第291話 フルップの守護者
クラリスは魔力と体力が戻ると、花の上でガバッと上半身を起こした。
そして、鎧を身につけているとは思えない、流れるような動きでジャンプすると、一回転して着地。
腰の鞘に右手をやる。
が、聖剣エクスカリバーがない。
唇を噛み締め、キスキル=リラへ突進。
籠手に仕込んでいた刃をバチンと展開し、斬り掛かる。
刃がキスキル=リラの喉に突き立つ前に、リュシアンの砂の手が襟首を掴んで押さえた。
「おい、リュシアン。
どういうつもりだ。
私は剣が折れようとも心までは折れんぞ!!」
俺は喚き散らす女騎士に、聖剣エクスカリバーの柄を差し出す。
「自分で落としたんだろ。
それでもって、バトルは終わりだ」
聖剣の柄を勢いよく掴もうとするクラリスの右手を躱す。
「おい、それを寄越すんだ」
クラリスが柄を掴もうとするたび、俺はひょいひょいと手を引く。
「だから、勝負は着いたんだって。
終わりだ」
「日和ったか貴様。
こいつの息の根を止めるまでは終わらんぞ。
戦闘魔法使いは、殺るか殺られるかだ!!」
そこに、キスキル=リラの呆れた声。
「ねえ、戻す必要なかったんじゃない?
少しくらい血の気を抜いたほうがいいくらい」
俺も「うーん」 と同意しかけた。
そこに、リズの声。
「クラリスさん、話が進まないので……」
女騎士の頭に、寄生植物が出現。
ガサガサと、耳から侵入を始めた。
クラリスの顔が一気に引きつり、ぴたりと動きが止まる。
「……そうだな。
騎士たるものは、対話と博愛だ」
植物は消えた。
キスキル=リラは、フーと鼻から息を吐いた。
「それじゃあ、話は私の家で。
言っとくけど、冒険者用のお茶菓子なんてないわよ」
そう言って、くるりと踵を返すと石造りの建物へと進む。
続けて歩き出した俺の背に、「大将、甘味を……」と儚げな声。
俺は苦い顔を悟られないように頷く。
リズの前で食い物の話はして欲しくなかった。
***
キスキル=リラの家は、まるで高級マンションのような内装だった。
俺たちは、三十畳は優にある広いリビングに通された。
瀟洒なソファーセットがあり、大きく開口された窓は時空の歪みがあるのだろうか、見下ろすと世界樹の下で戦っているメンバーが見えた。
「おい、まだ手下が湧いて出てるじゃないか」
振り向くと、別室から出てきたキスキル=リラと目が合う。
上を隠せという要望を聞いて着てくれたのは、腹と下乳が丸見えのショート丈のTシャツ。
「おい……」
「翼が邪魔なのよ。
おじさんのくせに細かいわね」
そして、窓へと視線をやる。
「うちのも、飽きたら適当に引き上げるから」
窓の下を見ると――
超巨大蛇と、超巨大梟の二体が出現。
「なんだあのデカいのは……」
思わず言葉が漏れる。
なぜか嬉しそうなキスキル=リラの声が響く。
「もう出てきたんだ。
あれ倒したら、百分の一クリア。
最短記録じゃない?」
俺は長いため息をついた。
「じゃあ、その区切りでいいから引き上げさせてくれよ」
そう言って、窓際から離れてソファーに腰を下ろした。
そのときだ。
儚げな圧。
………。
アイテム袋から、どら焼きをテーブルに積み上げる。
二リットルペットボトルの緑茶飲料を渡すと、ホットチキンで熱くなった口内に甘味が投入され始めた。
さっそく、本題に入ることに。
俺はキスキル=リラと対峙する形で座る。
隣には聖王を座らせた。
「それで、チャレンジってのは。
下で延々戦って、ここに呼ばれてバトルすることだったのか?」
すると、意外な言葉が返ってきた。
「バトルは下だけ。
強い男だってことを私が認める。
それがクリア条件ね」
そういえば、ここに転送される前のアプリ画面には、王候補の性別が表示されていたな。
「男ってのが関係あるのか?」
「あるわよ。強くて、知的で、美顔に美ボディ。
この私の寵愛を与えてあげるんだから、イケてる男じゃなきゃお呼びじゃないわね」
すさまじく上から目線。
どうも、チャレンジ後は世界樹の力の一端を下賜されて、こいつの寵愛とやらを受けるようだ。
キスキル=リラは言いたいことを言うと、俺の頭のてっぺんからジロジロと検分を始めた。
「強さは申し分ないけど………………」
その歯切れが悪さは、どういう意味だ。
俺はリウに視線を向けた。
「いずれにしても、俺は王候補じゃない。こいつだ」
リウの肩を軽く叩く。
アピールタイムだ。
「魔王の天命を受けし勇者の末裔の聖王。
という設定の遊び人。
料理の腕前は、俺と大将軍が仕込んでるから安心しろ。
あとは……なんだっけ?
好きなのは酒とカードゲームだったかな。
大人の趣味だ。気が合うんじゃないか?」
キスキル=リラは、眉一つ動かさない。
室内に数秒の沈黙が流れる。
……どっちだ?
あともう一押しと見た俺は、プレゼンを続ける。
「それだけじゃない。
こいつには身命を賭して主君を守ろうとするウサ耳が三体。
モヒカンと鉄仮面と和尚だ。
お前ら、挨拶」
リウの後方に控える元アウトロー集団。
そのうちの一体のモヒカンが、腕組みして言い放った。
「あー? まあいろいろあったけどな。
ボスの嫁っちゅーことなら水に流したるわい。
女は旦那の言うこと聞いて、家庭をしっかり盛り立てていくんやで」
俺はモヒカンへと振り向いて鋭い視線を飛ばす。
「お前……少しはコンプライアンスに配慮しろ。
後で魔王に怒られるのは俺なんだからな」
そして、正面を向く。
「というわけで、成立だな」
「………………………………………………何が?」
無表情のキスキル=リラの、抑揚のない声が返ってきた。
クラリスは、どら焼きを一つ頬張りながら、俺に注意を飛ばした。
「まったく、雑なやつだ。強い男だと言ったじゃないか。
……熊の騎士団長がいればな。
ゴリゴリの筋肉に毛むくじゃら。
知性の評価は最低だが、武力SSなだけはあった」
「“強い”以外の言葉は耳に入ってた?」
瞬きひとつせずに無表情のキスキル=リラ。
そして、ちらりとリザードマンの青年武将を見る。
「まあ、見た目の合格ラインはキミかな。
前の皇帝もソコソコだったけど」
俺にはよく分からないが、芹那に磨かれたこのリザードマンはおめがねにかなったようだ。
そういえば、こいつも武将ステータスの天命はSSだったな。
そういうことか。
俺はポンと手を打つ。
「じゃあ、決まりじゃないか。
こいつはリウの配下だからな。好きにしてくれ」
すると、リザードマンは難しい顔。
「それは、良いのですが……
私には病弱な母が。
できれば、共に支えてくれる伴侶が」
キスキル=リラの視線がそっと外れるのを俺は見逃さなかった。
面倒くさいやつだ。
「お前な、あれもこれも理想通りの条件なんてないだろ。
少しは折り合いを付けろよ」
そのとき、政臣より注意の声が飛ぶ。
「佐伯さん、お前が言うなってコメントが溢れかえってますって。
自爆芸はやめてもらえますか」
――なぜ俺が責められる?
すると、「チッ」と軽く舌打ちしたキスキル=リラが優先度を伝えてきた。
「とりあえず、ビジュアル。
次に、私を束縛しない。
……これは譲れないわね」
俺たちは世界樹の力を求めて来たはずなのに、いつの間にかこいつの婚活を……。
困惑する俺をよそに、和尚と呼ばれる筋肉のウサ耳がフッと笑う。
「業の深いおなごよな……」
そう言い放つと、鉄仮面の顔から面を剥ぎ取った。
現れたのは……。
サラサラの黒髪。
涼やかな目元、高い鼻。
艶やかな唇。
「和尚、仮面がないと僕は――
こんな、恥ずかしい……」
キスキル=リラは、口を半開きで鉄仮面の素顔に目を奪われていた。
なるほど、ビジュアル重視というだけのことはある。
俺はリュシアンの肩をガッシと掴んだ。
「それで終わりと思ってもらっちゃ困るな。
このリュシアン少年も付いてくると言ったら、どうする?」
「男だと!?」
やはりな。
どこからどう見ても美少女なのだから。
当のリュシアンは困惑した顔で俺を見つめる。
「料理長……」
「これも戦闘魔法使いの戦いだ」
その言葉でねじ伏せる。
キスキル=リラは少しだけ考えていたが。
やがて、美しい顔から言葉が紡がれた。
「そうね。
そこのウサ耳が本命。
リザードマンは火遊び。
可愛い子は育成枠。
それで、世界樹の力の一端を聖王に下賜してもいいわ」
ここまでは、前情報どおり。
だが。
「一端とは、ずいぶんだな。
俺たちは世界樹に認められてここまで来て、守護者を打ち負かした。
お前の趣味に付き合ってやっているのは、俺たちなりの誠意だ。
そっちの誠意は……全部に決まってるだろ」
ぐっと息を飲み込む音がした。
緊張が走る。
「あまり欲をかかないのが身のためよ……
世界樹は不可侵。
資格の無い者には渡せない」
「その資格ってのは、何だ?」
キスキル=リラは、真剣な眼差しで俺の目を見た。
「少なくとも、あなたには無いわね」
次に、ペットボトルを儚げにラッパ飲みするリズを見る。
「今代の女帝はどうかな。
……まだこんな段階じゃあね」
「思わせぶりなことを言ってないで、分かる言葉で説明してくれよ」
すると、口を挟んできたのは狸来奈だ。
「魔法使いの先の、その先……
お前さんたち、そいつに辿り着いていないだろ。
求めるのは早いな」
リビングの床に寝転がり、部屋にあった雑誌をめくっている。
「おい、入江の姿で行儀が悪いぞ」
と言いつつ、本物も大差ないことに気づく。
……いや、そんなことよりも。
「フルップを渡すなと言ったのは、そっちだろう」
魔法使いの先のその先も気になるが。
どうせ聞いてもまともに答えないだろうことは予想がついていた。
狸来奈は、起き上がると胡座になる。
大あくびして、背中をボリボリかいた。
「そうだな。
だが、守護者を差し置いて独占しろとは言っとらん。
女帝の魔眼とフルップとの接続を認めさせろという意味だが……
それはもう成っているな」
あの巨大魔法陣を解除したあと、どうやら接続できたらしい。
フルップとの接続、という言葉にキスキル=リラは反応する。
途端に顔をしかめた。
「私は干渉されるのは嫌なの。
前の女帝は、ステディに口出ししてきたから。
もうこの世界樹には関わって欲しくないんだけど」
本命と火遊びと育成枠を並べておいて、何がステディだ。
しかも言葉が古い。
どうしたものかと思っていると、狸来奈がキスキル=リラに言葉をかけた。
「今代のは、その辺は関心がなさそうだから大丈夫だろう。
そこの聖王に、この世界を治めさせる。
女帝にはフルップとの接続を認める。
……どうだ?」
キスキル=リラの視線は、どら焼きを流し込むリズへ移る。
「……まあ、確かに。
私の私生活に踏み込まないなら、いいわよ」
リズは儚げに頷いた。
それを確認すると、次はリウへ向き合う。
「この世界の王としてせいぜい頑張りなさい。
ウサ耳とリザードマンのメンズには寵愛をあげるけど、あなたはもう来なくていいから」
そこまで言われて、リウも反論。
「なあ、俺にも選ぶ権利があるんだけどな。
村には愛しのミケちーが待ってんだ。
なんでこんな露出狂に……!」
「露出狂!?」
途端に怒気を放つキスキル=リラ。
俺は慌てて場をとりなす。
その後もしばらく押し問答は続いたが、最終的にはリウが世界樹の王として認められることで話はまとまった。
***
転移陣の前で、キスキル=リラと別れの言葉を交わす。
「ねえ、そこの可愛い子はたまに来てくれるんでしょうね?」
俺はリュシアンの肩を叩いて笑顔全開。
「ああ。
このイナンナの地にも店を出すからさ、そっちも食べに来てくれよ」
リュシアンはクラリスからも圧を受けて、終始黙っていた。
なお、鉄仮面とリザードマンはキスキル=リラの気が向いたときにお呼びがかかるシステムらしい。
身勝手なやつだが、モンスターの恋愛観にどうこう言う気は無かった。
俺は、一応確認しておくことにした。
「なあ、店を出してもいいんだよな?」
「それは私が決めることじゃないけど。
いいんじゃない?
あなたたち、イナンナ様に気に入られたみたいだから」
いつの間に、会ったこともないイナンナに気に入られたのかは知らないが。
この地でもビジネスできるなら、願ってもないことだ。
「そうか。それは良かった。
イナンナは理沙も世話になったし。
よろしく言っといてくれよ」
その言葉に、キスキル=リラは軽く手を上げた。
このイナンナの世界は広い。
まだ未知のフィールドはあるはずだ。
冒険者を呼び込んで、新しい熱を回すのだ。
喜び勇んで転移陣に立つと、俺たちの姿は消えた。
残されたキスキル=リラは――
「良いんですよね、商売するなんて言ってますけど」
暗がりへと向かって声をかけると、影が揺らめいた。
「さえき亭がここにもできるなら、大歓迎ですよ」
現れたのは、男とも女ともつかない美形の魔神。
肩下まで流れる、さらりとした金髪。
細身のスーツにループタイと、装いはシンプルだが華美な装飾品など必要ないと思える容姿だ。
魔神アスタロトは、クスクスと笑う。
「この世界にスパリゾートが欲しいですね。
第五層のベルフェゴールさんの世界は、こんどビュッフェ始めるそうですよ」
そう言って、ビュッフェ券の束を見せる。
キスキル=リラの眉が上がった。
「エステとネイルと痩身マッサージも……
期待したいですね」
うっとりとした目で、ひとしきり妄想を膨らませると、ちらりとアスタロトを見た。
「その格好、いつもより露出控えめじゃないですか?」
アスタロトは、穏やかに笑う。
「配信に出るときは配慮を。
あなたもね」
ふーん、と守護者の声が世界樹の空間に響くのだった。
***
地上に戻ると……。
「まだやってたのか、お前たち」
超巨大梟と、超巨大蛇。
空にはマグマと雷の轟音が飛び交う。
「いいのが来てるじゃないかー!!」という、グレイスの大声が鼓膜に突き刺さった。
地上は山本大将軍の矢と、アリサのブリューナクの連射。
そして、黒澤死霊兵団が一丸となって決死の突撃。
混鉄棍を肩に担いだ来奈が、「おー、教官!!」と嬉しそうに呼びかけてきた。
「なんかデカいの出てきたしー。
破壊しがいがあるっつーの!!」
由利衣がすかさず口を挟む。
「あれ、倒したら勧誘だからね。
召喚一回、一万八千G。三ヶ月は試用期間。
昇給は実績の査定で……」
何を言っているのかよく分からない。
そして、さっきは戦いができず、消化不良の女騎士が戦場に飛び込んで行く。
結局、超巨大モンスターとの決着がついたのは、それから二時間後のことだった。




