第283話 地味枠の戦い
肉体変質魔法。
それは、狸たちが使った変化とはまた異なる。
見た目が変わるという現象だけを切り取れば似ているが。
変化は魔力で構成された肉体を別物に変えるもので、召喚魔法の亜流。
実質的にモンスター専用魔法といえる。
肉体変質は、人間の肉体をベースに細胞を変質・増減殖・活性化させる魔法だ。
身体強化魔法の中でも特殊かつマイナーな系統。
R魔法使いは普通は使用できない。
訓練されたSR魔法使いでも、せいぜいが手足を硬質化して斬撃や防御に使用するというものだが。
そんな程度なら良い武具で代用できる。
習得難度のわりにリターンが小さい。
それが一般的な評価だった。
しかし、俺の人狼化や日村のジャガーマンは、そんな次元を軽くぶっちぎっていた。
氷柱の下で、二頭の獣の牙と爪が交差する。
村正は使わず、爪の斬撃が今の俺の武器だ。
この形態のときは、こっちの方が戦いやすい。
お互いに引き裂き合い、鮮血が舞う。
傷は見る間に再生していく。
俺にはもう復活能力はないが。
よほど大きな損傷でなければ、細胞の活性化ですぐに傷は塞がる。
それは日村も同様だ。
日村が瞬時に間合いを詰める。
躱しざま、爪を腹に食い込ませる。
痙攣が爪ごしに伝わってきた。
引き抜くと、ジャガーマンは呻きながらガクリと膝をついた。
頭上から声をかける。
「どうした。死んでないよな?」
「佐伯、お前……
俺じゃなかったら、死んでるぞ」
やはりタフなやつだ。
今のうちにもらっておくかな。
トドメとばかりに踏み込むと、日村は爪の一撃を繰り出してきた。
顔面に迫る爪を紙一重で躱し、お互いに飛び退く。
日村の傷が塞がっていくのが見えた。
俺は腰を落として追撃。
日村も同様に距離を詰めると、互いの爪がかち合った。
二撃、三撃……と撃ち合う。
爪の鍔迫り合いとなり、日村がぐっと押し込んできた。
続けざまに、肩を狙った噛みつきが飛んでくる。
それを躱すと、腹に膝打ちを入れる。
修復中の傷が開き、日村は再び膝をつきかけるが、なんとか堪えて大きく飛び退いた。
距離を置いて炎弾を放ってくる。
俺も同属性で迎撃。
日村の炎弾を大きく上回る威力の一撃を放つ。
ジャガーマンの瞳が見開かれた。
着弾寸前で日村は水魔法を展開。
激しい水蒸気が舞った。
視界が一瞬だけ白に染まる。
――姿が消えた。
いや、魔力隠蔽と気配の遮断だ。
五感を研ぎ澄ます。
俺の背後の空気の匂いが変わった。
大きく身をよじると、今まで俺の頭があった位置にはジャガーの獰猛な顎。
足音ひとつ立てずに背後を取られていた。
そして、噛みつきを躱したは良いが、脇腹がいつの間にか引き裂かれていた。
今度は俺が押し込まれる番だった。
土魔法で生み出した礫を、風魔法で撃ち出す。
日村は、ことごとく躱しながら後退。
その間も俺の脇腹は修復を始める。
日村の腹の傷はほとんど塞がっていた。
獣たちは、じりじりと距離を取る。
ふと気配を感じて周囲を見渡す。
俺たちは、遠巻きにギャラリーに囲まれていた。
攻め込んでいた冒険者連中は、戦闘そっちのけで観戦。
そこに狸来奈の声。
「ジャガー十五、狼八……。
狼いい風きてるからー、わかんないよ。
はい、狼九……十。ジャガー十六。
締め切るよー」
そして麗良のパーティはいつの間にか調理に復帰。
麗良が大声を張り上げた。
「冷えたモービーによく合うダブルスいかがですかー。
モチモチでスパイシー。辛さはお好みでどうぞー」
「二百個、プレンティで……」
甘味を堪能した儚げな食欲が、刺激を求めていた。
明日香は、スマホで実況をチェック。
「はい、魔王のカットイン。
しばいちゃうぞ……からの、CM。
そこのおじさん二人、明けから激突シーン行くよー」
……こいつら。
そこに、杏子が冷たいモービーを差し入れてきた。
茶色い液体を流し込むと、甘さと苦みの波状攻撃がガツンとやってくる。
「佐伯くん。
試合はもらうけど、あれは死なない程度にやっちゃっていいからさ。
その人狼化、そんなもんじゃないでしょ。
……そんで、ジャガーのトーテムは十億Gでどうよ」
日村がガチャで使い込んだ金額。
忘れていないようだ。
そして日村は、
「おいっ、勝手に値下げするなよ」
と文句を飛ばしていた。
なんだかな……。
だが。
ここで引っ張っておけば、俺たちの攻撃側の時間稼ぎにはなる。
セラとミア。
あの二人に賭けるのだ。
明日香の「はい、構えて。スリー・ツー……」のカウントダウンに合わせて、俺は再び踏み込んだ。
***
セラは、氷柱をちらりと見上げる。
「魔戦部のみなさんも頑張っていますね」
召喚兵と犬獣人の武将を送り込んでいるのだ。
自分はミアが暴走したときのために動くつもりだったのだが。
どうやら、ミアはヴィオラに阻まれているようだ。
小さく息をつく。
犬養、カレン、熊耳に軽く頭を下げた。
「それでは、私はそろそろ。
冬に会えるのを楽しみにしていますから」
犬養は焦った。
ここでセラが参戦しては、とても持ちこたえられない。
「あの、衣装もう少し合わせていきませんか?」
それにはセラもにっこり。
「素敵な提案ですが。
熊耳先生とは今後もチャットで打ち合わせを続けますから。
ですよね?」
その熊耳の顔は引きつっていた。
散々細かい仕様の指定を受け、これから二十着の衣装に、召喚兵用のデザインまで。
小さく「ですわ……」 と絞り出すのが精一杯だった。
犬養が、こそこそと耳打ちする。
「日葵ちゃん……
もう少し引っ張らないと。ド根性だよ」
「もう、堪忍しておくんなましですわー」
半分涙目。
……仕方ない。
ここは正義の魔眼で。
そう思って、カレンの方を向く。
そのカレンは、スマホを覗き込んでいた。
敵陣の状況をチェックしていたのだ。
犬養の視線に気づくと、カレンは感心した声で話かけてきた。
「素晴らしいですね、身体強化魔法の極致。
私の時代にも、ここまでの魔法使いはなかなか……」
そう言って見せてきたのは、人狼とジャガーマン。
犬養の目が大きく開かれた。
「狼は、佐伯先生だけど……
この虎は?」
「ジャガーですよ、茜さん」
カレンの訂正に、犬養は「ふーん」と鼻から息を漏らした。
スマホが映し出すのは、獣同士の高速バトル。
爪と牙が交差。
狼は相手の喉笛を食い破らんとし、ジャガーは頭蓋骨をも砕く顎の噛みつきを繰り出している。
自然と画面に魅入られる犬養。
熊耳も「ですわー」と、少しテンションが回復しつつあった。
カレンは大きく頷く。
「近接戦闘魔法使いの、一つの究極形かもしれません。
まるで神話のような……」
「“超獣刑事ビースト・スマッシュ”。
対異能犯罪課・DELTAの“銀爪”こと轟伊知狼、対するは犯罪組織パシャーンの大幹部“テペヨロトル”」
カレンの言葉を打ち消す、力強い声が響いた。
セラがツカツカと近づき、スマホを食い入るように見つめた。
そして、ボソリと呟く。
「こういう切り口もありですね。
私は肉体変質魔法は使えませんが、見た目だけなら……」
そう言って、ちらりと熊耳を見る。
咄嗟に熊耳は目を逸らした。
そこに、犬養の一言。
「ですね、いいじゃないですか」
犬養は自身のスマホで作品をチェックしていた。
「へえ……
ファルコンなんてカッコいいですね。
麗良さんに飛翔魔法を協力してもらうとして。
これ、私いただきです」
セラは、柔らかく諌める。
「犬養さん、抜けがけはいけません。
バディの隼蒼汰は私が……」
熊耳が、「あの……」と言いかけるのを犬養は目で制した。
「どうでしょうか。
魔戦部も協力しますから、我々がパシャーン側を担当するということで」
さらに爆弾を投下。
「第六層のクリスマスイベント。
いまから精霊に申し込んでおきましょう。
私たちの舞台を、全世界の魔法使いに見てもらおうじゃないですか。
日葵ちゃん、シナリオも書けるよね?」
段取りをテキパキと決めていく。
セラもノリノリで加わった。
「……いいんですか? 日葵さん」
カレンの声に熊耳は沈黙していた。
――そのとき。
犬養と熊耳の背筋に、氷を詰め込まれたような凄まじい悪寒が走った。
気配の方向を見ると、遠くにウサ耳が三体。
氷柱へと猛烈な勢いで駆けていった。
そして。
「どう……して……」
犬養が声を詰まらせる。
ウサ耳を追うのはジャージネキ大将軍。
怒声をウサ耳へ浴びせながら走る。
それに続くは、グレイスとアミルだが。
犬養の視界にはその二人の姿は入るものの、意識はすべてジャージに持っていかれていた。
「日葵ちゃん。まずいよ。
私が行くから、後はお願い」
そう言って腰を落とす。
熊耳は山本先生の出現に頭が真っ白になっていたが。
「日葵ちゃん!!」
犬養の声に我に返る。
「あっ……りょ、了解ですわ!!」
ペンタブを取り出すと、犬養とセラの絶叫。
「着装!!」
外骨格スーツを纏った犬養は、時空魔法を付与。
風のような速さで氷柱へと駆けていった。
「茜ちゃん……」
熊耳の瞳が不安に揺れる。
そこに。
「それで熊耳先生。
パシャーンの三獣士はこれなんですが……」
セラがスマホを見せてきた。
――これが、私の戦い……ですわ。
熊耳の瞳の揺れはおさまり、力強い意志が宿った。
「三獣士は豪州魔戦部のリハルトさん、ロイさんにステラさん。
この首領・アルスラーンは獅子丸先輩がぴったりですことよ。
構成員のジャッカルズは新入生を……」
もはや引き返せない、熊耳の自爆上等の配役提案。
カレンはメモを取り、セラは第三十九話の内容をベースにシナリオを起こしてはどうかと、熱のこもったプレゼンを展開するのだった。
***
火尖槍と、ソードウィップのメガイラが交差する。
もう二時間以上撃ち合っている。
しかし、ミアの目の光の鋭さは、いささかも衰えていない。
「まだ死なないとか、生意気ー」
対するヴィオラの表情は崩れない。
氷の眼差しで迎撃していた。
一方の魔戦部連中だが。
多勢に無勢な状況にも関わらず、なんとか持ちこたえていたのは、OB鷲尾の活躍。
その手にはあるのは、カレンから借りたアスクピレオスの杖。
回復効果を発揮する。
加えて、自身の持つ杖での攻撃魔法。
こちらは込めた攻撃魔法を超高圧縮で撃ち出すレジェンド装備。
豪州のリハルトが◯国から獲得したものだが。
自分は使わないからと持ちかけられ、お友達価格の三億Gで成立した。
大学生同士のやり取りとは、とても思えない。
それはともかく。
剣士である獅子丸と高坂が討ち漏らした召喚兵を氷柱の前で掃討し、折を見て回復が彼の仕事。
ここまでは立派に役割を果たしていた。
そこに、猛ダッシュで駆けてくる犬養の姿。
剣と槍が交差する戦場に突っ込む手前で、大きく跳ぶ。
宙を舞う外骨格スーツは、背面から一回転して鷲尾の前に着地した。
「犬養さん――」
「鷲尾先輩、問答は後。山本先生が来ます」
その一言だけで鷲尾のエマージェンシーがマキシマムになった。
「……それは、まずいな」
何とか膠着状態を維持している状況なのだ。
考えを巡らせる間もなく、土煙を上げて駆けてくるのは三体のウサ耳たち。
そのうちの一体のモヒカンのウサ耳が叫ぶ。
「おーい!! 助けてや!!」
犬養は、軽く舌打ち。
「……どうやら、ほぼ全滅のようですね。
さすが山本先生」
鷲尾も山本先生の姿を認めてさらに動揺するが。
その後ろにも誰かいることに気付いた。
「あれって愚者のSSRじゃないかな」
犬養もあらためて確認する。
確かに……。
常識の通じない、リスク中毒のイカレ戦闘民族とジャージのイカレ戦闘民族。
最悪だ。
犬養の心臓がドクンと跳ねた。
――最悪?
鷲尾は後輩の、カタカタと震える肩を見ていた。
「犬養さん……
もうけっこう頑張ったしさ、誰も責める人なんていないよ」
犬養の震えは止まらない。
鷲尾は、そっと言葉を続けた。
「だから――」
「アハー!! ハッハー!!」
のけぞるように犬養は笑うと、腰のトンファー型ブレードを抜き放つ。
そして、外骨格スーツに付与魔法をこれでもかと展開。
対物理。
対魔法。
筋力上昇。
素早さ上昇。
重力軽減。
超振動。
「鷲尾先輩……鋼属性の付与くださいよ。
私はまだ使えないので」
「犬養さん……」
「耳垢詰まってるんですか? 早く」
鷲尾は慌てて外骨格スーツに鋼属性を付与。
犬養が差し出してきた二刀のブレードには、光属性。
「さすが、鷲尾先輩……
光属性は桐生院先輩でもまだ習得していないのに。
なかなか使えるじゃないですか」
「ねえ、犬養さん……」
「そのアスクレピオスの杖。
いいタイミングで支援してくださいよ」
それだけ言い残すと、残像を残して消えた。
残された鷲尾の脳裏に去来するのは――
昨年の春。
千連ガチャでSRに当選した自分は、高校三年のとき、宝条学院に編入して魔戦部の部室の扉を叩いていた。
ドアを開けると、そこにいたのは魔法使いデビューで弾けた生意気そうな獅子丸。
そして、自信なさげな一年生の犬養と熊耳。
獅子丸は口元を歪めた。
「鷲尾先輩、あんた四大属性魔法使いなんだって?
やっとできるのが来てくれたじゃん。
こいつら、SRのくせに地味だからな」
目線を落とす犬養と熊耳。
補助魔法中心の犬養と、小さな物体しか顕現できない召喚魔法使いの熊耳。
正直、鷲尾の目から見ても戦闘魔法使いとしてダンジョンで生き抜いていける技量があるかは疑問だった。
そこに、キャプテンの高坂が諫める。
「獅子丸、魔法は創意工夫。
使いどころだ。それも分からんルーキーが大言を吐くんじゃない」
獅子丸は大きな舌打ち。
「Rごときが説教してんじゃねえよ。
……尾形も滅多に来ねえって言うし、どうなってんだかな」
山本先生が、おずおずと話かける。
「あの、尾形先生も忙しいから……
頼りにならないかもしれないけど、私も頑張るから」
ジャージの若い女教師に、獅子丸は鼻で嗤う。
「端から頼りになんかしてねえよ。
俺の好きにさせてもらうからな。
……RもSRもこんなんで大丈夫かよ。
ま、俺がいるからには日本の未来に期待しろよな」
その言葉に、犬養はますます視線を落としていた。
それが――
犬養は笑いながら戦場を駆ける。
迫りくる召喚兵をことごとく真っ二つにすると、豪州魔戦部が対峙している犬獣人の武将へと接近。
武将は魔力を腕に漲らせると、その太い腕は三倍にも膨れ上がる。
手にした矛に衝撃波が乗り、周囲を吹き飛ばす。
これのおかげで、豪州メンバーは一進一退の攻防を余儀なくされていたのだ。
犬養は宙に舞い上がり、放射状に展開された衝撃波を躱す。
武将の眼前に落下したとき、二刀のブレードが眩く輝き、その首を飛ばした。
たちまち光の粒へと消える。
犬養はフッと短く息を吐くと、豪州の三人へ声をかけた。
「お疲れ様です。
で、休む間もなくですけど。
これから山本先生が来ますから、日々の訓練の成果を見ていただこうじゃないですか」
豪州の三人は少しだけ動揺を見せたが。
ロイが腰の二丁拳銃に手をやる。
「キャプテン、根性見せていこうじゃないの」
その言葉にステラが訂正を入れた。
如意棒を構えて、一言。
「ド根性ですよ」
並び立つ四人。
犬養は召喚兵と斬り結ぶ二人を見た。
高坂とは、ゆっくり頷き合う。
そして、獅子丸へは。
「ちまちま地味にやってんじゃないですよ。
獅子丸パイセンのー、頼りになるとこ見てみたいー」
獅子丸の口元が引きつる。
鷲尾は、額に手を添えて苦笑い。
犬養は、ブレードを握る手に力を込めた。
「相手が誰だろうと、退かないのが魔戦部。
歓迎していこうじゃないですか」
獅子丸を除く魔戦部メンバーの呼応する声が、戦場に響いた。
そして――
「……どうしたってのよ」
火尖槍を振るうミアは怪訝な顔をした。
相対する氷の女王様の張り付いた無表情。
それが、楽しそうな顔になっていたからだ。
ヴィオラはソードウィップを撃ちつけて呟いた。
「これだから魔法使いは面白いのよ……
こっちも、楽しみましょう」
「とっととやられてくれたら、超楽しいんだけどー」
ミアの言葉に、くすりと笑う。
そしてまた無表情へと戻り刃を交えていく。
二つの拠点で交差する氷柱を巡る戦い。
熱がコンテンツをさらに盛り上げていくのだった。




