表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末のSSR ―最強おじさんの最弱SSR育成プロジェクト―  作者: 白猫商工会
第07章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

221/222

第219話 告白

階層ボスは、森の入り口付近で悠然と腕を組んでいる。


身長は五メートルほど。

大剣を腰に差し、冒険者を待ち構えていた。


だが、いまはまだこいつに挑むタイミングではない。

今日のところは確認だ。


一定距離を保っている限り、動き出すことはない。


初見の三人と山本先生、魔戦部の二人は、まじまじと観察しながら、頭の中で戦いを組み立てている様子だ。


だが、それよりも気になるのは――その背後の森。


暗い瘴気が立ち込め、風もないのに木々がざわめく。


ときおり、叫びとも怪鳥の鳴き声ともつかない不吉な音が鋭く響く。


瞳と鼓膜が、不安に揺れる。


ベキベキ……と、森の奥から何かが引き裂かれるような音。

それに混じって、くぐもった笑い声のようなものが聞こえた気がした。


俺は全員の意識がそちらに向いている隙に、スマホを取り出し、地図アプリをそっと確認する。


――帰らずの森の内側は、分からない。


梨々花の魔術師の魔眼にシンクロした、女教皇の能力でも視ることはできない。


由利衣は原初の精霊の力を借りて、魔力隠蔽された空間すら探知することに成功していた。


それだけの能力をもってしても、突破できない闇が広がっている。


推測でしかないが――

フンババのメラムが効いているうちは、通さないのかもしれない。


試してみないことには、なんとも言えないが。


「先生……

やはり踏み込んでみないことには、分からないようですね」


不意に、背後からスマホを覗き込まれた。


思わず声を上げそうになる。


「隙だらけですよ……」


クスクスと含み笑い。


俺は息を整え、冷静を装う。


「この奥は……危険だ。

お前たちが踏み込むような場所じゃない」


「でも、先生は行く気なんですよね?」


背後から、そっと声がかかる。


「あのフンババ……

先生なら勝てない相手じゃないでしょうけど。

水くさいじゃないですか」


視線をスマホに向けたまま、言葉を返す。


「どうやって一人で行くんだよ。

毎日、休む間もないくらい仕事を入れてるのは、どこのどいつだ……」


「三日後。

魔王健康ランド店のヘルプに行くふりをして。

チャンドラさんにアリバイ工作してもらうつもりで……」


――こいつ。


梨々花は、さらに続ける。


「ボス戦の予約も、小暮さんの名前を借りて。

第七層で活動する冒険者ですから、確かに違和感はありませんけど」


そこまで言って、ふと付け加えた。


「ああ……チャンドラさんを責めないでくださいね。

従業員はリュシアン立ち会いのもと、魔王に対して嘘をつけない契約なので……」


恐ろしいやつだとは思っていたが。


俺は少しだけ気まずい表情をつくり、言い訳を試みる。


「ああ、マルグリットから話を聞いてさ、魔王領のパチンコ屋で打ってみたくて……

サボろうとしたのは悪かったよ。

小暮の予約は、何のことやらだ」


背後から、「ふーん」と温度のない声。


「そうですか。

たまには気晴らしくらい……言ってくれればよかったのに」


そう言うと、すっと脇をすり抜ける。


俺を正面から、上目遣いで見た。


「最近、第七層ボスに挑んだ増山さんという人。

先生のお知り合いなんですよね」


「いや、誰だそいつは」


ゲンさんが口を割るはずはない。

ブラフだ。


じっと見てくる。

瞳の虹彩のリングが光り、思わず視線をそらす。


そこに、畳み掛ける声。


「増山さん、N魔法使いじゃないですか。

高天原ファーマの役員……。

そんな人が第七層ボスに?

……十年前の事件に関係あるんですよね」


「どうして増山のことを……」


思わず口を滑らせていた。


再び視線を合わせる。


梨々花の目は、訴えかけるようだった。


「身元くらいは、高柳くんのコネを使えばすぐに分かります。

でも、先生との関係は……私の勘です」


そして、俺に口を挟ませずに続けた。


「お二人に何があったのかは、知りません。

でも、先生は一人で何かをやろうとしている。

……私も連れて行ってください」


ぐっと詰め寄られる。


――そのとき。


「先輩……あの奥に行く気なんですか?」


いつの間にか、麗良が隣にいた。


「私も、いつか行かなきゃって。

あの森が、私と先輩の悪夢の始まり……

終わらせたいんです」


ぎゅっと拳を握り締める。


「今はレベルが落ちてるけど、自分の身は自分で守るから。

……お願い」


「大丈夫ですよ。

近藤先輩は、私が守りますから」


背後から、山本先生の声。


なぜ、次々とステルスのように。


ぽん、と肩に手を置かれた。


「夫の過去の清算は、妻の務め……

二人で乗り越えるときが来たんです」


意味が分からない。


俺が黙り込んでいると、他の連中もなんだなんだと集まってくる。


テーブルと椅子を出し、菓子をつまみながら、やいのやいのと話が始まった。


***


熊耳が、心底ドン引きした声を上げた。


「あんな怪しさ全開の森に……?

正気なんですの?」


対照的に、犬養は口の端を不敵に歪め、煎餅をかじる。


「いかにも、いわくとお宝がありそうじゃないですか。

私、次は強化素材ガチャをぶん回したいんですよね……」


その目には、水に濡れた日本刀のような冷たい光。

すっかり性格が変わっている。


来奈はドカベンにパンパンに詰め込まれた白米を頬張りながら、言い放った。


「でもさー。

入ったら誰かの魂を対価にしないと出られないって設定、エグくね?」


その言葉に、犬養の煎餅をかじる音が止まった。


一方で、俺はほんのわずかに瞼をぴくりとさせる。


視線の先には、瘴気を放って蠢く闇。

さらに、その前に立ちふさがる異形の怪物。


そして、白米をもりもり流し込む能天気な顔。


来奈は沢庵をかみ砕きながら、なおも続けた。


「だけど、やっぱ映えていきたいっしょ」


梨々花は力強く同意する。


「言うじゃない、来奈。

帰らずの森からのリターナー……物語だわ」


……こいつら、誰から聞いたかは知らないが、この森のことを知っている。


俺は静かに問いかけた。


「おい、対価のことまで知っていて踏み込むとか……

イカれてるのか?」


しかし、由利衣から鋭いツッコミが飛ぶ。


「それをコーチから言われたくないんですけど。

一人で入って、どうやって戻ってくるつもりだったんですか?」


シン……と静寂が落ちた。


一斉に視線が集まる。


俺が言葉に詰まると、由利衣はガタッと椅子から立ち上がり、こちらへ歩み寄ってきた。


そして、ビシッと俺の頭にチョップ。


「パーティで隠し事はしない。

知っていることは、ちゃんと教えてください」


思わず視線を下げると、頬に手のひらの温もりを感じた。


「私たち、みんなで先に進むんです。

コーチだけで解決しようとしないで。

……一緒に戦いたいんです」


――巻き込みたくはない。


けれど、こいつらがそう言ってくれるのを、心の底では待っていたのかもしれない。


俺は、小さくぽつりと言った。


「確証があるわけじゃないんだ。

けど……今にして思えば、あれが精霊の用意した道だったのかもしれない」


ちらりと政臣の方を見る。


やつも察しているようで、カメラは回していなかった。


次に由利衣の目を見る。

ふわりとした笑みに、少しだけ心が軽くなった。


「分かった。

俺が知っていることを話す」


そう言うと、山本先生は静かに温かいお茶の準備を始めた。


***


「日本が第七層攻略の情報を得たのが、十年と少し前……

フンババ討伐後、森の奥へ踏み込むかどうかが争点となった」


ステンレスのカップから立ち上るコーヒーの湯気を吸い込みながら、言葉を続ける。


まずは、俺の体験したことを話す必要があった。


「何しろ、公開情報の中にもあの森のことは空白だ。

まだ見ぬお宝が眠っているはず……そう考えるのが自然だろう」


一同はゆっくりと頷く。

日村は腕を組んだまま、黙って聞いていた。


こいつは当時、まだ第四層。

昔は杏子は戦闘が苦手だったため、攻略ペースは遅かったのだ。


俺は続ける。


「概ね反対派が占めていたな。

そんな怪しげな場所に貴重な魔法使いを送り込むより、次の第八層に進むべきだと……

いまなら、俺も同じことを言う」


そして、コーヒーを一口含む。


梨々花が疑問を挟んできた。


「先生は、対価のことを知っていて踏み込んだんですか?」


厳しい質問だ……。


俺は、なんとも微妙な顔をするしかなかった。


「知っていたと言えば、そうなのかもしれないが……

真偽不明の古文書に、それっぽい記載があるだけだ。

攻略情報を開示した国に問い合わせても、確かなことは出てこない」


ため息がひとつ漏れる。


「何と言っても、国益が絡む情報開示だからな。

『仕方ないから階層攻略に必要なことは教えてやる。その他のことは知らない……』

まあ、そんな感じだ」


ほんの十年前とはいえ、ギスギスしていたものだった。


現在のように、配信して楽しく冒険……などという雰囲気は皆無だ。

いや、今でも深層の情報開示には慎重な国がほとんどだが。


しかし――


俺は、わずかに顔を曇らせる。


「だけど、それは言い訳だな。

リスクの影を感じながら、俺は見ないふりをしていた。

行けばなんとかなるんじゃないか……

それを“冒険”だと、都合よく誤魔化していたんだ」


そして、いよいよ俺の過去の黒い領域へと踏み込むときが来た。


俺は、三人と麗良の顔を順に見やる。


「それを後押ししたのが、増山という男だ。

高天原ファーマ……社名くらいは聞いたことがあるだろう?」


来奈は黙って白米と塩鮭を流し込んでいたが、他の面々は小さく頷いた。


「日本を代表するバイオカンパニーだ。

医薬品、化粧品、機能性食品……。

増山は、ダンジョン素材の研究部門にいた。

そこで、話を持ちかけられた」


山本先生が、ぽつりと呟く。


「賢者の石……ですか?」


俺の口から、ため息が漏れた。


「そうだ。

古文書の記述は曖昧だが、そう解釈することもできる。

巨人の国で見た、あのゴマ粒みたいなやつでも、莫大な希少金属や未知の素材の触媒になる。

食指が動かないはずがない」


別に、世界征服の陰謀とか、そんな話じゃない。


日々研究が進む魔法素材とその応用は、国家の経済と安全保障の根幹を成すものだ。


「俺は、当時三十名のパーティを率いて、あの森に踏み込んだ……」


顔を上げると、そこには蠢く森がある。

思わず、目が鋭くなる。


「俺と理沙。

それと、クエストの募集で集まった若いのが数名。

あとは、増山が用意した傭兵まがいの連中で……

……いや」


コーヒーをもう一口含む。

あいつの名を出すときは、どうしても喉が渇く。


「九条も、いた。

理沙の婚約者で……普段は別のパーティにいるが、あのときは応援に入っていた」


そこで、話は一度途切れた。


大きく息をつく。


「……細かい話をし出すと長いからな。

結果だけ言えば、大失敗だ。

生き残ったのは、俺と増山と九条だけだ」


犬養が、恐る恐る尋ねてきた。


「それで、お宝は……あったんですか?」


俺は難しい顔で、「うーん」と唸り、空を見上げた。


「当時は、賢者の石の名前だけが一人歩きしていた。

だから、俺を含めて実際に見たやつなんていない。

ましてや、神話伝承級の分体の触媒に使われるなんてことも……」


あんな小さな石だ。

おそらく、あったのだろうが。


梨々花が、それと察したように口を開く。


「それらしきモンスターは倒したけど、見落としていた……

ということでしょうか」


俺は頷いた。


「かもしれない。

今となっては、確かめようもないけどな。

俺は、手ぶらじゃ帰れないと、さらに奥地に踏み込んだんだ。

そこに、想像以上の大物がいてな」


表情が歪む。


「そいつ、取引をしかけてきやがった。

十人の魂を差し出したら、宝をやる。

さらに十人の魂を差し出したら、帰してやる。

……増山は、躊躇せずに二十人の傭兵どもを差し出したな」


全員の顔が一斉に強張った。


「そして、残された俺たちはそいつと戦って……

俺は一度死に、理沙は瀕死の重傷を負った」


その言葉に、みな一瞬、意味を測りかねた顔をしたが、梨々花だけは違った。


「精霊の特典、ですね」


俺は頷く。


「フンババと、その後の神話伝承級の分体との戦いで完凸になっていてな。

精霊の特典なんて知らなかったが、殺されて蘇って――そこで初めて、自分に異能があると気づいた。

人狼化で……なんとか逃げ出す隙を作れたんだ」


人狼化でも、倒すことなどできなかった。

いや、逃げることに必死だった。


「俺は理沙を担いで逃げた。

九条も深手を負っていたが、命に関わるほどじゃなかった。

だが……他の若いやつらは」


喉の奥が締まるような感覚。

絞り出すように、声を出す。


「まだ息があるやつも……いた。

それを俺は……置いてきた」


誰も、口を挟まない。


「九条は、入口に向かって駆ける間、あいつらも助けるべきだと泣きながら俺を責めていた。

けど、俺は理沙を優先しろと……そう言って、黙らせた」


みな、一言も発しない。


「そして、入口で俺たちは理解した。

ここから出るには、誰かの犠牲が必要だと。

古文書の内容は、嘘でも与太話でもなかった」


麗良が息を呑む音が、やけに大きく響いた。


「それで……理沙さんが……?」


俺は一瞬だけ迷い、それでも、起きたことをそのまま口にした。


「九条は、俺が死ぬべきだと……それも当然だ。

けど、復活能力のせいなのか、それは認められないと分かると……

もしかしたら、まだ生きているやつがいるかもしれないと、戻ろうとしたんだ」


極限状態の選択。


さっきまで助けようと泣いて訴えていたやつらを、今度は供物に……。


――九条の心が壊れたのも、俺のせいだ。


そして、麗良の目をまっすぐに見て言った。


「そのとき、理沙が――自分の魂を捧げる、と」


麗良は目を伏せ、肩を震わせた。


「外に出た途端、俺はガキの姿になってな。

九条は半狂乱のまま、どこかへ去っていって……。

理沙の遺体を前に、俺は途方に暮れていた。

師匠へ連絡を取って、迎えを待つ間、生きた心地がしなかったな……

生きていたって仕方ない、そんなことを思いながらだ」


そこまで話して、長い息を吐いた。


「これで全部だ。

俺は、パーティのリーダーとして判断を誤り、責任を放棄して――命を見捨てた」


暗い森へ視線を向ける。

闇に引き込まれそうになり、わずかに身震いした。


「あいつらの魂……もしかしたら、理沙も。

まだ、ここに囚われているのかもしれない。

囚われるべきなのは……俺の方なのに」


そして、目を伏せた。


ここまで言ってしまえば、俺を見る目が変わるだろう。


覚悟の上ではあったが――やはり、怖かった。


「よく分かりました」


梨々花の声。


「確かに、ろくでもない冒険者だったという前情報に偽りはありませんね」


顔を上げると、切れ長の目と視線が合う。

少しだけ、微笑んでいるようにも見えた。


「でも、誰かを意図的に陥れるような外道じゃなかった。

……安心しました」


来奈が、二つ目の弁当のふたを開けながら言った。


「前も言ったじゃん。

うちのおじさんのやらかしは、センターでエースのあたしがなんとかするって。

今がそのときじゃね? 由利衣はどう?」


由利衣は、俺をじっと見つめていた。


「話してくれて、ありがとうございます。

……守れなかったっていう痛み、分かるんです。

私も、そうだったから」


そう言って、小さくふわりと笑った。


「やっぱり、放っておけないです。

一人じゃ無理でも……私も一緒に守りますから」


麗良が、そっと言葉をかけた。


「きちんと話してくれていれば、私だって……

本当に、バカなんですね」


そうだ。


俺は、ろくでもないバカな冒険者だった。


はっきりと言ってくれる教え子たちと、麗良の優しさに――

俺は、あらためて救われた気がした。


そして、再び森へ視線を向ける。


もう、迷いはなかった。


「頼みがあるんだ……

力を貸してくれないか?」


闇に引きずり込まれそうな俺に、頼もしいやつらの力強い声がかかる。


――その手を掴め。


そう言っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ