魔神復活 07 —手のひらの上—
†
戦場を見つめるティノア。
いくら声を届けようとしても、私の声は彼には届かない。
「……クワオアー。どうしてあなたは、カマツカさんを殺そうとするの……?」
そうつぶやき、彼女は自身を庇うように立っているリナの後ろ姿を見つめる。
現状クワオアーは、リナ以外の者を消そうとはしていないみたいだが——世界の滅びを宣言した彼だ。いつ心変わりをしてもおかしくはない。
ティノアは無力感に苛まれながら、自身の右手を見つめる。
その時だ。背後から声が掛けられた。
「ティノア、無事?」
「……エリス」
振り返ると、そこには三百年前の親友、エリスの姿があった。ティノアは力ない笑みを浮かべて、彼女から視線を逸らす。
「……ごめんなさい。私のせいで、カマツカさん……リナさんが……」
自分自身を責めるティノア。
——そう、私が彼を復活させてしまったから、ううん、そもそも五千年前に、彼を止めることができていれば——
そんなティノアの唇に、エリスの人差し指が当てられた。
驚き、視線を上げるティノアに、エリスは小首を傾げながら微笑んだ。
「違うでしょ? ティノアは何も悪くない。だからさ、協力してくれる?」
「……協力って、なにを……」
それなりの戦闘力は持っていると自負しているティノアだったが、この戦いでできることは何もないだろう。同じ『三つ星』なのに、彼ら彼女らはそれぞれの持ち味を活かしてクワオアーと渡り合っている。
彼らに比べ、ただ五千年生きてきた程度の力しか持たないティノアに、いったい何が——
苦しそうな表情を浮かべるティノアの肩に手を置き、エリスは何もない背後を振り返った。
カチ、カチカチ
その場所から、リズミカルな金属音が聞こえてきた。
†
誠司は座標を特定されないように、常に動き続けていた。
クワオアーは自身の周囲の魔素を消し去り、揺らぎの中、なんとか誠司を捕捉しようとするが——
「チッ。動き回るなよ」
「なら、止めてみてはどうかね?」
——先ほどのライラは油断していたので、隙をついて捕らえることができた。
だが、この揺らめく戦場の中、この男はそれを意にも介さず的確に動き、避け続けているのだ。
クワオアーとて、『魂』の位置は捕捉できる。しかしこの揺らぎの中では、『魂』の位置情報すら揺らぎ、ズレが生じてしまう。
身の回りの魔素を消し去っているクワオアーでさえこれだ。それ以上にハンデを背負っているはずのこの男は、どうしてこうも自由に動ける?
運良く誠司の後ろを取ることができたクワオアーは、その背中に向かって手を伸ばす。
しかし誠司は、まるで最初から見えているかのようにその手をかわし、距離を空けた。
「……くそっ。なんで分かるんだよ! 揺らぎの中にいるのは、お前も一緒だろ!?」
「すまないね。昔、私の妻を捕まえるために、散々苦労したもんでね」
誠司はそう答え、クワオアーに向けて投げクナイを放った。
歪な軌道を描くクナイ。しかしそれは、正確にクワオアーに当たった。
カランと音を立て、クナイが落ちる。痛みは、ない。今のクワオアーの身体は、攻撃の類いを無効化することができる。
だが、クワオアーは——その男の技術を見て、唇を噛んだ。
(……ボクの力の上を行くというのか、この男は)
無論、『色彩』でも放てばこの男を容易に消し去ることは可能だろう。
ただ、これから『菱華莉奈』を消すという罪を犯すクワオアーにとって、それは避けたいことであった。
「……くくっ……それも踏まえて、運命に愛されているということか、菱華莉奈」
「……なあ。君はなぜ、莉奈だけを消そうとする? 君が本気を出せば、私なんか簡単に消せるだろうに」
「ティノアに怒られたからね。彼女は無闇な人殺しなんか望んでいない、優しい人なんだ」
「………………」
矛盾。人殺しはしない、なのに、リナ、ひいては『世界の滅び』をクワオアーは宣言している。
駆け続けながら、クワオアーの真意を量ろうとする誠司。だが。
クワオアーは突然、その場に留まった。
「……終わりにしよう。いい加減、菱華莉奈を消さなくてはならないからね」
「させるかよ」
刀を抜き、クワオアーに向かって駆ける誠司。しかし、その彼の目の前に突然、分厚い氷の壁が現れた。
「……チッ」
誠司は壁を蹴り、迂回しようと回り込む。
だが、誠司の行く手に次々と氷の壁が現れて道を塞いだ。
「悪いね。君はそこで、大人しくしていてくれ」
雑な作りではあるが、これだけの壁だ。もはや身動きは取れないだろう。
誠司を氷牢に閉じ込めたクワオアーは歩き出す。だが、この揺らぎの中ではリナの姿を視認できない。『魂』の位置を捕捉しようにも、少し距離があるようだ。
クワオアーが息をつき、座標移動をしようとした、その時だ。
——地面が突然、振動を始めた。
「………………!!」
クワオアーは空中へと座標移動した。
揺れる地面は隆起し、氷牢を破壊しながら盛り上がり——
——そこには、巨大な土人形が現れていた。
「……エンケラドゥスの土塊、か……」
クワオアーは見る。『厄災』の力によって作られた土の巨像を。
その土人形の手のひらの上では、誠司があぐらをかき、頬杖をついていた。
「すまないね、クワオアー。時間稼ぎに、付き合ってもらって」
「……なんだって……?」
ふてぶてしく笑う誠司のことを、クワオアーは真紅の眼差しで見つめる。
誠司は不敵な笑みを浮かべ、言い放った。
「——私の妻の結界は、すごいぞ?」
†
戦場の端々をリナの『空間跳躍』で回ったエリスは、ふうと息をつく。
「さて、簡易的だけど、こんなもんかな。じゃ、いくよー」
エリスは白い杖を、トンと地面に突いた。
「——『結界の魔法』、発動!!」
戦場を、エリスの結界が覆い尽くす。
彼女の住む西の森が、『迷いの森』と呼ばれる所以である結界を。
——そう。エリスの結界。それは、対象を惑わす結界。
エリスは遠く空に浮くクワオアーを眺めた。
「——『リナ』を対象に張らせてもらった。これであなたはもう、リナに辿り着けない」




