魔神復活 08 —五千年の重み—
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「…………くっ……!」
突如張られた、エリスの結界。クワオアーは座標移動しようと自身の『座標』を確認する。が、動いていないのにもかかわらず座標は目まぐるしく動いており、まったく参照ができなかった。
クワオアーが地に落ちる。誠司は土人形から飛び降りて、クワオアーの前に立った。
「この結界はね、莉奈の位置を知らないと、絶対に彼女まで辿り着けないようになっている。恐らく、例え君だとしてもね」
「……ふざけるな……こんなもの……」
クワオアーは上空へと飛び立とうとした。だが——
「……え?」
気がつけば彼は、地面に倒れ込んでいた。
誠司は刀を肩に担ぎ、クワオアーを見下ろす。
「下手に動き回らない方がいい。私も当時、散々苦労したからね。もっとも君が莉奈を諦めるというのであれば、結界の外に抜けられるかもしれないが」
「……黙れよ」
クワオアーは、右手を上げた。そして——
——次の瞬間、クワオアーと誠司を中心に、ドーナツ状に『色彩』が広がり始めた。
渦巻く『色彩』。眉をしかめる誠司を横目で見て、クワオアーは戦場全域に声を響き渡らせた。
「——聞こえているか、菱華莉奈! 早くボクの前に出てこい! さもなくば……この男を、消し去るぞ!」
リナを誘き寄せる、人質。その立場となった誠司は、肩をすくめた。
「すまないね。私は家族との失われた時間を取り戻すため、最低でもあと二十年は生きなきゃならないのだが」
「……うるさい! たかが二十年だろ!?」
「そう。たかが、だ」
息を切らすクワオアーに向けて、誠司は一歩踏み出した。
「人間族にとっては、二十年でも大した時間だ。人を愛し、子を育み、成長を見守る。とても大切な時間なんだ。でもね、クワオアー。君は——」
誠司はクワオアーに向けて、冷たい視線を突き刺した。
「——その人間族である彼女、ティノアという女性の時間を、五千年も奪ったんだ」
「………………」
鋭く刺す視線に耐えられず、クワオアーは目を逸らした。
誠司は息をつき、一転、柔和な笑みを浮かべた。
「そして、再び礼を言うよ。ありがとう。動きを、止めてくれて」
「…………!?」
その瞬間、クワオアーの身体の自由が奪われた。相変わらず狂い続けている座標。身じろぎ一つもできない。
混乱しながらも視線を動かすクワオアーを見て、誠司は片眉を上げた。
「……やはり、動けるか。『時止めの結界』の中でも」
「………………!!」
クワオアーは、理解する。そう、そのような魔法が、『現代』には存在する。
——氷人族に伝わり、対象の時を止めることができる、『凍てつく時の結界魔法』が。
クワオアーは震える唇を無理矢理動かした。
「……さっきから姿が見えないと思っていたが……エンケラドゥスの仕業か……」
「そうだ。もっとも今の彼は、その呼び名を嫌うがね」
誠司は辺りを見渡す。渦巻く『色彩』は、徐々に収まりを見せていた。
——誠司が注意を引きつけ、エリスがリナの安全を確保し、その隙にジョヴェディの分身体たちが時止めの結界を構築する。その作戦は成功した。
これで、誠司たちの目的である『座標』の支配権は勝ち取った。
あとは——
「……ねえ、聞かせて、クワオアーさん。私が消される、その理由を」
——白いマントを翻しながら、リナが空間跳躍で現れた。
クワオアーとリナは、対峙する。
真紅の瞳を燃え上がらせながら、クワオアーはリナを睨みつけた。
「……お前が『運命の特異点』だからだ、菱華莉奈」
「……ワケわかんないよ。それに、答えになっていない」
確かにリナは、リョウカの『あの素晴らしい日を』の旅路で、自身が『運命』に愛される存在だということは自覚している。
だからといって、なぜそれが消される理由になるのか。もしかしたら彼にしか見えない何かが——
そのように考えを巡らせるリナに、クワオアーは吐き捨てた。
「……チッ。分かった、教えてやる。ただ、あまり周りに聞かせたくない話だ。近づいてくれ」
「莉奈、危険だ。近づくな」
そう言って庇うように上げた誠司の手を、リナは優しく下ろした。
「大丈夫だよ、誠司さん。やっと話す気になってくれたみたいだし」
リナは警戒しながらも、一歩ずつ踏み出していく。
それを見たクワオアーは——
——内心、ほくそ笑んだ。
(……そうだ、もっと近づいてこい、菱華莉奈。そうすれば、この状況でもお前を消すくらい……)
一歩、また一歩。
リナが目の前に現れたことで、座標の狂いはなくなっている。
あとは、『揺らぎ』の影響力がないくらいまで距離を詰めてくれれば——
クワオアーは、その時を待つ。
範囲内まで、あと、三メートル、二メートル……——
そしてリナは、クワオアーの範囲内に足を踏み入れた。
(……もらった!)
クワオアーが妖しく目を光らせた、その時だ。
リナとクワオアーの間に、突然、別の『魂』が割り込んできた。
カチカチ、とリズミカルな金属音が聞こえてくる。
リナが呆気にとられる中、その人物は姿を現して、口元を緩ませた。
「悪い男に騙されないようにね、生徒諸君。ねえ、あなた、ウブな女の子を騙そうとしてたでしょ?」
「…………くっ!!」
突然目の前に現れた、マリアンヌ。構わず『消去』しようとしたクワオアーだったが——彼の脳裏に、ティノアの泣き顔が浮かび上がった。
——『……私はこんなこと……望んで、いない……』——
クワオアーは発動しかけた『消去』のコマンドを別の命令へと書き換える。
リナを庇うように立っているマリアンヌは、何かを上空へと大きく放り上げた。
だが、クワオアーの力は行使されてしまった。
マリアンヌの姿は忽然と消え——
——そこには、ただ一匹のウサギが残されていた。
それを見てしまったリナの、頭が熱くなる。
リナは反射的に、クワオアーの懐へと潜り込んだ。
そして太刀を引き、短くつぶやく。
「……空間、跳躍」
リナの突き出した太刀は、クワオアーの『攻撃を受け付けない』体質をすり抜け、彼のみぞおちを貫いた。
「……ぐふっ」
再生を試みるクワオアー。だが——この時止めの中、瞬時に再生ができない。
リナは、つぶやき続ける。
「——空間、跳躍」
「…………ガッ……」
クワオアーの血流内に、次々と『空気』が送られてくる。息が苦しい。意識が朦朧とする。『不老不死』の体質だ、死にはしないが——
「……マリアンヌさんを、戻して」
——真っ直ぐな視線をクワオアーにぶつけるリナ。
だが、これはクワオアーにとってチャンスだ。
彼は、薄れる意識の中、リナを消すために彼女を見据え——
その時。先ほどマリアンヌが放り投げたものが、風に揺れながら、眩しく輝いた。
それは、ヒラヒラと舞い落ちる背広。そこに刻まれた『転移の魔法陣』から——人が、現れた。
「ガキんちょ。お届け物だぜ」
男は女性を抱えながら、地面に降り立った。
その男——パックに抱えられていた女性は降ろされ、クワオアーを睨んだ。
茫然とするクワオアー。
そして、彼女——ティノアは唇を強く噛み締め、右手を振り上げて——
パァン
——戦場に、乾いた平手打ちの音が、鳴り響いた。




