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終末のSSR ―魔法使いジャパン、ただいまダンジョン攻略中!―  作者: 白猫商工会
第09章

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第293話 最後の鍵

第四層 世界樹イシェドの麓の遺跡。


俺たちの姿は、その遺跡のひとつピラミッドにあった。


このピラミッドは、三角錐ではなく頂上が平らになっていて、そこには強化素材のガチャ機と祭壇。


その祭壇には、意味ありげな穴が五つ。

発見時は宝石が二つはまっていた。


そして、先日のイナンナの世界で見つけた三つの宝石。


俺は計五つの宝石をはめる。


すると、祭壇がゴゴ……と音を立てて後方にスライド。

その下から階段が現れた。


なぜか由利衣が口を尖らせた。


「えー、フツー」


何が起きるのを想像していたんだか。


「黒澤、ここはメインコンテンツじゃないからな。

普通でいいんだ」


そう声をかけてメンバーへと振り向く。


イナンナの世界に挑んだときと同じ。


冒険部メンバー

山本先生

ティナ

リズ

麗良


魔界攻略は、それに加えて二名。


グレイスと橘。


グレイスは、こいつが取得した真贋鑑定魔法と引き換えに魔界行きに加えると梨々花が勧誘。


アミルは俺たちがいるからと、お嬢を快く送りだしてくれた。


橘は、先日のレイドのときにティナと何か密約があったらしい。


政臣が構えるカメラの前で、橘は「よろしゅうに」と、はんなり微笑む。


これから冒険だというのに、相変わらず着物姿の京美人ぶりだ。


ここで、今回初参加となる橘について触れておく。


橘志津香、二十五歳。

SR魔法使い。


日本で唯一の、代々魔法使いを排出する一族の秘蔵っ子。


橘家に古くから仕える強力な式神を使役する。

レイドでは日本チームの躍進に貢献してくれた。


武装らしい武装は帯びていないが、掌に乗るサイズの水晶珠が唯一にして最大の武器。


依代と呼ばれる、式神が潜むアイテムだ。


レイドのときは、鬼蜘蛛がいたが。


橘家には、式神はまだいるらしい。

今回、数体引き連れているとのこと。


その橘の目的は、魔界に封印されているという二体の式神、前鬼と後鬼。

それ以外のお宝には、興味あらしまへん……らしい。


うちの三人とはほとんど面識はないが。


梨々花は謎の式神使い一族の加入はコンテンツになると見たのか、ティナが良いなら構わないとあっさり承諾。

来奈と由利衣も、特にこだわりは無かった。


俺としても、橘の能力は買っている。

きっと戦力になるだろう。


そんなことを考えながら、階段を降りていく。


ここに最後の魔界行きの鍵、暴食の悪魔の心臓があるはずだ。


そいつを獲得して、すぐに魔界へとダイブの予定。


コンテンツは鮮度が命。

すでにイナンナの世界のイベントは、視聴者さんの中では過去になりつつあったのだ。


長い階段を下っていく。


俺は嫌な予感に襲われていた。


「まさか、ここも隠しダンジョンとか言うんじゃないだろうな……」


ここまで魔界行きを引っ張っておいて、まだクリアしなければいけない試練があります――なんてのは勘弁だった。


暴食とかいう上位魔神が空気を読んでくれることを、祈るような気持ちで階段を降りる。


五分ほどで下り階段は終わり、通路に接続した。


こんどは、その通路を進む。


索敵担当の由利衣の報告の声が飛んできた。


「魔力反応は、まだ……

この方向は、世界樹ですね」


イシェドへと向かって地下を歩いているのか。


俺はリズへと問いかけた。


「なあ、あれからイシェドはどうなんだ?」


俺たちが発見したときは、かなり傷んでいた。

現在は、カロリーを少しずつ供給中。


「まだ問いかけにはあまり。

でも、カロリーは喜んで受け取っていますよ」


儚げに微笑む。


世界樹の護り手として、嬉しいようだ。


ユグドラシルとかいう世界樹の世話もあるようなので、リズの摂取カロリーは増大していた。


だが、それをやめろとは言えないだろう。


それに、食費はオーストラリア政府持ちなのだ。


人間の食う量がこんなに爆増するはずがないだろうとクレームをつけてきた役人の前で、リズは実演してみせた。


元々、人間の食う量じゃないだろうに。

いまさら文句を言われても困る。


嫌なら米国に移民してベアトリス大統領の世話になる。

リズのその一言で、役人は黙った。


役人には同情を禁じえない。


それでも、彼女の土壌改良と植物操作に菌類操作魔法は、祖国に多大な恩恵をもたらしているのだ。

多少食うくらいは我慢して欲しいという思いもあった。


多少で済むのなら、だが。


俺は軽く頷く。


「そうか。

ここ数日で、食欲もうなぎ登りだからな。

イシェドも回復していくんじゃないか」


「うなぎ……」


儚げに喉を鳴らす音。


梨々花の「余計なことを言うんじゃない」と言いたげな視線が突き刺さってきた。


慌てて前を向く。


「大将……

夏の暑い時期は、こってりしたうなぎは元々敬遠されていましたが。

困ったうなぎ屋さんの声を聞いたさる発明家が、丑の日に『う』のつく食べ物を食べると病気にならない……

という逆転のアイデアで、いまでは日本人の夏の食卓には欠かせないものだとか……」


背中に儚げな圧がのしかかる。


「へえ……日本の文化に詳しいじゃないか」


それだけ絞り出すのが精一杯だった。


その後も、「丑の日……牛」という呟きを背に進み続ける。


すると、由利衣とグレイスの声が同時に上がった。


「この先、何かいます」


「なかなかのリスクじゃないか……」


さっそくイベント勃発か。


戦陣を組む。


村正の柄に手をかけ、慎重に進む。


どうやらこの先に広い空間があるようだ。


「入江……と、お嬢。

逸るなよ。合わせて行くんだ」


こくりと頷く来奈と、「分かってるよ」と面倒くさそうなグレイス。


来奈は、左脇のホルスターから銃を抜いた。

嬉しそうな顔をする。


新しい銃とスマホをゲットしてご機嫌なのだ。


俺は後方の橘をちらりと気にする。

すでに鬼蜘蛛を展開中のようだ。


レイドで大きく力を失った後、一族総出で魔力を注ぎ込んでいたという。


俺の耳元に橘の声。


「佐伯はん。接続完了しましたえ。

黒澤さんも、あんじょうよろしゅう」


鬼蜘蛛の能力の一つ。

魔力糸による会話。


由利衣とも連携できるとなると、心強すぎる支援だった。


だが、その由利衣の声は極度の緊張を含んでいた。


「コーチ、相手は一体ですが……

これまででも最強クラスです」


散々化け物を見てきた由利衣の言葉だ。

真竜にも匹敵するモンスターがいるというのか。


一気に緊張が走る。


そこに。


「待っているんだけどな。

用があるのはそちらだろう?」


俺の耳元に、謎の声。


鬼蜘蛛の魔力糸を乗っ取ったというのか。


どうやら、いきなり戦闘というわけでもない……と思う。


それでも、村正の柄からは手を離さずに進む。


やがて、広大な地下空間へと出る。

天井も高く、荘厳な柱が立ち並ぶ。


その中央あたりが円形に一段高くなっていて、そこに一人の男が立っていた。


頭にはねじれ角。

魔神――それも上位の。


年は、三十代くらいだろうか。

モンスターの外見などあてにならないが。


身長は、大女のグレイスの頭一つ分は高い。

厚い胸板。黒いワイシャツは第二ボタンまで開けられていたが、それでも窮屈そうだった。


白いズボンの上からでも、筋肉の塊のような太腿が分かる。


サングラスに短めに刈り込まれた髪。

口元には整えられた髭。


まるで武闘派の、ヤのつく自由業のような風貌。


こちとら戦闘魔法使いだ。

外見だけで臆することはないが。


しかし、この魔力。


これまでの上位存在は、あからさまに放出してくることはなかったのだが。

目の前の魔神は、遠慮なく魔力の圧を放ってくる。


だが、アスタロトも暴食の悪魔は話の通じる相手だと言った。


来奈たちを手で抑え、魔神の前に立つ。

村正は、いつでも抜けるように柄に手を添えたまま話しかけた。


「暴食の悪魔……さんでいいのかな?」


「おい、礼儀がなってないな。

待ってたって言っただろう」


村正の柄からそっと手を離した。


「失礼した。俺は佐伯って者だが」


すると魔神は、サングラスのブリッジを押して位置を直した。


「俺は案内人のアドラメレク。

暴食たちからも、丁重にもてなせと仰せつかってるぜ」


そのビジュアルで言われると、不穏にしか聞こえない。


アドラメレクと名乗った魔神のサングラスが、俺を頭の先からつま先まで走査する。


「なるほど、完凸。

百年ぶりに見たかな。おめでとうさん」


何が?


とは聞かなかった。


次に、俺の後ろのメンツを評価。


「SRが二人、SSRが六……。

おいおい、弱っちいな。

死ぬぞお前ら」


グレイスがヴァジュラを構えるのを目で制した。


だが。


サングラスが山本先生へと向く。


ほんの少しだけ、その動きが止まった。


「…………そこの姉さんは、やるじゃねえか」


やはり、な。


だが弱かろうとなんだろうとだ。


俺が口を開きかけたところに、梨々花の声。


「アドラメレクさん。

自分の実力は分かっていますけど。

でも、強くなってから出直してこい……なんて言われても、何年かかることやら。

視聴者さんの寿命があるうちに、トライしたいわ」


するとアドラメレクは、梨々花の方へと顔を向けた。


「別に出直せなんて言ってないぜ。

まあ、すぐに終わると思うけどな。

太く短く散るのも冒険者の生きざまだ」


そして、ニヤリと笑う。


「お前ら、イナンナの世界行ってきたんだよな。

あんな甘っちょろいところじゃねえぞ」


その言葉に口元を上げたのは、グレイスただ一人。


「まあ、魔界も見てる分には面白いところだけどな。

なんであんな世界をわざわざ……物好きなやつだぜ」


物好きというのは、俺たちのことか、別の何かか。

妙に引っかかる言い方だった。


しかし、口を挟む前に話を続けてきた。


「……というわけで。

つっても、何がというわけで、なんだけどな。

俺たちの間で、誰かがお守りについてやれって話になってだな」


お守り?

冒険者に、上位魔神が?


そんな話は聞いたことがない。


そんな俺の反応など気にも留めず、アドラメレクは続けた。


「お前らにあっさり死なれたら、飯屋がなくなるから嫌なんだとよ。

だったらアスタロトが付いてやればいいのによ。

押し付けやがって……」


ブツブツと愚痴が始まった。


すると、ティナがずいっと一歩前に出てきた。


「それで、最後の悪魔の心臓なんだけど。

貰えるってことでいいのよね?」


「ああ、これだろ?」


いつの間にか、アドラメレクの手には像があった。


そして、くるりと踵を返した。


「ついてきな」


スタスタと歩き出す。


ここは言うとおりにするしかないだろう。


俺たちは後ろについて歩く。


広い空間は行き止まりになっていて、そこには大きな扉があった。


アドラメレクは扉の前で立ち止まると、俺たちへと振り返る。


「これが、魔界……イシェドへの扉だ」


リズが声を上げた。


「魔界とは、イシェドのことだったのですね。

……どういうことですか?」


「そんなことも知らねえで挑むのな……

まあ、いいか」


アドラメレクはその手にある悪魔の心臓をポンポンと叩いた。


「世界樹ってのはな、一種の倉庫と言ってもいい。

ダンジョンも歴史が長いからな。

もう使わないものは、ここにあるのよ」


倉庫……。

というイメージはまるでなかったが。


「ただ、イシェドはちっとばかし事情が違う。

もう使わないなら貰ってもいいかって物好きがいてだな。

いまはそいつのものだ。

入れるのは、いまの持ち主が認めたやつだけ……

それがこの悪魔の心臓集めってわけよ」


俺は一つ気になることがあった。


「なあ、俺たちが見つけたときは、樹の竜に荒らされてたんだけどな。

そんなんでいいのか?」


すると、アドラメレクは軽く笑った。


「持ち主はいつもはいねえからな。

放置してるうちに世界樹の価値を求めた害獣に荒らされてやがんの。

雑なやつなんだよ……守護者に任せっきりでよ」


イシェドの守護者とは、あの巨大鳥なんだろうな、やっぱり。


俺たちは、その鳥を駆逐して害獣の方を新守護者に据えてしまったわけだが。


……まあ、結果的に守ったわけだからセーフだろう。

たぶん。


リズと目が合い、思わず苦笑する。


そしてアドラメレクに視線を戻すと、手を差し出していた。


「……何だ?」


「お前らの集めた悪魔の心臓だよ。

もう扉は通れるから、必要ねえだろ」


巨大な扉を眺める。


「……もう行けるのか?」


「ああ、いつでも」


ずいぶんアッサリとしたもんだ。


由利衣が、梨々花にひそひそと話しかけている。


「ねえ、もっとバーッと演出があると思ってたんだけど……

撮れ高大丈夫かな?」


「そうだけど。

派手な演出も、長いとスキップされちゃうから。

展開は早いに越したことはないわ」


その言葉を背中に聞きながら、アイテム袋から悪魔の心臓を取り出した。


下に置け、とジェスチャーで指し示され、これまで集めた六つを並べて置く。


最後にアドラメレクは、自身の手にある暴食の悪魔の心臓を地面に置くと、魔力を高めた。


合計七つの悪魔の心臓は、フッと煙のように消失。


「……また来たいなら、もう一度集めることだな」


――なんだと?


「てことは、一度きりのチャレンジなのか?」


アドラメレクは、わからんやつだなと言いたげな顔。


「一度きりじゃねえよ。

また集めて来いって言っただろ。

お前らは今行けるんだからいいだろ別に」


よくはないのだ。


背中に梨々花の無言の圧を受けて、俺は交渉に入った。


「俺たちはいいんだけどさ。

この配信見た他の冒険者だって、魔界に行きたくなるかもしれないじゃないか。

それをまた心臓集めからってのは、ちょっとアレじゃないか?」


軽く舌打ちするアドラメレク。


「めんどくせえやつらだな。

なら、持ち主と交渉するんだな。

いればいいけどよ」


俺は後ろを振り返り、「それでいいか」と確認する。

誰も異論はなさそうだった。


そこに、来奈の声。


「そんじゃ行こうよ魔界に。

おじさんも来るんだよね?」


アドラメレクは「まーな」と頷く。


「俺も忙しいんだけどよ。特別中の特別サービスだぞ。

せいぜい映えてくれよ」


そう言うと、扉へと歩いていく。


来奈、由利衣、梨々花は、政臣の構えるカメラの前に立つ。

扉が開く瞬間に、視聴者さん向けのコメントとポーズを決めようと待機。


そして、巨大な扉がゆっくり内側に開いていく。


心なしか、湿った血なまぐさい風が吹いた。

悲鳴が混じっている。


……そんな気がした。


アドラメレクは、扉の奥へと消えた。


三人は動けない。

その顔色は真っ青を通り越して白になっていた。


助けを求めるような六つの瞳が、俺へと向けられた。


「先生……」


扉が開いた瞬間に分かったのだ。

ここが引き返す最後の分水嶺だと。


おそらく、俺の顔色も同じだろうと思う。


思わず、ごくりと喉を鳴らす。


「こいつは、確かにまだ早いのかもしれないな。

引き返して、第八層に挑んでその先の深層へ……

強くなってから、もう一度悪魔の心臓を集める。

それも、選択肢だろうな。」


三人の目が揺れる。

その言葉に、少しだけ安堵を覚えているようにも思えた。


しかし。


「――それもありかもしれないが、ここには何かがある。

そんな気がしている。

普通に攻略していたんじゃ見えてこない、何かだ」


「コーチは、どうするの?」


由利衣の言葉がかかる。

三人に向かって、軽く笑いかけた。


「これは、師と教え子じゃなく……お前たちを対等の冒険者と見込んでの我儘だが。

俺は次のチャンスを待つ気はない。

だが、お前たちには未来があり、親御さんにも心配をかけさせたくない」


先日の三者面談のときの、こいつらの家族の顔。

とてもついて来いとは言えなかった。


「正直に言う。

俺の命一つで守れるなら、とことん守る。

だけど、難しいだろうと思う。

だから……」


そのとき。


俺の膝裏に蹴りが入った。


「先輩が行くのに、この子たちが退くわけがないのは、分かるでしょう。

バカなんですか?

……守る命が足りないなら、もう一つです」


麗良の言葉に、思わず視線を落とす。

すると、別の声がかかった。


「二つじゃなくて、三つ。

そうじゃないですか」


その言葉に、来奈と山本先生の目が合う。


「山本センセー……」


山本先生は、軽く来奈の頭をなでた。


「行きましょう。

あなたたちの冒険を終わらせたりなんかしないから」


小さく頷く来奈。


「あたしも、みんなで冒険したいんだ……

ずっと、ずっと」


そして、グッと目に力を入れた。


「教官、あたしたち対等の冒険者なんだろ!!

なら、守らせろっつーの!!」


そこに、グレイスの声。


「言うじゃないか。じゃあ、決まりだな」


俺の脇をすり抜けてさっさと扉をくぐっていく。

ティナと橘もだ。


リズも迷いのない足取りで扉へと向かう。


「世界樹とは何か。

それを見届けられるなら、どんな場所でも本望ですよ」


そう言い残して、儚げな姿が消えた。


俺は、あらためて三人を見る。


「黒澤と桐生院は――」


「来奈、由利衣。

上等中の上等がやってきたわね。

……そうじゃない?」


梨々花はさらりと黒髪をかき上げた。


そして、由利衣のふわりとしたいつもの笑顔。


「コーチ、守るのは私の役割ですからね」


政臣は……言うまでもないか。

カメラを持つ手は、少しも震えていなかった。


まったく、たいしたやつらだ。


俺は頷き、一歩を踏み出した。


――そして。


全員が扉をくぐる。


巨大な扉はゆっくり閉まると、音もなく消失した。

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