第272話 竜の血
真竜。
ダンジョンにおける最上位モンスター。
深層に潜み、滅多に冒険者の前へ姿を現さない。
知恵に長け、精霊から与えられた膨大な魔力を宿す存在。
その肉体は大抵の武器や魔法をレジストし、並の攻撃では毛筋ほどの傷も負わせられない。
そして極めつけは、ドラゴンブレスと呼ばれる専用の竜魔法。
高度なアンチレジストが付与されているため、四大属性魔法による相殺を軽減し、防御結界さえ突き破る。
防御不可能――というわけではない。
だが、アンチレジストを打ち消せるほどの技量を持つ魔法使いは、ごく僅か。
事実上の必殺技に等しかった。
俺たちがこれまで戦ったのは、第五層隠しダンジョンのドラゴンゾンビ。
あのとき、ドラゴンゾンビは精霊の試練により冒険者の挑戦を受けていたのだが。
そのままでは勝負にならないということで、能力制限の封印を課されていた。
制限を外すかどうかは冒険者次第。
封印を外せば特別ボーナス。
俺たちは当然封印状態で戦い、フィニッシュ寸前で封印を解除するという、梨々花の悪知恵……もとい、戦略的思考でボーナスを得ることができた。
あれは、勝たせてもらったようなものだ。
その後、数々の修羅場を乗り越えて強くなった今の俺たちでも、全封印解除の真竜と正面からやり合うなんて御免だった。
そんな真竜が、今回の対戦相手だ。
しかし、このバクナワは戦闘以外の方法でも挑戦を受け付けていた。
勝てば、最後の悪魔の心臓のありかが分かる。
コンテンツのためにも、次の冒険のためにも。
負けることは許されない一戦だった。
そういう、ここぞという場面で頼りになるのはリズしかいない。
直接的な攻撃手段は、ほとんど持たない。
だからこそ、俺たち戦闘民族と協力しながら攻略を進めてきた。
弱いからくっ付いてきている?
――とんでもない。
彼女がいなければ、俺たちはとっくの昔に詰んでいた。
第四層では、毒沼の浄化からの世界樹管理者の支配。
第五層隠しダンジョンでは、餓鬼の試練にドラゴンゾンビ攻略。
第五層悪魔の国チャレンジでは、寄生キノコによる巨人兵団の壊滅。
第七層厄災神チャレンジでは、五千六百億匹の蝗の大軍を掃討。
どれも、正面から殴ってどうにかなる問題ではない。
そのすべてを、リズはカロリーの力で解決してきたのだ。
魔王がこの世で最も信頼するもの。
それは、厄災の魔女リズにカロリーを投下したときに召喚される地獄だ。
そんなリズとバクナワの本日のテーマは海鮮。
両者とも席に付き、目の前の土鍋に期待の眼差しを向けていた。
まずは政臣よりスポンサーからの協賛品の紹介が始まった。
「今回の対決にあたり、◯国さんからは……」
毛蟹 八百キロ
クエ 十五トン
伊勢海老 七百キロ
鱈 八トン
鯖 五トン
モンゴイカ 七トン
マダコ 六トン
鯛 二トン
黒鮪 二十トン
ホタテ 十トン
アワビ 一トン
トラウトサーモン 十二トン
etc……
リストを次々と読み上げる政臣の声に、来奈と梨々花と由利衣は「ありがとうございまーす!!」と、にこやかな拍手。
そして、リズとバクナワはもう食っている。
頭が痛くなってきた。
選手の食欲もそうだが、◯国のイカレっぷりも大概だった。
魚介だけでこれ。
野菜や肉や穀類まで加えたら、とんでもない量だ。
◯国のやつら、イナンナの世界の利権とSSRが手に入るなら安いものだと大奮発して、特殊部隊員の長期滞在用に国内の市場から商店まで総動員したらしい。
それを誘導した狸の手腕に、あらためて舌を巻く。
なお、この食料も国民の血税なので返してくれないかと懇願されていたが。
国民の血税で他国の魔法使いを拉致しようとしていたのは、どうなんだろうな。
当然、聞く耳は持っていなかったし、迷惑料としてコメ一粒残さずにイベントの打ち上げまで使い切る予定だ。
あらかた紹介が終わると、さっそく開始となった。
俺は隣に立つ聖王リウの肩を叩く。
こいつは現在何が起きているのか、一切理解していない。
いや、理解しろという方が無理だろう。
しかし、俺と山本先生が仕込んだ料理の腕を存分に振るってくれと言うと、酒を飲ませてくれるならと二つ返事だった。
頼もしい男だ。
「そんじゃ聖王は鱈鍋を山本先生と頼む。
俺はクエだ」
目の前には、一メートル超、五十キロ級の巨大魚。
包丁に風の魔力を込める。
そして――サクリ、と刃を入れた。
動画で見よう見まねではあるが、やるしかない。
解体などできない。
そんな泣き言を聞く魔王ではなかったのだ。
解体を終え、そのまま手を休めずに次の工程へ。
見ると、来奈はいつもの威勢で選手にオーダーをとっていた。
「あたしもガンガンいくからさー!!
ふたりとも、何か食べたいものある!?」
リズとバクナワは、咀嚼を緩めずに少しだけ顔を見合わせる。
「では、スズキのムニエル レモンバターソースのガルチュニール添えと、サーモンのコンフィ ミ・キュイ、フカヒレの姿煮、ホタテとエビのカルパッチョ、イカ飯、アワビとニラのXO醤……」
「海鮮塩レモン焼きそば一丁、よろこんで!!」
レモンしか聞いていない来奈は大声を上げると、鉄板へと駆けた。
その背に「イカ玉とタコ玉のお好み焼きも……」と儚げな声が追撃。
なぜ毎度、無駄なやり取りを一度挟むのかがよくわからない。
俺は俺で、巨大な土鍋でクエのちゃんこを煮込んでいく。
まるで相撲部屋のような様相だ。
できた端から獣人のアシスタントに運ばせ、運ぶ端から儚げな咀嚼に消えていく。
そしてバクナワ。
何を食っても「いいな、これは」としか言わないが、今のところリズのペースにも負けていない。
山本先生とリウは鱈鍋の弾幕を投下。
ティナは鯖とカレイの甘辛煮付け。
由利衣はエビフライ。
リスティアとレオンは、切り分けたマグロを片端からステーキに。
魔王は、昨日俺と麗良に捌かせたネタを使って寿司を握っている。
そして、◯国より提供された大盤振る舞いの食材は、選手たちの胃に収められていく。
もう返せと言われても返せないのだ。
五本目のクエをフライにし、タルタルをかけてバンズに挟む。
これが大好評で、追加で三本分作れとリクエストが飛んできた。
二百個を優に超えるバーガーが、運ばれていく端から消費されていく。
来奈が三十インチサイズの大皿に、盛りに盛った焼きそばをドカッとテーブルに置く。
シェアしながら儚げな吸引とモシャモシャとした咀嚼がハーモニーを奏でる。
次のオーダーを聞こうと近寄ると、何やら会話を始めたようだ。
「それで……
ライナさんに施した術のようなものは何でしょうか」
先日、バクナワが来奈に儀式めいたことを行い、竜魔法が強化された。
そもそも、来奈の体質の変化は分からないことだらけだ。
竜魔法が使えるようになったのは、悪魔の国チャレンジで瀕死の重症を負った際、投与された薬の影響なのだが。
損傷した臓器を具現化した魔力が補う以上の効果は、リズにも想定外だった。
バクナワは、リズが中皿に取り分けた焼きそばをモシャモシャと咀嚼しながら言った、
「あいつ、竜魔法の才能あまりない。
竜魔法が使えるのは、世界樹のおかげ」
リズの目がぴくりと揺れた。
あの薬は、真竜の血の成分をベースに、世界樹のエキスやらなんやらをいい感じにブレンドしたリズのオリジナル。
バクナワの断片的な情報を理解しようとしているようだ。
そこに、梨々花が十人前の寿司桶を五段重ねてやってきた。
「先生、手を動かしてください」
注意を飛ばす梨々花を、ちょっと待てと手で制した。
梨々花から受けとった寿司桶をテーブルに並べながら問いかける。
いまは勝負中ということは分かっているが、気になることを後回しにしたくはなかった。
「それって、入江が竜魔法を使えていたのは竜の血の影響じゃなかったってことか?」
バクナワは、「んー」と思案する素振りで毛蟹の握りに手を伸ばした。
「少しはある。でも、全然弱い。
せっかく竜の加護あるのに、もったいないやつ」
――竜の血の影響は軽微で、世界樹のおかげ。
どういうことだ。
もう少し分かりやすい言葉が欲しいところだった。
どう質問したものかと考える。
そんな俺の目の前でリズはトロを中心に、儚げに寿司を二貫同時食い。
バクナワが「お前ずるい」と声を上げると、梨々花はまだあるから仲良く食べろと言う。
そのリズは流れるように寿司を胃に収めながら呟いた。
「なるほど。
竜魔法を行使する際の負荷を、世界樹が引き受けていたということですね」
竜魔法は、竜の加護があっても適性がなければ身体に深刻なダメージを及ぼす危険な魔法だ。
本来は激痛が伴いとても行使できなかったところ、思わぬ緩衝材のおかげで使えていたということか。
リズの言葉が続いた。
「バクナワさんの術で、竜の血が活性化された。
竜魔法の威力向上はそのおかげということですか」
バクナワは炙りサーモンを咀嚼しながら頷く。
「馴染むのはこれから。
バクナワは竜の加護と繋げてやっただけ。
まだ世界樹が頑張ってるな」
梨々花とちらりと目を合わせる。
今までの来奈だが。
スムーズな竜魔法の展開。
そして、中堅クラスの戦闘魔法使いが放つ攻撃魔法に匹敵する威力。
あれでまだ弱かったとはな。
そして、燃費が悪いのは世界樹が負荷を引き受けている対価なのかもしれない。
今後馴染んできたときにどうなるのか。
星の魔眼の超人的な身体能力に、アップデートした竜魔法……。
梨々花は平静を装いながら、巨大シーフードお好み焼きに取り掛かる能天気な顔をちらりと見た。
きっと、心中穏やかではいられないだろうな。
そう思った矢先、黒髪をさらりとかきあげて余裕の言葉を放った。
「面白いわね。
ねえ、バクナワさん。
アクアブレスをいただけるなら、ぜひとも欲しいわ。
魔術師は四大属性魔法最強……
それは当たり前だけど、竜魔法も極めたいのよ」
バクナワは、梨々花をじっと見る。
「お前、なかなかやるな」
梨々花の頬が上気していく。
――真竜に認められた。
バクナワは、イクラの軍艦巻をダブルで掴んだ。
「これ、美味いぞ」
「ねえ、竜魔法の才能のことを言ったのよね?」
モシャモシャ寿司を頬張る真竜を見る、切れ長の目が引きつった。
バクナワは軽く手を振る。
「美味いものの礼。極めたいなら精進だな」
俺の腰の村正が、何かに反応した。
今のは……。
梨々花は何かを確かめるように、手のひらをじっと見る。
瞳の光彩のリングが青色の光を放つ。
「こんなにあっさり……」
そして、その口元がゆっくりと上がった。
「ねえ、バクナワさん。
ずっと美味しいものが食べられるとしたら……
素敵じゃない?」
聞かれてもいないリズが儚げに頷き、運ばれてきた追加のフィッシュバーガーの咀嚼を始めた。
バクナワもバーガーを手に取る。
「いいな、美味いものは好きだ」
「私たちならそれを叶えられる。
……って言ったら?」
魔王スマイルに、俺はろくでもない予感がした。
「桐生院、何を考えてるんだ?」
梨々花は俺には構わずに、政臣を呼ぶ。
そしてバクナワと何やらヒソヒソと話を始めた。
「先生は料理の続きを」
ピシャリと言われ、俺は再び巨大魚と向き合うのだった。
***
政臣の声が響く。
「それじゃあ、CM入りまーす。
スリー・ツー……」
アシスタントの由利衣が、スマホを手にテンション高めの声を上げた。
「今日ご紹介するのは、さえき亭会員アプリの新機能!!
ねえ、お姉さん。
どんなものなのかな?」
お姉さんは満面の笑みを浮かべて機能紹介。
「それは、 “投げ飯”!!
バクナワさんのお家に、皆さんが提供したご飯を一日三度デリバリーしちゃいまーす」
由利衣がわざとらしく小首を傾げる。
「それってー、冒険者は何が嬉しいのかな?」
「よくぞ聞いてくれたわ」
食い気味に被せたお姉さんのプレゼンが続く。
「一食の投げ飯につき、スタンプ一つ。
スタンプが百個貯まると、ガチャが一回まわせるわ。
景品は、バクナワさんの鱗や爪……
でも、それだけじゃないのよ」
そして、ひそひそと由利衣に耳打ちすると「えーっ!!」と口を押える由利衣。
お姉さんはにっこり。
「そう、なんとアクアブレス!!
竜魔法が当たっちゃうの。
バクナワさんをお腹いっぱいにして、強力な魔法をゲットしちゃわない?」
「うんうん!!
わたしもアクアブレスほしーい!!」
天使の加護と悪魔の加護を伸ばすためなら、竜魔法は諦めてもいい。
数日前、そんなことを言っていた気がするのだが。
由利衣はおくびにも出さずに続ける。
「現在、新規会員様募集中。
リュシアンのクリアファイルとアクリルスタンドが付いてくるチャンス!!
登録はここから!!」
そう言って虚空を指し示すと、ふわりとした笑顔を放つ。
「味と真心のさえき亭でしたー。
チャオ!!」
政臣の「はいカット。本番入りまーす」の声で、各自の持ち場に散っていく。
俺はクエを切り分けながら。
隙あらばビジネスチャンスにつなげていく教え子たちに、感嘆の思いを禁じえない。
そして、棚ボタで手に入れた村正の新たな力。
本体を差し置いてちゃっかりパワーアップしていく相棒に、俺は何とも言えない気分で包丁を振るうのだった。




