第299話 魔界の希望
俺たちが救出した魔法使い。
彼女は来奈の隣を離れようとしなかった。
目の前には強面の魔神。
そして歴戦の女海賊のようなグレイス。
来奈は見た目は普通っぽく人懐っこい。
唯一まともそうに見えるのだろう。
まともかどうかは、すぐに分かるだろうが。
それはさておき、どうしたものか。
聞きたいことは山ほどあるが、いきなり尋問もないだろう。
先ほどの麗良との通話では、モンスターは魔法使いを探しているという。
その対象が、この世界にやってきたばかりの俺たちという線は薄い。
それに、やつらは自爆覚悟で巨大戦艦に立ち向かっていた。
やはり目的は美柑だろう。
由利衣の索敵では、地下の魔力反応はおよそ五百。
出撃した異形は二百ほど。
それも、いまや大きく減らして残ったのは五十もいない。
そこまでして機械に立ち向かう理由がわからない。
とにかくだ。
俺はすっか冷めた美柑の茶を入れ替え、目の前にシュークリームを置いた。
「まあ、甘いものは落ち着くだろう」
来奈にも山盛り与えると、バクバク食べ始める。
その様子を見て、美柑も安心したようにシュークリームに口を付けた。
「……美味しい」
美柑は、あっという間に平らげた。
「もひとつ、いっとく?」
来奈が珍しく食い物を分け与えた。
美柑は小柄なせいもあり、こうしていると妹の世話を焼いているようだ。
……少しずつ、慎重にだ。
「なあ、天ヶ崎さんは冒険者なのか?」
頬にクリームを付けたジャージ姿は、きょとんとした顔を見せた。
「冒険者……?」
「 魔法使いなんだろう?」
来奈が頬のクリームを拭いてやると、美柑は小さく頷いた。
「魔法使いは……はい。
たいしたことはできないけど」
やはり、いろいろおかしい。
「……そうか。
ところで、魔法使いランクは?」
「えっ……と、SR……です。たぶん。
なんとなく、そう分かったというか」
精霊とパスが繋がったときに、本人には分かるものだからな。
たぶん、という言葉は心もとないが。
しかし、あの再生能力。
完凸Rの俺でもあそこまでじゃなかった。
実のところ、SRの完凸はよく知らないのだ。
Rはダンジョン内での復活。
そして、一時的な超パワーアップ。
SSRは不老不死の亜精霊化。
Nは――これも知らない。
そもそも、N魔法使いが到達できるとも思えないが。
ノートパソコンのキーボードを叩く政臣を、ちらりと見る。
……唯一の例外を除いて。
美柑に茶を勧めながら、言葉を続けた。
「たいしたことはできないって……
星5のレベル99だろう?」
「はあ……そうらしいですけど」
なんだそりゃ。
難しい顔をしないよう気をつける。
おじさんは、おじさんというだけで若い子にとっては怖いのだ。
だが、そんな俺の疑問に感づいたのか、美柑の口からぽつりぽつりと言葉が出てきた。
「あの、私ほとんど魔法使いのことは分からなくて……
星上げ? とかレベル上げ? とか。
そういうことができるアイテムがあるからって」
「えー!! なにそれ、すっげーお宝じゃん!!」
突如の乱入に、俺と美柑の肩がビクッと跳ねた。
「いきなり大きな声を出すんじゃない。
強化素材だろうな。
第四層にガチャ機があるだろう」
なにそれ?
と言いたげな表情に、ため息が出た。
「山本先生が正月に引いたじゃないか。
レベルを下げずに星を上げられるやつ」
ピンとこない顔をしているが。
まだ半年と少ししか経っていないのに、どうして忘れられるんだ。
来奈に構わずに美柑へ言葉をかける。
「なるほどな。
それで魔力制御もできていないわけか。
しかし、訓練も積んでいない魔法使いに、貴重な素材をそこまで……」
「えっと、私は……
人類の希望だからって」
その場の全員の動きが止まった。
そして、美柑も自身の疑問を口にした。
「あの……みなさんも魔法使いなんですよね。
一体、どこに隠れてたんですか?」
どうも噛み合わないな。
まさかの疑問をぶつけてみる。
「天ヶ崎さんは……日本人だよな?」
「……日本?」
日本に国籍がなくても、日本を知らないなんてことはないだろう。
グレイスが訝しげに言葉を放つ。
「じゃあ、どこから来たんだい?」
美柑は、グレイスの迫力に気後れしながら、消え入りそうな声。
「えー……と、キイ……ですけど」
――聞いたことがあるような、ないような。
「ねえ、教官。キイって何?」
来奈がまっすぐに俺の目を見て言った。
声が上ずるのを抑えて、苦笑い。
「どこって……入江、お前高校生だろう?
あれだ、昔の……なんだ……」
そこに、政臣の声。
「紀伊国は現在の和歌山県と三重県のあたりですね」
俺は大きく咳払いした。
「そうだ。そんなことも知らないんじゃ、山本先生のアイアンクロー確定だな」
来奈の疑いの目をそらして、俺はアドラメレクへ声をかけた。
どこまで答える気があるのか、だが。
「なあ、昔の魔法使いが魔界に来たってことは充分考えられるけど。
……そういうことなのか?」
おかしいことだらけなのは分かっているが。
昔の、まだ日本という国号がなかった時代の魔法使いがここに来た。
そういう話なら、筋書きが通らなくもない。
アドラメレクは、カップをずいっと寄越してきた。
「梅昆布茶だな」
俺は黙ってリクエストに応える。
湯気の立つカップを差し出すと、魔神は一口。
「……お前ら、食い物だけは奢ってるって噂は本当だな」
思わず口元が上がる。
「うちの総務課長の方針だからな。
健全なるカロリーに健全なる魔力が宿るってやつだ」
このやり取りの意味は一切分からないが。
アドラメレクは満足そうに飲み干すと、小さく頷いた。
「昔の魔法使い……まあ、そうだな」
何時代だか知らないが、美柑は昔の日本人なのかもしれない。
「それにしても、数百年は経ってるんじゃないか?
そんな年には……いや、失礼」
美柑は、相変わらずおずおずとした調子で呟いた。
「あの、もう捕まってから何年経ったか分からないんですけど。
最後の誕生日は五十八……
魔法使いになったのは五十三……です」
――!?
魔法使いガチャは、若者に当選確率が偏っているというのが常識だったが。
俺が知っている中でも、最高の遅咲きだ。
アドラメレクは、「ふーん」と鼻から息を吐いた。
「見た目によらず根性据わってやがるな。
再生できるって言ってもよ、よく精神が保ったもんだ」
アドラメレクへと、さりげなく問いかけた。
「やっぱり完凸特典なのか?
SRがどうなるのかは知らなくて」
すると、魔神はさらりと答えた。
「SRは肉体の超活性化……最盛期の維持だ。
つっても寿命はあるし、Rみたいな瞬間火力もねえ。
まあ、中途半端だな」
いや、充分だろう。
それに、小学生の姿に戻らなくてもいいとは、羨ましい限りだ。
こいつは、芹那が聞いたら狂気乱舞しそうな情報だな。
そんなことを思っていると、アドラメレクは続けた。
「それでも、死のうと思えば死ねるぜ。
……お前、あれだけのことをされながら、なんで楽になろうと思わなかった?」
美柑の頬が引きつる。
アドラメレクの迫力のせいだけではない。
目から、一筋の涙が流れた。
「だって……もう高ランク魔法使いは私だけだって……
私が死んだら、希望が……
みんな、私のために……」
顔を伏せて、肩を震わせた。
「それに、家族が……
孫だってまだ生まれたばかりで……」
この見た目で、まさかの孫持ちとは。
言葉が出なかった。
そこに、来奈がポンと美柑の肩を叩く。
「魔法使いはランクじゃないけどさー。
っても、このSSRのあたしが付いてるから!!」
美柑の震えが止まる。
じっと来奈の顔を見つめた。
頬が引きつっていた。
「SSR?」
「そっ。機械なんてガツーンと……」
得意気に魔眼を淡く光らせる来奈。
美柑の頬の痙攣が激しくなる。
目に暗い光が灯った――ような気がした。
「SSR……?
そんな魔法使いがどうして……」
どう説明したものかな。
思案を巡らせていると、政臣がフォローを入れてくれた。
「僕たちはここの外から来たので、事情は分からないんですよ。
でも、とりあえずは機械をなんとかしないといけないという目的は同じようなので。
協力してもらえますか?」
美柑は来奈の目を見る。
ニカッとした笑顔に、少し安心したようだ。
「ありがとう……
日本……は、分からないけど。
外国から助けに来てくれたのね。
もうやられてしまったと思っていたけど」
俺はキーボードを忙しなく打つ政臣に、そっと声をかけた。
「なあ、やっぱり噛み合わないな。
大昔の日本人だったとしても、いろいろおかしいだろう」
政臣は顎に手を添えた。
「この世界樹の中の世界は、時間の流れが違うとか……」
精霊はなんでもありだからな。
しかし、それだけで片付けるのも違和感があった。
さらに政臣は続けた。
「でも、魔法使いになってからここへ来た……
という感じでもないし。
時間の流れだけじゃ辻褄が合わないですね」
二人で唸っていると、美柑が口を開いた。
「それで、入江さんは……」
「来奈でいいよー、なに?」
美柑は、小さく喉を鳴らして咳払いした。
「……その、助けにきてくれたってことは。
来奈は戦ってくれるんですか?」
すると来奈は、拳をガツンと合わせた。
「あったり前じゃーん!!」
小生意気な目が輝く。
そこに、予想外の一言。
美柑は、小さく微笑んだ。
「そう。もう覚悟ができてるなんて……
一緒に式神になってくれるのね」
「…………はあ?」
来奈の素っ頓狂な声。
続けて。
「はあぁっ!?」
ティナの大声が大部屋を震わせた。
***
地上へと降下する俺の視界は、一面の霧だった。
遥か上空からの監視の目を逃れるために、この一帯を森と霧で包んでいるのだ。
視界が悪いため、由利衣の索敵結果を確認しながら、モンスターたちがいる場所へと降り立つ。
山本先生と麗良、そして橘がいた。
さっそく山本先生が、にこやかな笑顔で近寄ってきた。
「佐伯さん、お疲れ様です。
うまく行って良かったですね」
「そっちも無事で良かった。
……で、麗良が言ってたけど、モンスターが魔法使いを探しているとか」
山本先生は、モンスターたちの方を見る。
「そうですね、今は近藤先輩たちが話を聞いています」
俺は橘へ鬼蜘蛛の通信で呼びかける。
「麗良と一緒にこちらに来てくれ。
俺たちだけで少し話をしたい」
二人が合流すると、さっそく麗良に確認。
「なあ、あの戦艦にいた魔法使いを保護したんだけど。
そのことについて、あのモンスターに何か言ったか?」
麗良は「いいえ」と返事。
「まだ関係性がよく分かりませんから。
状況からすると、味方……だとは思いますけど」
さすがはベテランの判断だ。
「そうだな。
とりあえず、まだ捜索中ということにしておいてくれないか。
……それで、連中が魔法使いを探している理由は分かったか?」
麗良が口を開く前に、背中に梨々花の声。
「先生、お疲れ様です」
いつの間にか、背後を取られていた。
「……桐生院、よくやってくれたな。
体調は問題ないか?」
その言葉に、「大丈夫です」と返す梨々花。
続けて背中に声がかかった。
「それで、あのモンスター。
言葉がたどたどしいので、いまひとつ要点が掴めないですね。
高ランクの魔法使いを探しているのは分かりましたが」
山本先生も同意の声。
「私たちの中にSSRがいると知って、『奇跡だ』『救われる』と口々に言っていまして……。
それがどういう意味なのかは、よく分からないのですが」
やはり断片的な情報を繋いでいくしかないか。
モンスターがこちらを気にしている気配を感じる。手早く指示を出す。
「山本先生、ここを任せてもいいですか?
麗良も頼む。
橘は、ちょっと来てくれ」
橘を伴って歩き出した。
離れた場所に由利衣とリズがいるはずだ。
「なあ、式神のことなんだけどさ。
なんか思ってたのと違うみたいなんだよな」
「どう……ちがいますの?」
着物姿の歩調に合わせる。
「まあ、俺は式神については素人だ。
だから聞きたいが、あれは元は魔法使い……なんてことはあるのか?」
――沈黙。
京美人の横顔を見る。
穏やかそうな細い目尻の奥の瞳は、感情が伺いしれない。
「どうなんだ、橘。
怪物になった魔法使いを使役している……
なんて、なかなかゾッとしない話だぜ」
俺自身、美柑の話は半信半疑。
だからこそ、確認しておきたかったのだ。
「佐伯はん、それを知ったからには、生かしておけまへんなあ」
返ってきたのは、ぞっとするような、冷たい声だった。
体が動かない。
口が塞がれた。
……鬼蜘蛛の魔力糸。
橘の眩がそっと開く。
光のない瞳と視線が合った。
「式神は元魔法使い……
佐伯はんは、どんな式神にならはるんやろうなあ」
脂汗を浮かべる俺に、橘の右手がゆっくりと伸びる。
そして、デコピン。
魔力糸は解除された。
「そないなこと、聞いたことあらしまへん」
あっさりした顔で、スタスタと歩き出した。
額を拭くと、大きく息を吐く。
そして、橘の隣に並ぶ。
「何なんだ、一体」
文句をつけると、橘は言葉を返してきた。
「そっちこそ、うちのこと、何やと思うてますの」
しかし、そう言いつつ目をさらに細めた。
「けど、違うとも言い切れへんな。
式神術はここに来たご先祖様が開祖らしいんやけど……どうなんやろうなあ」
「なるほど、興味深いですね」
後ろから梨々花の声。
……。
そういえば、こいつには指示を出していなかったな。
「桐生院は、山本先生の手伝いをだな……」
俺の声を遮って、まくし立ててきた。
「橘さんもご存知ない、式神の秘密がここ魔界に。
果たしてその正体は魔法使いなんでしょうか。
だとすると、完凸とも異なる進化の方向性が……。
機械の謎といい、アドベンチャーが盛り上がってきたじゃないですか。
夏の終わりに、ダンジョンのミステリー。
これはお茶の間の話題を独占ですよ」
まったく、元気なやつだ。
「分かった、じゃあ桐生院も来い」
まだ言い足りなさそうな梨々花を引き連れ、リズのところへと歩く。
ここなら、モンスターに聞かれることはないだろう。
「あ、コーチ。お疲れ様です」
由利衣は、大量のスパゲッティをフライパンで炒め、リズへと供給していた。
熱の隠蔽をしているとはいえ……。
とはいえ、これだけの規模の森を生み出したのだ。
仕方ないことだった。
「黒澤もリズも大活躍だったな」
由利衣へと笑いかける。
儚げに麺を流し込むリズには、そのままで聞いてくれと目で促す。
全員を見渡して、上空の巨大戦艦で保護したのは天ヶ崎 美柑という名の完凸SRだと伝える。
「で、その天ヶ崎さんなんだが。
SR魔法使いになったのが高齢ということもあってだな。
戦闘訓練は全く受けていない。
強化素材を注ぎ込んで、完凸まで持っていったらしい」
橘は「けったいな話やわあ」と一言。
俺も同じ感想だが、構わず続ける。
さらなる衝撃の事実があったのだ。
俺はオーバーアクションで周囲を警戒する。
ここには仲間しかいないことは分かっているのだが。
「そんなことよりもだ、聞いて驚くんじゃないぞ。
天ヶ崎さんは、ここ魔界の生まれらしいんだ。
どうも、紀伊という国の、昔の日本人の子孫っぽいんだけどな」
「まあ、そうだと思いましたよ」
梨々花は、さらりと黒髪をかきあげた。
「じゃないと、いろいろと説明がつかないじゃないですか。
厄災神の世界にも、贄にされた奴隷の子孫がいましたから。
同じような境遇なのかなって」
少しは驚いてくれと言いたい。
ならばと、追加を投げる。
「あの機械どもは、精霊が用意したものじゃなくて、魔界の住人が作ったものらしいぞ」
ここで始めて、梨々花の眉が動いた。
「魔界に移り住んだ冒険者の子孫が、外の世界を超える科学を……?」
厄災神の世界は、眷属にする気満々の絶対殺すゾーンだった。
だが、ここ魔界は違う。
人が根を下ろし、文明を築ける環境だったのだ。
適応どころか、外の世界を凌ぐ科学文明まで発展させていたとは、さすがに驚きを禁じ得なかった。
梨々花のボルテージが一気に上がっていく。
「これはすごいことですよ。
その技術が分かる人を外の世界に呼べば……」
そこまで言って、疑問符を顔に浮かべる。
一気にトーンダウンしていく。
「……えっ、いや、それなら何で機械が人を攻撃してるんでしょう」
それだ。
美柑から聞いた情報を一同に投げる。
「どうやら、あの機械を止める人間はもういなくて、魔法使いたちと終わりのない戦いをしている。
……ここはそういう世界らしいな」
梨々花の切れ長の目が、ゆっくりと見開かれた。
「なんですか、そのSFは」
魔法使いにそれを言われるとはな。
ひとつ明らかになったと思えば、ひとつ謎が増えていく。
まだまだ魔界は未知の世界だった。




