魔神復活 09 —そして道は交差する—
頬に感じた衝撃に、ただ茫然とするクワオアー。
そんな彼のローブを掴んで——ティノアは声を張り上げた。
「……何やってるのよ、クワオアー! さっきから話を聞いて、って言ってるのに、全然聞こうとしてくれないじゃん! 私のこと本当に好きなんだったら、話くらいちゃんと聞いてよ!」
唖然とする周囲を余所に、ティノアはなおも続ける。
「あの時だってそう! 私のこと『不老不死』にするんだったら、なんで前もって言ってくれなかったの!? これじゃあ私、ただのおもちゃみたいじゃん……」
「…………いや、ティノア。ボクは、本当に君のためを思って……」
「独りよがりだよ! 言わなきゃ伝わらないことだってあるんだよ!? 深淵がどうとか言ってたけどさ、だったら私の心を理解するくらい、してみせてよ!!」
「……………………」
涙を流しながら、クワオアーに感情を爆発させるティノア。そのあまりの剣幕に、リナは引き抜いた太刀を下ろし呆然と立ち尽くす。
一気に捲し立てたティノアは、深呼吸をする。そして、横にいるリナに向き直った。
「リナさん——」
「……はい?」
パァン
リナの左頬に、衝撃が打ちつけられた。目を丸くするリナ。そんな彼女に向かって、ティノアは詰め寄った。
「——あなたもあなたです! 人の話も聞かずに、勝手なことを……それじゃあ、彼と一緒じゃないですか! 案の定、危ない目にあって……いいですか、リナさん……」
ティノアは茫然と頬を押さえるリナの手を、しっかりと握りしめた。
「……少しは私にも、教師らしいことをさせてください。今のあなたは、私の生徒でもあるんですから」
そう語りかけ、ティノアは再びクワオアーに向き直った。そして、リナを庇うように立ち塞がる。
「ねえ、クワオアー。それでもリナさんを消すって言うんだったら、まず私を消してからにして。今の私は教師です。生徒を守る、義務があります」
涙の跡もそのままに、ティノアは毅然とクワオアーを見つめる。バツが悪そうに視線を逸らしたクワオアーは、小さくつぶやいた。
「……さすがだな、『運命の特異点』。これでボクはもう、お前に手を出すことはできなくなった」
「……クワオアー?」
顔を上げ、ティノアのことをジッと見つめるクワオアー。やがて息を吐いた彼は、静かに目をつむった。
「……わかったよ、ティノア。約束する。ボクはもう、菱華莉奈を含め、この場にいる者に手は出さない」
「信じるよ、クワオアー?」
その問いにクワオアーは、わずかに口元を綻ばせた。
「ああ、ティノア。君の名に誓って」
ティノアは、近くまで来ていたグリムの端末に目配せをし、うなずいた。それを見たグリムもうなずき返す。
そして、次の瞬間——クワオアーを止めていた『時止めの結界』は、解除された。
深く息を吐き、クワオアーは傷を再生させながら両手を上げて無抵抗の意を示す。その顔には、諦観の表情が浮かび上がっていた。
遠くでは、ライラとレザリアが逃げ出したウサギを捕まえようと追いかけっこをしている。
それを横目で見ながらグリムは、クワオアーの前に立った。
「さて、クワオアー。いくつか質問があるのだが……キミはなぜ、世界の滅びなんて予言したんだい?」
その問いにクワオアーは、リナの方をチラと見て——やがて手を下ろし、静かに目を閉じた。
「……『世界の滅び』は、もう、確定的になった。誰にも止められやしないさ」
「……キミは莉奈のことを、『運命の特異点』と言っていたね。それと関係が?」
クワオアーは目を開け、ティノアを愛おしそうに見つめた。
「ティノア、悪いね。ボクは行く。再び君に会える日を、信じて」
「……クワオアー?」
彼の様子がおかしい。いや、遥か昔、『禁忌』の力を得る前の、以前の彼を思い出させるような懐かしく優しい雰囲気が——
やがてクワオアーは、頬を押さえたままのリナに目線をやった。
「……菱華莉奈。それでも世界の滅びを止めたければ、『リファイスト』に来い。ボクはそこで、待っている」
「待て、クワオアー! まだ、聞きたいことが——」
気配を察したグリムが、手を伸ばしたが——
彼、クワオアーの姿は、忽然と消え去ったのだった。
†
魔神のいなくなった、戦場。
その場でティノアは、ヘナヘナと座り込んだ。
「……もう、クワオアー……やっぱり何も、言ってくれないじゃん……」
そのまま何もせずに去ったところを見る分に、彼の中でリナに対する殺意は消えたのだろうか。
だが、それだけだ。彼は相変わらず、世界を滅ぼそうとしているのか——。
そんな彼女の肩に、誠司はそっと手を乗せた。
「ありがとう、ティノア先生。おかげで莉奈が助かったよ」
「……いえ。結局私は、彼を止められなくて……クワオアーは本当に、世界を滅ぼそうとしているのでしょうか……?」
誰にともなくつぶやかれたティノアの疑問に、グリムは答えた。
「いや、ティノア嬢。こう考えてみてくれ。もし彼が、『世界の滅び』を止めようとしているのだとしたら?」
グリムの言葉に、ティノアは顔を上げる。戦いが始まる前、リナが言っていた矛盾点。
——もしティノア先生を殺そうとする者がいたとしても、その人は別として、世界全部を滅ぼすなんてことするんでしょうか。ティノア先生の住む『世界』を。本末転倒じゃないですか。私にはそうは思えないんですけど——
そうだ。グリムの言う通りに考えれば、彼の一連の行動にも納得がいく。そして、『世界滅亡』のトリガーがリナだとするのであれば——
ティノアはリナを見上げる。そのリナは、相変わらず頬を押さえたまま、動きを止めていた。
「……あの、リナさん? ごめんなさい、もしかして……痛かったですか?」
「……いえ、そうじゃないんです。そっちの方は大丈夫なんですけど……『リファイスト』って——」
一方で、ライラとレザリアによって捕らえられたウサギを抱えたパックは、複雑そうな視線でウサギを眺めながらつぶやいた。
「……にしても『リファイスト』か。忌々しい名前だぜ」
「知っているのか、パック?」
グリムの呼びかけに、パックは眉をしかめながら答えた。
「ああ、もちろんさ。なんたってあそこは、オレたちの故郷だからな」
彼らの故郷、リファイスト。彼らの孤児院があり、彼らを拾った『組織』がある街だ。
グリムは肩をすくめ、リナを見つめた。
「……みたいだ、莉奈。キミが願った、『一連の背景が見たい』という願い。そこに行けば、叶えられそうだね」
「うん、それに——」
「ああ——」
リナとグリムは、複雑そうに視線を交わし合った。
「——私たちの旅の終着点……『ちえり』さんの、いる街だ」
——『運命』の道は全てが交じわり合い、一点へと収束しようとしていた。
第六章完。
終章(三話)に続きます。




