第208話 エレメンタルダンス(2)
シヴァ神の背後の輝ける輪から生み出された、水・火・風・土。
それらは揺らめきながら、人のような形を作っていく。
一体一体から、とてつもない魔力を感じる。
レイドにおいて、ゲストは能力制限を課されているという。
それでも、これだけの……。
各国の魔法使いたちは、ようやく体勢を整えようとしていた。
俺は大声で叫んだ。
「サポートの魔法使いたちは、急いで枠外へ退避しろ!!
死ぬぞっ!!」
何を言っている――
そんな顔の連中に、目を血走らせて再び吠える。
「戦況を見極めろ!!
戦闘魔法使いだろうが!!」
フィールドの内と外を隔てる枠線が、意味深に脈動を始めた。
「急げっ!!」
俺の声に、付与や回復の魔法使いたちは大慌てで退避する。
俺はもう、視線をシヴァへと戻していた。
やることは、やった……はずだ。
日本が先制の一撃を入れる。
直接戦闘能力のない連中を退避させる。
全部やるってのは――なかなかリスキーだな……。
ふと、グレイスの視線を感じた。
咥えタバコの紫煙の向こう。
その瞳が、蠱惑的に輝いていた。
――妙なやつに、マークされたな。
シヴァは踊りを続けていた。
周囲の水や火たちも、揺らめきながら呼応する。
もちろん、こちらもそれをボサッと見ていたわけではない。
俺は村正を振るい続け、麗良も尾形も斬りつける。
朝岡は、チャージした炎を巨神へと放つ。
インドチームは、三つ子の補助魔法を纏ったグレイスがヴァジュラを撃ちつけ、アミルが隣で剣を振るう。
メキシコの青年の槍が弧を描いて斬りつけ、仲間たちの攻撃魔法が次々に展開されていく。
シヴァの動きは不穏そのもの。
しかし、いまはほぼ無防備だ。
削りきれるとは思っていないが――機会は逃さない。
スタジアムの空は相変わらず暗い。
だが、星の瞬きと水・火・風・土から放たれる輝きで、明かりには困らない。
観客席が、次々に埋まっていく。
いよいよ、本日のメインイベントだ。
ちらりと巨大スクリーンを見る。
アメリカは、三万ポイントへと迫っている。
あっちはあっちで、ガネーシャで稼ぎまくった一位の座を死守しようと踏ん張っているようだ。
日本は、まだ一万五千にも届かない……。
村正を握る手に力を込めた、そのとき。
上空の巨大スクリーンの映像が切り替わり、精霊サウンドエフェクトが響いた。
『Today's drop-in guest――the four elemental spirits.』
原初の精霊たち――その、力の一端。
スピリット・オブ・ウォーター
スピリット・オブ・ファイア
スピリット・オブ・ウインド
スピリット・オブ・アース
そして続けて表示されたのは、原初の精霊たちの持ちポイント。
各三万。
シヴァの持ちポイントは、残り四万五千ほど。
あと十六万以上のポイントが、このフィールドに埋まっている。
――ザックザクじゃん!!
……と、来奈なら能天気な顔で叫ぶところだろうが。
原初の精霊の持ちポイントは、シヴァの眷属と同じ。
つまり、そういうことだ。
俺の視線の先には、躍る破壊神と原初の精霊。
……相変わらず、運営は底意地が悪い。
一見、お宝パラダイス。
だが、ここに集まった連中の大半は、他のスタジアムで稼げず、ワンチャン狙いで流れてきたやつらだ。
魔法使いの力は国力。
これは一面では真実だ。
なんと言っても、魔法使いガチャの現在のレートは、日本円にして一回十億円。
そして、SSRは完全に別枠として。
SR魔法使いは、現在世界には一万人にも満たないと言われている。
R魔法使いは、百万人ほど。
俺以外SRメンバーで固めている日本は、かなり贅沢な部類だ。
何が言いたいかと言うと。
ここには六十四カ国の魔法使いがいる。
だが、この大物たちを相手取るには……厳しいということ。
そんなことを考える俺の首筋に、汗が流れた。
――だが。
背後から、燃えるような気配を感じた。
次々と、世界の戦闘魔法使いたちの魔力が研ぎ澄まされていく。
その目は、破壊神と原初の精霊を前にしても、いささかも怯まない。
獲物に照準を合わせ、舌なめずりするハンターのそれだ。
どこかの国の一人が叫んだ。
「行くぞ!!
日本のRがあれだけやってんだ。
負けてられっかよ!!」
その声に、次々と呼応していく。
「待ってたぜ、この瞬間を!!」
「ガンッガン稼ぐぜ!!」
「俺、この戦いが終わったら結婚……」
最後のセリフは、言わせないぞと仲間に口を押さえられていた。
……俺は、少し勘違いしていたようだ。
ここにいるやつらは、あぶれてきたやつらばかりじゃない。
札束で殴ってくる大国に、一発かますために。
ずっと、機会を待ち構えていたのだ。
魔法使いは、ランクじゃない。
――熱だ。
精霊は、それを見たがっているのだ。
次々に攻撃魔法が放たれていく。
武器を手にした連中が、シヴァの足に踏みつぶされないよう取り付く。
器用に駆け上がり、一撃を叩き込む。
原初の精霊たちへも同様に、相克となる属性の魔法が撃ち込まれていく。
三百人を超える魔法使いたちが、今、エンジンを全開にしていた。
***
日本実況ブース。
梨々花は、何か思い詰めたような表情で沈黙していたが――
意を決したように、ちゃぶ台に手をつき、中腰になる。
芹那が声をかけた。
「どうしたの……?」
切れ長の目は、大型モニターを見据えている。
――この目で見なくては。
原初の精霊を。
「行きます。あの戦いを、間近で見ないと」
その言葉に、松枝は「ふーむ」と息を漏らした。
「魔術師の魔眼は、四大属性の支配。
あの精霊たちの力は、まさに――」
そう言って、スタッフの一人に声をかける。
「どうだろう。
SSRにレイドの現場を見せるのも、将来のためだと思うがな」
スタッフは困惑の顔を見せたが、インカムから編成局長の許可が飛ぶ。
大きく両手で輪を作った。
来奈と由利衣は顔を見合わせ――
同時に、大きく頷く。
来奈が元気な声を張り上げた。
「そんじゃ、さっそく行こうかっ!!
日本の応援、直でやりたいし!!」
由利衣とともに立ち上がる。
そして、カメラ目線で一言。
「みんなも、日本の優勝信じてくれよな!!」
そう言い残し、実況ブースを飛び出していく。
慌てて、由利衣と松枝が追った。
芹那はぽかんとしていたが――
「……で、行かないの?」
中腰のまま動かない梨々花を覗き込む。
梨々花は、視線を大型モニターに合わせたまま、ぽつり。
「ちょっと……足が痺れて」
「桐生院さん」
山本先生から声がかかった。
そちらへ目をやると、ふっと笑いかける顔。
「行くわよ」
そう言って、梨々花へと背中を見せる。
梨々花は畳を這うように近寄ると、その背におぶさった。
山本先生は、スタッフに混じって待機している定食屋の川田さんへ視線を向ける。
「……すいません、お願いしてもいいですか?」
川田さんは梨々花に靴を持たせ、山本先生には大きな紙袋を手渡す。
「入江さん、お腹空かせないようにね」
山本先生は小さく頷くと、転移陣を目指して駆けていった。
ちゃぶ台に残されたのは芹那。
「仕方ないんだから……」
小さく微笑み、カメラへ向かってテンションを上げる。
「さあ!!
いよいよここから。
応援、アゲていきましょうね!!」
「そうですね」
リズはトンカツにソースをたっぷりとかけ、儚げに咀嚼を始める。
――お前は行かないのか?
そんな疑問が浮かぶも。
言うだけ野暮であった。
***
転移陣を抜けると、日本のベンチだった。
杏子が娘を抱き、声を張り上げて応援している。
山本先生は、ベンチに梨々花をそっと降ろす。
そこに、杏子が気さくに声をかけた。
「いいとこに来たね。
シヴァたち、まだ全然本気見せてないよ。
ここからが本番かな」
梨々花は、ゆっくりと顔を上げた。
魔術師の魔眼が、とらえる。
――これが、原初の……四大属性の力。
水が。
火が。
風が。
土が。
流れとなり、形となり、空間そのものを満たしていく。
胸の奥を突き上げる感情が、幾重にも重なり合う。
畏れ。
歓喜。
渇望。
瞳の奥が熱を帯び、あふれ出しそうになる。
この深淵の力へ、どこまで辿り着ける――?
……ううん。
届かなくてはならない。
それが、魔術師に選ばれた意味。
この場で、梨々花ただ一人だけが、レイドであることを忘れていた。
頭の奥が、柔らかく痺れていく。
空間に満ちる、たゆたう流れに身を委ねる。
自分の意識が、自分ではないものにほどけていく。
ふと、唇が動いていることに気づいた。
知らない歌を、くちずさむ。
――歌?
巨神の手。
その手に持つ、生首。
同じ唇の動きをしていた。
首のない巨神が躍ると、梨々花の身体も揺れる。
太鼓のリズムに、瞳の虹彩のリングが光る。
――視える。
世界を満たすものが。
魔法使いたちが剣を、槍を繰り出す。
鮮やかな光とともに攻撃魔法が飛ぶ。
……だめ。
そんなのじゃ。
ちゃんと、視なくちゃ。
一人の選手が、渾身の炎を放つ。
……だめ。
別の選手が、斧に魔力を込めて叩きつける。
……これも、だめ。
身体がリズムを刻む。
唇が、生首と同じ形をなぞる。
魔術師の魔眼が、静かに光る。
梨々花の瞳と、生首の目が合った。
……そう。
そろそろ、なのね。
みんな、死んじゃうのね。
だって、なってないんだもの。
視えていないんだもの。
破壊と――そして、次の再生。
ダンジョンの、一なるところへ。
還っていくの。
また星が巡る、そのときまで――
シヴァの額の目から、輝きが漏れだす。
切れ長の目が、歓喜に潤んだ。
私も……いつか、そこへ。
「梨々花?」
――りりか……って何だっけ。
甘く痺れながら。
身体が、瞳が、リズムに揺れる。
唇が、くちずさむ。
それじゃ、だめなの。
やりなおし。
次の世界で……新しい熱を回すの。
そのとき、魔術師の魔眼は視た。
ひときわ強い輝きが、彗星のように巨神へとぶつかるのを。
……あれは?
「梨々花!!」
突然、後ろから肩を強く揺すられた。
ハッと、我に返る。
「梨々花……大丈夫?」
顔を上げると、目に映るのは由利衣の瞳。
「大丈夫……って、何が?」
――えっと。
私、何を……?
ここ、どこだっけ……?
混乱する梨々花の鼓膜を、能天気な声が震わせた。
「おおっ!!
教官すっげー!!」
視線をフィールドへと向ける。
村正の青白い刀身。
それが、いつもよりもやけに眩しく映った。
「だめ……じゃない」
わけもわからず、呟いていた。
***
荒い息をつき、俺は村正を構え直す。
いまのは、かなりヤバかったかもしれない。
グレイスが知らせていたのだ。
とてつもないリスクが迫っていると。
あのとき。
シヴァの額の第三の目が、開きかけていた。
……開いたが最後。
その予感だけは、確実だった。
だから、躊躇している余裕などなかった。
グレイスが、楽しそうに笑う。
「なんだそりゃ。
おじさんも変身できるんじゃないか」
――ああ。
精霊の特典。
人狼化。
これしかない。
上空のスクリーンを確認する。
現在、一時間半を経過。
残り三十分。
この変身状態がどこまで持つか。
「こいつもリスクだな……」
ぼやきともつかない呟き。
俺を見つめる愚者の魔眼が淡く光る。
その目に宿る精霊が言っているような気がした。
ピンチは、まだ終わりではないと。




