魔神復活 05 —揺らぎ—
真っ二つにされたクワオアーは、瞬時に肉体を再生させながら『座標移動』を試みる。だが。
「…………チッ……」
クワオアーは、舌打ちする。座標の特定が、上手く機能しない。
自身の思惑とズレた場所へと移動したクワオアーは、ライラの作り上げた『揺らぎの空間』の中、忌々しそうに宙に浮く少女を見上げた。
『——ライラ。放ちます!』
「——うん!」
レザリアからの通信を受けたライラは、揺らぎをコントロールし矢の通り道を開ける。
——フィールド全体に作り上げられた、ライラの『揺らぎの空間』。
そこは、ライラの場所だ。
「……くっ!」
迫り来る、レザリアの魔法の矢。クワオアーの視点では、それは不規則な軌道を描きながら迫ってきていた。
クワオアーは『座標移動』で矢の軌跡から逃れようとした。しかしこの揺らぎの中、座標にズレが生じる。
「……くそっ……アドレスが……ぐちゃぐちゃだ……」
矢を消そうと、手を前に出すクワオアー。だが。
「……ぐあっ!」
音もなくやって来た空間の刃に、再びクワオアーの身体は刻まれた。
ライラは宙に浮きながら、次なる刃を生み出した。
「——どうする? 魔神さん、降参する?」
「……くくっ。思わぬところに厄介なヤツがいたな」
クワオアーは揺らぎのフィールドから逃れるために、上空へと自身の『座標』を書き換えた。
揺らぎのフィールド内から離脱したリナは、グリムの隣に立つ。
「……すごいね、ライラ。クワオアーさんを翻弄している……」
空中に現れたクワオアーだったが、ライラは『揺らぎの魔法』を唱え直し、フィールドを拡大していた。
きっとライラも気づいているのだろう。クワオアーは『揺らぎの空間』内だと、その力を存分に扱えないことに。
それに——
「ねえ、グリム。気づいている? あの人の使う力はすごいしヤバい。けど……」
「ああ」
グリムは、ライラに翻弄されているクワオアーを観察しながら顎に指を当てた。
「彼が私たちの力を扱えるとしても、だ。この揺らぎの空間の中、誠司なら即座にある程度の対応はできていただろうな」
「うん。『厄災』の力もそう。なんていうか……戦闘やスキルに対する経験というか応用力は、あまりないみたい」
「そうだね。その点に関しては、私たちに一日の長があるみたいだ」
とはいえ、だ。それでも彼が『色彩』の力を雑に放つだけで、リナたちの敗北は決定してしまうだろう。
それをしてこないのが、唯一の救いでもあるが——。
リナは眉間にシワを寄せ、グリムに囁いた。
「……ねえ。それで、どうなの? クワオアーさんの力、どこか突破口はありそう?」
「いや。彼が戦闘に慣れる前に、なんとかするしかないね」
「……なんとかって。さっきグリム、検証してきたんでしょう?『禁忌魔法』って……彼の力の正体って、なに?」
空では、ライラがまるで幻影のように立ち回ってクワオアーを翻弄していた。地上では揺らぎの中、レザリアが矢で援護を続けている。
グリムは軽く目を閉じて、息をついた。
「簡潔に伝える。莉奈、キミは宇宙……理論物理学における『ホログラフィック原理』というのを知っているかい?」
「……ホロ……なにそれ?」
首を傾げるリナに、グリムは向き直った。
「我々のいる三次元は、二次元の境界上の情報が投影されている、という理論だ。ゲームで例えるなら、プログラムコードと実際に描写されるゲーム画面の関係性が分かりやすいだろうか」
「……は? って、えっ、グリム。この世界って、ゲームの中だっていうの!?」
突拍子のない話だ。そんな物語もあったような気もするが、急にそんなことを言われても実感が湧かない。それに、だって、息もしてるし体温だって——
困惑するリナに、グリムは首を横に振った。
「安心してくれ。ゲームなどではない、紛れもなく現実だよ。ただ、私たちを構成する本質の『情報』は、この宇宙を取り巻く二次元の境界に記録されているんだ。私たちの認識している三次元は、その情報が立体的に投影されているだけに過ぎないんだ」
「……待って、そんな、突拍子のない話……」
愕然とするリナの肩を、グリムは優しく叩いた。
「私たちのいた世界でも、ある条件下では数学的な確証が得られていた理論だ。そして、理論物理学者たちが宇宙の真理として大真面目に議論していた仮説でもある。そこでだ。もしクワオアーの言うことが本当なら——」
グリムは息を飲み、続けた。
「——彼はその『情報次元』にアクセスし、自由に『情報』を操作できる存在だということになる。つまり、私たち『転移者』がスキル……例えば、私の『再生』やキミの『飛ぶ』能力のように、特定の『情報』だけを書き換えられるようなことを……彼は全て、できるのだろうね」
†
ライラは必死になって揺らぎをコントロールしていた。
それは、クワオアーの意識をリナから逸らすため。そして、時間を稼げばグリムが攻略法を見つけてくれるはずだと信じて。
幾度もの刃が、クワオアーに襲いかかる。しかしクワオアーは、自身の身体を『身を守る魔法』のごとく硬質化し、空間の刃も魔法の矢も弾き飛ばすようになっていた。
「……ライラ・K・パシューア。この厄介な『揺らぎ』を、解除してくれないかな?」
「……リナに謝るんだったら、いいよ」
クワオアーを見据えながら、ライラは魔力回復薬を取り出した。いくら魔力お化けのライラでも、ここまでフィールドを維持し操作し続けるのは魔力的に厳しい。
と、その時だ。クワオアーはニタリと笑った。
「……そうか。なあんだ、簡単なことだ」
「…………?」
変わらず睨むライラの視界から、突然、クワオアーの姿は消えた。
——でも、大丈夫。この『空間の揺らぎ』の中なら、あの人は自由には——
ライラの首筋に、ヒタリと冷たい感触が訪れた。
身体が、動かせない。
宙に『座標』を固定されてしまったライラの背後から、クワオアーの声が聞こえてくる。
「……そうだよね。ボク自身の周囲の『魔素』を枯渇させてしまえば、周りが揺らいでようが関係なかったんだ。君はそこで、おとなしく見ていろ」
「…………!!」
ライラの顔が、一瞬にして青ざめる。いけない、このままじゃリナが——
その時だ。上空から、熱源が迫ってきたのは。
その大きな火球は、枯渇した魔素など関係なくライラとクワオアーを包み込み——
自由になったライラは、急いでその場を離れて更に上を見上げた。
そこには、ライラの師匠とも呼ぶべき人物がいた。
「——のう、小童。人智を超える力を手にし、少し調子に乗っとるんじゃないかのう」
「ジョヴお爺ちゃん!」
クワオアーは火の粉を振り払い、ジョヴェディを睨みつけた。
「……エンケラドゥス、か。その個体……オリジナルじゃ、ないな?」
「フン。小童にはこれで十分よ。ワシの、分身体でな」
——『魔神』クワオアーの力を見定めたグリムの策は、静かに動き出した。




