第217話 付与術師と召喚術師
第七層。
転移陣を抜けると、そこは平原だった。
乾いた風が吹き、草と低木が揺れる。
遠くには塔が見え、その足元には廃墟めいた遺跡。
見渡せば、そうした遺跡はいくつも確認できた。
現在、調査が行われたのは二百ほど。
未着手は、その倍以上あると言われている。
第七層ともなると、中堅以上の冒険者が踏み込む領域だ。
俺の現役時代の攻略は第七層で終わったが、雑魚モンスターの強さ自体は、ここから急激にインフレするわけではないと聞いていた。
ただし、トラップとボスの凶悪さは研ぎ澄まされていく。
日本は長らく、第七層までが上限だった。
その先に進んだのは、およそ十年前。
昔の戦闘魔法使いには、その先まで行ったやつもいるのかもしれない。
だが、個人ではなく国家単位の攻略においては、ずっとこの階層が主戦場だったのだ。
俺は三人へ顔を向ける。
説明はしているが、実地での簡単なおさらいだ。
「今ではボスのフンババへのショートカットが見つかってるけどな。
昔は徒歩で一週間はかかったんだ……。
それに、ボスの攻略法も分かっていなかった」
攻略情報は、今でも国家機密だ。
ただし、その機密保持には期限が設けられている。
十五年。
国連加盟国が攻略に成功した場合、先行者利益を守るため、十五年間は情報を秘匿する権利が認められる。
だが、権利失効後は公開が原則となる。
もちろん、情報なしで攻略すること自体は自由。
しかし、難易度も効率も段違いなのは言うまでもない。
第七層の攻略情報が公開されたのは、およそ十年前――
俺が引退する直前のことだ。
由利衣が、確認するように口を開く。
「ボスの攻略は、七つのメラムを剥がす……ですよね」
フンババは、“メラム”と呼ばれる見えない鎧に守られており、通常の攻撃では討伐できない。
第七層攻略の本筋は、このメラムを剥がすことにある。
ここから先は、単なる力押しでは突破できない。
日本が第八層で足踏みしている理由も、そこにある。
「そうだ。
第七層は広大で、遺跡も無数。
七つのメラムを剥がすためのキーアイテム――その存在は、長らく謎だった」
……いや。
俺は顎に手を当てて考え、言い直す。
「正確には違うな。
メラムを剥がすのに“何かが必要”だと分かっていれば、それらしいものを探す発想にはなる。
だが、条件そのものが分からない。
――これが、どれだけ厄介か分かるか?」
三人は、こくりと頷いた。
あらゆる可能性を手探りで確認。
考えるだけで、頭がくらくらしてくる。
しかし、梨々花は別のことを考えていたようだ。
切れ長の目に光を宿し、やや興奮気味に言う。
「第八層の攻略情報の公開は、来年……ですよね?
第九層は、さらに先。
レボリューションのときは近いです」
第八層以降の攻略情報を、配信する気満々だ。
国家機密なんだがな。
そこに、中年の能天気な声が割り込む。
「頼もしいな、おい。
その調子でガンガン攻略してくれれば、俺も稼げるってもんだ」
日村がカラカラと笑った。
……まあ、あながち的外れな話でもない。
第八層以降は、冒険者の間でも情報の寡占が進んでいて、上位であってもお宝にありつけるとは限らない。
そこに情報公開の革命が起きれば――世界は変わるだろう。
麗良も、同意の眼差しだ。
こいつ自身も公開には賛成派というか。
世界各国で冒険が思うように進まず、持てる者と持たざる者の格差が広がりすぎている現状には、思うところがあるらしい。
……まあ、そんな大層な話でもない。
単に、みんなでワクワクした方が楽しい――
それだけだろうが。
それは冒険者にとって大事な資質だ。
俺は軽く笑った。
「まあ、少し先だな。
まずは第七層攻略……行くか」
そして、移動のためのフォーメーションを組む。
前衛は、最前列に俺と日村。
その後ろに来奈と麗良。
中央に政臣。
それと犬養、熊耳。
後衛は由利衣、梨々花、山本先生。
山本先生が当たり前のように付いてくるのは、いつものとおりだが。
魔戦部のふたりは、参加させてくれと俺に直談判してきた。
悪魔の国チャレンジのときは、それほど積極的ではなかったのに。
俺がレイドに出たのをきっかけに、次は自分たちも、と火がついたらしい。
正直、実力的には不安だらけだ。
しかし、山本先生の口添えもあり、渋々ながら許可していた。
政臣は、熊耳の召喚獣で撮影の手が増えたと喜んでいたが。
……まあ、やる気を出しているところに冷水を浴びせるのも野暮だろう。
二人の武装をちらりと確認する。
犬養は、以前は杖を使っていたはずだが。
今は拳にグローブを装着し、左右の腰にトンファーのようなブレード。
ヴィオラに体術を仕込まれているらしく、不器用な来奈よりも筋は良いらしい。
なんでも、超振動は武器が身体に近いほど通りが良いとか。
いつの間にか、肉弾系付与術師にジョブチェンジしていた。
熊耳はペンタブ。
デバイス自体は、普通の民生品だ。
重要なのは、インストールされているアプリ。
ティナのスマホに入っている、式神の依代アプリ。
それに近いものだ。
同系統のアプリは他にないのか、梨々花は隠しダンジョンの魔女に探りを入れていた。
たまには他の階層にでも、と第三層の温泉宿に招待し、さんざん食わせて飲ませて。
身も心もほぐれたところで、魔女は口を開いた。
このIT時代、精霊もいろいろ考えている。
武器ガチャのような売り切りではなく、アップデートやサブスクで収益を回す仕組みを。
あの式神の依代アプリはサンプルで、今後さまざまな展開を考えているらしい。
魔法使いたちにも、アプリ開発環境を提供する構想があるという。
とはいえ、ダンジョンに籠る戦闘狂の冒険者に、そんなスキルがあるはずもない。
しかし、魔法使いではない一般人には、開発環境は与えられない。
結果、企画はあるが具体化はこれから――
という話だった。
俺は「ふーん」としか思わなかったが。
うちの総務課長が、そんな話に食いつかないはずがない。
第四層の店長、N魔法使いのダンさんは元ITエンジニア。
政臣とのタッグで、さっそく開発に乗り出していた。
その一つが、熊耳のペンタブに入っているもの。
召喚魔法のデザインアプリだ。
召喚魔法とは、魔力の具現化。
そのイメージを描き、アプリに魔力を流し込むことで発動する。
デザインパターンの登録も可能だ。
召喚魔法の素養がない者には使えないが、悪魔の加護の入手機会が解放された現在、需要はあるはずだ。
熊耳は、その重要なテスターだ。
彼女はこのために、部活動の後に漫画教室へ通い詰めたという。
日夜、ああでもないこうでもないとデザインを犬養と打ち合わせし、授業も聞かずに魔力を集中しながらペンを走らせる日々。
山本先生のアイアンクローにも一歩も引かない。
ある意味、恐ろしいやつだ。
そんなことを思いながら進むと――
由利衣が警告を飛ばしてきた。
さっそくお出ましだ。
七つの頭を持つ巨大なヘビが三体。
日村が双剣を抜く。
背後の来奈へと声をかけた。
「あいつは再生持ちだぜ。
巨人の国で学習済みだろうが……切り口を焼くことだな」
言うが早いか、切り込んでいく。
炎の剣で一体の首を次々と刎ねていく。
「一人で突っ込むんじゃない……」
思わずぼやく。
あいつはいつも杏子と組んでいるから、上位同士で通じるだろうが。
こっちはヒヨッコを抱えているのだ。
「おい、入江。
俺から離れるんじゃ……」
ちらりと後ろを振り返り、頭の上に疑問符が浮かぶ。
「なんだそりゃ」
来奈が腰のバッグから取り出した茶色の物体に、視線を奪われていた。
「いろいろあたしだって考えたんだって!!
しょうがないじゃん!!」
不満そうに抗議してくる。
何がどう仕方ないのか、まったく分からない。
後方では、由利衣と梨々花が笑いをかみ殺していた。
――こいつら。
「で、そいつは何だ? 生姜か?」
「ウコン」
……。
「なあ、お前。
二日酔いなのか?」
日村の炎の剣が七つの頭を次々と飛ばす。
だが、それどころではなかった。
来奈はじれったそうにまくしたてた。
「あたしの必殺技!!
苦いの食べないと出ないんだって!!
だから、いろいろ持って来たんだけどさー」
そう言って、ゴソゴソとバッグを漁り、取り出したのは――
黄連
柴胡
大黄
苦参
呉茱萸
「よく分からんが、体には良さそうだな……
しかし、ウコンで戦う魔法使いというのも斬新だな」
そう言うと、「うーん」と考え込む来奈。
だが。
犬養が自分のバッグからポットを取り出し、差し出してきた。
「入江先輩、コーヒーどうですか?」
後方で、梨々花が噴き出した。
「おい、桐生院」
声をかけると、肩をすくめて梨々花が近寄ってくる。
「来奈……生薬も素敵だけど、これでいけるんじゃない?」
差し出したのは、カカオ80%のチョコレート。
来奈の瞳が途端に輝いた。
「いいのあるじゃん!!
サンキュー、梨々花」
さっそくパッケージを破る。
「で、苦いとどうなるんだ?
もったいぶらずに披露しろ。
第七層でふざけてると死ぬぞ」
わずかに声音を落とすと、梨々花は目を逸らした。
「……すみません」
沈黙が落ちる。
その間に、来奈はチョコをかみ砕いた。
そして、勢いよく駆けていく。
「おい、入江!!」
「大丈夫ですよ、先生」
梨々花は黒髪をかき上げる。
「少し遊んでしまったのは、悔しかったからです。
私にもあの力があれば……」
そして、続ける。
「五味というらしいんですけど。
酸味、甘味、苦味、辛味、鹹味(塩味)。
酸味は風。
苦味は……」
そう言って、指を差す。
視線を向けると、来奈は銃を構え、引き金を引いていた。
炎が放たれ、蛇の巨体を貫く。
「火……ファイアブレス。
私だって一種類しか使えないのに。
悔しいじゃないですか……ねえ?」
――驚いた。
来奈は魔法放出と制御が苦手なステータス構成だ。
それを補うための銃だったが――
それを触媒に、ここまで強力な竜魔法を撃ち出せるとは。
蛇の一体は来奈が圧倒していた。
残りは一体。
そこに、犬養の静かな声。
「日葵ちゃん……行こうか」
いや、待て。
日村と来奈の戦いを見て触発されたのは分かるが、
犬養は元々、直接戦闘向けの魔法使いではない。
それに、まだ星1のはずだ。
俺が言いかけた、そのとき。
「合点承知の助ですわ、茜ちゃん!!」
熊耳の元気な声。
タブレットに、さっとペンが走る。
魔力が具現化し、犬養の体を覆う。
「インドのグレイス様……
インスピレーションを刺激されましたわ!!」
熊耳が興奮気味にペンを動かす。
現れたのは、強化外骨格――パワードスーツに包まれた犬養の姿。
犬養は、素早くスーツへ付与を重ねていく。
攻撃力向上。
敏捷性向上。
守備力向上。
重力を感じさせない動きで、犬養は跳ぶ。
これも時空魔法の付与だ。
空中で華麗に一回転し、大蛇の前に降り立つ。
首の鋭い突撃を左腕でいなし、右手で掌底を叩き込む。
超振動が放たれ、巨大な頭が吹き飛んだ。
続けて襲い来る首に膝蹴り。
こちらにも超振動が付与されている。
まさに、全身凶器。
蹴り、貫き手――
一撃ごとに、蛇の頭が吹き飛んでいく。
だが――
肩に大蛇が食らいついた。
付与魔法で強化された外骨格は耐えているが、犬養は動けない。
熊耳がペンタブを操作すると、背中からアームが展開。
その先に搭載されたマシンガンから、魔力弾が放たれた。
蛇の頭を蜂の巣にすると、犬養は飛び退く。
――うまい。
愚者の魔眼のように、スーツ自体が能力を底上げしているわけではない。
たが、付与を乗せやすい魔力の外骨格が犬養のポテンシャルを最大限に引き出し、熊耳の変幻自在なアシストが支えている。
付与術師と召喚術師のコンビネーションに、こんな戦い方があったとは。
犬養の目の前で、大蛇の首が復活していく。
おもむろに、犬養は右の手のひらを突き出す。
熊耳がペンタブのデザインを一部更新。
手のひらに穴が開き、魔力弾が放たれた。
そこへ犬養が火属性を乗せる。
炎の塊が、大蛇の胴に風穴を空けた。
動きが鈍るモンスター。
犬養は、腰のトンファーブレードを抜く。
――悪魔の国チャレンジで、魔戦部員も数億の資金を得た。
それを元手に、犬養が購入したのがこれだ。
麗良の雷切と同じく、魔力伝導性の高い魔法剣。
刀身が、目にも止まらない速度で細かく震えていた。
熊耳は「うーん」と唸りながら、指でパースを測る。
「茜ちゃん、ブレード、オーケーですわ」
更新ボタンをタップすると、刀身が魔力に包まれた。
犬養が跳ぶ。
熊耳はペンタブのカメラを戦場へ向ける。
映し出された映像に足場を描き込むと、それが現実の空間にも具現化していく。
犬養は、それを踏み台にして、さらに跳躍。
空中でブレードに火属性を付与する。
同時に、熊耳は魔力の刀身を十メートルほどに伸ばす。
炎と超振動を纏わせた刃が大蛇の七つの首を飛ばした。
たちまち、光の粒となって消えていく。
呆気に取られる俺。
そっと、麗良に声をかけた。
「お前……さっさとレベル上げないと、レイドに戻る場所がなくなるかもな」
麗良は、ゆっくり頷いた。
その背後では、由利衣が興奮気味に熊耳の襟を掴み、ガクンガクン揺らしていた。
「なにあれ、なにあれ!!
ねえ、わたしも変身できるよね!!」
そう言いながら、ペンタブのデザイン案を覗き込む。
そして、ふっと声の温度が落ちた。
「日葵ちゃん……巨大ロボは?」
熊耳の瞳が揺れる。
「ロボ……が必要なんですの?」
由利衣は、力強く頷いた。
「あまり大きなものは、私の練度では……」
言葉を詰まらせる熊耳。
そこに、明るい声が被さる。
「じゃあ、特訓だね!!
日葵ちゃんなら、すっごく映えるやつ出せるから!!」
熊耳が、ぱっと顔を上げた。
「私が……映えを?」
梨々花が、その肩に手を置く。
「まったく、素晴らしい才能だわ。
巨大人型戦闘兵器こそ日本の映え……魅せていこうじゃない」
――それは魔法使いなのか?
よく分からない。
微妙な顔をする俺に、麗良の視線が向いた。
若い世代の台頭が、嬉しくてたまらない――そんな表情だ。
「先輩……
魔法使いの戦いの常識が、どんどん変わってきていますね」
そして、笑った。
「先輩が帰ってきてくれたからですよ。
……精霊だって、待ってたんです」
――逃げるな、贖え。
ダンジョンは俺を過去に縛りつけるために呼んだ。
そう思っていた。
だが――
もしかすると、俺を……。
“熱”を、待っていたのかもしれない。
麗良の目を見る。
「……だとすると、お前のおかげだな」
来奈と犬養が声を上げてハイタッチする。
未熟で荒削りな魔法使いたちが、深層へと挑む。
世界が、変わろうとしている。
麗良は、雷切に手を添えた。
「とはいえ、私だって若手と呼ばれているうちに弾けたいわけですよ。
誰かが帰ってこないから、もう二十代ギリギリじゃないですか」
そう言って、少しだけ口を尖らせた。
そんなことを考えていたとはな。
そこに、由利衣が大声を上げた。
「さっきの蛇、あと五体迫ってます!!」
俺は村正に手をやる。
「そうか、じゃあ思いっきり映えてくれよ」
麗良の抜刀の音を聞きながら思う。
第七層の攻略――
これは、贖罪じゃない。
パーティの仲間と、そして俺自身のための戦いだ。
手にした村正が、わずかに応えた気がした。
俺は小さく頷き、前へ踏み出した。




