第215話 第五層クリア
第五層ボスの間。
階層ボスは、悪魔大公。
鏡の世界の管理も兼任している下位魔神だ。
知り合いのモンスターとバトルをするのは気が引ける……。
などという感性が、戦闘民族たちにあるはずもなく。
日本SSRと山本先生、そして麗良の猛攻が大公を削っていた。
お付きの悪魔道化も、本性であるベルフェゴールの力を隠したまま。
それなら、悪魔の国チャレンジを乗り越えた三人と山本先生にとって、倒せない相手ではない。
ボス戦は、基本的に俺は手を出さない。
突破して先へ進む実力があることを示すためだ。
麗良はレベルが下がっていることもあり、特別参加だった。
現在、レベル5。
星が上がるたびに必要経験値は重くなる。
一週間でここまで上げたのは上出来だ。
第四層の世界樹近辺で、魔戦部を総動員して特訓したらしい。
新一年生もいるのに、容赦のない部活だ。
腕を組んで眺めていると、日村が話しかけてきた。
こいつも見学だ。
「いよいよ第五層突破だな……
俺がクリアしたのは、プロになってからだってのによ」
感心したように息を吐く。
皆そうだ。
学生でここまで来たやつなんていない。
昔の魔法使い育成方針は、無理に深い階層を目指すのではなく、魔力制御を徹底的に磨き上げることを重視していた。
進路は冒険者の一択。
攻略はプロになってからやればいい。
そういうことだ。
ただ――
こいつらはコンテンツのために、常に新しいものを目指す宿命を背負っている。
回遊を止めると死ぬ、マグロみたいな連中だ。
俺の目の前には、満身創痍の悪魔大公。
悪魔道化はすでに散っていた。
公国の仕事に加え、最近は魔王領の営業まで押し付けられている苦労人……いや、苦労魔神。
その相手に一切の情を見せず、由利衣の魔力弾が雨のように降り注ぎ、梨々花のマグマが襲い、山本先生の矢がぶち抜いていく。
まあ、冒険者の相手をするのもモンスターの仕事だ。
ここは割り切るしかない。
しかし――
悪魔大公のファイナル技。
あれは、油断していると危ない。
日村が嬉しそうな顔をする。
「そろそろじゃねえか?
ギャラクティカ・ノヴァ 〜煉獄のエチュード〜」
……その恥ずかしい技名は、前の大公のセンスだ。
やつは賢者の石を手に入れて中位魔神となり、どこかへ消えた。
いま目の前にいるのは、密かに二代目を襲名した“別物”。
技名は「黒炎破」。
新大公は質実剛健な性格らしい。
――それはともかく。
黒き獄炎が、いままさに召喚されようとしていた。
どう対処する?
そう思った、そのとき。
来奈の大声が響く。
「委員長ー!!
映えるやついくよー!!」
すかさずカメラを向ける政臣。
何をする気だ――
来奈は腰の小さなバッグに左手を突っ込んだ。
あれは先日、ネットオークションで競り落としたマジックバッグ。
容量は大型冷蔵庫一台分ほど。
魔法の品だけあって高価だ。
値段は六千万G。
守銭奴でケチな……もとい、ビジネスに聡い倹約家の梨々花が、珍しく金に糸目をつけず競り落とし、来奈に持たせていた。
その小さなバッグから取り出されたのは――
乾燥梅干し。
来奈はそれを口に放り込む。
そして右手で銃を抜く。
その間にも、大公は腰を落とし、突き出した手のひらから黒き炎を溢れさせていた。
黒炎が放たれる直前、来奈はトリガーを引く。
体が光った……気がした。
撃ち出された魔力弾が大公を貫く。
――この威力。
来奈の銃は、風魔法で魔力弾を撃ち出すシンプルな構造。
威力よりも扱いやすさを優先した品だ。
それが、魔神を貫いただと?
来奈は次々に梅干しを口に放り込み、トリガーを引く。
魔力弾が連続して大公を撃ち抜いていく。
竜魔法だ。
あいつ、ウィンドブレスを乗せて撃っている。
いままで竜魔法など使ったこともなかったのに、あれだけの威力を連射するなんて。
日村も異変に気づいたようだ。
「おい、あの魔力はなんだ?」
竜魔法は通常の魔力とは異なる。
その切り替えも滑らかだった。
梅干しを食べながら、魔力弾を射出する来奈。
由利衣の応援の声が飛ぶ。
「来奈ー!!
そろそろいっちゃおうかっ!!」
来奈は頷くと、バッグから黒酢ドリンクを取り出した。
しかも二リットルペットボトル。
……なぜ、いま健康志向?
疑問が浮かぶ間にも、来奈の体が強く輝いていく。
銃を両手で握り、視線はまっすぐ。
「いけっ!! ドラゴンチャージ!!」
来奈が叫ぶと同時に、由利衣と梨々花からネーミング案が飛ぶ。
「えー。
インフィニット・アブソリュート・ストライク・ネオだよね」
「あれは覇竜爆食砲よ」
そんなことはどうでもいい。
撃ち出された魔力弾は風をまといながら回転し、大公の体を抉るように貫いた。
たちまち、モンスターは光の粒となる。
来奈は飛び上がり、喜びを全身で表す。
「やったー!!
キュレネ以外の必殺技っ!!」
驚きしかない。
これまで銃は、殴りで対処が難しい相手への補助手段に過ぎなかった。
だが、これは立派なメインウェポンだ。
嬉しそうに俺のもとへ駆け寄ってくる来奈に、問いただす。
「入江……お前。
あの竜魔法はなんだ?
今まで使えなかっただろう」
来奈は得意げに、少しだけ胸を反らした。
「竜の血が入ってからさー。
なんか、竜魔法も使えるようになってたのよ、これが」
先日の悪魔の国チャレンジ。
瀕死の重傷を負った来奈を救ったのが、竜の血だ。
欠損した臓器を魔力で補い、肉体の再生も促進する。
だがその代償として、完全に再生するまでカロリーを要求する――
そこまでは分かっていた。
まさか、竜魔法と親和性があるとは。
そこに、梨々花が歩み寄り、補足する。
「竜魔法を放つ対価もカロリーです。
いろいろ試してみましたが、ウィンドブレスは酸味が適しているようです」
なんだその最後の一言は。
味が関係あるのか?
「酸味以外だと、どうなるんだ?」
その言葉に、来奈の目がぱっと輝く。
だが、梨々花がそれを制した。
「まあ、それは追々……
まったく、来奈はいつもワクワクさせてくれるじゃない」
意味深な言葉に戸惑う俺に、日村が割り込んできた。
「来奈、お前カッコいいな!!
その竜の血、どうやったら手に入るんだ!?」
こいつは、すぐに人の能力を羨ましがる。
おじさん版の来奈だ。
そして、そんな単純な中年の心に忍び寄るのが梨々花。
「竜の血は、リズさんが現在精製中ですが。
条件がかなり厳しいそうでして。
お値段も……それなりになるかと」
日村と、指で金額の応酬が始まる。
十億G稼がないと嫁と娘の元に帰れないことを、分かっているのだろうか。
というか、とっとと帰ってほしいんだが。
……それはそれとして。
「そうか、入江……
リズとキャラが被ったな」
思わず唸る。
儚げな大食いに続いて、能天気な大食い。
あちらの方が何枚も上手とはいえ、カロリーを対価に戦う魔法使いが、ここにもう一人誕生した。
由利衣がこちらに近づき、来奈の肩を叩く。
「ナイスファイト、来奈。
パワーアップ第一弾は大成功だね」
――第一弾?
俺の訝しげな表情を見て、梨々花が言葉を継ぐ。
「私と由利衣も、それなりに良いものを。
先日は松枝大師匠のありがたい薫陶を受けましたから……
ぜひ、また魔力制御を見ていただきたいですね」
師匠とこいつらの間に何があったのかは知らない。
だが、大方の予想はつく。
……やる気か。
俺が黙り込むのも構わず、梨々花と由利衣は楽しそうに笑う。
不穏でしかない。
「なあ、何か隠し玉があるのか?
ちゃんと俺にもだな……」
その言葉は、かき消された。
「必殺技は、ここぞというときに披露してこそ映えですよ、先生。
高柳くんも、そう思うわよね?」
力強く頷く政臣。
それ以上は、口を割る気はないらしい。
俺は諦めて、麗良の方を見る。
「どうだ?
久しぶりにステータスが下がって、戦いづらいんじゃないか?」
麗良は、軽く首を横に振った。
「この調子なら……
第七層でレベルを上げながら攻略できそうです」
実は師匠から、麗良をサポートするために自分も参加した方がいいかと聞かれていた。
いざというとき、俺だけでは戦力が足りなくなることを心配していたのだ。
結局、日村がいるということで出番はなくなったが――
あのじいさんは、素直な麗良にはとことん甘い。
そして「元気のいいSSRたちには、たまに魔力制御を見に行ってやる」とも言っていた。
あちらも、思うところはあるのだろう。
どっちもどっちだ。
俺は麗良へと頷く。
「そうか。
じゃあ、いよいよ来週から第七層だな」
隠しダンジョンに、悪魔の国チャレンジ。
第五層は、表に見えないところにいろいろと仕込まれていた。
第七層も、きっと――
日村をちらりと見る。
何かネタを持っている素振りだが、分け前は三割を要求してきた。
腐っても上位冒険者だ。
それなりの算段があるに違いない。
とにかく、本日の攻略は終わりだ。
俺たちはボス部屋を後にする。
「なあ、今日の飯は何だ?」
見ていただけの中年が、飯を要求してきた。
こいつは学院長に頼み込み、寮の一室を与えられている。
俺は軽くため息をつく。
「お前も作るんだ。
分かってると思うけどな」
寮で働くのが住み込みの条件。
学院長は甘くない。
杏子には、それとなく引き取ってくれないかと連絡を入れていた。
だが、いま顔を合わせると、最大火力の攻撃を寸止めする自信がない。
――そう言われてはな。
そして、梨々花にそそのかされて妙な動きをしないか、監視していてくれないかとも頼まれていた。
ついさっきも、そそのかされたばかりだ。
放置していた俺にも、多少の責任はある。
俺の心労も知らず、日村は山本先生と軽口を叩きながら歩く。
今日はエビフライがいいとか、他愛もない話だ。
来奈が、タルタルも作ってくれとせがむ。
俺は醤油派だ。
そんなことを考えていると、山本先生が麗良へ穏やかに声をかけた。
「近藤先輩、明日はトレント狩りに行きましょうか」
麗良の顔が、一気に引きつる。
第四層最強クラスのモンスター。
世界樹が正常化してから数は減ったが、いまも出没している。
「ミレーヌさん。
ちょっとペースが……魔戦部の一年生には厳しいんじゃないかな?」
厳しいどころか、プロでも油断できない相手だ。
それを、まるでピクニックに誘うような調子で――
山本先生は微笑んだ。
「近藤先輩には、早く完全復帰してほしいので。
最近、ブルーストーン採掘場の近くで八十メートル級の親株の目撃情報がありまして……
楽しみですね」
立場としては、麗良の方が上のはずなのだが。
しかし――
麗良は、すがるような目でこちらを見てくる。
魔戦部の連中からも、きっと俺に嘆願が殺到するに違いない。
またひとつ、ため息をついた。
「山本先生……
明日は隠しダンジョン店に行きませんか。
新メニュー開発、二人で試してみたいものがあるんで」
「二人で」の部分に、わずかに強いアクセントを置く。
途端に山本先生は、ぱあっと花が咲くような笑顔を見せた。
「そうですか。それでは近藤先輩……
申し訳ありませんが、第三層で魔戦部の訓練をお願いしても?」
麗良は何度も頷く。
日村からは、「おいおい佐伯、このセクハラ大将っ!」とヤジが飛んできた。
……くそっ。
日村の相手はせずに歩く。
やがて、城を後にする。
この第五層は、常に月夜。
鏡の世界は常に昼という、おかしな設定だ。
頭上には、煌々と光る満月。
青みがかった光を浴びながら、門へと進む。
出口近くの広場にはベンチがあり、冒険者たちが休憩している。
俺たちはこのまま帰還する予定で、素通りしようとした。
ベンチのひとつに、見知った顔がいた。
「ゼファス、来てたのか」
老魔法使いに声をかける。
隣には、マスクとサングラスをつけ、帽子を目深に被った女性。
逆に目立つのでは、とも思うけどな。
「フェレナ……さんも、冒険始めたんですね」
まだ彼女とはそれほど親しくはない。
思わず言葉遣いを迷ってしまう。
だが、リスティアは軽く手を振った。
「冒険してるときは、固いのは嫌よ。
リスティアでいいわ、シュージ」
恋人のSSR。
そして、世界的なアーティスト。
サングラスを少しずらす。
「レイド、なかなかクールだったわよ。
まさか、こんな地味なおじさんがねー」
はっきり言ってくれる。
最初に登場したときは、俺のことは完全に視界に入っていなかったくらいだからな。
リスティアは、「ああ、ごめーん」といたずらっぽく笑う。
「レイドでまさか五人もSSRが出てくるなんてね。
私も出たかったけど……」
そう言って、ゼファスをちらりと見る。
いくらSSRといえども、大国アメリカの威信を背負うにはまだ修行不足。
ゼファスは、そうハッキリと言い切っていたのだ。
それで、今は攻略に力を入れているということか。
そこに、門の方向から歩いてくる一人の女性。
ティナは俺たちに気づくと、大きく手を振った。
「今日がボス戦だったよね。
結果は……って、聞くまでもないか」
その言葉に、日本の三人は笑顔を見せた。
ティナはリスティアへとちらりと目線を向けて続ける。
「こっちは、第五層攻略のコラボ中。
私たちも近いうちに第七層に行くから。
美味しい話あったら、よろしくね」
ゼファスは、やれやれといった様子で立ち上がる。
「俺はまだレベル12なんだがな……
じじい使いの荒い連中だ」
口ではそう言いながらも、楽しそうな顔。
半引退のようだったが、星5に上げていよいよ本格的な再始動だ。
俺が頷くと、ゼファスは肩を軽く叩いてきた。
そのまま、城へと歩き出そうとする。
しかし、ふと思い出したように言った。
「第七層。
つい数日前から、動きだしたようだな。
十年ぶり……かな」
そして、少しだけ顔をしかめた。
俺は「そうか……」とだけ相槌を返し、城へと向かう彼らを見送った。
「じゃあ、帰るか」
「先生、何が動き出したんですか?」
俺は少しだけ考えるそぶりをして、肩をすくめる仕草。
「どうせ第七層に行けば分かるさ」
軽く手を振って歩き出した。
歩き出すスーツの背を見ながら、梨々花は呟く。
「由利衣は、どう思う?」
由利衣は、小さく息をついた。
「どうもこうも……怪しさしかないじゃない。
急がないと」
二人は軽く頷きあう。
次の冒険のステージが待ち構えていた。




