第277話 パーティなんだから
運営チームの氷柱のひとつを守るのは、リスティアとレオンのコンビ。
そこでも戦いは繰り広げられていた。
リスティアの銃口が、芹那の額をピタリと狙う。
一方、水龍鞭の刃はリスティアの首元を狙っていた。
お互いに、にこり。
先に口を開いたのは芹那だった。
「魔眼なしでもここまで……
さすがですね」
リスティアも楽しそうだ。
「セリーナこそ、やっぱり一流ね。楽しいわ」
そして笑顔で引き金を引く。
芹那はスッと後退すると、放たれた魔力弾を水の刃で弾いた。
ヒュー、とリスティアの口笛。
「魔眼を使って一瞬じゃ、もったいないわ。
……それに、ベーちゃんから人に向けて石化使うなって怒られちゃったのよね。
ほんっと、真面目なんだから」
ゼファスからベアトリス大統領へと手を回していたのだ。
何をしでかすか分からないから、釘を刺しておけと。
リスティアは続けざまに魔力弾を放つ。
ドンッドンッと腹に響く重低音。
大口径の銃が続けざまに火を吹く。
リスティアの手には、複雑な模様が刻まれた指輪が光っていた。
レジェンド装備・吸魔の指輪。
魔法攻撃の威力と引き換えに魔力量を大幅に消費する、一撃性を尖らせたアイテム。
派手さを好む、リスティア向けのアイテムだ。
レオンが◯国から分捕ったものだが、「お願い」して自分が鹵獲したエピック装備と交換していた。
元々、リスティアの銃は威力重視。
加えて指輪の力で破壊力が上乗せされていた。
芹那は、水龍鞭を振るって魔力弾の軌道を逸らす。
正面からの対処は危険。
切断しても破片が飛んでくる。
由利衣の防御結界があるとはいえ、あの威力はまったく油断できなかった。
だが芹那はそんな緊張感すら楽しんでいるようだ。
世界的アーティストであるリスティアからは、度々コンサート衣装の依頼を受けていた。
いま彼女が身につけている冒険者ルックも、芹那の仕立てだ。
旧知の間柄だが、戦闘魔法使いとして挑まれたのは、これが初めて。
練度が浅いにも関わらず、このセンスと闘争心。
そして、ビジュアル。
何もかもが芹那の好みだった。
水龍鞭に込める魔力が昂る。
彼女なら、もっと高みに行ける。
クラリスやヴィオラ、エステルとも並び立てる最強の――
そんな静かな興奮に陶酔する芹那に声がかかった。
「ねえ、せっちゃん。
前に出すぎだって」
芹那は悟られないようにチッと軽い舌打ち。
声をかけてきたのは、長野珠緒。R魔法使い。
高校時代の同級生。
珠緒は麗良の現在のパーティ仲間。
その麗良は現在は日本SSRと共に行動しているので、代理として芹那が加入していた。
パーティには他にもR魔法使いの後輩が二人いる。
二人とも芹那の圧に押され、意見らしい意見は口にしない。
だが珠緒だけは違った。
芹那のスタンドプレーを真正面から諫める。
「せっちゃんが強いのは分かってるけど。
パーティなんだから、協力していかないと」
芹那は弾丸を弾きながら「必要ないわ」と一言。
だが、珠緒は食い下がる。
「あのね、私は麗良からパーティを任されての。
必要あるかないか決めるのはみんな。
わかる?」
そう言って、後輩に視線を送る。
返ってきたのは「珠ちゃん、言っても無駄だって」と言いたげな表情。
珠緒の口から、はぁ……と溜息がでる。
十年前。
麗良が姉弟子を失い、兄弟子も急に冒険者を引退。
一時抜け殻のようになっていた彼女を誘ったのは珠緒だ。
あのときは芹那は大学生で、プロ冒険者との生活が合わなかったためパーティを組むのは断念したのだが。
麗良と芹那は、珠緒にとって自慢のSR魔法使いの同級生。
代理とはいえ、今回のパーティ加入は楽しみ半分。
そして不安半分。
その不安は、ことごとく的中していた。
麗良は、やっと復帰した兄弟子との冒険を楽しんでいる。
それは気持ちよく送り出していた。
だが、戻るべきパーティが空中分解というのはいただけない。
珠緒のそんな思いの一方、芹那の考えはこうだ。
麗良の一時的なレベルダウンは、星上げのためには仕方がない。
むしろいままでできなかったのは、パーティメンバーの不甲斐なさだろう。
所詮は麗良の実力におんぶに抱っこの集団。
自分たちだけでは第八層で生き抜くこともできない。
助けてやっているのだから、イベントのときくらいは好きにさせろ。
もちろん、それを口にしないだけの分別はあったが。
言わなくても伝わるものだった。
実際、珠緒たちにもその自覚があった。
世間や他の魔法使いたちから、どう思われているかも。
珠緒は、後輩のひとり――港みちるの構えるカメラをちらりと気にする。
ベテランの域に達した彼女たちのチャンネルは、和気あいあいさを売りにするものではない。
それでも、最近ギスギスしているところを見せるのは忍びなかった。
……なのだが。
芹那という爆弾を抱えたR魔法使いたち。
その人間関係の行方に興味津々な視聴者が最近増えていた。
まったく意図していない方向だったが。
「ねえ、明日香。補助お願い」
珠緒が言葉をかけると、もう一人の後輩、島谷明日香が「はいはい……」と呆れ交じりの声で付与魔法を展開。
筋力向上の魔法がパーティメンバーにかかる。
麗良を除けば、珠緒たちのパーティは三人。
前衛の珠緒は剣と盾、補助・回復・攻撃魔法とオールラウンダーの明日香、後衛の弓使いのみちる。
リスティアは、やり取りが終わるのを待っていたかのように声をかけた。
「何人でもいいわよー、大勢の方が楽しいし」
そう言って、遠慮なく魔力弾を珠緒に放つ。
珠緒はそれを左手の小型盾で受け止める。
盾を前面に構えてリスティアに迫った。
「みっちゃんは、氷を攻撃!!」
カメラを慌てて固定すると、みちるは弓を構える。
「は〜い!
それじゃあ、あのでっかい氷溶けるかなー」
火魔法を乗せた矢を放つ。
リスティアはそれには見向きもしない。
あれしきの炎で氷柱が砕けるはずもないと、たかをくくっていた。
事実、そのとおりだったのだが。
それよりも。
自分に向かってくる、珠緒の方に興味が向いた。
立て続けに弾丸を浴びせかけた。
吸魔の指輪に刻まれた模様が光り、腹に響く轟音とともに放たれる魔力弾が、盾を撃ちつける。
珠緒は、大地に根が張ったかのごとく一歩も怯まずに受け止める。
弾幕の合間に、じりじりとリスティアへと近づいていく。
「せっちゃん、合わせていこう」
「あのね、勝手に割り込んで仕切るんじゃないの」
水龍鞭を振るい、魔力弾を弾く。
「あんたたちは、あのうっとおしい雑魚をなんとかしなさい」
芹那が視線を投げた先には、氷柱を守るケンタウロスの部隊。
杏子が相手をしていた。
珠緒としても、そちらが気にならないわけではない。
しかし、杏子からも頼まれていたのだ。
芹那は年上の自分が言えば従うだろうが、それでは命令になる。
せっかくパーティを組んだのだから、仲間との冒険を楽しんで欲しいと。
「杏子さんなら大丈夫。
ここをガツンと突破して、一気に取りに行くよ」
盾に魔力を集中。
当たった魔力弾は、バチッと音を立てて消失。
珠緒は芹那の前面に出て、リスティアと対峙する格好になった。
芹那の口の端から息が漏れる。
「あんたも麗良も、そういう雑なところが美しくないのよね」
そして芹那は、珠緒の背を見て思う。
あの盾があるからといって、銃弾に真正面から挑むなんて。
イカレているにもほどがある。
鞭で銃弾を弾く自分のイカレぶりは、完全に棚に上げていた。
珠緒の手にする盾は、魔導ギア・ストームビンジャー。
防御性能も高いが、それよりも特異なのは魔力の吸収。
殴りつけてモンスターの魔力を根こそぎ奪うなど、攻撃へ転用もできる。
そんじょそこらのR魔法使いが手にできるような代物ではない。
第八層に挑むだけあって、装備は悪くなかった。
そこに、みちるの声。
「珠ちゃん、氷溶けないんだけどー」
炎の矢を浴びせかけても、五十メートル級の氷の柱はびくともしない。
明日香の攻撃魔法も加わっていたが、効果はさほどでもない。
「みっちゃんなら行けるからさー、根性根性ー」
リスティアの弾丸を受けながら珠緒は仲間を鼓舞。
そして、続けて一言。
「ここで足止めされてるわけにはいかないなー」
「足止めじゃなくて、殲滅するつもりなんだけどー」
リスティアの訂正を求める声が飛んできた。
「あ、そう……
じゃあ私が受けるから、せっちゃんは攻撃。
あっちん、あれ行こうかー」
「仕切るんじゃないわよ。
あんたたちにSSRの相手は――」
芹那の言葉を「まあまあ……」と制す。
「あのねえ、魔法使いはランクも過去の評価もあてにならないの。
昨日のお宝は、今日の映え。
ワクワクしていくのが冒険者……でしょ?」
芹那の眉がぴくりと動いた。
珠緒は雑だが、根拠なく大言を吐く性格ではない。
思いあたるとすれば――
「探索で何か見つけたみたいなこと言ってたけど」
芹那は興味がないと参加しなかったが。
◯国とのお宝争奪戦が終わるや否や、三人は探索へ向かっていた。
分捕った装備品を試したかったというのが、主な理由ではあったが。
「攻略情報はちゃんと上げてるのに、見ないんだからさー。
そっちこそ、そういうとこダメでしょ」
その言葉に、リスティアも食いついてきた。
「何ー? 面白そうじゃない。
サプライズは大好きよ。
っていうか、その盾面白いわね」
指輪にさらに魔力を込める。
銃弾の威力がさらに上がり、珠緒は顔をしかめた。
「さすがSSRの魔力量ね……
あっちん、準備できたー?」
その明日香は、「みちる、いい角度で頼むわよ」とぽつり。
みちるは、すかさずカメラを構えた。
明日香は魔力を手元に集中。
その手にあるのは、一冊の本。
魔導書――グリモワール。
魔法使いの扱う武器には様々なものがあるが、その中でも異質な存在。
魔力を流し込むことで、書物に込められた精霊の力を呼び起こすもの。
由利衣の持つ、呼吸の書もグリモワールのひとつ。
滅多に確認されないレアなアイテムなのだ。
珠緒は盾を構えながら、芹那へと言葉をかけた。
「地下迷宮があってね……255階で見つけたやつ。
それ以上潜ると合戦に間に合いそうもなかったから、探索諦めたんだけど。
これ終わったら、再トライ。
せっちゃんも行くよ」
「いいわね、それも楽しそうじゃない」
なぜかリスティアが食いつく。
そして、魔力弾を撃ち込む手は休めない。
明日香はそんな様子を見ながら。
「なんだかなあ……」と呟いて魔力を込めていく。
――面倒くさいから黙っているが。
麗良がいなきゃ何もできないだろうという、緑髪のあの態度。
わからせてやろうじゃん。
明日香が手にするのは、グリモワール『シャイターン』。
油断すると、魔力を一気に持っていかれそうになる。
慎重に、繊細に書物に眠る魂に呼びかけていく。
やがて明日香の静かな揺さぶりに呼応して、その姿が顕現した。
はじめに現れたのは煙。
それが徐々に人の形を成していく。
芹那の目に映るのは、実体が薄ぼんやりした小柄な男。
ダブダブのズボンにターバン、上半身は裸。
……あんなので、何ができるってのよ。
訝しげな顔をする芹那に、明日香の声。
「それじゃ、あの氷やっちゃって」
そっとグリモワールに手を当てると、書物は紫色の光に包まれた。
次第に、小柄な男が大きくなる。
五メートル、十メートル……二十メートル……。
三十メートルを超える巨体。
筋骨隆々の魔人は、拳の一撃を氷柱に見舞った。
上から半分が砕け散る。
芹那もリスティアも、声を失った。
「あと一発ね」
静かなドヤ顔の明日香。
そのとき、魔人の頭上に何本もの光の剣が生まれた。
レオンのフラガラッハ。
彼は、日村と対峙していたのだ。
そのフラガラッハの光の剣が魔人に振り注ぐ。
だが、魔人は実体を霞のようにボヤけさせると、剣は体を素通りしていくだけ。
「無駄なんだなー、これが」
クスクスと明日香の含み笑い。
あの魔人と255階で戦う羽目になったとき。
魔法も武器も通らなかった。
唯一有効だったのは、珠緒の盾。
魔力を喰らうストームビンジャー。
誰か一人欠けても辿り着けなかった。
連携で手に入れた力だ。
「グリコパイセン、これがパーティの助け合いってやつですよ。
……そんでもって、Rを舐めるなっつーの」
もちろん、聞こえないように呟く。
ちなみにグリコとは、“グリーン子”の略である。
それはともかく、魔人は再び拳を振りかぶる。
「みちるー、ばっちり映えるとこ逃さないでね」
みちるの呑気な返事が響く。
――勝負を決めるのはSSRでもSRでもない。
いや、魔法使いランクがどうこうなんて、もう誰にも言わせない。
珠緒が叫ぶ。
「行けー、あっちん!!」
その声に静かに頷くと、グリモワールに添えた手に魔力を集中。
そして、魔人の姿は不意に掻き消えた。
***
珠緒の目が揺れる。
もらったと思った瞬間、魔人が消えた。
明日香に視線を向けると、その姿は石になっていた。
リスティアは、軽く息を吐く。
「何よあれ、あんなの反則じゃない」
……いやいや。
珠緒の背に冷たい汗が流れた。
そして、リスティアはくるりと珠緒たちの方を向いた。
「んもう。
ベーちゃんに怒られちゃうし。
でも、こうなったら一人も二人も同じ。
セリーナも覚悟してね」
芹那は、スタスタと珠緒の前に出た。
「いいわね。
本気のSSRとの対戦……そうこなくちゃ」
水龍鞭へ魔力を漲らせる。
一気にリスティアへと駆けた。
魔力弾が連続で撃ち込まれる。
それをことごとく弾き飛ばしながら疾風のように間合いを詰めていく。
水の刃がリスティアを襲う。
これで勝負は――
リスティアの瞳が黄金に輝き、水が全て石化。
その視線が芹那へと向く。
「せっちゃん!!」
珠緒が二人の間に滑りこんだ。
盾を構え、魔力を巡らせる。
石化の力が盾に防がれた。
珠緒は頭はガードしていたが、それ以外の部位は石化。
「いまのうちに、はやく!!」
だが、水龍鞭を持つ芹那の右半身は肩から下が石化されていた。
芹那は左手に炎の魔力を込める。
撃ち出した炎弾の魔力も、石となる。
リスティアに届く前で墜落した。
「その状態じゃ、どうにもできないでしょうけど。
トドメは刺させてもらうわよ」
大口径の銃を構え、躊躇なく引き金を引く。
しかし――
魔力弾が出ない。
「あれ? どうして?」
リスティアの銃はゼファスの選定だが。
彼は渡す前に、メンテナンス職人にある依頼をしていたのだ。
リスティアの性格だと、限界を超えても考えなくぶっ放す。
そのため、ある一定量まで魔力が下がったら使えないようにリミッターを設定していたのだ。
それとなくリスティアには伝えたものの、話半分でロクに聞いていない。
それでも、彼女の魔力量ならそうそう枯渇することはない。
だが、吸魔の指輪で想定以上に消耗していた。
リスティアは何度も引き金を引くが、乾いた金属音を戦場に響かせるだけ。
「どうなってるのよ、あともう少しで頭を吹っ飛ばせるのに」
珠緒は苦笑い。
何が起きているのかは分からないが、とにかく銃は撃てないようだ。
「仕方ないわね……」
そう言うとリスティアは、一歩踏み出した。
「とりあえず全身石にしちゃえば、勝負ありってことで。
そういうルールに決めたわ」
ザッザッと歩み寄ってくる。
そして、動けない珠緒の脇を通り抜け、芹那の全身を石にした。
「うん、セリーナも頑張ったじゃない」
次に。
珠緒の横に気配。
視線だけやると、にこにことした笑顔と目が合う。
そっとリスティアの口が開いた。
「あなた、敢闘賞よ。
このイベントが終わるまで、飾っておくのも良いわね」
「……いやー。それはちょっと」
リスティアは笑顔を崩さない。
「日本人はすぐに遠慮するのね、良くないわ。
せっかくだからスマイルよ。
いい顔で固まった方が映えるから」
そう言いながら目だけは笑っていない。
「それじゃ、しばらくそのままでいてね」
魔眼に黄金の光が灯った。
そのとき。
「あのー。
私もいるんですけどー」
リスティアのこめかみに、みちるが構える矢が軽く当てられた。
ゆっくりと両手を上げる歌姫。
「珠ちゃん、やったね!!」
みちるの満面の笑顔に、動けない珠緒は心の親指を突き立てるのだった。
――こうして、全員の石化は解除された。
元に戻った明日香は、容赦なく魔人の拳を振るう。
レオンの「おいおい、反則だろ!!」の大声が響く。
フラガラッハを明日香に向ければ解決だろうが。
リスティアとは違って、彼にはアメリカ代表としての越えてはいけない一線があったのだ。
氷柱の一つは砕け散った。
リスティアは「ま、これも勝負よね」とあっけらかんとしている。
「それよりも、その地下迷宮。
制覇してみたいわね!!
セリーナも行くんでしょ?」
リスティアの声に、芹那は大きな息をつく。
「まあ、うちのパーティが行くなら……
私がいないと危ないし」
珠緒は、バシバシと芹那の肩を叩く。
「そう。
せっちゃんがいないと危ないから。
頼んだ!!」
憮然とした表情の芹那に、明日香は小さく口元を上げる。
みちるに、そっと話かけた。
「グリコがヘコまされたとこなんて、初めてじゃん。
楽しくなってきたかも」
みちるも、コクコクと頷く。
「でもさ、次に良いの出たら私だからね」
そして、大声で呼びかけた。
「ねー、珠ちゃん。
私もイカす弓矢が欲しいんだけどー!!」
すかさず珠緒の声が返る。
「◯国から分捕った吹き矢があるじゃん」
「それ微妙ー。弓矢だってばー」
たちまち起こる笑い声。
芹那も、思わず肩をすくめて軽く口元を緩めるのだった。




