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終末のSSR ―最強おじさんの最弱SSR育成プロジェクト―  作者: 白猫商工会
第07章

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第216話 帰らずの森

第三層 温泉旅館さえきや。


ここは、ミスリル採掘場で働く冒険者たちが、潤いと活力を取り戻す空間。


魔力とミネラルを豊富に含んだ源泉かけ流しの湯で身も心も温まり、

新鮮な食材に舌鼓を打てば、採掘の疲れもほどけていく。


それでいて、外の世界の相場と比べてもリーズナブル。


ダンジョンにこもる日本の冒険者たちのオアシスであり、ホームでもあった。


その施設の一角にあるのが、小さなバー。


黒を基調としたシックな内装に、重厚な木のテーブル。

棚にはグラスと酒瓶が整然と並ぶ。


カウンターの中にいるのは――

胸元の開いた黒革のビスチェにスカート、赤いコートに網タイツ。


紫がかったプラチナのロングヘア。

磁器のような肌。

妖しげな唇に、氷のような瞳。


悪魔のSSR、ヴィオラ・ハインスキー。

この空間は、彼女のテリトリーだ。


そのヴィオラの目の前。

カウンターに座るのは、日本のSSR三人。


梨々花と由利衣の前には、オレンジジュースとあたりめ。


来奈の前には、

うな丼、カツカレー、チーズインハンバーグ、明太カルボナーラ、イチゴのプリンパフェ。

さえき亭からのデリバリーだ。


ヴィオラは、ふう……と冷たい息を吐く。


「それで、第七層ね。

いろいろあると言えばあるけど……

動きがどうとかなら、“帰らずの森”ね」


三人は、ダンジョン事情通であるヴィオラに聞き込みを行っていた。


いまは活動を自粛しているが、お宝攻略サイトを運営していた上位冒険者。

国に強制されていたとはいえ、表沙汰にできない仕事にも関わっていた。


ダンジョンに合法も非合法もない。

あるのは精霊のルールだけ。


だが、外の世界には外の世界の仁義と倫理がある。

世間様に知られたくないことも、いろいろあるのだ。


梨々花は、あたりめを裂きながら、切れ長の瞳を細める。


「それはまた……

雰囲気がありそうですね」


ヴィオラは小さく頷いた。


第七層「帰らずの森」。


階層ボスであるフンババは、その入口に鎮座する。


倒せば奥へ踏み込めるが、行く者はいない。


周辺には肥沃な平原が広がり、遺跡や採掘素材も点在している。


稼ぐなら、ここだ。


来奈はカレーを頬張りながら、能天気な声を上げた。


「でもさー。

ボス倒した後のボーナスステージっぽいじゃん。

お宝の匂い、しなくね?」


ヴィオラの氷の目が、来奈へ向く。


「そうかもしれないけど。

この十年ほど、誰も踏み込んでいないわね……」


「なんで分かるの?」


不思議そうに首を傾げる来奈に、ヴィオラは答える。


「森が動いていないからよ。

冒険者がある地点を越えると囁きが始まる。

さらに踏み込めば、森そのものが動きだす……

らしいけど」


梨々花の目が、さらに鋭くなる。


「ここ数日前から森が動いた……

誰かが踏み込んだ、ということですか」


由利衣は腑に落ちないという顔をした。


「世界中の冒険者が、長い間誰も入っていなかったのは、どうしてですか?」


梨々花も小さく頷く。


映えも、お宝の匂いも、これでもかと漂っている。

それでも踏み込まない理由は――


ヴィオラは、わずかに目を伏せた。


「ひとつは単純に、ボスを倒すのが困難だから。

私のときは……パーティに重傷者が出て、その先は断念したわ」


ヴィオラほどの実力者でも手こずる相手。


その死闘の後に未開の地へ入ろうとする物好きは、確かに多くはなさそうだ。


そして、言葉をつけ足す。


「もうひとつは、古文書に書かれている真偽不明の情報だけど。

決して一人で入ってはならない……」


「なんで?」


うなぎを咀嚼しながら、来奈。


ヴィオラは、淡々と答えた。


「出るときは、誰かの魂が対価に必要だからよ」


ぴたり、と箸が止まる。


ふう……と、冷たい息。


「だから、“帰らずの森”。

そこまでしても、お宝を持ち帰ったなんて話は聞いたことがないわね」


梨々花は考える。


――先生は、そこに踏み込み、帰ってきた。


何を対価に?


由利衣と目線を交わす。


「先生は、昔はろくでもないヤンキーだったって聞いてるけど……

さすがに、それはないんじゃない?」


誰かの命を消費した――

そこまでやるか?


信じられない。


あたりめを噛みしめる。


「行くわ……そして、確かめないと」


気づけば、口にしていた。


そんな梨々花を、氷の目が射抜く。


「いまの話を聞いて、その結論に至るってことは……

何か考えがあるの?」


梨々花は、あたりめを飲み込む。

右手で次の乾物を探りながら、言い切った。


「一見理不尽な条件にも、突破の手立ては用意されている。

それが精霊の試練……その先にお宝があるのよ」


「つまり、何も考えてないってことね」


再び、冷たい息が落ちた。


だが、ヴィオラは特に非難するでもない。


「お宝……と、最近“帰らずの森”に入った冒険者。

心当たりがないわけじゃないわ」


三人の視線が、一斉に無表情の女王様へ向く。


ヴィオラは冷蔵庫から缶ビールを取り出し、小さく首をかしげた。


「少し、喉の滑りを良くしたいんだけど……」


梨々花は黙って懐を探り、酒代をカウンターに置く。


プルタブの開く軽快な音。

黄金色の液体が、女王様の喉を潤していく。


「古文書によると、森には“価値の源泉”があるとか。

あなたたちなら、意味が分かるんじゃない?」


カルボナーラを啜る来奈の目が泳ぐ。


だが、由利衣と梨々花にはピンときたようだった。


由利衣は、あたりめに大量の唐辛子をまぶした。


「それって……賢者の石。

だとすると、狙ってるのは、あの人かな」


エステル――


ヴィオラはスマホを取り出し、何やら操作する。


カウンター越しに画面を差し出した。


「これ、お仕事のサイト。

日本のSSRが見るようなものじゃないけど……まあ、社会勉強」


そこには、素材取引から仕事の発注、魔法の品の入手まで。

魔法使いへのあらゆるクエストの受発注が並んでいた。


表のクエストは登録業者しか発注できず、内容にも精霊の審査が入る。


いま映っているのは、縛るもののない需要と供給。


由利衣の目尻が引きつる。


「収納アイテムで“荷物”を運ぶだけの簡単なお仕事……百万G。

幻術で実の息子になりきり、寂しい老人を癒してお小遣いゲット……二百三十万G」


ヴィオラはビールを一口。


「そこに並んでる案件のほとんどは、ダンジョンで稼げない魔法使いが、安易に金を得るための手段よ」


そう言って、一つの募集を指さす。


『第七層、地図作成のお仕事。

Nランクでも安心!! バトルへの参加不要。

アットホームな職場、研修あり。

ダンジョンで夢を掴みたいあなたへ!!』


切れ長の目がぐらついた。


「これって……まさか」


ヴィオラはスマホをすっと下げ、懐に収める。


「帰りの“対価”じゃないかしら。

報酬は一千万G……

知らない若い魔法使いも、いるみたいだから」


そして、ぽつりと呟く。


「あなたたちが守られているのは、モンスターからだけじゃない……

分かるわよね」


ある意味、モンスターが跋扈するダンジョンよりも恐ろしい。


冒険とお宝。

それだけを考えていればいい自分たちが、どれだけ守られているか。


梨々花は、額に手をやる。


「何がダンジョンで夢を掴む、よ。

簡単にそんな大金が手に入るわけ……」


しかし、その言葉は揺らいでいた。


もし、自分がSSRではなかったら。

こうして師に恵まれ、チャンスを掴むことができただろうか。


何も持たない魔法使いだったら。

それでも冒険を諦めきれなかったら……。


そのとき、自分は同じ言葉を言えただろうか。


カウンターの向こうの視線を感じながら、あたりめを握る手に力を込めた。


絞り出すように、声を出した。


「……だけど、やっぱりこんなのは……違う。

こんな冒険は“熱”なんかじゃない」


ヴィオラは腕を組み、言葉を投げる。


「私も同じ意見だけど。

エステルのやっていることは、簡単には否定しないわ」


そう言って、梨々花の皿からあたりめをつまむ。


「奪われたものの痛み……分かるから。

私は、あそこまで先鋭化はできないけど」


その言葉に反応したのは由利衣だ。


「この前、九条さんも言ってましたけど。

取り戻したいものがあるって……

知ってるんですか?」


「知らない方がいいわ。

それに、人伝に聞いても理解できないでしょうし」


そこで、ヴィオラはわずかに思案する気配を見せた。


冷蔵庫からもう一本ビールを取り出すと、梨々花が代金を置く。


「魔法使い……いえ、SSRの終末。

そういう意味では、無関係とも言えないのかも」


三人の脳裏に浮かぶのは、第五層の城門でエステルが放った言葉。


『亜精霊……精霊のできそこないが、成り上がりの最終形態?

そんなわけないでしょ』


完凸特典の亜精霊で終わりではない――

その示唆は、すでにあった。


三人はその先の言葉を待つが……。


「冒険を進めていけば分かるわ。

それが“映え”なんでしょ?」


ビールをくいっとあおる。


梨々花の口元が、わずかに歪む。


だが、すぐに思い直す。


――与えられるより、掴み取れ……か。


目下の課題は、完凸の先ではない。

帰らずの森だ。


プリンをつつく来奈へ、アイコンタクトを送る。


すかさず、能天気な声が飛んだ。


「でさー、その帰らずの森ってやつ。

ヴィオラさんも一緒に冒険するよね?」


突入は、すでに決定事項だった。


無表情のまま、ヴィオラが答える。


「佐伯さんが許可するならね。

その決定を下すとは思えないけど」


言質は取った。


相手がエステルなら、万が一に対抗できるのはヴィオラしかいない。


手段を選ばないやつだとは思っていたが。

ここまでとは。


お宝が賢者の石だとすると、その万が一も杞憂ではないかもしれない。


梨々花はオレンジジュースを一気に飲み干す。


「まずは、ボスを倒す実力をつけないとね。

来奈、由利衣、行くわよ」


立ち上がり、店を出ていった。


来奈は慌ててプリンパフェをかき込む。


ヴィオラは出口を一瞥し、由利衣へ顔を向けた。


「やる気はあるみたいだけど。

あれ、完成したのかしら?」


由利衣は、ふわりと笑う。


「試してみます?

今日は一撃くらい当てたいですね」


その言葉に、ヴィオラはビールを飲み干す。


「じゃあ、見てみましょうか……」


そして、来奈へ言葉をかけた。


「今日はどっちにするの?」


棚から取り出してカウンターに置いたのは――


乾燥ハバネロと、青汁のペットボトル。


来奈は微妙な顔をした。


「あたし、甘いのがいいんだけどさー」


ヴィオラは淡々と言う。


「満遍なく伸ばす……って、自分で言わなかったかしら」


来奈は青汁を指差す。


いちおう、リクエストは出してみる。


「戦いながら青汁はキツくね?

やっぱ固形物にしとかないとさー」


表情を変えない女王様は、今度は春菊の束を取り出した。


由利衣はその光景を見ながら思う。


――苦味なら、砂糖抜きのカカオやコーヒー菓子のほうがいいんじゃないかな。


だが、面白いので言わなかった。


さらに。


「センブリ……なんて、どうかな?」


ふわりとした笑顔で、追撃するのだった。


***


俺は、ダンジョンの帰りだった。

いまはスタートポイントにいる。


今日は、隠しダンジョン店で仕事。

山本先生は、一足先に寮へ戻っていた。


梨々花からは、平日はさえき亭を見てくれと言われている。

訓練はヴィオラにつけてもらうからと。


先日の様子から、どうも俺に隠れて技を磨いているようだ。


何が出てくるか、楽しみではあるが……。


そんなことを考えながら、ゲンさんに声をかける。


「なあ、ちょっとこれ確認してもいいかな?」


カウンターに置かれた端末を指差す。

ここからボス戦の予約と履歴確認ができる。


ゲンさんは、相変わらずにこにこ顔だ。


「こないだ第一層で頑張ってたと思ってたら、もう第七層なんて。

いや、本当にたいしたもんだ。

先生がいいからね」


俺は軽く笑って左手を振る。


右手で端末を操作。


第七層のボスに最近挑んだやつ……誰だ。


指先の動きが止まる。


そこに登録されていた名前。


「増山……」


エステルでも九条でも、あのスコットとかいうふざけた男でもない。


だが、こいつは。


「ゲンさん……増山のやつ、まだダンジョンに潜ってたんだな」


ゲンさんは、新聞を広げて「そうだね」とだけ答えた。


「あいつ、まだ性懲りもなく。

……半殺しじゃ、物足りなかったようだな」


「修ちゃん……やめときな。

終わったことだろ」


終わってなんかいない。

ダンジョンは終わらせてくれなかった。


だから、俺は今ここにいる。


「帰らずの森……やっぱり、避けては通れないな」


そう言うと、ゲンさんは深いため息をついた。


そして、次の攻略の日がやってくる。


十年ぶりに踏む、第七層の地。


俺は新たなパーティの仲間を引き連れて、戻ってきたのだった。

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