第214話 新たなパーティ
翌日は、やはりというか。
世間様の手のひら返しのオンパレードだった。
レイド前は年齢がどうとか魔法使いランクがどうとか……。
挙げ句の果てには、人の風貌をつかまえて、華がないだの地味だの目つきが悪いだのと、好き勝手なことを言い放っていたくせに。
ワイドショーの雛壇コメンテーターたちは、「俺は最初から分かっていた」という顔で調子の良い言葉を並べていた。
日本は四位の大躍進。
惜しいところで優勝を逃した批判はあれど、それは少数派。
なにしろ、ベストファイブに入るのは初めてだったのだ。
その立役者は、誰がどう見ても今回飛び入りの中年。
まったく期待されていないどころか、むしろマイナスからのスタートだっただけに、その反動は大きかった。
そして、その渦中にあるおじさんは――
いまは鍋を振るっていた。
急遽開催が決まった、さえき亭の「レイドMVP記念セール」。
すべてのメニューが百G。
第五層の魔王健康ランドのテナント店には、各国の魔法使いたちが押すな押すなの大行列。
そいつらの腹を満たすために、俺は小学生の姿で厨房に立っていた。
……元の姿に戻るまでは、あと数時間。
MVPだろうと、小学生だろうと。
ビジネスの機会を逃すはずもない梨々花は、一切の容赦を見せなかった。
俺は声を張り上げる。
「おい、麗良。
大宴会場に出前だ。
回鍋肉丼にラタトゥイユ、和風ハンバーグ、鶏の甘酢あんかけ!!」
一回のオーダーは一種類にまとめろ。
そんな殿様商売は、総務課長が許さなかった。
麗良は、うんざりした顔を見せたが――
俺の鋭い視線を感じると、イミテーションスマイルを作る。
「はーい、よろこんで!!」
おかもちを手に、店を飛び出した。
「ついでにビラ配りもしてこい」
声を飛ばしながら、俺は再び鍋に向き合う。
麗良は、さっそく星を上げて、いまは星4レベル1。
再びレベルを積むため、冒険部と魔戦部の訓練に参加することが決まっていた。
だが、今は飯を作る時間だ。
そして、ちらりと横目で鼻歌まじりにジャガイモの皮をむく男を見る。
日村……。
杏子は確実に首を落とす気だった。
あの攻撃魔法にも耐えるとは、タフなやつだ。
――なぜ、黙ってガチャを回したことがバレた?
そう言いたげな顔をしていたが。
どうしてバレないと思ったのだろうか。
ほとぼりが冷めるまで匿ってくれ。
そう言って、転がり込んできたのだ。
だが、騒動に紛れて山本先生の魔の手を躱せたのは助かっていた。
日村はスマホを立てかけ、昨日のレイドを映していた。
やつの新技、八雷神のシーンになると、嬉しそうな表情を見せる。
「なあ、佐伯……
男ってやつは、一瞬の伝説のために、すべてをかけてガチャを回す。
……分かるだろ?」
俺は軽く首を横に振るだけ。
口をついて出てきた言葉は、「レバニラあがりー!」だった。
そして、仕上がった料理を着物姿の橘が運んでいく。
朝岡はビールサーバーから黄金色の液体をジョッキに満たす。
尾形も忙しく働いていた。
あれだけダメージを負っていたのに、動けるくらいには回復している。
――あれから。
日本レイドチームには、メディア取材の依頼が殺到していた。
それは当然だろう。
しかし、俺は「定食屋が忙しい」と断った。
何を言っているのかわからない――
そんな顔をされた。
俺もだ。
だが、これは仕方のないことなのだ。
とにかく、さえき亭のセールが終わってからにしてくれと頼んだが、相手も引き下がらない。
そこに梨々花が食いついた。
取材は、魔王健康ランドでやってはどうか。
各メディアに在籍する魔法使いに、優待券を配る。
「ついでに、魔王領の名所も取材してはどうでしょう?」
目にビジネスの光を宿し、梨々花は微笑んだ。
かくして、俺が定食屋で働いている間は、日本SSRによる魔王領ぶらり旅のロケ。
終わってから取材。
橘たちは店を手伝う必要はないのだが、俺だけ働かせるのは気が引けたのだろう。
なんだかんだ、気の良い連中だ。
米倉が、微妙な顔でやってきた。
レイドでは出番はなかったが、なかなか優秀な攻撃魔法の使い手らしい。
「おやっさん、コシーニャ作れないかって聞いてきてるお客さんがいるんですけど」
なんだそれは。
世界各国の魔法使いが来店し、メニューにないものまで注文してくる。
NOと言うな。
世界の料理に精通してこそ、一流の戦闘魔法使いだ。
そんな理屈にならない梨々花の命令で、俺はあらゆるオーダーに対応しなければならない。
厨房に据え付けているタブレットで確認する。
ブラジルの、鶏肉を使ったコロッケのようなものか。
材料はキャッサバ……だと?
しかし――
「コシーニャ、一丁よろこんで!!」
俺の掛け声を受けて、米倉は客席へと戻っていった。
――ある意味、破壊神よりも手強い。
だが、俺たちが自由に冒険するには、資金がいるのだ。
コシーニャは、ただのコシーニャじゃない。
自由への切符だ。
俺は日村へ、ササミとキャッサバを茹でるよう指示を飛ばす。
やがて麗良が出前から戻ってきた。
にこにこと、上機嫌だ。
「昨日、シヴァ戦に参加していた選手から声をかけられて。
お礼、言われちゃいましたよ」
あのドラゴンスレイヤーの一撃がなければ、全員生きていなかったからな。
俺はササミをほぐしながら、ゆっくり頷く。
「そうだな……
俺は、MVPはお前だと思ったんだけどな」
麗良は小さく笑いながら、キャッサバを裏ごしする。
「それは、またレベルを上げて次のレイドで……
いまは、冒険してもっと強くならないと」
ふと、視線を落とす。
どこか思い詰めたような顔だ。
「どうした?」
声をかけると、手を動かしながらぽつりとこぼす。
「第五層のボス……は、来週ですよね」
本当は先週のはずだったが、レイドの件もあって延期していたのだ。
「そうだけど……来るか?
レベル1じゃあ厳しいかもしれないけど」
魔力制御の練度を考えれば、レベル1でも戦えないわけじゃない。
それでも、ステータス差は無視できない。
それに、第八層を攻略中のこいつが、いまさら第五層にこだわる理由もない。
レベル上げなら、他にも適当な場所はある。
そんなことを考えていると、麗良の真剣な眼差しが届いた。
「先輩……私も第七層攻略に加えてもらえませんか?」
……。
「お前は、既に攻略したんだろう?」
麗良は、小さく首を振った。
「冒険を、やり直したいんです」
俺は、ため息を吐く。
やはり、これもけじめというやつか。
「分かった。
うちの三人も、お前の戦いを見るのはいい勉強になるだろうな」
あいつらは麗良のファンだ。
嫌がるどころか、大歓迎に違いない。
俺の目に映る麗良の顔が、嬉しそうに輝いた。
「じゃあ、来週までには少しでもレベル上げしておかないと。
ミレーヌさんも手伝ってくれるって言ってたから」
山本先生にとって、麗良は学生時代の恩師にあたる。
まさか、魔戦部式ド根性トレーニングはやらないだろうが――
いや、分からないな。
そういえば、ふと気になった。
「お前、自分のパーティはいいのか?」
俺と理沙がいなくなってから、同期と後輩で組んだ四人組。
前衛アタッカーの一時離脱は痛いはずだ。
しかし、麗良はひらひらと手を振る。
「大丈夫。
星上げの話はしてたから。
レベル上げも手伝ってくれるはずだったけど……
第八層も手を抜けないから」
そして苦笑する。
「杏子さんが、代わりに入ろうかって言ってくれたんだけど。
芹那が……仕方ないからやってやるって。
ほんと、昔っから恩着せがましいんだから」
なるほど。
芹那なら戦闘力としては申し分ないだろう。
パーティ内でうまくやっていけるかは疑問だが。
「そうか。
それなら心置きなく冒険できるな。
三人には俺から話しておく」
そして俺たちは、腹を空かせた魔法使いたちの胃袋を満たしていく。
それが終わると、メディアの取材をこなし、日本中へ愛想を届けた。
レイドのメンバーは一時的な集まりに過ぎなかったが。
俺の中では、もう仲間認定だった。
それは向こうも同じらしい。
橘は、しばらく鬼蜘蛛の復活に注力するという。
魔界へのキーアイテム――悪魔の心臓が揃ったときは必ず声をかけると約束し、別れた。
朝岡と米倉は同じパーティー仲間。
こいつらも第八層を攻略中だ。
日本SSRと、どちらが先に突破するか競争だと笑って握手する。
若いやつらがギラギラしているうちは、この国もまだ大丈夫だ。
……なんて、おじさんくさい感傷に浸ってしまった。
そして。
一日の仕事が終わる。
俺も、中年の姿に戻っていた。
厨房の火を落としたことを確認する。
「さてと、帰るか」
そのとき、視線が突き刺さる。
「なあ、佐伯よお」
……こいつ。
俺は腰に手を当て、諭すように言う。
「きちんと謝った方がいいんじゃないか?
誠意をもって謝罪すれば、杏子の怒りも……」
――無理だろうな。
言葉が途中で切れた。
だが、このままというわけにもいかない。
「どうするんだよ。
五千五百万Gの二十連……十一億Gだろ?」
そのうち一億Gはピンハネだから、俺が言えば梨々花は諦めるだろう。
だが、十億Gは精霊がきっちり取り立てていた。
日村はキョロキョロと周囲を見回し、俺たち以外に誰もいないことを確認すると――
そっと耳打ちしてきた。
「SSRの武器解放素材だけど」
……最近それどころじゃなくて忘れていたが。
あいつらの最強武器を解放するための素材の積み上げ。
寄付の募集は、相変わらず続いていた。
「それがどうかしたのか?」
「なんでオリハルコンの募集が消えてるんだ?」
心臓が一瞬、止まる。
迂闊だった。
オリハルコンの価値は金と同等以上。
武器解放に必要な量は三百キロ。
簡単に集まる量じゃない。
その募集を止めた理由は――第四層、世界樹の麓で大量のオリハルコンを見つけたからだ。
それは日本を含む六か国のSSRだけが知る、秘密事項。
俺は努めて冷静に、とぼける。
「え……オリハルコンなんて募集してたかな」
日村の囁きが、それを打ち消す。
「俺は最初から寄付してたんだぜ。
見逃すはずがないだろ?」
――何も考えていないくせに、こういう嗅覚だけは鋭い。
背中に嫌な汗が流れる。
こいつ、どっちだ?
お宝のためなら手段を選ばない冒険者はざらだ。
必要とあらば、殺しも辞さない。
ましてやオリハルコン。
どんな聖人の目も曇らせる希少金属。
……いまは、お互い帯剣していない。
魔法勝負なら、上級魔法を使えるSRの日村が有利。
先手必勝。
戦闘魔法使いは、迷った方が死ぬ。
俺は貫手に魔力を込める。
一撃で首を飛ばす。
それしかない。
「でさ。その金持ちを紹介してほしいんだわ。
代わりに、いいネタ持ってっからよ」
その声に、手の動きが止まる。
「……金持ち?」
日村が肘で俺の脇腹をぐりぐり押してくる。
「すっとぼけんなよ。
オリハルコン三百キロなんて、どんだけ太い金持ち捕まえたんだよ。
そいつの情報と、俺のお宝情報の交換。
どうだ?」
……考えすぎだったか。
右手の魔力を散らしながら、目を逸らす。
「金持ち……は、匿名希望だからな。
悪いが教えるのは無理だ。
けど、その情報は冒険部ホールディングスが買うぜ」
日村は嬉しそうな顔をする。
「そうか、俺はどっちでもいいんだ。
じゃあ、第七層だな。
俺もつきあうぜ」
いや、お前はいらないんだけどな。
そんな心の声を無視して、日村は冷蔵庫を漁る。
「そんじゃ、帰るか。
酒とつまみは、これくらいで良いか?」
大量の缶ビールと乾きものを風呂敷に包む。
……ちょっと待て。
俺は大切なことを確認しなくてはならなかった。
「お前……帰るって、どこに?」
俺の目に映るのは、中年の笑顔。
「お前の部屋、少しくらい空いてるだろ?
飲み明かそうぜー」
こうして。
帰る家を失ったおじさんを引き受ける羽目になってしまった。
目標金額は十億G――
麗良と日村。
新たなメンツを加えながら。
第七層へと踏み出していくのだった。




