第292話 新しい国
世界樹フルップの攻略から三日が経過した。
その間、新興国家『飯』の体制は急ピッチで整えられていった。
聖王リウは、相変わらず飯炊きをして、空いた時間に酒を飲みながら仲間と遊んでいる。
実際の政務は丞相のシャンガが仕切っていた。
同村出身の年配の猫獣人。
生真面目で頭の回転も早く、魔王からの信任も厚かった。
リウは政治には関心がないし、任せる気も無い。
余計な野心を抱かずに、臣民全員を食わせることだけを考えろと、魔王は聖王の目をまっすぐに見て言い放った。
そしてシャンガには、リウを裏切らないこと、法に則って政務を行うことを、リュシアンの前で誓ってほしいと伝えた。
すると、この程度の条件はどうということはないと、あっさり承諾。
俺たち冒険者がいなければ、最初の陵墓イベントで殉葬されて終わっていた。
拾った命で、あんな悲劇も種族間の不平等もない国を作ると言ったのだ。
その心意気に満足した梨々花は、聖王には丞相には絶対服従するように誓約させる。
ついでに、どうせ暇だろうから聖王も定食屋の厨房に立てと勅命が下る。
仕事が終わったら酒を飲ませるという条件で、おじさん猫もさえき亭スタッフの戦力に組み込まれることになった。
いろいろとおかしいが。
この王と丞相のコンビなら、悪い国にはならないだろう。
そんな気がした。
――こうして。
飯の国は非公式に“神聖リリカ様帝国イナンナ属州”として組み込まれる。
属州提督は、世界樹の守護者に認められた聖王。
その王権は、精霊に正当性を担保されたものだ。
ダンジョンにおいて、単なる称号以上の意味を持つ。
この情報が公開されると、聖王を倒せば俺が成り替われるんじゃね?
という意見が散見された。
だが、その意見は追加情報ですぐに鳴りを潜めることになる。
リウがキスキル=リラから下賜された力とは、あの蛇と梟の使役。
配下モンスターは強力なうえ、次から次へと湧いて出てくる。
そこに加えて、守護者の本命であるウサ耳鉄仮面と、火遊び相手のリザードマンの青年は、寵愛とやらで冷たい風を呼び出せる。
あのクラリスすら一撃で戦闘不能にした、ドレイン能力である。
仮に善戦できたとしても、粘られているうちに魔王に降臨されてゲームオーバーがオチ。
とても聖王討伐は無理だろうというのが、一致した意見だった。
梨々花は、聖王の首を取れるものなら取ってみろと、なぜか攻略報酬として五十億Gを提示した。
ただし、失敗した場合は身ぐるみ剥がされて第三層の火口に吊るされても文句は言わせない。
その言葉もしっかり添えていた。
とにかく、行儀の悪い冒険者への対策もばっちりのようだ。
俺たち運営には、さっそく各国や大企業から問い合わせが殺到していた。
この世界に眠る鉱物や植物のダンジョン資源が目的だ。
だが、資源は前帝国の貴族連中が精霊の利権を押さえていた。
そいつらはクラリスのおかげで帝都から逃げ出してしまったため、探し出して新しい国に組み込むことも今後の課題だった。
うちの魔王は、さっそく冒険者へ向けて、聖王の名のもとに「貴族捜索クエスト」を布告。
報酬は、対象の財産の半分。
さらに資源利権を持っていた場合は、その上がりの一割を三十年間約束する。
俺たちの攻略サイトには、目の色を変えた冒険者たちの名乗りが続々と書き込まれていく。
残党狩りまでコンテンツにしてしまうとは。
恐ろしいやつだ。
魔王は投資を呼び込むために、さっそく帝都近郊の衛星都市を経済特区に指定。
丞相へ矢継ぎ早に指示を飛ばしていた。
一連の指示が終わると、丞相にノートパソコンとスマホとソーラー発電付きのポータブル電源を渡す。
勤務時間中は三コール以内に出るように言い含め、事業計画と進捗は週次で報告するよう申し伝える。
機器は配下の文官にも支給するからと、俺に調達指示が飛んできた。
そしてフェリクスには、日本とこことの転移陣を精霊に今すぐ申請しろと尻を叩く。
翌日には受理されていた。
あらためて、やつはなかなか使える男だ。
ここまで終えると、俺たちは一旦この世界を離れるときが来た。
***
イベントのフィナーレとして、聖王の即位式と打ち上げを兼ねて、盛大なバーベキューパーティーが開かれることになった。
リウは忙しなく獣人やリザードマンたちへ肉を振る舞う。
威厳もなにもないが、玉座にふんぞり返っているよりも性にあっているようだ。
その隣には、村から呼んだ猫耳娘。
遊び人のおじさんくせに、王妃は若くて可愛らしい。
ウサ耳とリザードマンの青年で構成された親衛隊の連中とも、すぐに打ち解けた様子だった。
俺はそんな聖王夫妻を横目で見ながら、冒険者たちに振る舞う肉を焼く。
アシスタントの政臣が、スペアリブの下ごしらえをしていた。
なんとはなしに、言葉が出る。
「なあ、あの隠神刑部が言ってた、魔法使いの先の先って何だろうな」
キスキル=リラの家で聞いた言葉。
これまで、エステルも似たようなことを言っていた。
魔法使いの終着……。
「完凸がゴールじゃないのは、何となく分かるんだけどな」
完凸したところで、神話伝承級の化け物連中に敵う気はしない。
だからこそ加護システムが実装されたのだろうとは思う。
……だが。
魔法使いの終着というのは、本当に強さだけの話なのだろうか。
エステルの様子からすると、それも怪しい。
政臣は、スペアリブを下茹でしながら「うーん」と唸る。
そして、軽く笑った。
「僕は完凸したところでダンジョンでは戦えないと思うから、なんとも……
その先があったとしても、どうかな」
そう言って、少しだけ声を潜めた。
「もうすぐ、星3もレベルマックスなんですよ。
……これ、内緒ですから」
SSRの三人は、もうじき星2のレベルマックスに到達しようとしていた。
魔界に行く前に星上げすべきか相談されていたが。
夏休み中にこのまま魔界に突入して、その後で上げるのが良いだろうとアドバイスすると、三人ともそうすると言った。
同じ時期に冒険を始めた政臣が、もう星4に手が届く……。
それでいて、ステータスは初期値から大きな変化はない。
魔力は多少上がったかもしれないが、とてもダンジョンで生き抜けるほどではない。
俺としては、N魔法使いの先も気にはなっていた。
「でも……」
政臣の声に、意識が引き戻される。
「でも、なんだ?」
「魔法使いの先の先……も怪しさがありますけど。
第五層の悪魔の国チャレンジあたりから、“熱”って言葉が引っ掛かるんですよね」
そう、それも気になるワードだ。
政臣は肉の筋を切りながら言う。
「熱が無くなったときは、宇宙の終わり……とか。
物理では、そんな話もありますよね」
小学生の頃からダンジョン三昧のおじさんには、そのへんはさっぱりだ。
魔法使いは物理学を超越するのだ。
……だが。
熱を回せというなら、熱が失われたらどうなるのか。
宇宙の終わりなんて壮大なものは想像もできないが、精霊は“熱”を妙に気にしている。
きっとダンジョン制覇に必要なことなのだろう。
しばし考えに耽る俺に、声がかかった。
「教官ー。
肉足りてないよ。手動かさないとさー」
政臣は慌てて下処理したスペアリブを寄越してきた。
俺はさっそく焼き始める。
「すぐに追加を投下するぞ。
〇国から分捕った食料も、一気に放出だ。
入江もたくさん食え」
来奈は、ニカっと笑う。
「次は魔界だよね。
梨々花、出発は五日後だってさ。鬼じゃね?」
夏休みはあと半分。
これから一旦学院に帰還し、準備を整えてすぐに攻略開始。
こいつらに夏休みの課題という概念はないのだろうか。
学院長権限で付属大学に進学が決まっているのだ。
もはや、やりたい放題なのだろう。
俺の育てたスペアリブを一本差し出すと、来奈は目を輝かせて食いつく。
「これ美味しいじゃん。
店でも出したらウケるって絶対」
屈託ない笑顔で頬張る姿に、思わず頬が緩む。
「そうだな。
イナンナ第一号店でも出してみるかな。
桐生院は五百店舗出すなんて言ってるが」
「どうせなら千店だって。
盛り上げていかないとさー」
フッと笑いが漏れた。
「言うじゃないか。
お前、たまには店を手伝ってくれよ。
手が足りないんだからな」
「えー!!」と抗議の声。
それも予想通りだが。
「ダンジョンに熱を回すのは、バトルだけじゃないんだ。
盛り上げて行こうってならな……」
「ねえ、教官」
スペアリブをかじりながら、来奈が小生意気な目を向ける。
「あたし、教官ならやれると思ってるんだ。
魔界の次も、その次も」
そう言って皿を差し出してくる。
「一人で全部食うつもりじゃないだろうな……」
呆れながら、追加のスペアリブを乗せる。
来奈は嬉しそうな顔でそれを掴むと、静かに一言。
「魔界に、ヒントがあるかもね。
魔法使いの、先のその先の――終着」
ニヤリと笑った。
俺の瞳孔が開く。
「お前……入江じゃ……」
そのとき。
「ねえ、じいちゃん。
あたしの恰好でウロウロするんじゃないって」
もう一人の、本物の来奈が割り込んできた。
狸来奈は、カッカッと大笑い。
「この姿は、お前のところの魔王が好きにしていいと言ったぞ」
来奈は渋い顔。
「いいけどさー。
あたしは清純派で売ってるんだから、視聴者さんに夢を与えないと。
笑うときは、口元をそっと隠して欲しいんだけど」
いつから清純派キャラになったのかは知らないが。
隠神刑部……喰えないやつ。
魔界は強力な式神が封印されている地。
それ以外の情報は無かったが。
他にも何かありそうなフラグを立ててきやがった。
俺は本物の来奈に、育てたスペアリブを取り分ける。
嬉しそうに食べ始めた来奈を見て、狸も皿を差し出してきた。
それに肉を乗せながら、言葉をかける。
「教えろとは言わない。
俺たちは冒険者だからな。自力で暴いて見せる。
目標がひとつ追加されたな」
「いい心がけだ。SSRをしっかり頼むぞ。
……じゃあな」
骨だけになった皿を突きつけてくると、くるりと踵を返す狸来奈。
「帰るのか? いろいろ世話になったな」
狸来奈は振り返らずに言う。
「そいつはお互い様。
ワシのビジネスも、しっかり盛り上げてくれよ」
すると、本物の来奈の声。
「ねえ、獣の加護持ってるやついたら、貰えるように話してよ。
あたし、忘れてないからね」
「分かっとる。
まったく、星の能力者は歴代揃ってこんなのしかおらんな……」
格好よく去ろうとしたところに水を差され、顔をしかめた。
だが。
「じいちゃん、楽しかったよー。
ありがとー!!」
大きく手を振る来奈。
隠神刑部の口元が上がる。
黙って手を上げると、その姿は霞がかかったように薄くなり――そして、消えた。
「魔法使いの、先の、その先か……」
思わず呟くと、政臣が俺の目の前に下処理した肉をドンと置いた。
「次のコンテンツは、魔法使いの謎。
いいじゃないですか。お願いしますね」
スタンスのぶれないやつだ。
「そうだな……
何が飛び出してくるか。楽しみだな」
そして、俺は目の前の肉に向き合う。
肉を焼く音に混じり、由利衣の呼び込みの声。
バーベキュー会場の一角では、参加冒険者向けに、さえき亭友の会の説明会。
パンフレットを配っていた。
一口百万Gからの投資。
魔王の渾身のプレゼンが終わると、次々に億単位が集まる。
イナンナの世界の上がりと、これから育てる厄災神の世界への期待だ。
続けて、冒険で獲得したお宝の品評会。
鑑定員のリズとクラリスの瞳が揃って黄金に輝くと、鑑定金額がボードに書き込まれる。
その度に湧き起こる、感嘆と落胆の声。
なにしろ、真贋鑑定魔法が使えるのだ。
この機に手持ちのお宝を見てもらおうと、冒険者が列をなしていた。
もちろん、魔王の魂胆として無料査定は呼び水。
厄災神の世界へ投下するため、積極買い取りを行っていたのは言うまでもない。
その様子に目をやっていると、麗良がこちらへ来た。
「先輩、そちら手伝いましょうか?」
俺は政臣へと声をかけた。
「お前、腹減ってるだろ。ずっと編集作業してたしな。
肉を食って少し休めよ」
そう言って、スペアリブを取り分ける。
政臣は軽く手を振る。
「佐伯さんだって休んでないでしょ……」
すると麗良の声。
「いいのいいの、戦闘魔法使いは体力が命だから。
高柳くんも楽しんできてね」
そう言うと、「じゃあ……」と政臣は麗良と交代。
大量の肉を持たせてやる。
政臣はテーブルに向かうと、日村に呼び止められ、おじさん連中と話を始めた。
俺は麗良に声をかけた。
「今回、けっこうレベルアップできたんじゃないか?
なにしろ神話伝承級に真亜の群れも出てきたからな」
すると、麗良は「そうですね、レベル25です」 と返してきた。
ここに来る前はレベル20だった。
たったそれだけか。
やはりSRともなると、なかなか積み上げに要する経験値が多いようだ。
SSRは、どうなんだろうか。
単純にレベルとステータスの世界ではないとはいえ、先は長そうだった。
「それで、先輩……」
肉を下茹でする麗良の、続きの言葉を先取りした。
「分かってる、魔界だろ。
気が済むまで冒険させてやってくれって、お前の仲間からも言われてるからな」
ホッとしたような麗良の顔。
わざわざ言わなくても、好きにすればいいのだ。
その麗良のパーティー仲間のみちるが声をかけてきた。
「麗ちゃん、探索で見つけた斧とこれ交換してもらったんだー」
そう言って、嬉しそうに弓を見せてきた。
得意気に鼻を鳴らす。
「レジェンド装備。
魔力の矢を飛ばせて、魔法効果も倍増。
同時射出は三本!!」
麗良も自分のことのように嬉しそうに言う。
「やったじゃない。ますますパワーアップね。
それで、みちる……」
「次の魔界、配信楽しみにしてるから。
いいお宝あったら、こっちにも声かけてよね」
麗良はぐっと声を詰まらせると、こくりと頷く。
俺は口元を緩めて、スペアリブの乗った皿をみちるに渡した。
「俺たちが第八層に行ったときは、よろしく頼むな」
「魔界終わったら、すぐなんでしょ?
私たち十年以上かかったのに、SSRって……」
そう言いかけて、俺の目を見て軽く笑う。
「お兄さんのおかげか。
麗ちゃんのことも、よろしくね。
――いろいろと」
なんだその妙な含みは。
「あのな……」
俺の言葉を聞かず、「じゃあ、頼んだから」と言い残して、みちるは仲間たちのところに戻っていった。
思わずため息が出る。
「肉追加いきますよ」
麗良の声に、再び手を動かし始めた。
「ああ、頼む。
それで、出発は五日後だからな。
帰ってしっかり休んどけ」
「いいですよ。お店も忙しんでしょ」
意外なことを言う。
最初は、何で定食屋を手伝わされるんだという感じだったのに。
振り向くと、目が合った。
「先輩が楽しそうで良かった。
ちょっと思ってたのとは違うけど……」
そこまで言うと、軽く首を横に振る。
「私も、楽しいから。お店も冒険も。
まだ一緒にいても……いいよね?」
そこには、十年前と同じ顔があった。
厳しくしても、それでも俺の後ろを付きまとっていた――
何とも言えない気持ちになり、俺は背中を向けた。
「だから、気の済むまでいればいいって言っただろう。
これが終わったら帰還して、明日は市場で仕入れ。
二時には来いよ」
「……朝の?」
当たり前だろうと言うと、途端に嫌そうな気配が伝わってきた。
小さく笑う。
やりたいことを、やりたいだけやればいい。
冒険者は――魔法使いは自由なのだ。
しかし、定食屋は自由ではなく。
俺たちには余韻に浸る暇などない。
魔界へ向かう前に、まずは山積みの仕事が待っていたのだった。




