第288話 世界樹の麓の宮殿で
キスキル=リラ。
世界樹フルップの守護者で、冷たい風の精霊。
俺がレイドで戦った、原初の精霊スピリット・オブ・ウインド。
あれが生み出した眷属モンスターの一体だという。
それだけでも、他のモンスターとは格が違うということが分かる。
挑むのは、俺たち運営チームと欧州パーティ。
そして、グレイス。
なお、このチャレンジは王の候補を連れて行くのが条件らしい。
なので、聖王であらせられるところのリウを引っ立てて行こうとしたところ、おじさん猫は猛反発してきた。
そんなヤバいやつの相手はしたくないと。
どうしたものかと思案していると、名乗りを上げたのがウサ耳の三人衆。
ボスの身は自分たちが守ると息巻いている。
こいつらは山本先生には敵わないまでも、グレイスを木っ端微塵にしかけた実力は本物。
リウを守ってくれるというなら、ありがたい。
そして。
すっかり忘れていたが、日村たちが担いでいたリザードマンの青年。
こいつもリウの軍門に下っていた。
俺にはリザードマンの美醜はいまいち良く分からないが。
芹那の手によってコーディネートされたこの青年は、なるほど他とは違う雰囲気を纏っている。
ツヤツヤの鱗に、きらびやかな武将の装い。
生まれついての貴人と言われても誰も疑わないだろう。
そんな青年は、魔王軍入りするのは構わないが……。
と、前置きしてひとつ条件を出してきた。
由利衣がゾンビ化した三体の武将の解放。
自分に付き従ってきた仲間が、アンデッドになっているのは偲びないと。
そう言われては、なんだか悪いことをしている気になった。
だが、そう思ったのは俺だけのようで。
由利衣は、ゲットしたモンスターはもう自分の手下。
あの三体は、合成ゾンビとして黒澤死霊兵団の一翼を担う逸材だと力説してきた。
こいつはアンデッドを合体させたがる癖がある。
しかし、これでは話が進まない。
アンデッド化するにも、モンスターとの合意がいるだろうと説得すると、由利衣も考えをあらためたようで、三体の武将は解放された。
そんなこんなで、リザードマンの青年も攻略に参加することに。
さらに聖王には、狸来奈が付いてくれることになった。
大妖怪の隠神刑部がいてくれるなら安心。
リウは、やっと首を縦に振ったのだった。
***
小学生の姿から戻った俺は、セラたちと一時の別れを交わしていた。
軍人である彼女たちの休暇は明日まで。
これから任地へ向かうという。
タフなやつらだ。
ミアは山本先生に軽く手を振る。
「女将さん、また食べにいくからさー。
今度の女帝との勝負は餃子で」
笑顔の山本先生の後ろで、喉を鳴らすリズ。
「なんなら今からでも……」という、儚げな食欲をなんとか制する。
リズの前で食い物の話は禁句なのだ。
セラは最後にジャガーに変身し、クラリスとひとしきり打ち合った後。
スッキリした顔で、俺に言葉をかけてきた。
「思わぬ楽しい休暇でした。
これからも、新しいコンテンツ期待していますね」
そして、日本SSRの三人を見る。
少しだけ眩し気に目を細めた。
「去年の今頃は、まだ卵から孵ったばかりの雛鳥だったのに……
こちらもうかうかしていられませんね。
ミアさんも私も、これから星上げです」
実力は、まだまだあちらが全然上。
しかし、未来のライバルとして認めたようだった。
そして彼女たちはまだ星2。
それでこれだけの戦闘能力。
これからどれだけの怪物になるというのか。
少しだけ寒気がした俺に、セラは微笑んだ。
「佐伯さんに影響されて、最近はうちのR魔法使いの実力向上が目覚ましいので。
安心してレベルアップに取り組めそうです」
「……それは、頼もしいことだな」
無理に笑顔を作る俺に、セラはくすりと口元を緩める。
「以前も言いましたが、公式戦では容赦はしませんから。
そちらも研鑽を」
そう言い残すと、ミアに合図。
戦車の魔眼が輝き、軍用の装甲車が出現。
これで転移陣へと向かうのだ。
遠ざかる車両を見送り、俺は仲間たちを振り返る。
ここはもう帝都の目と鼻の先。
天をつく世界樹の威容が眼前に迫っていた。
「俺たちも行くか」
軽快な声が響き、クライマックスのチャレンジへと踏み込むのだった。
***
帝都は世界樹を囲むように作られている。
本来なら激しい攻城戦の末に制圧するところだったが。
クラリスが皇帝と主だった重臣をことごとく誅していたおかげで、すんなりと門を開いた。
それどころか。
貴族も武将も夜逃げ同然で逃亡しており、クラリスの姿を認めると残された民衆は大パニックになった。
俺たちが一歩踏み込むと、都は平伏して命乞いするトカゲに溢れた。
赤ん坊を抱えた母のリザードマンが、「私はどうなっても、この子だけは!!」と必死の嘆願。
ちらりとクラリスを見る。
何をやらかしたんだ、こいつは。
これにはリュシアンも苦い顔を隠せない。
「もう破壊神として伝説になっていますから……
家の戸口にクラリスさん避けの護符を貼って、まじないをかける儀式が横行しているとか」
その本人は、険しい表情。
「邪教にすがるほど、この国の病巣は根深いとはな……
やはり一刻も早く世界樹を攻略して、民に安寧を。
そうだろう?」
そうだろう?
と言われてもな。
行く手には平伏したリザードマンの群れ。
このまま素通りも居心地が悪い。
そのとき、梨々花が拡声器を取り出した。
「あー、トカゲのみなさん。
ここはもう『飯』の国の領土で、魔王の軍勢が新しい秩序の担い手になりますから。
魔王の元では、種族も身分の上下もなく皆平等。
ただひたすらに、いと高き存在に委ねてください」
そして、クラリスをちらりと見る。
「魔王が遣わした破壊の天使が邪悪なる圧政を打ち砕き、次は聖王の徳による政道の時代が始まります。
そして世界樹の力で、このイナンナの地に黄金と蜜の溢るる真の楽土が生まれるのです」
……こんなのを配信しても大丈夫なんだろうか。
俺の困惑に構わず、梨々花はリウに拡声器を渡す。
“俺が?”という顔の聖王に、何か言えと促す魔王。
仕方なく、拡声器のスイッチを入れる。
「えーと、いまの魔王の言ってることは良く分からんが。
別にどうこうしないからさ。
お前らを優遇もしなければ、虐待もしない。
みんなで働いて、飯をしっかり食う。
それが新しい国のやり方だ。
だから、そんなとこで這いつくばってないで仕事しろ、お前ら」
とても、職業遊び人のおじさん猫のセリフとは思えない。
しかし、一定の効果はあったようだ。
何もしないから普段通りにしていろということで、リザードマンたちは家へ帰っていく。
鉄仮面のウサ耳が、腕を組んでウムウムと感じ入ったように呟いた。
「さすが我らが王。
人心を慰撫するは武威ではなく徳よ。
そうだろう、モヒカン」
そんなキャラだったのか。
そして、ダンジョンに関西弁が響く。
「その通りやで、鉄仮面。
さすがボス、さすボスやんけ!!
付いていくで、なあ和尚」
和尚も大きく頷いた。
アウトローのアナーキーラビッツは、リウの作る国ならばと宗旨変えをしたらしい。
こうして、帝都は魔王軍が駐屯することに。
ジャージネキ大将軍は、配下の将軍連中へ民衆への暴力や略奪は禁止すると指示を飛ばす。
規律違反が露見した際は、地の果てまで追い込んで魔戦部式の再教育。
その言葉に、将軍連中は目を血走らせて「イエス・マム!!」と喉が張り裂けんばかりの絶叫。
申し伝えが終わると、宮殿へと向かって歩を進める。
俺の後ろでは、来奈とアリサの雑談の声。
「あたしたち、牛魔王の城で根こそぎ金目のもの奪ったからさー。
トカゲの城には何があるか楽しみなんだねー」
アリサの楽しげな言葉が重なる。
「いいなー、私もガンガン漁りまくるから。
競争だね!! リュシアン」
そして、リュシアンの沈黙。
民衆への略奪は禁止と言ったが……。
まあ、主だった権力者はいなくなっているらしいからな。
そんなことを考えていると、マルグリットは「貴族連中が持ち逃げしてるんじゃねえの?」と一言。
だが。
「まあ、あとで巻き上げるかー。
あいつら、散々好き勝手してたんだからな。
お前ら、そういうの得意だろ?」
と、ウサ耳に話を振ると「まかせんかい!!」の力強い声。
いろいろと思うところもあるが。
とりあえず宮殿よりも世界樹だと、来奈たちを諌める。
世界樹の麓に宮殿があり、キスキル=リラに挑む道は玉座の間から続いているという。
宮殿にはほとんど人影がない。
本当に慌てて逃げ出したということが分かった。
この惨状を一人で作り出したのかと思うと、あらためて恐ろしい女騎士だと思う。
それにしても。
ぐるりと見渡すと、豪華絢爛な内装が360度視界に映る。
さすが、他種族からさんざん搾り取っていただけのことはある。
そして、それを見逃さないのが冒険者。
梨々花は、「あれ剥がせますね」と金箔の柱や壁を指さして麗良と相談。
ティナは置物の彫像にはまっている宝石をほじり出そうとし、アリサと由利衣は飾っている武具を外し始めた。
来奈はさっきの俺の注意を忘れて、テンションマックスでフルボリュームの声を張り上げた。
「ねえ、世界樹なんかよりもお宝ザックザク祭りやった方が、絶対撮れ高いけるんじゃね!!
楽しくなってきたー!!」
そのとき。
来奈は背後に儚げな圧を感じた。
ゆっくり振り向き、リズと目が合う。
お互い、数秒の沈黙。
ごくり、と喉を鳴らす来奈。
そして――
「こんなことしてる場合じゃないっしょ!!
世界樹はすぐそこなんだからさー。
あたし、ワクワクしてきたから!!
なあ、リズさん!?」
リズは小さく頷くと、率先して歩き出し、玉座の間に至る。
広い空間には誰もいない。
高い位置に、ポツンと玉座が残されていた。
来奈はキョロキョロと見渡す。
「こっから世界樹に行けるんだよね。
……行き止まりじゃね?」
入口以外に通路のようなものはなさそうだった。
そして、来奈は玉座へと駆け寄りボフッと腰かける。
「おー、いい眺め。
教官、頭が高いぞー」
何を言ってるんだか。
呆れる俺とは違い、リズの視線は真剣だった。
玉座へと近寄り、まじまじと見る。
「これは、世界樹でできていますね」
単なる椅子ではない。
王権の象徴だという。
マルグリットが口を開いた。
「そこに王の候補を座らせると、道が示されるんだと。
そこのおじさん猫、出番だぜ」
その場の全員の注目がリウに集まる。
今さら降りるわけにもいかないと悟った聖王は、嫌な顔をしつつも来奈が譲った玉座へと腰かけた。
そのときだ。
懐のスマホが震えた。
アプリからの通知だ。
“聖王リウ、性別・男。キスキル=リラのチャレンジ、承認。
進みますか?”
アプリの画面には、YES/NOの選択肢。
俺はそいつを全員に見せた。
「どうする?
っていっても、YESの選択しかないけどな」
梨々花の目が訝し気にスマホ画面を見つめる。
「性別……に、何か意味があるんでしょうか?」
気になっていないわけではなかったが。
「さあ、なんだろうな。
行けば分かるだろう。
……相手は風の精霊の眷属だぞ、準備はできてるんだろうな」
全員を見渡す。
みな、強い目の輝きをしていた。
その中で唯一。
「その前に、カロリーを……餃子で」
餃子を喰わないことには集中できないと、儚げな圧。
俺と山本先生とリュシアンは、玉座の間で餃子製造マシーンと化す。
その間、来奈は「やっべー!! ため込んでんじゃん!!」と隠し部屋に埋蔵されていた金貨にダイブ。
梨々花は宮殿中の金箔を風魔法で剥がし、麗良がそれを回収。
ティナはタンスを漁って宝飾品を選別。
アリサと由利衣は再び武具の回収。
クラリスとグレイスは勝手に戦闘。
マルグリットは、餃子をつまみながら早くも出来上がる。
聖王たちも、飯でも食うかとグレイス直伝のタンドリーチキンの準備にかかっていた。
俺の隣でタネをこねるリュシアンが、ポツリと一言。
「料理長。
どう思います? ただのバトルなのかどうか……」
鋭いな。
前皇帝は“キスキル=リラに認められて”世界樹の力の一端を下賜された。
打ち負かしたのであれば、なぜ力の一端なのか。
そもそも、打ち負かす必要があるのかどうかも分からない。
「そうだな。
第四層の守護者もそうだったが、一癖ありそうだ。
頼りにしてるからな」
その言葉に、リュシアンは嬉しそうに頷く。
――可愛い。
ろくでもない戦闘民族の中で、彼だけが変わらない。
俺にとってのオアシスでありサンクチュアリだ。
自然と餃子を焼く手にも力がこもる。
リズへ大皿を持っていくと、たちまち儚げな咀嚼に消えた。
「大将。やっぱり、私の選択は間違いではありませんでした。
日本SSRとの共同攻略。
今は何も分かりませんが、必ず世界樹の謎を……
ですから……」
俺はその言葉を遮るように言った。
「謎は一緒に解いていく。
俺たちは冒険者だからな。
そうだろ?」
この冒険の目的に、世界樹が加わった。
ダンジョン制覇と無関係とも思えない。
リズが俺たちを頼りにしてくれているように、俺たちも彼女の存在が必要だった。
ちらりと、リュシアンの方に視線を向ける。
「リュシアンにも目的がある。
みんなそうだ。
だから助け合って攻略だな」
リズは儚げに頷くと、
「では、次は揚餃子で……」
と、追いカロリーのリクエスト。
軽く手を上げて、それに応える。
「鉄鍋餃子もいっとけ。
よろこんで、だ」
負けられないチャレンジを前に、補給は進む。
俺はホロ酔い気分で玉座で昼寝するマルグリットを見て、こいつは何をしに来たのかという気分になるが。
良くも悪くも緊張感なく、次のステージへと進むのであった。




