第274話 新ビジネス
イナンナの世界のイベントは、大勢が決しつつあった。
大きな勢力は三つ。
そのうちの最大勢力である、日本アダルトチームがかつぐリザードマンの青年。
彼は平民の出だが、やんどころのない血筋の落胤という設定を芹那がひねり出し、それを押し通している。
いまの皇統を正し、新たなる中興の祖となり帝国を刷新するという。
現在、帝都騎士団に対しても新時代のための剣となれと呼びかけているが、いまのところクラリスは応じていない。
欧州SSRまで向こうの陣営に加わっては、ますます手に負えなくなってしまう。
こちらはこちらで、魔王の天命に選ばれし聖王こそが真の徳を持つものであると主張。
クラリスは、案の定「どっちもどっちだ」と取り合わなかった。
しかし、少なくとも向こうにつかなければいい。
そしてミアたちだが。
そろそろ休暇が終わるので巻いていきたい。
そんな理由で早期決着のために俺たちに共闘を申し出てきた。
なんて勝手なやつらだ。
しかし、このイベントは大企画の連続で、サプライズもお宝も散々出尽くした。
そろそろ次のコンテンツの頃合いなのも確かだった。
うちの魔王も、さっそく次の手を忙しく打っていた。
その切れ長の目は、すでに次を見据えていたのだ。
最終局面に入る前に、冒険部ホールディングスの緊急経営会議が発動。
裏組織の残党が駆逐されたことで、第三層の温泉宿に匿っていたフェリクスを動かすときがきたのだ。
ほろ酔い気分で動画を視聴していたフェリクスは、あっけなく裏組織が壊滅していく様子に舌を巻いていた。
やつは帰らずの森のときは、あちら側だった男。
下手をすると今頃は、身ぐるみ剥がされて米国に引き渡されていたかもしれない。
ベアトリス大統領は、道を踏み外した魔法使いたちはきっちりカタにはめると、俺たちに約束してくれていた。
何百年だか何千年だか知らないが、遠い昔からダンジョンに蔓延る不逞の輩を影からお仕置きしてきた古の魔法使いなのだ。
きっと、想像を絶する再教育が待っていることだろう。
その話を聞いたフェリクスは、寝返って本当に良かったと安堵の息を漏らす。
温泉でのリフレッシュもあってか、やる気は十分なようだ。
そんな元不逞の輩に、魔王は投げ飯機能の実装をダンさんへ外注するよう指示した。
くれぐれも金は値切るなと釘を刺す。
第四層の店長にして、元々は巨大IT企業のエンジニア。
最近は古巣のN魔法使いたちにもサイドビジネスの声をかけ、チームを組んでいる。
仕事を任せるにあたっては、魔王に嘘をつかないこと。
そして、冒険部ホールディングスの不利益になる行為をしないこと。
そんな契約を結んでいる。
単なる紙切れではない。
リュシアンの誓約だ。
だが、そんなものがなくてもダンさんへの信頼は厚い。
彼の仕事は確かだったのだ。
そして新規案件の弁当の自販機だが。
フェリクスに計画案をまとめさせていたものの、やはりネックとなるのはマジックバッグの仕入れ値だった。
来奈が持っている小さなものですら、オークションでは六千万Gの値が付くのだ。
弁当を何個売れば回収できるというのか。
しかし――
◯国魔法戦特殊部隊。
やつらは隊員一人につき一つマジックバッグを持参して、大量の物資を運び込んでいた。
容量はコンテナ一台分。
それが百個。
魔戦部が鹵獲したそれらは、すべて山本先生に献上されていた。
もはや、さえき亭の覇道を阻むものはないということだ。
そのことを伝えると、フェリクスのテンションも上がった。
さっそくパイロット事業として、第三層のミスリル採掘場と第四層のブルーストーン採掘場の事務所に自販機を置かせてもらえないか、交渉に入るという。
どちらも日本政府が関与する採掘場だ。
話は通しやすいだろうと。
魔王は拙速を尊ぶ兵を好む。
フェリクスは思わぬ拾い物だったと、俺に褒めの言葉がかかった。
弁当の展開にあたり、まずは各層のさえき亭の調理場をフル稼働。
次に、学院の学食設備を借りてセントラルキッチンとする構想を急ぐと、鼻息を荒くする。
――ここまで話が進むと、梨々花は俺の方をちらりと見た。
「そういうことなので、学院長にはきちんと話をしてくださいね。
学生バイトの採用募集も。
先生が総監督ですから、しっかりお願いしますね」
それだけ言うと、俺が口を開くのを待たずにフェリクスとの打ち合わせを再開。
いつの間にかセントラルキッチンの総監督に就任した俺は、黙って話を聞くだけだった。
新事業の指示が終わると、魔王はタブレットをしまいながら山本先生が淹れてくれたコーヒーを一口。
その山本先生に、笑みを向けた。
「さすが魔戦部ですね。
大量のマジックバッグ……
神話伝承級にも勝るとも劣らない成果じゃないですか。
海の家店も、ガンガン仕掛けていきましょうね」
さっそく、唐揚げやフランクフルト、イカ焼き、ピザや串焼き肉といった定番メニュー開発の談義に花を咲かせる。
シャワー設備は一回五百G、ロッカールームは三百G、ゴザのレンタルは七百G……。
何億といった投資を大胆に仕掛けつつ、細かいチャリンチャリンの回収にも手を抜かない。
山本先生もノリノリで、俺に熱視線を送ってきた。
「今年の夏のために、新しいジャージを買ったんです。
海で最初に見せるのは、もちろん佐伯さん……」
すかさず由利衣が
「山本先生だいたーん!!」
と囃し立ててくる。
俺は「はあ……」という言葉しか出てこなかった。
そして来奈は、弁当をモリモリ食べながら、
「女子は言って欲しいんだって、なあ山本センセー」
と、茶々を入れてくる。
思わず渋い顔をして視線を向けると、来奈の前で狸来奈こと隠神刑部が茶を啜っている姿が目に入った。
こいつは、イナンナのイベントを見届けてから深層に戻るということで、ずっといるのだ。
眷属の狸は既に深層へと引き上げている。
間違いなく、今回のイベントのMVPは狸たちだ。
感謝してもしきれない。
そんな眷属たちが戻るとなったとき、真っ先に待ったをかけたのは由利衣だった。
あらためて礼でも言うのかと思ったら。
まだ用は終わっていない。
牛魔王の城で見た、総勢八百十名の来奈のパフォーマンス。
自分もあれをやりたいと、ふわりとした笑顔で言い出したのだ。
そこから急遽、冒険部チャンネルのアイキャッチ動画撮影大会が勃発。
途中から我も我もと名乗りを上げ、とんでもないことになった。
数字は八百八の眷属と隠神刑部、そして本人を足した数だ。
総勢八百十名の由利衣。
総勢八百十名の魔王。
総勢八百十二名の日本SSR三人。
総勢八百十四名の冒険部メンバー。
総勢八百十一名の麗良とティナ。
総勢八百十一名のリズとジャージネキ。
総勢八百十八名の運営チーム全員。
総勢八百四十名の日本アダルトチーム。
総勢八百十六名のアメリカチーム。
総勢八百十九名の魔戦部。
総勢八百十一名のセラとミア。
総勢八百十一名のアミルとグレイス。
総勢八百十三名の欧州SSRチーム。
総勢八百十名のリュシアン。
しかも知り合いだけでこれ。
他の冒険者チームからの希望も膨れ上がり、アイキャッチ動画は最終的には四十六コンテンツが俺たちに寄せられたのだ。
なおリュシアンは、アリサと魔王の巧みなネゴシエーションで魔法少女ルックでの撮影となった。
これには芹那も大興奮で、メイキング動画まで含めて全部寄越せと迫ってくる始末。
さえき亭アプリのユーザー向けにも特別配信となり、新規会員獲得に一役買ってくれていた。
狸眷属は勘弁してくれと音を上げていたが。
総合プロデューサーの政臣は、これもダンジョンの熱だと隠神刑部を説得してねじ伏せたのだった。
――それはさておき。
狸の親玉は、なぜか来奈の姿が気に入っていた。
そして、そんな狸を逃すまいと狙うのが魔王。
いつもの構図だ。
梨々花は、ダンジョン内での事業提携を持ちかけた。
おそらく人類初の狸派遣業『楽ーん』。
専用アプリから依頼すると、マッチングした狸が冒険をお手伝い。
あの変身能力があれば、モンスターの撹乱、狭い通路への潜入、飛行生物に変身しての移動など、活用法は様々。
冒険部ホールディングは、狸たちにシステムを提供。
初年度はシステム使用料無料、二年目からは売り上げの十%。
隠神刑部は最初は渋っていたが。
「それなら、この話は九尾さんのところに……」
と、サービス名称を『FOX-Go』に変更しようとしたところ、ちょっと考えさせろの声。
もう一押しとみた梨々花は、提案を投げる。
「狸さんたちが使われる立場とは限らないわ。
精霊の試練……冒険者がお手伝いするとしたら?」
隠神刑部自身、俺たちの手を借りて牛魔王を撃破し、晴れて精霊の試練を突破したのだ。
眷属たちも同様に、冒険者の協力を得られるなら、勢力拡大という意味では悪い話ではない。
さらに、ライジングを目指すモンスターへ冒険者を仲介できるなら、隠神刑部の格も上がる。
かくして、魔王と狸来奈はハンドシェイク。
「その姿の使用料はいらないわ。
ただし、くれぐれもコンプライアンス重視でね」
来奈本人の許可を一切得ずに、満面の笑みで言い放つのだった。
そういうわけで、隠神刑部も今はビジネスパートナーだ。
さらに。
うちの総務課長がそこで止まるはずがない。
羊獣人こと獬豸。
精霊の試練が終わって、いそいそと引き上げようとしたこいつの肩を、がっしり掴んだ。
どうやら次の事業計画が閃いたらしい。
――カイチのお悩み相談アプリ。
冒険者のスキル編成、謎アイテム鑑定などの個人的なお悩みから、パーティ内外のトラブル解決まで。
相談料は、一時間で十万G。
高い?
そうとも言えないだろう。
法の無いダンジョンでは、冒険者同士の揉め事は日常茶飯時。
正義と公正を司り、人の嘘や真贋を見抜けるこいつの裁定にはそれだけの価値がある。
魔王は羊獣人の目をまっすぐに見て、曇りなき眼で言った。
「衆生を救う旅をしていたんですよね。
その志……冒険者のために生かして欲しいわ」
それはイベントの設定……。
という言葉を許さない圧。
しかし、カイチ自身も冒険者を助けることでダンジョンの活性化につながるならと最終的には首を縦に振ってくれた。
これが発表されるやいなや、外の世界からも問い合わせが殺到。
何しろ嘘が見抜けるのだ。
恋愛相談、浮気調査、犯罪捜査……。
十万Gは、はっきり言って安い。
梨々花は冒険部ホールディングスのサポート窓口に届いたメッセージを確認しながら、
「もうこんなに相談がきていますよ。
さすが霊獣、大人気ですね」
と、にこやかな笑顔。
カイチは表情を崩さなかったが、明らかに嫌そうな気配は伝わってきた。
さらに加えて、九尾とは魔王領・厄災属州に術具のカタログショップとメンテナンス受付の窓口の開設を提案。
眷属を一体派遣するということで決まった。
こうして。
九尾、隠神刑部、カイチ、バクナワ。
俺たち探索班と関わった高ランクモンスターは、気づけば次々と冒険部ホールディングスの取引先になっていたのだった。
探索は大成功。
残るは正ルートの攻略だが。
コンテンツの盛り上げだけなら、別に誰が勝っても構わないのだ。
俺たちは、最大の目的である魔界行きに手をかけることができたし、ついでに真竜の聖域の解放まで成功していたのだから。
しかし、ここイナンナの世界にもビジネスを食い込ませたい。
天下取りは、やはり譲れなかった。
合戦は明日。
既に日村へは申し込みを済ませている。
こちらは、セラとミアと組んだことを伝えると、「面白いじゃん」の一言が返ってきた。
言うだけの戦力があるのは事実。
向こうは二十以上の冒険者チームの連合なのだ。
数だけなら、こちらを大きく上回る。
しかし、中国SSRはこと大規模戦闘においては無類の強さを誇る。
その意味では、何よりも頼もしかった。
ただし。
大量の高ランク武具が冒険者たちに流れた今では、合戦にもう一つのルールが提唱されていた。
お互いの陣地に置かれた、巨大な氷柱。
これの破壊を目的とするという、スポーツ性の高いものとした。
戦闘魔法使い同士の公式戦では、よく採用される方法だ。
だから安全とは言えないが、どちらかが「参った」を言うまで終わらないのでは、下手をすると大惨事。
それに、合従連合が進んで意思決定の一元化が難しい状況のため、シンプルにした方が良いだろうということになった。
――明日は派手にいこうじゃないか。
三人とも、新しく手に入れた装備を振るうのを楽しみにしていた。
楽しんでクリア。
それが俺たちの冒険なのだった。
***
帝国の中央付近に広がる平原。
ここが、今日のコンテンツの舞台。
双方、十万規模の軍勢を繰り出している。
俺は日本SSRと共に戦う。
軍勢の総指揮は山本先生と麗良が引き受けてくれた。
リズは最後方で待機。
カロリー源の弁当は、昨日までのうちに大量に作って置いていた。
加えて、聖王リウとその配下に自動調理器を託している。
やつならば使いこなしてみせるだろう。
お互いの氷柱は、三つ。
すべて破壊した方が先だ。
梨々花がアイシクルワンドを手に取り、水の魔力を込める。
五十メートルはある氷の柱……いや、もはや氷の塔か。
それが合計六つ、バトルフィールドにそびえ立った。
俺は少しだけ眉を寄せる。
「桐生院、戦闘前に魔力を使いすぎじゃないか?」
波のような軍勢を見渡しながら、黒髪をさらりとかきあげる。
「今ので身体への負担率は十%……
これくらい、ハンデですよ」
そして、杖をセトのウアスに持ち替える。
スマートグラスを着用して学級委員長モードにチェンジ。
「麗良さん、山本大将軍。
こちらの準備は完了です」
今回の戦に参加している冒険者たちにも、一斉に準備完了の通知が飛ぶ。
続けて、由利衣の防御結界が展開。
獣人たちには急所の守り。
俺たちの身体には強固な多重結界が張り巡らされる。
こちらの陣営だけではない。
相手側にもだ。
由利衣から言い出したことだ。
誰も反対はしなかった。
そして由利衣の防御結界は、リュシアンの成約の力で随時魔力が補充されている。
その対価となる魔石は、合戦参加者全員からの提供で賄われていた。
いろいろと矛盾しているようで、これが運営としてのやり方なのだ。
梨々花も由利衣も、大規模戦闘イベントでは後方で指揮を執ることが多かった。
今回は最前線。
冒険部一丸となって切り込んで行くのだ。
気合は十分なようだ。
来奈も嬉しそうに拳を合わせる。
「全員でバトルも久しぶりじゃん。
あたし、ガンガン行っちゃうから!!」
そして、左脇のハンドガンに手を添える。
これまで使っていたものは壊れてしまったので、◯国魔法戦特殊部隊から没収した、やつらの標準装備品だ。
一級品だが、あの竜魔法の威力に砲身がどこまで耐えられるか。
「ねえ梨々花。
一丁だと不安なんだけどさー」
巻き上げた銃はまだある。
しかし、梨々花は「なるべく長持ちさせるのよ」と一言だけ。
何しろ、ひとつ数千万Gなのだ。
由利衣はクスクスと笑うと、新しく手に入れた呼吸の書を取り出す。
瞳が黄金に輝くと、現れたのはスケルトン兵が七体。
来奈が「 おおっ」と声を上げた。
一方の由利衣は「んー」と、少し残念そうな声。
「練習はしたんだけど、つけ焼き刃だからこれくらいかな」
使いこなすには、召喚魔法と呪術の能力が必要。
元々どちらの素養もなかったにしては、つけ焼き刃と言っても立派だろう。
「魔界に行くまでには、五万体でスケルトンダンスするのが目標なんだー」
いきなり飛躍しすぎだろう。
だが、由利衣なら……とも思わせる。
梨々花と政臣は、新たなるコンテンツの匂いに早くも興奮の色を隠せなかった。
俺も村正を抜き、残像の刃を実体化。
ちらりと、敵陣深くの氷柱へと目をやる。
「俺たちはあれだな。
映えていこうじゃないか」
軽快な返事が戦場に響く。
日本SSRの進撃に、世界と精霊の目が注がれるときが来た。




