第297話 巨大戦艦
巨大戦艦とモンスターたちが戦う戦場は、ここから三キロほど離れた地点だった。
そして作戦行動は、三部隊に分かれての実行となる。
■突入班
俺
来奈
グレイス
ティナ
政臣
■通信班
麗良
橘
■地上班
梨々花
由利衣
山本先生
リズ
俺はさっそく残像の刃を繰り出す。
村正が備える召喚魔法の力で、魔力の刃を足場に変形。
それを全員分作り出した。
続けて、俺たちには強力な防御結界が施される。
ティナが光学迷彩と電磁波妨害。
梨々花は熱反応を遮断。
ステルス部隊が、廃墟の窓から飛び出した。
突入班は戦艦への潜入。
通信班は戦場全体の通信中継。
地上班は敵航空戦力を迎撃して、モンスターの支援だ。
ミサイルは絶え間なく撃ち込まれ、その度に被害が拡大。
まずは、あれをなんとかする必要があった。
地表スレスレを飛ぶ。
鬼蜘蛛の通信網にティナの声が乗った。
「リリカ、鉄砂嵐を頼むわよ。
頑張りに期待してるから」
梨々花の「わかってるわよ」の声。
「時間は三十分。
それまでは意地でも持たせるけど……
そっちも頼んだわよ」
攻撃用ではない。
通信妨害と機械どもを逃さないための檻。
そして、上空にいるはずの偵察の目くらましだ。
ティナは索敵とあの戦艦の無力化にリソースを向けるため、妨害は梨々花が引き受ける形だった。
制限時間は、およそ三十分。
大規模な嵐は負担が大きい。
そして、長時間の通信断絶は他の機械どもに感づかれる恐れがある。
短時間で終わらせる必要があった。
やがて戦場の中心から一キロ圏内に突入。
敵巨大戦艦の全長は、およそ三百メートル。
現代の航空母艦並み。
これが空を飛んでいるとは、とても信じられない。
そして、高度は約二キロメートル。
ここで通信班の役割が生まれる。
大規模な通信妨害を行うため、俺たちもスマホが使えない。
由利衣の索敵結果は、魔力弾をビーコン代わりにばら撒き、索敵情報を近距離通信へ変換する。
第四層攻略時に構築した仕組みだ。
問題は音声のやり取り。
そこで、橘と麗良は高度一キロ付近で待機し、鬼蜘蛛のネットワークを張り巡らせる。
地上と戦艦を繋ぐ、命綱だった。
さっそく作戦開始。
魔術師の魔眼が黄金に輝くと、この戦場を包み込む鉄片混じりの砂嵐が生まれた。
梨々花は眉を寄せ、ボソリと一言。
「これは……なかなかキツイですね」
俺は梨々花へと振り向いて声をかけた。
「桐生院、無理はするなよ」
すると梨々花は、いつものすまし顔に戻った。
「これくらいは、大魔法使いには造作もないことです。
とっとと突入してください」
思わず苦笑。
今の梨々花なら、限界を超えてまで無茶はするまい。
地上班を降ろし、俺たちはさらに高度を上げる。
一方、通信班は麗良の飛行魔法へ切り替えた。
二人くらいならなんとかしてみせると、妹弟子の頼もしい言葉だった。
ここで橘の声が響く。
「みなさん、あんじょうおきばりやす。
うちも支援しますさかい」
支援は鬼蜘蛛だけではなかった。
さすがは最強式神使い。
次に呼び出されたのは――
鉄鼠。
姿形は小さな鼠だが、鋼すら噛み砕く強力な顎と歯。
それが約五百体。
鬼蜘蛛も同時に操って、この数が限界らしい。
……充分過ぎるだろう。
百体ほどを突入班につけてくれた。
残りは地上班の支援へ次々と投下。
すると、ティナの楽しそうな声。
「いいわね、それ。
うちのも一緒に遊んで欲しいんだけど。
宵烏、ガッキー、行ってらっしゃい」
空中で黒衣の式神を召喚。
同時に召喚された肉塊を纏いながら落下していった。
俺は少し慌てた。
「おいっ!!
餓鬼王を放置していいのか?」
そこに橘の声。
「うちも見てはりますから。
あのワンちゃん、すっかりティナはんに懐いて……
よろしおすなあ」
ティナは、ふふんと鼻を鳴らした。
いまいち、この二人の関係がよく分からない。
「まあ、橘がいるなら大丈夫か」
気を取りなおして上昇。
通信班の二人と別れ、巨大戦艦へと向かう。
侵入は、整備用のハッチからだ。
飛行ドローンたちが警戒する中を突き進む。
いちいち戦闘などしていられない。
戦艦から絶え間なく響く悲鳴で、鼓膜が痛くなってきた。
幸い、鬼蜘蛛の糸の通信から聞こえる声はクリアなので助かっているが。
そして、俺たちの目の前でミサイルが地上へと撃ち込まれた。
……あいつらを信じるしかない。
魔力を具現化させた足場をさらに加速させ、高度を上げる。
装着したスマートグラスが映し出す映像。
ハッチの位置は――
「行くぞ、準備はいいな、入江!!」
「いつでもー。カッ飛ばしちゃうよ!!」
星の魔眼が輝き、手にした混鉄棍に魔力が乗る。
来奈をハッチ入り口まで飛ばす。
「四番、センター入江……」
金棒を構え、来奈は呟きながらハッチの扉へと迫る。
「ピッチャー第一球投げました、からのー!!」
腰を落とし、扉と激突寸前で金棒を振り抜く。
破壊の魔力が扉を粉々に打ち砕いた。
「うっし、サンキューいい球!!」
ニカッと笑うと、そのまま戦艦内部へ突入。
俺たちも後に続いた。
「黒澤、頼む」
全員の突入と同時に、破壊された入り口を防御結界で封じた。
空気の流出の遮断と、外からの干渉の防止だ。
足場を消して、戦艦内部に降りたつ。
通路の幅は人が二〜三人並ぶのがやっとだった。
俺はグレイスへと視線を向ける。
「さてと……
ここからはお嬢の活躍かな」
グレイスはガムを取り出して噛み始めた。
「リスクある方でいいんだね?」
何もないところに行っても仕方ない。
最短突破のためには、ドンと来いだった。
「ああ、一番いいリスク頼むぞ」
グレイスは、嬉しそうに目を細めるのだった。
***
地上へ向けてミサイルが撃ち込まれる。
モンスターたちが自爆を覚悟した、そのとき。
その耳元に見知らぬ女の声が届いた。
「あれはうちらで対処しますさかい。
命は大事にしはりやす」
戸惑うモンスターたち。
ミサイルが空中でぴたりと止まった。
鬼蜘蛛の糸だ。
そこに、竜魔法を纏った矢がミサイルを貫いた。
由利衣の防御結界が爆発を包み込み、熱と衝撃を抑え込んだ。
一射では終わらない。
山本先生は、大弓モードのスカジに矢をつがえ、ギリギリと引き絞る。
コンパウンドボウの滑車が、ある地点を境に負荷を軽減させ、グンと一気に弓を張る。
冷徹なハンターの目がスコープを覗き込む。
「黒澤、合わせていくで」
それだけ言うと、矢を放つ。
ミサイルを貫き、爆発を防御結界が抑え込む。
戦艦からは、ミサイルと無数の飛行ドローンが吐き出される。
続いて、二足歩行型の機械兵がバックパックのジェットを噴かしながら飛来した。
「そないな無防備は、あきまへんえ……」
橘は、クスクスと含み笑い。
鬼蜘蛛の魔力糸を伝って、鉄鼠が空中を駆ける。
瞬く間にバックパックへ群がった。
空中でバックパックが次々と爆発。
推進力を失った機械兵たちは、為す術もなく地上へ落下した。
新手のミサイルに立ち向かうのは、黒衣の式神。
靴底のブレードで、魔力糸を滑走。
舞うようなステップシークエンスで凶悪な鉄塊へと接近。
後向きからのフリップ。
その身に纏った肉塊から、歪な触手が何本も伸びる。
「喰わせろおおおおおぉぉぉぉぉっ……!!」
地の底から響くような声が、戦艦から聞こえる絶叫と重なる。
触手の先が人の頭ほどの大きさに膨れあがり、ミサイルに食らいついた。
引き裂き、抉り、貪る。
ミサイルは次々に異形の式神に食い尽くされていく。
そして、飛行ドローン。
これも鬼蜘蛛にかかれば、哀れな蝶だ。
たちまち空中に絡め取られた。
セトのウアスを構える梨々花が、リズへと呼びかけた。
「弾幕お願いしますね」
そう言うと、タブレットに表示される地図と敵位置を見せ、ポイントを指し示す。
リズは頷くと、女帝の魔眼が輝いた。
地表を突き破って、次々に巨大な植物の芽が生まれる。
またたく間に巨大テッポウウリに成長し、空へ向けて一斉掃射。
ドローンに種子の弾丸と粘液を浴びせかけた。
梨々花は満足げに目を細める。
「いつ見ても、えげつない断末魔ですね……
どんどんぶち込んで行きましょう」
そう言う自身は、セトのウアスに注ぎ込む魔力を緩めない。
戦場は鉄片混じりの嵐の壁の中。
あの巨大戦艦の閉じ込めは成功していた。
梨々花は小さく呟く。
「この異常気象。
しばらくは友軍も近づくことはできないでしょうけど……」
作戦失敗時は、機械たちの圧倒的物量にさらされ、モンスターもろとも全滅。
アドラメレクは、次は助けてくれるのか……。
梨々花は、小さく首を横に振る。
保護者に見守られての冒険は、もうとっくに終わっているのだ。
魔術師の魔眼が淡く輝く。
「未知に挑むのよ……
先生と、みんなと一緒に」
そこに、由利衣の声。
「梨々花、戦艦から大きな熱源反応あり。
ミサイルとも違う。これって――」
由利衣の瞳が輝く。
「ビームが来るよっ!!」
「何で嬉しそうなのよ……」
気持ちは分かる。
それでも、梨々花の口からは呆れた声が出た。
しかし、状況は厄介。
現在、セトのウアスに注いでいるのは風属性と鋼属性だ。
もう一属性いけるか……。
防御結界をさらに厚くしようとした由利衣を制した。
「必要ないわ。
……というか、由利衣は魔力の温存を」
ここは、腹をくくるしかない。
そう思ったとき。
「リリカさんは何でもできますけど……
何でもやろうとするのは、よくありませんよ」
リズの声がかかった。
同時に、女帝の魔眼が強く輝く。
轟音を立てて、巨木が次々と生まれる。
草花が咲き乱れた。
それらが、一斉に水分を放出。
蒸散と呼ばれる現象だ。
あっという間に、視界が霧で覆われた。
そこへ戦艦からビームが撃ち込まれる。
濃霧に散乱した光は収束を失い、威力は大幅に減衰。
由利衣の防御結界は易々とそれを受け止めた。
リズは、バッグから業務用コンデンスミルクのボトルを取り出す。
特濃のカロリーを充填した。
「この霧の中でも、ユリィさんの索敵があれば……
力を合わせていきましょう」
山本先生の矢と、テッポウウリの種子が撃ち込まれ、マップに表示されていた点が消えていく。
さらに上空では、式神部隊が魔力糸を伝って縦横無尽に動き、機械たちを捕食。
梨々花は、軽く息を吐いた。
「……ですね。
リズさんがいることを忘れていました」
笑顔を見せる梨々花に、儚げな圧がのしかかった。
「さっきのうなぎのカロリーが、もう……」
梨々花は、由利衣へと視線を送る。
セトのウアスを見せつけた。
「手が空いてるの、由利衣だから。
頼んだわよ」
由利衣は、「えー!!」と心の中で盛大に叫ぶ。
しかし、撮影係の狸ツインズが構えるカメラがこちらを向いていた。
ふわりと笑みを浮かべる。
「お師さま、パスタいきます?」
「そうですね、パスタ・アッラ・マリナーラ・コン・オリーヴェ・エ・カッペリを……」
フリーズする由利衣。
構わず、梨々花は満面のスマイルを放った。
「パスタ・アッラ・マリナーラ・コン・オリーヴェ・エ・カッペリ一丁、よろこんで!!」
そして、さっさと作れと魔王の圧を飛ばす。
由利衣は笑顔のまま寸胴に水を張る。
湯を沸かし、ケチャップと魚肉ソーセージを並べ、ピーマンを切るのだった。
それを見守る二人に、山本先生が駆けよってきた。
「リズさん、助かりました」
次に、由利衣へと声をかける。
「黒澤さん、手伝いたいけど……お願いね」
「大丈夫です。
パスタ……なんとか……んんっ!!」
軽く咳払い。
「とにかく、任せてください」
その笑顔に、山本先生もにっこり。
次に、梨々花とリズへと振り向いた。
「それで、モンスターが……」
そこまで言ったところで、濃霧の中から機械と戦っていたモンスターが現れた。
梨々花は、わずかに警戒の色を見せた。
モンスターは機械と敵対している。
敵の敵は……だが、こいつらも味方と確定したわけではないのだ。
すると、モンスターの一体が、たどたどしい言葉を発した。
「お前……魔法……使い……?」
こくりと頷く四人。
……だとしたら、どうするつもりだ。
いつでも魔法を放てるように、梨々花の瞳が淡く輝く。
「その……目。
まさか……エス……エス……アール……?」
問いかけたモンスターから、一筋の涙が溢れ落ちた。
状況が分からず困惑する梨々花たち。
モンスターたちは互いの手を取り、涙を流していた。
***
警護の機械兵を斬り伏せる。
内部にも警戒システムがあるだろうというのは、当然予想していた。
ティナは金蛟剪を打ち込み、機械兵の頭を潰した。
続けて雷光を飛ばす。
ヴァジュラの雷も撃ち込まれ、押し寄せる敵兵は沈黙していく。
しかし、数が多い。
幸い、通路が狭いおかげで今のところ囲まれることはないのだが……。
だが、その優位も長くは続かなかった。
別の通路からこちらに向かってくる反応を索敵レーダーが捉えた。
俺は指示を飛ばす。
「ティナは、魔力をあまり使いすぎるな。
お嬢と一緒に後方の警戒にあたってくれ!!」
橘へも指示。
「鉄鼠は、俺たちが囲まれないようにフォローしてくれないか?」
即座に「はいな」と返事が返る。
スマートグラスのレーダーから、通路のひとつを進んでいた機械兵の反応が次々と消えていく。
まったく、式神使いというのは頼もしすぎる。
後方への備えを終えると、来奈と目を合わせた。
「入江。とにかくスピード勝負だ。
限界ギリギリまで……いけるか?」
「いけるか? じゃないっしょ」
小生意気な瞳が黄金に光る。
俺は言葉に力を込めた。
「頼むぞ、日本のスピードスター」
その言葉が終わるよりも早く、光の軌跡を残して来奈の姿が消えた。
混鉄棍が振るわれ、機械兵がなぎ倒されていく。
「こいつら、動くお宝だっけー?
もったいないなー」
と言いつつ、容赦のない金棒の一撃を叩き込む。
破壊の魔力が、機械の体を塵にしていく。
機械兵は来奈の動きを追いきれない。
ならばと、滅多矢鱈に機銃掃射を始めた。
敵味方関係ない。
当たろうが当たるまいが、物量で押す算段だ。
来奈の世界が引き伸ばされる。
螺旋を描く銃弾が、ゆっくりと迫って見えた。
「逃げ場ないじゃん。えっぐいなー」
そう言って笑うと、左の拳が輝く。
衝撃波を放ち、銃弾を押し返すとともに機械兵をまとめて吹き飛ばした。
「このまま進むよー!!」
来奈の声だけが響く。
見えるのは、流星のような黄金の軌跡だけ。
こちらに向かって放たれる銃弾を村正の刃で防ぎながら、後方へと声をかけた。
「お嬢、どっちだ!?」
グレイスは後ろから追いすがる数体に雷を浴びせながら大声を放った。
「右、左、左、右、右だよ!!
覚えたかい?」
「えー……」
来奈の不安げな声。
「鬼蜘蛛でナビゲートしますからに……」
橘が救いの手を差し伸べてくれた。
「ありがとー、橘さん!!」
来奈は破壊の限りを尽くしながら進む。
俺たちも駆ける。
後ろのティナへと声をかけた。
「それで、どうやってハックするんだ?
コンピュータルームとやらに行くのか?」
「もうやってるわよ。
発想が古いわね、おじさん。
まあ、おじさんだから……」
おじさんを連呼することはないだろう。
ティナは政臣を見る。
撮影は暁鶴に任せて、政臣はノートPCを操作していた。
走りながら器用なやつだ。
「そっちはどう?」
ティナの問いかけに、政臣は「そうですね……」と淡々と答えた。
「解析は進んでいます。
けど、ダンさんと連絡できればなあ……」
「泣きごと言ってんじゃないわよ」
キッと睨んだあと、カメラの存在に気づいた。
パーフェクトスマイルを作る。
「この戦艦が飛ばしている通信を復号して、プロトコルを解析してるの。
審判の魔眼だけじゃ追いつかないから、解析はAIにも手伝わせてるってわけ。
え、どうやって暗号の鍵を盗んだのかって?
そんなの企業秘密に決まってるじゃなーい」
俺は、ふーんと分かったような声を出す。
「それで、解析できたらどうなるんだ?」
「いい質問ね、おじさん。
プロデューサーさん!!」
政臣が代わって答えた。
「そうですね。
審判の能力でこの戦艦のネットワークに割り込めたとしても、今は言葉の通じない外国へ放り込まれたようなものなんですよ。
まずはプロトコル……つまり通信のルールを理解して、やり取りできるようになること。
話はそこからです」
なるほど。
分かったような、分からんような。
「で、言葉が通じるようになると、何ができるんだ?」
「めんどくさいわね……」
ティナは一瞬眉を寄せるが、すぐに笑顔を取り戻した。
「できることが一気に増えるのよ。
例えば――ファームウェアの更新通知を偽装してプログラムを書き換えたり。
この戦艦に成りすまして、周りの機械に“もう敵はいない”って偽の情報を流したりね」
政臣が捕捉を入れてきた。
「まあ、一気には難しいですから。
まずは送受信系を乗っ取って、援軍が来ないようにすることと、偽の待機命令を信じ込ませること。
そこからダンさんチームと連携して制御系まで届けば、この戦艦も使えるかもしれません」
自分から振っておきながら、俺は「ふーん」という声しか出なかった。
まあ、具体的なプランがあるのなら任せるしかないな。
やがて、俺たちは例の開けた空間へと近づいてきた。
その扉の前で、来奈は混鉄棍を振りかぶっていた。
「おい、入江……」
思わずティナを見る。
こういうとき、映画ではカッコよく認証を突破するものだろう。
それを物理で……。
「さっきも言ったけど、制御系の言葉が解析できてないんだから、仕方ないでしょ」
ティナはあっさりしたものだった。
……しかし。
グレイスのこの顔。
ここが最大のリスクポイントなのは見て取れた。
来奈がぐっと腰を落とす。
「――入江」
嫌な予感に襲われる。
そこに……。
「お前ら、いいとこまで来たけどな。
そいつはやめといた方がいいな」
いつの間にか現れたアドラメレクが、来奈の右腕を押さえた。
「どして?」
「その扉を無理に突破したら、ろくでもないことが起きるからだよ。
……知りてえか?」
やはりな。
しかし、このままでは行き止まりだ。
後ろからは、機械兵が迫っている。
どうすれば?
そのとき、声が聞こえた。
「ここは、支援の出番ですなあ」
橘だ。
思わず感嘆の声を上げた。
「まさか、この扉を開けられるのか?
すごいじゃないか」
「そないなこと、できますかいな」
……?
「いいから、うちに任せときなはれ」
そう言うと、百体の鉄鼠がこちらに駆けてきた。
***
俺たちは、広い空間に上から降り立った。
「物理で解決かよ……」
思わず漏れる声に、「何か文句ありますの?」と被せてきた。
鉄鼠で天井を食い破り、その上の区画を通って目的地へ抜ける。
単純極まりないが、さすがの機械もこの攻略は想定していなかったようだ。
グレイスは残念そうだ。
「いいリスク来てたんだけどねえ……」
何が起きるはずだったのかは、もう聞きたくもなかった。
ぐるりと見渡す。
この空間に声の主がいるのか?
想像していたのは、拷問部屋のようなところだったが。
無機質な壁と床が広がるばかりだ。
やはり、録音だったのかもしれない。
被害者がいないのなら、それはそれで……なのだが。
「まあ、ここで解析とやらを続けるか。
どうやら、機械兵も入ってこれないようだしな」
通路の天井の穴は鬼蜘蛛の魔力糸で塞いでいるため、突破は困難だろう。
あらためて経路を見直すと、俺たちが来た道はやはり最短だった。
制限時間まで、残りあと五分といったところだが……。
ティナの審判の魔眼が強い輝きを帯びた。
「……とりあえず、最優先の送信系は行けるかもね」
その言葉にホッとした矢先だ。
アドラメレクが俺に手招きした。
「……なんだ?」
魔神はサングラスの位置を直し、壁を指さした。
「何が見える?」
……何がって、壁だろう。
いや、これは。
かなり微弱だが魔力反応?
由利衣の索敵でも拾いきれなかったのはわかる。
よく注意しなければ、この距離でも掴めないくらいだ。
アドラメレクは、俺の察知に口元を歪めた。
「やっぱ鈍いなお前……
もっと勘を磨かねえとな」
そう言うと、指を鳴らした。
途端に、目の前の壁が揺らぎ始める。
魔法?
いや、科学の光学迷彩か。
ただの壁だと思っていた空間が、ガラス張りに変わる。
中には薬液のようなもので満たされていて――
薬液のプールに、皮をはがされた人間の頭が浮かんでいた。
そいつと目が合う。
口の動きと、戦艦の拡声器から流れる悲鳴がシンクロしていた。
そいつは確かに、俺へ向かって「助けて」と訴えていた。




