第287話 イベントのボス
冒険者たちは打ち上げ会場に続々と集結。
◯国から分捕った食料は、まだまだ消費し尽くせないほどある。
何しろ、百人の特殊部隊を長期間駐屯させる気だったのだから。
それらは全てイベント参加者に還元されるべきだろう。
加えて、冒険者連中の持ち込み。
あちらこちらでキャンプの火が起きる。
俺たちは、さえき亭スタッフ総出でもてなしだ。
なぜ勝者側が?
なんてことは誰も言わない。
主催者なのだから。
俺の隣では、レオンが牛肉のオイスターソース炒めを作っていた。
リズのリクエストで、中華なのだ。
さすが上位冒険者というか。
なかなかの手並みだ。
そのレオンが話しかけてきた。
「あの精霊の特典……
こないだのレイドもそうだけど、たいしたもんだな」
レイドではアメリカチームとは直接やらなかったが。
シヴァ戦の様子は全世界にリアルタイム中継されていた。
もはや、完凸特典は秘密でもなんでもない。
俺はステーキを焼きながら苦笑する。
「まあ、それでも勝てなかったんだけどな」
すると、レオンもつられて苦笑い。
「あれは……仕方ないだろ、なあ」
そう言って、プルコギの中華風アレンジを鼻歌交じりで作るティナを見る。
最後はお互い、彼女に持って行かれた格好だったのだ。
そして、レオンは続ける。
「次の魔界ってところは良く知らないが。
式神がいるんだって?
あれ以上ヤバくなられても困るぜ」
そうは言いつつも、楽しげな声。
レイドは長らくアメリカの独走状態。
ダークホースにしてやられたことに、いろいろ非難の声もあったようだが。
リベンジの意欲は満々のようだ。
俺は思わず口を緩めた。
「そうだな。
次は俺の教え子たちが上がっていくから。
ひとつ胸を貸してくれ。
……負ける気はないけどな」
そう言うと、レオンはニヤリと笑う。
そして。
「なあ、それで。
なんでずっとジャガーなんだ?
俺にも貸してくれよ」
少しだけ、という声をスルーして、俺は肉に向き合うのだった。
そして、肉を持ってテーブルを回る。
そこには魂が抜けたような状態のミアがいた。
彼女の前に肉を置く。
「お疲れ。
二時間以上ヴィオラとやりあったなんて、タフだな。
腹減ったろ?」
ミアは虚ろな目で「あー」とだけ。
箸を取って、もそもそと食う。
中華風シャリアピンステーキ。
唇で切れるくらい柔らかくしてある。
こいつは、この試合に勝ったら俺たち運営と最後の一戦を交える気で共闘を申し込んでいた。
しかし、ミアたちの担ぐ武将は犬養が屠っていた。
いまから適当な武将を立てる気力もなく。
休暇も明後日までということで、さっさと引き上げるぞとセラから言われていたのだ。
「まあでも、なかなかのお宝も取れたし良かったじゃないか。
魔眼に加えて神話伝承級を二つも所持なんて、無敵もいいところだな」
その言葉に、ミアはピクリと反応。
「……まあねー」
自信家のこいつが歯切れが悪い。
あのブリーシンガメンを持つと調子に乗るから、セラの許可なく使用しないこと。
さっき、後頭部にセラのアイアンクローを食らいながら、リュシアンの前で誓約させられていたのを、俺は見ていた。
それを分かってて言ったのだが。
しかし、これでミアとセラの夏は終わりなのだ。
「たくさん食ってくれよな。
山本先生、お前に食べさせるために佛跳牆も仕込んでたからさ」
いつの間にそんな高級料理まで覚えていたのか。
ミアと同時に山本先生の方をちらりと見ると、子豚を一頭グルグル回して丸焼きにしている。
サクと砕け、口内でほろりと崩れる皮に仕上げるには、高度な技術が必要なのだ。
肉の表面に塗る調味料の配合。
風魔法による徹底した乾燥。
そして、一気に皮を焼き締める絶妙な火力。
山本先生の魔力が高温の炎を生み、皮を一瞬で焼き上げる。
それでいて、肉に適度な火を通す。
肉汁は中へ閉じ込められたままだ。
次世代の食の戦士を自負するミアには、その違いが即座に分かったようだ。
途端に目に光が戻る。
「いいじゃん。
女将さんの料理、全部いただき」
そう言って、肉に食らいつく。
「おじさん、逃げられないうちに早く捕まえときなって。
で、そのジャガーは次は私が借りるから」
やはりジャガーか。
気持ちは分かるけどな。
調理に戻る俺に、ちまきの乗った皿を持つクラリスが話しかけてきた。
「我々まで招待してもらって悪いな。
まあ、リュシアンも何か作りたがっていたから使ってやってくれ」
そのリュシアンは、さえき亭パートの主婦と豚バラ肉の角煮を調理していた。
アリサも一緒だ。
視線を戻して頷くと、クラリスは「それで……」と言いかける。
すかさず、
「ジャガーは、順番待ちだぞ」
と言うと、
「それもあるが、そうじゃない。
攻略のことだが、世界樹が目的なら難しいだろうな」
……どういうことだ。
「その話、リズにも聞かせてくれないか」
クラリスは頷くと、マルグリットの方をちらりと見る。
もうベロベロに出来上がっていた。
上機嫌でカシューナッツを口いっぱいに頬張ると、ビールを煽りながらザーサイとキュウリのピリ辛あえにも箸を伸す。
クラリスから大きなため息がひとつ。
「まったく、ろくに訓練もしないで。
……まあ、彼女が探った情報なんだが」
帝都騎士団にいるのだ。
いろいろと俺たちが知らない情報がありそうだった。
クラリスと一緒に歩き出す。
碧眼がずいっと俺の顔を覗き込んできた。
「そのジャガーいいな。
なあ、あとで一勝負しないか?
多少ぶった斬っても回復するんだろう?」
「なあ……」の声を無視してリズの元へと向かう。
そこには、由利衣がなにやら真剣にメモを取っていた。
グレイスもいる。
俺の姿を認めると、由利衣がふわりと笑いかけてきた。
何をやってるんだと問いかけると、グレイスから香辛料の調合を教えて貰っているという。
リズも興味津々で聞いていた。
「どうしたんだ、黒澤。
いままでスパイスに興味なんてあったか?」
大きな頷きが返ってきた。
「コーチ、魔法薬学を料理に取り入れたらどうかなって。
冒険者の疲れを癒して、パワーアップ。
さえき亭に来るお客さんを笑顔にするんです!!」
「黒澤……そんなことを」
そんなアイデアがあったとは。
リズもこれには感心しきり。
「魔法薬と食事は古来から結びつきは深いですが。
まだまだ民間療法の域。
大衆飲食店で提供可能なメニュー開発は、新たな挑戦になりますね……」
由利衣の瞳が輝く。
「そう、冒険を変えるんです!!」
やたらとテンションが高い。
そこにグレイスの、何気ない一言。
「おじさんさー。
暇なときに第三層のバーでバイトしないかって、魔王に言われたんだけどさ。
あの悪魔のSSR、いつでも斬り掛かっていいらしいじゃないか」
こいつは料理もできるし、コンテンツ力もある。
食いつきそうなネタをぶら下げて取り込みにかかる気か。
もっとも、ヴィオラ本人に確認を取ったのかは怪しい。
だが、今のグレイスの実力なら不意打ちしたところで返り討ちだろう。
「いいんじゃないか、第三層には魔戦部もいるし。
戦闘民族なら、吐いて捨てるほど揃ってるからな」
そう言うと、グレイスの頬が上がった。
そしてクラリスは、
「斬り掛かっても構わないのか?」
そこだけ切り取って乗り気になっていた。
話が脱線しそうになったので、引き戻す。
クラリスへと振り向き、本題を促した。
「その、世界樹の攻略が難しいって話。
聞かせてくれないか」
ワクワクしながら聖剣エクスカリバーに手をかけていたクラリスは、はたと気づいて咳払いをひとつ。
「そうだな……。
まずはこのイベントのクリア条件だが。
あの悪魔アスタロトは、選ばれし一人の王を立てて真の支配者にしろと言ったな」
確かに、この世界へ送り込まれる前にそんなことを言っていた。
「それって、トカゲ帝国に取って代わる国を作れば良いってことじゃないのか?」
俺の疑問に、クラリスは顎に軽く手を添えた。
「私もそう思っていたんだがな。
しかし、単に征服するだけならともかく、世界樹を擁する真の支配者となると話が異なるようだ」
どうやら、最後の試練があるようだった。
世界樹の守護者キスキル=リラ。
その姿は、美女の上半身に、猛禽類の翼と脚。
冷気の風と化し、触れるものの魔力を吸い尽くすという。
そいつだけでも充分厄介なのだが、さらに配下の蛇と梟の猛攻を掻い潜らなければ辿り着けないという。
蛇には強固な対魔法防御がかかっていて、攻撃魔法を無効化する。
一方の梟は対物理防御を備えている。
前皇帝は、キスキル=リラに認められて世界樹の力の一端を下賜されたという。
しかし、現在の皇帝はまだ守護者に認められていないらしい。
その意味では、現在のトカゲ帝国もこの世界の真の支配者と呼べるかは微妙だ。
そんなことを思っていると、梨々花の声。
「なるほど、イベントのファイナルに相応しいじゃないですか。
次の数字は、世界樹の守護者戦で取りにいきましょう」
いつの間にか魔王の隠密技で、背後を取られていた。
梨々花は青椒肉絲の大皿をリズの前に置く。
たちまち儚げな咀嚼に消えていく。
その食欲に満足そうに目を細めると、黒髪をさらりとかきあげた。
「で……クラリスさん。
そのことを教えてくれたのは、欧州パーティだけでは攻略は不可と判断したから――ですよね」
聖剣エクスカリバーと竜魔法があれば、いいところまでいけるだろうが。
未熟なパーティメンバーを抱えてどこまでやれるか。
クラリスは視線を少しだけ下げ、小さく息を吐いた。
「そうだな。
私はここに来る前に宰相と皇帝の首を飛ばしたんだが」
……?
何を言い出すんだ、こいつは。
俺たちが戦っている裏でクーデターを仕掛けていたとは。
呆気にとられる一同を前に、クラリスは肩をすくめた。
「しかし、キスキル=リラに挑むには冒険者だけではダメらしい。
王の候補が必要なのだと。
どうしたものかと思っていてな」
そこに、マルグリットがビール缶を片手にフラフラと近寄ってきた。
「あたいらの熊さん、ゼファスのじいさんにやられちゃってさー。
こいつ、腹いせに帝都をさんざん荒らしまわってやんの」
そう言ってゲラゲラと笑った。
ゼファスが〇国から分捕ったのは、神話伝承級グレイプニル。
強力な捕縛アイテムだと聞く。
そいつにあえなく捕まり、銃に額を撃ち抜かれてダンジョンに還った熊獣人の騎士団長。
クラリスは志半ばで倒れた騎士団長の遺志を継ぎ、帝国を立て直すため涙ながらに正義の刃を振るい皇帝を処断した。
……らしい。
そう本人は熱弁するのだが、誰も聞かずに麗良が運んできた春巻に舌鼓を打っていた。
俺はクラリスの意図を要約した。
「つまり、キスキル=リラと戦いたいけど挑む資格がないから、俺たちと組みたいってことか。
適当なやつに乗り換えればいいんじゃないか?」
そう言うと、これまで苦楽を共にした熊以外に相棒はいないと絶叫。
そこまで感情移入していたとはな。
麗良がリズに追加の春巻きを提供しながら、クラリスへと声をかけた。
「世界樹の管理は女帝のSSRに。
その条件を飲んでいただけるなら、存分に戦ってください。
……それでいいですよね、先輩」
クラリスに異存はないようだ。
なら、こちらとしても断る理由はない。
物理最強の女騎士の協力は、心強いの一言に尽きる。
話は決まった。
俺たち運営チームと、欧州パーティの合同で挑む。
なお、リスティアは探索イベントの未知の迷宮に挑みたいと言い出した。
珠緒たちのパーティが再挑戦するのに付いて行くという。
レオンとゼファス、そしてアメリカレイドチームも引き連れて制覇して見せると意気込んでいた。
みちるは、弓があったら絶対に欲しいとアピール。
日村たちや他の冒険者も、もうひと稼ぎとばかりに探索イベントを掘るつもりだ。
勝手なやつらだが、冒険者は稼いでナンボ。
止める気はなかった。
そして。
強敵の話を聞いて黙っていられないのがグレイス。
なお、アミルは魔戦部と一緒に探索へ。
アミルはリハルトと剣を交えて何か通じ合ったのか、意気投合しているようだった。
その様子を見て、「たまにはお守りから解放されて冒険してはどうか」と水を向けたところ、軽く笑ってお嬢を頼むと言ってきた。
これで編成は決まった。
イナンナの地での戦い。
そのラストイベントの予告を政臣が配信すると、最終局面に向けての期待が高まっていくのだった。




