾丸からは、僅かに魔力を感じる。
ミスリルだろうか。
あれほど大量に……。
それを皮切りに、機械兵の腕からブレードが展開。
あれも、おそらくミスリル。
「やつらも学習済みよ。
ダンジョン素材なら殺れるってな」
クックと楽しそうな魔神。
完全に傍観者だ。
しかし、俺たちは誰一人声も出せない。
ミスリルのブレードが異形の皮膚を斬り裂き、鮮血が飛び散る。
このシーンだけ切り取れば、正義のロボットとエイリアンの対決に見えなくもない。
何が何だか……認識が歪む。
異形は傷つくのも構わずに、六本脚を振るって魔法を放つ。
顎が鋼鉄を噛み砕き、歩兵どもをなぎ倒していく。
巨大ガトリングガンにも異形が群がり、砲身を食い破った。
だが、機械は空から次々と部隊を投入。
飛行ドローンも爆撃を始めた。
あの物量の機械にも食い下がっている。
魔力量と制御の練度は、上位の戦闘魔法使い並みだ。
だが、統率など見えない。
狂ったように突進し、魔法を振るい、噛み砕く。
あれも式神化だとすると、やはり理性が飛んでいるのだろうか。
「ありゃ、R魔法使いだろうな」
その一言に、頭を殴られたような衝撃を受ける。
俺も、あんな化け物に……。
そんな思考を追い払うような砲撃音が鼓膜に響いた。
艦隊から一斉射撃。
六脚の異形……R魔法使いたちの成れの果てが吹き飛ばされる。
そこに、機械兵のミスリルのブレードが襲う。
轟音と衝撃と熱と悲鳴が満ちる。
俺たちはアドラメレクに守られていた。
周囲は、まるで超精巧な立体映像が繰り広げられているようだ。
だが、そうではないのは、脳を痺れさせる血とオイルと硝煙の匂いで分かった。
アドラメレクは、「ふーん」と声を出す。
「なかなか頑張ってるけどよ、やっぱ物量が違うな。
そろそろ真打ちの登場じゃねえか?」
その時だ。
膨大な魔力を感じ、時間が止まったように全身が硬直した。
魔力の方へと、ゆっくり視線を向ける。
……どこから現れたんだ。
体高は優に五百メートルを超える。
ボロボロのビル群を見下ろすそいつは、影のような漆黒。
体はひょろ長く、頭と思わしき膨らんだ部分には巨大な一つ目。
シンプルなフォルムながら、際立つ異形ぶり。
魔力のオーラが陽炎のように立ち昇っていた。
単眼から感じられる魔力反応がひときわ大きくなると――
空を覆う機械の群れが次々に爆発。
ひょろ長い影のような触手を何本も鞭のように振るい、地上部隊をなぎ払っていく。
ギイギイと奇妙な声とも唸りともつかない音が響く。
機械どもも負けじと反撃。
巨大な異形に、ミスリルの砲弾が惜しげもなく撃ち込まれる。
影のような巨体が抉れていく。
機械兵が式神の体に取り付き、ブレードを突き立てていく。
まるで巨象に群がる蟻だ。
戦艦の砲撃が、敵味方関係なく降り注ぐ。
巨大式神に大穴が開き、引き裂かれていく。
そのとき。
「コーチ、この魔力……」
由利衣の震える声。
俺にも分かる。
この異常な反応、なにか仕掛けるつもりだ。
六脚の異形は、機械兵には構わずに一斉に地面を掘り始め、潜って消えた。
巨大な異形の魔力はどんどん膨らんでいく。
臨界まで達したそのとき。
一つ目から、四方八方に魔力が放出された。
レーザーのような黒い光が戦艦を貫き、機械兵をまとめて薙ぎ払う。
機械どもは撤退を始めた。
次々と引き上げていく。
だが、魔力の放出は終わらない。
機械どもが見えなくなっても止まらず、影のような体は崩壊を始めていた。
やがて、周囲を破壊し尽くすと影は消失。
由利衣の小さな声が聞こえた。
「モンスターも、機械の反応もありません……」
アドラメレクは、「な?」と言い放つ。
……何が「な?」なんだ。
「あのデカいやつ、一度戦い始めると大技ぶっ放してスッキリして終わりだからな。
局地戦には使えるだろうけどよ、あんなので戦略になると思うか?」
梨々花の大きく息を吐く音。
「なるほど。
人類が押されている理由がよく分かりました。
普通の魔法使いでは勝てない。
かといって、強力な式神になっても統制がなく制御不能。
詰んでますね」
機械どもはまた数を補充してやってくるだろう。
これでは、確かに勝てない。
アドラメレクは、口元を上げて笑う。
「あれが人類の希望ってやつだ。満足したか?
そんじゃ、帰るぞ」
そこに、梨々花の真剣な声がかかった。
「まだです。
とても、大切なことが終わっていません」
俺たちの視線が集まる中、さらりと黒髪をかきあげる仕草。
「あれだけの量のミスリルと、破壊された機械。
魔界にきて初のお宝じゃないですか。
確保していきましょう」
――おい。
何か言いかける俺に、魔王の圧。
「先生、冒険は投資ですよ。
1Gたりとも回収に手を抜かないのが冒険者です。
あの機械たち、まだまだジャンプさせたらチャリンチャリン音がしそうじゃないですか」
俺はその言葉に、思わず遠い目になった。
「……麗良も連れてくれば良かったな」
それだけを絞り出し、ドロップ品のミスリルのブレードを手に取る。
それから。
アドラメレクが「お前ら、いい加減にしろよ」と、こめかみに血管を浮かべるまで、お宝拾いは続くのだった。
――式神。
その謎の一端は明かされた。
しかし、冒険の目的である式神の獲得には早くも暗雲が立ち込めるのだった。




