第273話 共闘
CM明けは、さっそく世界中の冒険者の間で話題が持ち上がっていた。
真竜に飯を食わせれば、竜素材ゲットのチャンス。
しかも竜魔法アクアブレスまで。
それを使用するためには竜の加護が必要。
いまから隠しダンジョンに行くぞというコメントで溢れていた。
あちらも賑わいを見せそうで、なによりだ。
そして、竜素材。
さえき亭会員アプリのアップデート通知にあわせて、追加情報も投下されていた。
第五層魔王領の、巨人の工匠のところに竜素材を持ち込めば武具を制作してもらえると。
これには、ドラゴン装備を揃えてみせると息巻く冒険者が続出。
飯百杯食わせて鱗一枚なのだが。
しかし、それでも安いという見方もあった。
そんな新たな熱の出現に沸く中で、バクナワとリズの戦いは続く。
既に用意された食材の半数は消費されている。
◯国のお偉いさんは、今頃憤死ものかもしれない。
しかし、まだまだ終わる気はなかった。
フレッドからの情報では、日本政府にそれとなく対話の窓口を求める声が届いているらしいが。
この夏の解散総選挙を勝ち抜いた高柳総理へは、既に政臣から話が通っている。
「検討」という言葉で、のらりくらり引き伸ばし。
日本のお家芸が炸裂していた。
俺はリズのリクエストに応えて、スズキのムニエルを作っていた。
山本先生は、フカヒレの姿煮。
視界の端では、グレイスが大皿に乗せたメカジキのフィッシュビリヤニをドンとテーブルに置く。
スパイシーな香りが、さらに食欲を加速。
たちまち儚げな咀嚼と、モシャモシャとした咀嚼に消えていく。
来奈がお好み焼きをひっくり返しながら声をかけた。
「姐さん、それ今度あたしにも作ってよー!!」
グレイスは軽く手を上げて応じる。
ここ数日の冒険で、すっかり打ち解けていた。
そしてこいつの料理の手際の良さは、さっそく梨々花の目に止まったようだった。
なにやら話しかけていたが、詳しくはよくわからない。
親代りのアミルは、お嬢が同世代の魔法使いと交流する姿を嬉しそうに眺めていた。
「このイベントに参加して、本当に良かった」
そう言われてはな。
きっとろくな話じゃないだろうとも言えない。
グレイスから目を離し、ムニエルにソースをかけて獣人スタッフに皿を託す。
次は毛蟹の炊き込みご飯だ。
四方八方からの料理の追撃にも、ふたりはまったく怯まない。
そんな中、仮眠を取った麗良が戻ってきた。
「まだ終わってなかったんですね……」
げんなりした顔。
昨日の仕込みのダメージは、相当深いようだ。
勝負開始から五時間。
ノンストップで食い続けているのだ。
リズはせっかくカロリーを投入したのだからと、このイナンナの世界で採取した植物の解析と薬効成分の抽出を始めていた。
魔法薬学の弟子の由利衣は、リズの側で熱心にメモを取っている。
勝負の最中だというのに。
しかし、これも教え子の成長の機会だ。
俺は目を細めて頷く。
そんな俺とは対照的に。
隣で毛蟹をさばき始めた麗良が、リズと由利衣の様子を死んだ魚のような目で見る。
そして、何気ない一言を放った。
「そういえば、あの遺跡で見つけたお宝、リズさんに鑑定してもらうんじゃなかったですか?」
真亜が大量に出現したあの遺跡。
隠し部屋にあった、意味深な三つの宝石か。
「そうだな。
あれだけのカロリーがあれば……」
炊き込みご飯を麗良に任せて、リズの元へと向かった。
「なあ、食事中と研究中に悪いんだけど。
探索中に見つけたアイテムがあってさ、ちょっと見てもらえないか?」
そう言って、アイテム袋から宝石を取り出してテーブルに置いた。
由利衣がふわりと笑う。
「あの遺跡にあったお宝。
なんでしょうね?
不思議な効果があったりして」
来奈なら、きっと値段のことしか気にしないだろう。
そう言うところは、やはり由利衣だ。
そんなことを思ったそのとき。
モシャモシャとした咀嚼が止まった。
「バクナワの負けだ」
――?
俺と由利衣とリズの視線が集まる中、バクナワはポツリと言った。
「それ、暴食から預かったやつ」
…………。
「これが?」
宝石をまじまじと見ていると、スンドゥブを煮込んでいたティナが、ダッと駆け寄ってきた。
「うっそ!!
おじさん、やったじゃん!!」
俺の肩を思いっきりバシバシと叩き、次にバクナワを見る。
「で、これをどうするの!?」
「さあな。自分で考えろ」
それだけ言うと、何事もなかったかのようにフカヒレの姿煮へ箸を伸ばした。
ティナは即座に皿を取り上げる。
「ねえ、これだけ貰っても仕方ないんだけど。
呑気に食べてないで、きちんと暴食の悪魔に聞いてきなさいよ」
真竜相手にこの態度。
しかし、悲願の魔界まであと一歩なのだ。
バクナワは箸を伸ばし、ティナは防ぐ。
参ったな……。
バクナワがああ言ったからには、もうこれ以上出てくるかどうか怪しい。
何より、これからビジネスパートナーなのだから、拗らせたくもなかった。
そこに梨々花が追加の寿司桶を持って現れる。
「バクナワさん。
自分で考えろとは、暴食の悪魔が言ったのですか?」
バクナワは寿司に手を伸ばし、こくりと頷く。
ティナは「ねえ、もう決着ついたんだから食べさせる必要ないんじゃない?」と言うが、梨々花は静かに制した。
「とりあえず、大食い勝負は視聴者さんが納得いくまで続けましょう。
コンテンツのために」
そして、にっこりとバクナワに微笑んだ。
――何か仕掛ける気だ。
緊張が走る俺に構わず、梨々花は寿司を勧めながらバクナワにそっと囁いた。
「バクナワさん。
お宝は先生たちが既に手に入れていた。
じゃあ、他に何をいただけるんでしょうね」
バクナワの手がぴたりと止まった。
「他に……?」
そして、カッパ巻きをつまむ。
「アクアブレス――」
「それじゃないやつで。
……ウニもホタテも、◯国さんから最高級のものをいただいているので、遠慮なくどうぞ」
高いものを食わせにかかる。
バクナワはモシャモシャと咀嚼しながら、「うーん」と唸った。
梨々花は穴子の茶碗蒸しをスッと差し出す。
「冷めないうちに……
素敵な魔法やアイテムは、そりゃあいただきたいけど。
でも、私たちは冒険者なので。
冒険したいじゃないですか」
「冒険?」
バクナワの顔に、切れ長の目をぐっと近づける。
「そう。バクナワさんのおうちで冒険」
あの空間には小島と海しかなかったが。
「ダンジョンの中に海。
いったい何があるのか、とても興味深いわ。
……何もないってことはないですよね?」
バクナワは茶碗蒸しに伸ばしかけた匙の手を止める。
ぽつりと、一言だけ。
「聖域に踏み込む気か。命知らずめ」
梨々花がつま先から頭のてっぺんにかけて身震いする。
グレイスの口元が大きく吊り上がるのも見えた。
再び匙を動かしたバクナワは「いいぞ」と言った。
遠くから山本先生の「さえき亭・海の家店ですね!!」と大声が飛んでくる。
もう店を出す気満々。
こうして、バクナワの世界が図らずも解放されることに。
真竜の聖域だ。
どんなお宝が眠っているのか、想像もつかない。
なお海に入るための魔法は、投げ飯の景品となった。
ネットニュースの速報がまたたく間に流れる。
「早く投げ飯機能を解放しろ」というコメントが溢れ返る有様。
スマホをちらりと見た梨々花は、「アクアブレスと海に入る魔法の排出率は……そうね、0.2%かしら」と、早くも絞り取りにかかっていた。
そんなコンテンツとビジネスの算段を巡らす梨々花に、ティナの声がかかる。
「ねえ、その前に魔界なんだけど。
分かってるわよね」
「もちろんよ。
ティナの式神を取りに行く……
次のコンテンツは予約済み」
さらりと黒髪をかきあげると、由利衣の疑問の声が上がった。
「でも、最後の悪魔の心臓がどこにあるか分からないよね」
そうだ。
あの宝石に何の意味があるのか。
それが判明しないことには、次には進めない。
そこに、儚げに茶碗蒸しを流し込むリズの声。
「考えろ、ということは未知ではなく既知。
もう私たちにヒントは示されているんじゃないですか。
……おそらく、あれでしょうね」
そう言って梨々花を見ると、梨々花は大きく頷いた。
「第四層、世界樹の麓の遺跡」
素材強化ガチャが置かれているピラミッド。
その祭壇の窪みに、宝石が二つはまっていた。
そして、何もはまっていない窪みが三つ。
バクナワは、ティナからフカヒレの皿をひったくると、「これも美味いな」とモシャモシャ咀嚼。
「暴食は、お前たちが深層でそれを三つ揃える試練用意してた。
前借りだそうだ」
――さっきは何も知らないような素振りだったくせに。
この掴みどころのない言動は、どこまでが天然なんだろうな。
思わず口元が歪んだ。
ティナは気に留めず、笑顔全開になる。
「やったわね。
これでいよいよ魔界……
景気づけにバンバン行くわよ!!」
そう言って鼻歌まじりに料理の続きに戻っていく。
彼女との縁は、俺たちが初めて悪魔の心臓を手に入れてから。
まだ半年そこそこの付き合いだが、今では日本SSRにとってかけがえのないパートナーだ。
あれだけ嬉しそうな顔をされると、こちらも気合が入るというものだ。
来奈が巨大お好み焼きを持って現れると、大量のソースとマヨネーズを投下。
「次はたこ焼きいっとく?
スポンサーからたくさん貰ってるからさー。
百個でも二百個でもいっちゃうよ!?」
「とりあえず、三千で……」
儚げなオーダーに、「よろこんで!!」の声。
こうして、◯国から提供された海産物を景気よく注ぎ込みコンテンツは続いた。
その戦いは十三時間にも及び、麗良は再び脱落。
妹弟子に深いトラウマを刻みながら、夏の伝説は最後まで盛り上がりを見せた。
そして、食欲の勝負はつかず。
厄災の魔女も真竜も、その格の違いを見せつけたのだった。
***
特別企画はすべて終わった。
第一部は、ドッキリを仕掛けて謎の組織の野望を砕け。
第二部は、〇国魔法戦特殊部隊とのお宝争奪戦。
そして第三部のリズ対バクナワ。
いずれも夏のビッグコンテンツに相応しい内容だった。
だが、イベント本編はまだ続く。
イナンナの世界での天下統一に向けて、強者どもが再びしのぎを削りだした。
現在のところの大規模な勢力としては、以下となる。
西には、俺たちが担ぐ聖王リウ。
南には、セラとミアたちの犬獣人の武将。
東北には日本アダルトチームのリザードマンの青年。
東南には、魔戦部のアナーキーウサギ獣人集団。
他には北の第二アメリカチームと、中央のクラリス率いる帝都騎士団も挙げられるが。
こちらは毎日合同トレーニングに明け暮れていて、勢力としては中堅どころといったところだ。
そんな中、合従連合が進む。
中央方面に冒険者連合とも言える国家が出現。
情勢はますます混迷を極めつつあるなか。
危険なやつらが手を組んだ。
日本アダルトチームと魔戦部。
リザードマンの青年が帝位を獲ったあかつきには、全種族の解放を約束。
ウサギ獣人自治区も認め、安全保障面以外は帝国の干渉は最小限とする。
そんな条件で、共闘が成っていた。
さらにやつらの動きは速かった。
中央部にあらわれた国家も併呑。
これで、一気に最大戦力に躍り出る。
俺のスマホに日村からメッセージが入った。
「なあ、そっちも合流しようぜ。
俺の下でトカゲ帝国に引導を渡そうじゃないか」
さらに、俺に伍長の椅子を用意すると言ってきた。
――調子に乗りやがって。
あいつは高校時代からのライバルだ。
別にこの歳でいがみ合ってはいない。
むしろ同志だ。
しかし、ゲームでは負けたくない気持ちがあった。
天下を取るのは、俺たちなのだ。
しかし、相手の戦力はこちらを上回る。
先日のイベントで神話伝承級とレジェンド装備をごっそり獲得した冒険者連中を擁し、なおかつヴィオラやカレンまでいる。
正面からぶつかるのは不利だった。
そんな中、ミアから山本先生へ連絡が入る。
一時共闘して、日村たちを退ける。
しかるのち、天下分け目の決戦といこうじゃないかと。
イナンナの世界のイベントは続く。
ここから先は、終息へ向けての戦いだった。




