第281話 拮抗
砕け散った氷柱の前で、俺たちはひとまずの休憩を取っていた。
俺の同期連中が椅子とテーブルを広げ、ガヤガヤと飲み物と菓子を並べる。
まだ合戦は終わっていないのに、呑気なやつらだ。
しかし、こちらはこちらで一区切り。
来奈には主婦連中から大量の菓子やらミカンが与えられ、嬉しそうに食べている。
梨々花は仁科から雷公鞭を借り、しげしげと眺めていた。
「これ……ちょっとすごいというか。
よくこんなの扱えますね。
少しでも魔力制御を間違えたら、自分が木っ端微塵になりそうなんですけど」
セトのウアスも二属性制御を要する扱いの難しい武具だが、その技術は魔術師の魔眼の得意分野。
梨々花とは非常に相性の良い代物なのだ。
だが、雷公鞭はそれとは別の繊細な魔力制御を必要とする。
鎧の魔装もそうだ。
あれもかなり扱いが難しい装備。
俺たちはさっそく借りて着装してみた。
それはそうだろう。
誰だって試してみたいに違いない。
一番人気は、やはり鎧の魔剣。
全員でジャンケンして来奈に決まった。
梨々花は鎧の魔弓。
由利衣は鎧の魔手裏剣。
そして俺は鎧の魔盾。
密かに気になっていたやつだ。
政臣の構えるカメラの前で、ノリノリの着装を決めた。
こういうときは、恥じらいは敵なのだ。
しかし、三人は五分と持たずに体力と魔力を吸われてダウン。
俺だけ盾を縦横無尽に飛ばしていた。
最強ポテンシャルのSSRと言えども、テクニカル面はまだ成長の途上。
ベテラン魔法使いとの戦いは得るものが多かったようだ。
これも良い経験だろう。
そんな来奈は饅頭を頬張りながら、木暮に笑顔を向けた。
「おじさんの金棒、結局破壊できなかったなー。
次は粉微塵にしてみせるから」
木暮は嫌な顔を隠さない。
「お前な。
俺が長年かけて探し当てたお宝を、粉微塵にしようとするんじゃない」
そんな木暮に声をかけた。
「アダマンタイトなんて、良く見つけたもんだな。
しかもあんな大量の」
その言葉に、木暮は軽く口元を上げた。
「日村から貰った第七層の情報だ。
言ってみれば冒険部ホールディングスのおかげだな」
梨々花と由利衣が作成した、第七層のマップか。
現在、未踏領域の調査がかなり進んでいるらしい。
そして木暮は、何気ない一言を放つ。
「あの骸骨の持ってた馬鹿デカいのもそうだろ。
俺なら、あの素材で使い勝手の良いサイズに打ち直すけどな」
その言葉に、梨々花の耳が大きくなった。
「そうですね……
あの剣一本よりも、ナイフ百本の方が景品になる。
そうしましょう」
そして、来奈を見る。
「それでもって、銃もね。
竜魔法を撃つたびに壊しちゃ、たまらないから」
確かに。
アップデートした竜魔法はまだ使いこなせそうにない。
簡単には壊れない銃が必要だった。
これには来奈の目が輝いた。
ミカンを口に放り込みながら嬉しそうに言う。
「梨々花、どしたの?
ドケチの守銭奴がスマホも買ってくれて、銃まで!!
拾い食いでもしたんじゃね?」
梨々花のこめかみが反応する。
「スマホも銃も、要らないなら別にいいんだけど」
由利衣が慌てて、「まあまあ……」と取りなした。
「それよりも、試合がどうなってるか気になるじゃない?」
そう言って、政臣に視線を送る。
戦況をモニタリングしていた政臣が頷いた。
「ティナさん、奮闘してるよ。
けっこうな数の冒険者が相手なんだけど」
そう言って、パソコンの画面を見せてくる。
透明マントでステルス化したティナが金蛟剪のヘッドを容赦なく冒険者の腹に打ち込み、雷光を放つ。
……やりすぎだろう。
しかし、明らかに多勢に無勢。
日村が放った必殺技、八雷神の一柱が炎を吹き、氷柱を溶かしていく。
ドヤ顔全開で、日村が叫んだ。
「どうだ、杏子。このパワーアップ!!
たったガチャ二十連なんて安いもんだろう。
なっ?」
杏子の殺気が画面越しに伝わってくる。
せっかく家に入れてもらえるようになったというのに、余計なことを。
しかし、日村家の心配よりも、こちら側の防衛の心配だ。
ティナはターゲットを日村に変えて金蛟剪のヘッドを向けた。
透明マントは認識阻害アイテム。
日村には見えていないだろうが、画面越しにはティナが日村の頭頂部めがけて金蛟剪を振り下ろす姿がばっちり見えていた。
由利衣の防御結界があるとはいえ……。
思わず、手に汗を握ってしまう。
「おっと」
日村は、野生の戦闘民族の勘で躱す。
雷光の青白い軌跡が、日村のいた空間を切り裂いた。
「おっかねえなー!!」
日村の高笑いが響く。
杏子の盛大な舌打ちをマイクが拾った。
そしてこちらでも、
「惜しいー!!」
と、中年連中の大合唱。
お前らは味方だよな?
ティナは冒険者連中をバッタバッタとなぎ倒しながら、ときおり日村へと凶悪な一撃を見舞う。
しかし、ことごとく躱されていた。
ヘラヘラと余裕顔の日村。
ティナと杏子の顔が険しくなる。
「ティナ、餓鬼王よ!!」
杏子の絶叫が戦場に響いた。
中年連中と、来奈のワクワクの視線が画面に集まる。
……いやいや。
俺は慌てて政臣に指示を飛ばした。
「おい、コンテンツ的にまずいだろ!!」
政臣はティナのインカムへ「グロは禁止で」と呼びかけていた。
そんなこんなで。
八雷神の炎で氷柱を溶かされて、俺たちの二本目は落ちた。
しかし、立派な戦いぶりだった。
さすがは審判のSSR。
麗良がいればまだ分からなかったが。
あいつはリズにカロリーを投入中なのだ。
ティナは透明マントのフードを外すと、口を尖らせた。
日村を指さし、
「そのおじさん、おかしいって絶対」
と、文句を飛ばす。
ニヤニヤ笑う日村の脇腹に、杏子の戦斧の柄がねじり込まれた。
「杏子さん、それもう少し早くやってくれないと」
ティナは、さらにクレームをつけるのだった。
***
スマホの画面を見る梨々花の目が険しくなる。
「ティナは良く戦ったけど。
……でも、まずいわね」
お互い、あと一本。
早く取ったほうが勝ち。
ガタリと梨々花は椅子から立ち上がる。
俺はそれを制した。
「桐生院。
いまの体の負荷はどれくらいだ?
正直に言ってくれ」
「……72%。
鎧の魔装を着装する前は、40%でしたが」
それは遊び過ぎだろう。
しかし。
「そんな状態で行っても役には立たないな。
休んでいろ」
ちらりと来奈を見る。
いつの間にか出した弁当を咀嚼しながら、気まずそうに頭をかいている。
こいつも、かなり魔力と体力を鎧に持っていかれたのだろう。
軽く息を吐いた。
そして、中年連中へと声をかける。
「悪いんだけどさ。
うちの見ておいてくれないか」
俺の同期なら安心して預けられた。
そして、村正の残像の刃を実体化する。
梨々花へ声をかけた。
「俺たちの攻撃はセラとミアだからな。
あいつらならやるだろう。
俺は防衛に戻る」
梨々花は、小さく頷く。
足場に乗る俺に、由利衣の声。
「わたしはまだ行けますから」
そのとき、梨々花がそっとスマホを俺に見せた。
四億二千万G……だと?
由利衣の防御結界は全冒険者にかかっている。
その魔力は、常にリュシアンが回復。
対価として魔石を消費するたびに、梨々花は報告させていたのだ。
「ちなみに、あの氷柱を壊したときに使った防御結界は六千万G。
鎧の魔装で消費した分が一億Gです」
由利衣は、まるで他人事のような顔をしているが。
この分まで参加者連中で割り勘というのは、さすがに……。
「……黒澤も待機だ」
「えー!!」
由利衣の抗議の声を受け流し、足場を浮かせる。
そして、追いすがる由利衣を振り切り、本陣へ向かった。
***
由利衣は頬を膨らませる。
「まだ行けるのにー」
梨々花は、それには構わずに戦況を確認。
セラは……。
「さすが、熊耳さんだわ。
侮れないわね」
セラと熊耳は、既に次のイベントの打ち合わせに入っていた。
そうは言えども、召喚兵は次々に繰り出している。
セラも完全に戦場を放棄したわけではない。
だが、最大戦力を食い止めている熊耳の技量には、思わず舌を巻く思いだった。
そして、ミアとヴィオラ。
もう延々二時間は撃ち合っている。
ミアの装備している神話伝承級アイテム・ブリーシンガメンは、超回復の能力。
対するヴィオラの黒革衣装・アレクトも自動回復を備えている。
不屈の二人は疲労を感じることもなく延々と紙一重の攻防を繰り広げていた。
召喚兵と、中国SSRが担ぐ犬獣人の武将は魔戦部メンバーが一丸となって防いでいる。
「あと一息足りないわね……」
次々にカメラの映像を切り替える。
そのうちの一つに、梨々花の目が揺れた。
「大将軍閣下……」
梨々花の目に映るのは、三体のウサ耳。
モヒカンのウサ耳。
謎の鉄仮面のウサ耳。
筋骨隆々、全身入れ墨のウサ耳。
魔戦部が担ぐウサ耳集団は駆逐されて、残るはこの三体。
逃げに逃げていた。
そして、それを追うのが山本大将軍。
弓を射掛けながら、「またんかい、ワレェ!!」と怒声を浴びせかけている。
後からはグレイスとアミル。
ウサ耳の逃げる先は、氷柱。
魔戦部に助けを求めるつもりなのだろう。
梨々花の口元が吊り上がった。
「いいわ、ウサギさんたち。
もっと速く……脱兎のごとく駆けるのよ」
クックと含み笑いの魔王。
来奈は三つ目の弁当を食べながら、
「ねえ、スマホはあたしが羊に貰った魔法と引き換えなんだからさ。
無印じゃないやつ、忘れたら怒るよー」
と、念を押していた。
***
飛ばしに飛ばして駆け付けた俺の目に映る光景は……。
「エスコヴィッチにフェスティバル。
お待たせいたしましたー!!」
そう、カロリーのフェスティバルだった。
チチャロンを揚げる、フワッとした女性が俺を認めると「あー!!」と声を上げた。
「麗ちゃーん、兄さん来たよ」
勝気な目をしたポニーテールが、口元に楽し気な笑みを浮かべる。
「バニコが最近いい顔してる原因だ」
見覚えがあった。
こいつらは麗良の現パーティ仲間だ。
軽く会釈を交わす。
肩上のショートカットの女性が、俺に声をかけてきた。
「兄さんも応援?
ぜんっぜん手が足りてないからー。助かったよ」
確か、麗良の同級生。
パーティのリーダーだったな。
そして緑色の戦闘民族は、豚肉を調理している。
「グリコパイセン、リズさんがおかわりだってー」
儚げな圧を前に、黙々とモホでマリネを続ける。
珍しい光景だ。
俺は麗良へと声をかけた。
「おい、どうなってるんだ一体」
麗良は砂糖をまぶしたプランテンを揚げながら、こともなげに言う。
「どうもこうも。
パーティですから、助け合いですよ」
俺は「ふーん」と鼻から息を漏らす。
「そうか。
それじゃあ、追いカロリー行こうか。
リズ、フェスティバルはどうだ?」
「ネクストフェスティバル、よろこんで……」
儚げなフェスティバルに、軽く頷く。
そのとき、襟首をギリギリと締め上げられた。
「修司……どうなってるのよ」
芹那が声を押し殺して詰問してきた。
「どうって。俺に言われても困るな」
だいたいのあらましは聞いているが、分からないことばかりだ。
「とにかく、世界樹は譲れない。
この戦もな」
その言葉に、芹那は少しだけ手を緩める。
「あんた……世界樹って何か知ってるの?」
全然。
そもそも、その存在を確認したのは今年の正月なのだから。
「さあな。
けど、単なる素材の宝庫とかじゃない……だろうな。
だいたい、第四層の発見のときはグリコもいただろう」
「誰がグリコよ。義姉さんと呼びなさい」
やれやれだ。
「俺の知識なんて何もない。
けど、世界樹は安易に手を出すようなものじゃない。
らしいことは、グリ……義姉さんも薄々気付いているんじゃないのか?」
芹那は襟首から手を離した。
俺はエプロンを着装。
「とにかく、だ。
試合は試合かもしれないが、世界樹は別だ。
日村たちへの説得にも手を貸してくれ」
第十一層の世界樹はいまだに不可侵。
第四層には守護者がいる。
基本的にはアンタッチャブル。
それが精霊の意思なのだろう。
芹那は小さく鼻を鳴らす。
「……気にならないの?」
「そいつは、追々解き明かしてみせるさ。
ただ、いたずらに荒らすようなものじゃない。
俺はリズの意思を尊重するだけだ」
そう言って、スプーンでモホをすくう。
「いい味だな」
芹那は、得意げな笑みを見せた。
「私を誰だと思ってるのよ。
一流の戦闘魔法使いは、世界の料理に精通しているものよ」
「それ、私が作ったんだけどー」
みちるの声が飛んできた。
リズへと視線をやる。
「それじゃ、追加いくぞ。
漲ってきたか?」
「そうですね……
いきなり全振りは危なかったですが。
イシェドにも、少しずつ」
第四層の世界樹。
麗良が聞き取った断片的な情報では、女帝の魔眼が接続できるのは、ダンジョンのどこかにあるというユグドラシルと第四層のイシェド。
他の世界樹とのコンタクトは、まだ取れないらしい。
そのイシェドに接続した瞬間、全カロリーを持っていかれた。
いまは、パスを細くしている……とか。
リズとしては、傷ついたイシェドも放ってはおけないのだ。
少しでも回復の手助けになるならと、カロリーを細々と供給していた。
それを止める気はない。
その代わりに得た、イシェドの恩恵もあった。
俺は、ちらりと戦場に目をやる。
植物の塊。
いや、敵側の獣人やリザードマンなのだが。
魔力を糧に育つ植物が全身を覆い、動きが止まっている。
実はさっきから敵軍の襲撃を受けていたが、リズの魔眼が淡く輝くたびに植物が増えていく。
芹那も俺の視線の方向を見て、軽く身震いした。
小声でボソボソと囁く。
「厄災の魔女ってのは、半分冗談だと思ってたけど。
ヤバすぎるわ」
こいつにヤバい認定を受けるとはな。
俺はリズにいちおう念押ししておく。
「なあ、あれを人間に向けるのはやめてくれよ」
明日香の「えー、なんで?」という声。
なぜ乗り気なんだ。
しかし、あの植物の顕現はかなりのカロリーが要るらしい。
イシェドが求めているのだろう。
そこに麗良がとっておきの爆弾を投下した。
「ベイジャン・マカロニ・パイお待たせしましたー」
炭水化物と脂質の塊。
リズは、付け合わせの大量のフライドチキンの油分で喉を潤しながら儚げに咀嚼。
ホールサイズがたちまち消えた。
「大将、早くフェスティバルも……」
「そうだったな」
俺は追いエスコヴィッチからのフェスティバルに向き合う。
リーダーの珠緒が、ピメントを切り分けながら俺に話しかけてきた。
「麗良のことだけど。
あの子が納得いくまで冒険させてもらえませんか。
こっちは大丈夫なので。
せっちゃんも、正式に加入しても良いって言ってるから」
そう言って、豚肉を焼く芹那へと視線を向けた。
それは意外な展開だ。
あいつは亭主のフレッドを従えて、ダンジョンで素材収集しているが。
パーティを組むとはな。
珠緒は話を続けた。
「最近の配信見てて。
あんな肩の力抜いた麗良なんて、ほんと久しぶりっていうか……
いつも背負わせてたから」
そう言って、小さく笑う。
日本のレイドのトップランカー、そして深層攻略者としてのプレッシャーから解放されて冒険を楽しんでいる。
それは嬉しい言葉だった。
だが。
「知ってるだろうけど。
麗良に背負わせたのは俺の責任だ。
……いい仲間に恵まれて良かった」
珠緒は、さらに口元を緩めた。
「まあ、ろくでもない話は麗良から散々聞かされたから。
人間だからさー、そういうこともあるでしょ」
そう言ってくれるとは。
思わず苦笑いするしかなかった。
そして、珠緒は少しだけ目の光を強くした。
「今回のイベントでパワーアップもしたから。
うちらR組も、もう付録なんて言わせないし」
ニヤリ、と不敵に笑う。
それも彼女たちの熱か。
SRの麗良がいるからこそ、上位冒険者の地位がある。
なんて世間の評価をひっくり返してやる。
そんな目の輝きだった。
そこに、呑気な声。
「私はパワーアップできてないんだけどー」
いつの間にか隣で、みちるが小麦粉にコーンスターチを投入していた。
「弓欲しいんだー。
大将軍のスカジ、カッコいいよね」
あれだけの性能の弓は、なかなかないだろうな。
軽く頷くと、みちるは興味津々な声を放ってきた。
「それで、お兄さんは大将軍と麗ちゃんのどっちにするの?」
……。
黙って手を動かしていると、明日香の声。
「おじさーん、そういうとこ視聴者さんの評判よくないんだって。
バニコだって十年も待ったんだからさー」
「……うちは戦闘アイドルのチャンネルだからな。
そういうのはないぞ」
三人の「ええー?」の声。
まったく。
冒険以外で、こいつらの娯楽に消費される気はないのだ。
なおも食い下がろうとする三人を、どうやって躱すか考えていると……。
「お前ら、なんで飯作ってんだよ」
――この声は。
明日香が肘で俺の脇腹をグリグリした。
「ねえ、ここだけの話にしとくから。
言っちゃいなよ」
その声を強引にねじ伏せる絶叫を上げる。
「 日村!! ついにここまで来たか!!」
防衛戦のクライマックスの幕は上がるのだった。




