06
門をくぐり街に入った俺達は、まず最初に近くの厩へと足を運ぶ。
厩と言ってもそこは首都だ。規模が違う。何百の馬を抱えられるだけの小屋と人員が配置されている。
毎日何百と行商人がやって来るわけだから当たり前と言えばそうだ。
とにかくそこで俺は自分の馬を預け、おっちゃんは代わりの馬を一頭拵えたところで、俺達は再び門前の大通りに出てきた。
ここで俺はおっちゃんに告げる。
「それじゃあ、おっちゃんともここでお別れだな」
「へ?」
突然そう言われたおっちゃんは、一瞬何の事だと固まったが――。
「かー、そうかそうだよな。あんちゃんともここでお別れだよな……」
理解すると、分かりやすく肩を落とした。
どうやら俺がこのまま一緒に付いて行くもんだと思っていたらしい。
おっちゃんには残念だが、俺には俺の都合がある。そういうわけにはいかない。
だが、落ち込まれたままで別れるのもあまり気持ちは良くない。
そう思った俺は元気付ける為におっちゃんの肩をポンと叩く。
「そう気落ちすんなって、おっちゃん。別に死に別れるわけじゃねぇんだ。旅してればまたどっかで会うだろ? つうか俺も明日の朝まではこの街にいるし、ちょくちょく顔を合わせると思うぜ」
俺の言葉を聞いたおっちゃんが目を瞬かせ、「そっか、そうだよな」と再び呟いた。
「そういうこと。ほら、おっちゃん笑顔笑顔。商人が暗い顔なんかしてたら客が寄り付かないだろ? しゃんと笑って商売繁盛大儲け! おっちゃんならそれが出来るはずだ」
「あんちゃん……」
俺からの励ましを受け取ったおっちゃんはそのつぶらな瞳をやっぱり潤ますが、自身の丸っこい顔をバシバシと叩いてはこれを耐える。
そして俺に言われた通り姿勢を正すと、二カッと笑ってはこう述べた。
「ありがとうなあんちゃん、俺としたことが商人としての心得を忘れてたぜ! ほんとに最後まであんちゃんの世話になりっぱなしだった!」
決してそんなことはない。俺もなんだかんだで馬車に乗せてもらえれて楽することができた。
特に一人旅ってのは常に気を張り続けるから、体力の消耗もそれなりだ。
だから俺もおっちゃんには感謝している。
「そんな事ねぇって、俺だっておっちゃんには世話になってんだからお互い様だろ?」
しかしそのことを伝えると、今度は「いやいや! 俺なんか命救ってもらってんだから!」と返された。
このまま俺がまた「いやいや!」と続けると、たぶんまた「いやいや!」とおっちゃんが返すだろう。
そうすると感謝の押し問答になって、埒が明かなくなりそうだ。
ここらで締めくくろう。
「……じゃあ、お別れだ。元気にやれよ、おっちゃん」
俺は手を差し伸べた。
おっちゃんがその手を強く掴む。
「本当に助かった! ありがとう! あんちゃんも色々大変だと思うが、元気でやってくれよ!」
じゃあな、そのたった一言の言葉を最後に俺達は別れ、それぞれの行く先へと足を進めていった。
「さて――」
どうすっかなと、俺は腰に手を当て周囲をぐるっと見回した。
時刻はとっくに昼を越えているのに、どこを見ても人、人、人だ。
店の前でも中でも、噴水周りだろうと、そこには必ず人だかりがある。
いま俺の横をすり抜けてった男も「邪魔だな」と顔を顰めていたが、それぐらい人の往来も激しかった。
それもそのはず――。
俺が今いるのは首都イデアルタの南門から中心の城まで延びる大通り、通称市場通りと呼ばれる道に俺はいる。
詳しく言うなら二層目のど真ん中で突っ立っている。
「なんだよ二層目とか三層目とか、わけわかんねぇよ……」
と、この街について知らない近くの誰かが嘆いているが、親切に教えてやるなら俺はこう説明する。
この街はまず、中心に向かって八本の大通りが放射状に走っているんだが、北と南が市場通り、南西と西が職人通り、南東と東が学生通り、北西が貴族通り、北東が平民通りと分けられている。
さらにこの街は、円の上に小さい円、その上にまた小さい円と言った具合に全部で五層の円が積み重なったような造りをしていて、一番低い円から一層目二層目と数えているわけだ。
遠くから見ると平皿のように街が広がって見えるのはそれが所以。
なんでそんな面倒な造りをしているかとさらに聞かれれば、それはこの街が大河の上に存在しているからと教えてやろう。
この街の下には東から西に向かって大河が流れているんだが、長雨によって氾濫した場合、街が沈まない為の策としてこの造りになった。
万が一沈んだとしても低い層のみなので、上層にいれば安心ということだ。
それと大河の流れる東西には幾つもの小さい水門があり、西側の水門を閉じることによって自ら街を沈めることも出来る。
これは街が攻め込まれた場合。籠城、又は逃走する時間を稼ぐ為の苦肉の策としてあるらしい。
街の至る所で木製の小舟を見かけるのは、今言った二つの点を考慮した結果って事だ。
まぁ――。
俺はそれを説明することなく、肉の焼ける良い匂いに誘われては一つの屋台の前で今度は立っているんだが。
「お、なんだ兄ちゃん。見てばっかじゃ腹は膨れないぜ?」
立ち寄るなり、俺にそう揺さぶって来る店主。
しかし値段を見る限り相場の三倍はする。良い肉を使っているんだろうが、腹を満たすだけなら安肉で十分だ。
流石に高い、と感じた俺は踵を返す。
「うちの串焼きは絶品だぞ~? なんせあのグランムートンの特上肉を使ってるからなぁ……他の街じゃあ、絶対に味わえないぜっと――ほらっ!」
だがこの店主、去ろうとする俺の背中越しにこう語りかけてきやがった。
そして、俺は振り返ってしまった。
目の前にはじゅうじゅうと美味しい音を奏で、脂を滴らせてるグランムートンの肉。特上肉。それを眼と耳で捉えてしまっては、瞬く間に口の中で涎が広がっていく。
ゴクリ――。喉が鳴った。
ここで俺は気付いちまう。そういえば俺、昨日から林檎しか食ってねぇなと。
「とりあえず買って喰ってよ、その閉じた口に堰き止めた涎を肉と一緒に流し込んじまいな!」
止めの一撃。
見事としか言いようがない店主の売り文句に食欲を嬲られた俺は、無意識に巾着袋から銅貨十二枚を取り出していた。
「毎度あり!」
店主の満面の笑みと共に手渡される特上肉の串焼き。
辛抱たまらず、その場でかぶりついた。
口の中で肉汁が広がる。嚙めば嚙むほど旨味が溢れる。
その絶品に思わず「美味い……!」と声を漏らさずにはいられない。
あの巨大な白い毛玉がこんなに美味かったとは、アレ呼ばわりした事を詫びるしかないな。
――だけどだ。やっぱり余計な出費だったと俺は反省する。
そもそも俺は、あまり持ち合わせが少ない。
およそ、残り四日で銭無しになるぐらいには金がない。
だからどこかで一度、稼がなければいけないんだが……。つうかあの師匠、豪遊出来るぐらいには金が入ってるとかぬかしていたが全くの大嘘じゃねぇか。
「いや~、良い喰いっぷりだねぇ。もう一本いっとくか?」
そんな俺の金銭状況は露知らず、店主がほくそ笑んでぬかしてくる。いや、ただ笑っているだけなんだろうが、今の俺からしたらそういった風に見える。
このままじゃ俺が、店主にいいようにされただけで終わる。それじゃあ癪に障る。どうにかして、払った金以上の何かを得たい。
そう考えたところで俺は、一か八か一つの事を店主に尋ねてみた。
「おやっさん、この街で一番の情報屋がいる場所とか知らねぇか?」
串を焼く店主の手が、ピタリと止まる。
「なんだ兄ちゃん、〝旦那〟の客か?」
焼いている串を見詰めたまま、低く冷然と言い放った。
さっきまでの店主とは雰囲気がまるで違うことに俺は、これはまさかの大当たりか?
と、〝悦ばず〟にはいられない。
もし旦那って奴が街一番の情報屋なら、それは間違いなくこのイデアルタ共和国一の情報屋って事になる。
これは絶好の機会だ。旦那って奴の居場所を教えてもらうしかない。
「旦那って奴が誰かは知らねぇけど、そいつが街一番の情報屋ってんなら何処にいるか教えてくれ。訊きたいことが幾つかあるんだ」
あえて冷静に、だが表情は真剣に俺は言った。
店主が串焼きから視線を外し、俺の目を見据える。視線と視線がぶつかる。
そして、無言のまま数秒が経った。
――ジュウッ!
特上肉の脂が炭火に落ちたところで店主は視線を戻し、一度串焼きを火から遠ざけてから再びこちらに向く。
「なんか事情があるみてぇだな。いいぜ……教えてやるよ」
そう言っては、店主が怪しく笑った。
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