第284話 不屈のヒーロー
グレイスは、ウサ耳を追う山本先生の後を付いて走っていた。
成り行きで付いて来ているわけではない。
このジャージから見えるリスク。
それに惹かれていたのだ。
氷柱へと近づくにつれて大きくなる。
知らず知らずのうちに、口元が上がっていた。
「おい、大将軍!! なんか来るぞ」
少し前を走る山本先生も、魔力を感じていた。
ウサ耳に合わせていた照準を、気配の方へと向ける。
まずは一射。
風を纏う矢が加速し、黒い影に迫る。
だが、目標ロスト。
次に影が現れたときは、二対のブレードがグレイスのヴァジュラと交差していた。
「イイねぇ……来てるじゃないか」
グレイスの楽しげな声に構わず、犬養はブレードを撃ちつける。
グレイスはダンッと踏み込み、ヴァジュラに魔力を漲らせた。
雷が弾け、敵の頭上に落ちる。
――はずなのだが。
……出ない。
違和感を覚えるグレイスに、犬養は無言で攻撃。
由利衣の防御結界が削れていく。
ヴァジュラの一撃を見舞うが、その刃先は固い金属に当たったかのような衝撃を返す。
グレイスの口が勝手に動いた。
彼女に憑依している気狐だ。
「お前、少し冷静になるです」
そう言って、狐火を展開。
犬養はまともに食らって後方へと飛び退く。
だが、スーツに付与した対魔法シールドが炎を散らしていく。
そこに大声が響いた。
「犬養、やってくれるやんけ!!」
山本先生の貫通矢が飛ぶ。
犬養はバク宙でひらりと矢を躱すと、華麗に着地。
グレイスは、あらためてその姿を観察。
ダンジョンの陽光を照り返す、全身を覆う漆黒のスーツ。
その腕には、二対のブレード。
……こいつは。
思わず言葉が出た。
「ヒーローの登場だな、いいじゃないか」
お供の狸眷属の一体が構えるカメラへ、嬉しそうな顔を向けた。
そして、ヴァジュラを構える。
相変わらず、雷が生じてこないことに少しだけ眉を寄せた。
「無駄ですよ」
目の前の黒スーツが、静かな声をかけてきた。
「雷は封じさせてもらいました」
実際のところは、ヴィオラの悪魔の魔眼能力なのだが。
グレイスの目が輝く。
「いいじゃないか、怪しげな能力。
面白くなってきたね!!」
そこに、アミルが曲刀を閃かせて犬養に踊りかかった。
「邪魔するんじゃないよ、アミル!!」
グレイスの言葉は無視。
こいつは危険。
長年ダンジョンで生き抜いてきた勘が言っていたのだ。
そのアミルが右手に持つ曲刀に、犬養はブレードを伸ばす。
アミルは咄嗟に右手を引いて、左手の投げナイフを放つ。
犬養のブレードが輝く。
ナイフへと振るうと、スパリと真っ二つに断ち斬った。
光属性の熱線が付与されている。
アミルは犬養のブレードとの打ち合いをせず、胴に鋭い一撃を叩き込んだ。
それが防がれた。
犬養ではない。
「リハルトさん……必要ない。
と言いたいところですが、ナイスです」
アミルの曲刀を止めたのは、豪州のリハルトの剣。
彼は身体強化魔法の巧者。
筋力増加と、脳のアクセラレータ魔法を得意とする、高速戦闘タイプだ。
リハルトが剣に力を込めると、アミルは飛び退く。
追撃をかけるリハルトへ、曲刀を振るいアクアブレスを射出。
リハルトはそれをことごとく躱しながら、アミルの懐へ迫った。
すかさず、アミルは夜叉の面を装着。
身体能力が跳ね上がる。
リハルトの剣に、曲刀が交差。
小さな竜巻のような剣戟が展開された。
グレイスは対峙する黒スーツから意識を逸らさずに、アミルの様子を横目で追う。
乱入者の剣士。
なかなか、できる。
そして、大将軍も誰かと向かい合っていた。
両手に銃を構えた男と、長尺のロッドを構えた女。
ウサ耳は、この二人の背に庇われる格好で荒い息を整えている。
「おい、大将軍!!
多勢に無勢か!?」
グレイスの言葉に、山本先生は眉一つ動かさない。
気狐が口を開いた。
「お前、自分の心配しろですー。
あの黒いのも、おかしいです」
「うるさいね。
なかなか悪くないリスクじゃないか」
気狐は魔力を高め、狐火を放つ。
しかし、犬養に届く前に消失した。
犬養は、悠然と構えたまま言った。
「それも、もう封じさせてもらいます。
まあ、当たったところでこのスーツには効きませんけど……」
クックと喉を鳴らす。
そして、ひらりと空中に跳躍。
グレイスは舞いあがる黒スーツを視線で追うと、ダンジョンの逆光に思わず顔をしかめた。
そこに、背後から掛かる声。
「のんびりしてないで、ほらー」
狸ツインズの一体が、翼に変化してグレイスに取り付く。
「おおっ!!
狐と違って気が利くじゃないか」
「お前、誰のおかげで戦えてると思ってるですかー」
気狐の文句を聞かずにグレイスも跳び上がった。
空中で、トンファー型ブレードとヴァジュラが交差。
犬養の軽い舌打ちが聞こえた。
「さすが神話伝承級……
こっちは、ぶった斬る気満々なんですけどね」
ヴァジュラは、先ほどの投げナイフとはものが違う。
犬養のブレードに付与されている光属性と超振動では、傷ひとつ付けることもかなわなかった。
グレイスはヴァジュラを滅多矢鱈と振るう。
犬養の外骨格スーツに付与した鋼属性と物理耐性、それに由利衣の防御結界が削れていく。
犬養は思わず眉を寄せた。
――雷を封じても、この威力。
グレイスの槍術そのものは、素人の自分の目から見てもまだ粗がある。
だが、一撃一撃の魔力の練り上げは中堅冒険者に匹敵する。
配信で見た、狐の憑依のおかげなのだろうか。
加えて、この闘争心。
落下しながら打ち合い、犬養は戦力の分析を続ける。
着地すると、低く跳んだ。
犬養は目標をヴァジュラからグレイス本体に変更。
このイカレ戦闘民族を沈黙させるには、それしかない。
首は……さすがにコンテンツ的にまずいか。
犬養は、遠くで撃ち合うミアの方を見た。
正確には、彼女の身につけている神話伝承級の宝石。
グレイスに迫りながら、腕を交差させる。
「とりあえず、手足の四〜五本もらっときますか。
あとで生やしてもらえるんじゃないですか。
たぶん」
グレイスの背筋に、ゾクゾクとしたリスクが湧き上がった。
気狐が口を勝手に動かす。
「ヤバいイカれ戦闘民族です。
こんなのしかいないのですかー」
背中の狸も、静かに同意した。
光属性と超振動を纏ったブレードが、グレイスへと迫る。
筋力と素早さ向上を付与した犬養の連撃。
右のブレードは……フェイント。
魔力を隠蔽した左で決める。
ヴィオラ直伝の、ワン・ツー。
「暴れると痛いですよ……」
犬養は頬を上気させ、目元を染めた。
……フルフェイスマスクで良かったかも。
そんな配信への配慮。
こみ上げる衝動のまま、グレイスの右肩から下を削ぎ落とす――
その一撃が、空を斬った。
「え……」
続けて、強い衝撃。
ヴァジュラが腹に突き刺さっていた。
いや、付与と防御結界のおかげで刃先は内部までは到達していない。
しかし、外骨格スーツに大きなヒビ割れが入っていた。
続けて、横っ面に柄の一撃が入る。
空中で一回転して地に叩きつけられる。
仰向けになった犬養の視線の先には、ぽかんとした顔のグレイス。
そのグレイスの口が開いた。
「おいっ、狐。
お前なんかしただろ!!」
次に気狐が口を開く。
「お前、その前に感謝するですー。
まったく」
気狐の能力のひとつ、占術。
空気や魔力の流れから、先を読む魔法。
それをインスピレーションとしてグレイスの意識に与えたのだ。
クラリスの隠者の魔眼と同系統だが、そこまでの性能はない。
ほんの“数秒先の勘”程度にしか過ぎない。
しかし、グレイスの戦闘センスがあれば、充分な支援だった。
グレイスは、仰向けの犬養に声をかけた。
「終わりか?
ヒーローはそんなもんじゃ――」
その言葉を最後まで言わせずに、犬養の体は既に動いていた。
ブレードは持っていない。
だが、肉弾こそが凶器。
超振動を纏った拳が、唸りを上げた。
突き出されたヴァジュラを左腕で払う。
外骨格スーツが火花を散らしながら、槍の切っ先を柄まで滑らせて受け流した。
接近し、右手は掌底。
どこだろうと、触れたが最後。
電子レンジの中の卵のように、弾け飛ぶのだ。
その掌底をグレイスは紙一重で躱す。
気狐の楽しげな声がグレイスの口をつく。
「お前、文句言わないんですかー」
「うるさいね。
あるものは使うのが戦闘魔法使いだよ」
さすがのグレイスも、あの掌から見えるリスクに、いまの自分の技量で対処できるとは思っていなかった。
これまでの数々のピンチ。
いつも最後は、誰かの手を借りて助かっていた。
――面白くないねえ。
でも。
「面白いじゃないか、気狐。
さすが手下だ!!」
手下の能力なら、まあいいか。
グレイスの決断は雑だった。
犬養の掌のリスク。
いや、全身くまなくリスクだらけ。
迂闊に触れることはできない。
ヴァジュラの雷は封じられている。
なら――
対する犬養は、グレイスの魔力の質が変わったことに気づいていた。
繰り出す掌底はヴァジュラで防がれ、膝蹴りも躱される。
さっきまでは、ここまでの技量ではなかったのに。
狐か? 狸か?
犬養は呟く。
「イカサマくさいことしやがりやがって――
なんてことは言いませんよ。
それが戦闘魔法使い」
さらに速度向上の付与を追加。
全身の筋肉が悲鳴を上げだした。
だが、筋繊維がぶち切れそうになる寸前で回復が施される。
鷲尾のアシストだ。
「イカサマ上等は、こちらもなので」
何をする気かは知らないが。
この速度なら、分かっていても躱せないだろう。
犬養の口元が裂けるように吊り上がった。
グレイスはヴァジュラを大振り。
それを難なく躱して、掌底の軌道がグレイスの腹を捉える。
もらったと思ったとき。
犬養は吹き飛ばされていた。
――!?
グレイスが放ったのは、竜魔法アクアブレス。
威力は外骨格スーツを突き破るほどではない。
しかし、思わぬ水圧に再び仰向けに転がされる。
そして、犬養の首元にヴァジュラが突きつけられた。
グレイスは左手で頭をかく。
「ヴァジュラ以外は邪道がポリシーだったんだけどね。
まあ、そんな甘いことを言ってもいられないか」
犬養は一言だけ。
「……とっとと殺せ」
気狐が口を開く。
「こいつ、やっぱりイカれてるですー。
いいから、降参するですよ」
グレイスは犬養を見下ろす。
「諦めちまうのかよ。
……まっ、それもヒーローの散りざまだ」
ヴァジュラにぐっと力を込めた。
そのとき。
「犬養ぃぃぃぃぃっ!! ド根性出していかんかい!!」
山本大将軍の絶叫。
矢をギリギリと引き絞り、アクアブレスと共に放つ。
全身を鋼鉄化したステラがロイの前に出る。
一射目の直撃はなんとか耐えたが、間をおかずに放たれた連射に、二人は吹き飛ばされた。
なおウサ耳は、とうの昔に鷲尾の元に逃げ込み回復を受けていた。
大将軍は、フンッと鼻から息を吐く。
「魔戦部心得、その一。
戦闘魔法使いは、死んでもド根性で食らいつけ!!
犬養、お前それでもキャプテンかいっ!!」
グレイスは、一瞬あっけに取られるが。
犬養を見下ろしながら一言。
「だってよ。どうすんだ?」
そうは言いつつも、喉元に当てたヴァジュラに力を込める。
外骨格スーツが嫌な音を立てて軋んだ。
犬養のギリギリと奥歯を鳴らす音と、スーツを突き破らんとする雷槍の音が響く。
気狐が何か言おうとして口を開く。
グレイスは、それを無理やり閉じた。
冷たい目でヴァジュラを突き立てる。
その目が大きく揺れた。
犬養の破損したスーツが見る間に修復していく。
そして、胸部がバクンと開いて魔力弾が射出された。
咄嗟に飛び退き、ヴァジュラを回転させて魔力弾を弾く。
口元が大きく吊り上がった。
「やっぱり、リスク隠してたんじゃないか……
出し惜しみしてんじゃないよ」
グレイスの視線の先。
そこには、ペンタブを持つ熊耳の姿。
「茜ちゃん!!
諦めたら終わりですわよっ!!」
画面にペンを走らせる。
飛行型ドローンを召喚。
搭載されたマシンガンが魔力弾を放ち、グレイスを襲う。
翼に変化していた狸は、今度は盾に変化。
魔力弾をことごとく弾く。
グレイスは「新手も大歓迎!!」と叫ぶと、アクアブレスを熊耳に放った。
熊耳へと迫る水の衝撃。
それは、黒い影に阻まれた。
犬養は熊耳の前に立ち、外骨格スーツの右手をスッと突き出す。
たちまち竜魔法の水が散った。
熊耳の嬉しそうな声を背に受ける。
「茜ちゃん!!」
「日葵ちゃん、どうして……
ううん、ありがとう」
遠くで山本先生は「ようやった!! 熊耳!!」と叫ぶ。
続けて、対峙するロイが撃鉄を起こすよりも早く矢を放った。
「ちょっ……!!」
ロイは叫びとともに、なんとか回避。
「甘いでロイ、ガンガンこんかい!!」
嬉しそうな山本先生の声。
グレイスは横目でその様子を見る。
そして、正面に向き直ると一言。
「楽しくなってきたじゃないか。
それで、そこの姉さんもやるのかい?」
犬養は、その言葉に一筋の汗が背を伝った。
……忘れていたが。
セラの静かな声が犬養の背に落ちる。
「さすがは、あの大戦を生き抜いた青柳一佐。
不屈のド根性ですよ」
そして、犬養の隣に並ぶ。
セラの視線は、グレイスの脇。
小型のガチャ機が出現していた。
やけに熱を帯びた声で、犬養に声をかける。
「異色のコラボ……
まさか、“マスクド・インセクターX”との夢の共演を果たすとは。
犬養さん、やりましたね」
何がやりましたなのかは、分からない。
だが犬養はゆっくり頷いた。
そしてセラは「熊耳先生!! 着装!!」と叫ぶと大きく腰を落とした。
「合点承知の助ですわっ!!」
熊耳がペンを走らせる。
セラを召喚の魔力が包んだ。
見る間に具現化した外骨格スーツは、犬養とはデザインが異なる。
元のスーツを手直ししたものだが、わずかな時間での仕事とは思えない。
熊耳渾身のド根性だった。
着装が完了したセラは、興奮を抑えて静かに言い放つ。
「機甲戦鬼・桜華――いざ」
そして、犬養の方を向く。
妙な沈黙が数秒、戦場を支配した。
犬養は、黙ってセラのスーツにも付与魔法を施す。
セラは大きく頷くと、グレイスへ向かってビシッと右手人差し指を向けた。
「さあ、そちらも変身をどうぞっ!!」
気狐が「お前、こっちの味方じゃなかったですか?」と冷静なツッコミを入れる。
ラウンドツーの開始だった。




