07
職人西大通り、三層目。
その大通りの道沿いにある家具屋《ル・ププリエ》の横道を真っ直ぐ進むと――途中、左に人ひとりが通り抜けられる路地がある。
路地は建物に囲まれているが、陽が中天にあるお陰で随分と明るい。気取った表現をするなら光の道に見えなくもないぐらいだ。まぁ、どうでもいいが。とにかくその道をひたすら突っ切っていくと、今度は十字路に差し掛かった。
それを今度は右に曲がって進んでいくと、最後は開けた場所に出る。
しかしそこはどん詰り、人知れず育った草木と数羽の小鳥が日向で休んでるだけで何もない。まるで平和と静寂を絵に描いたような場所だ。
と、思ったところでこの場に似つかわしくない物が俺の視線に入った。
「……あれか」
俺の視線の先には、壁沿いに置かれた不自然なまでに大きい木箱が一つ。
それに近づいては押し退けようと、俺は両腕にあらん限りの力を込めた。
「でぇら――って、なんだよ……意外に軽いな」
拍子抜けするほど軽い。
さほど力を入れなくても動くほどだ。
――ってことは、木箱の中は空なんだろう。よく見れば木も腐っている。見た目以上に軽いのも当然か。
そう考えながら俺は木箱を適当な場所まで移動させる。
すると――。
「でもまぁ、おやっさんの言った通りだ。ここが旦那って奴の店で間違いはなさそうだな」
木箱の裏の壁側には木製の扉があり、雑貨屋《シンビオーセ》と書かれた札が吊るされていた。
扉を少し開けばギィっと軋み、思い切って開けばチャリンチャリンと鈴が鳴った。
俺は気にせず上がり込み、目を凝らす。
薄暗い。周りの壁には窓が一切なく、僅かに光を取り込んでいるのは小さい天窓だけだ。あれじゃあ、部屋全体を照らすことは出来ないだろう。
それに埃くさい。差し込んでいる光に照らされて、塵が煌めいている。
「……なんてとこで商売してんだよ」
そう吐き捨てると、俺は辺りをうろついた。
どうやら雑貨屋というのは本当で、幾つか並べられた長い卓の上には生活に欠かせない日用品が置かれており、他にも装飾品や武具、何に使うのか良く分からない物まで幅広く、《《ぞんざい》》に並べられていた。
しかし、よく見ればどれもこれもが高級品ばかりだ。中には金銀や宝石等があしらってある物まである。値札を見ても、俺の手には到底届きそうにないものばかり。
だが、埃を被っている。
俺は装飾品の一つを手に取り埃を払ってやると、天窓から注ぐ光に翳してやった。
くすみが酷く――特に装飾品の宝石部分は――翳したところで鈍くしか輝かない。
「旦那って奴は売る気あんのか? 商品が死んでんぞ」
嘆くように俺は言って、装飾品を元の位置に戻した。
――にしても。
入った時から気付いてはいたが、人の気配がしない。旦那って奴も見当たらない。
留守の時間に来ちまったかと思ったが、いくら埃を被っているとはいえ高級な品々を曝け出したまま出かけるような商人がいるとは思えない。
いや、この散々たる商品を見ると、あるいはそうなのかもしれないが――。
「人の店の売りもんにケチをつけるたぁ、随分な御身分じゃねぇの……青年?」
――突如、背後で男の声がした。
「――ッ⁉」
俺は慌てて振り返った。なんなら機構弓剣にも手を掛けて構えている。
「おっとっと……まぁ落ち着けって、ここでの荒事は禁止だ。ほら、剣から手を外せって」
卓を挟んで向こう側。天窓から差し込む陽光を受けて、飄々と男が言った。
一体いつからそこに立っていたのか、気配らしい気配なんてものを全く感じなかった。
気配、殺気、気迫。これらを感じ取ることに自信のあった俺としては、驚愕を超えて笑うしかない。
だから俺はハッと乾いて嗤い、構えを解いては男を睨んだ。
「誰だよテメェは?」
「そんなこと訊いてぇ、本当は分かってんだろ?」
男は無造作に生え揃えた顎髭を撫でながら、へつらうように笑みを浮かべる。
「俺が青年の探している旦那だよ。つまりこの雑貨屋の店主であり、街一番の情報屋だ。どうも、お見知りおきを」
手を胸の前に持っていき、腰を深く屈めては大仰しく挨拶をしてみせた。
「あんたが……」
俺が呟くと、男が顔を上げる。
壮年と思わせる顔つきに、垂れた瞼と眠たげな眼。覇気も無ければ気力も無い。男はそんな面をしていた。
だがその実――男の黒い瞳は全てを見透かさんとばかりに、怪しく、ぬるりと、奥で光っている。
油断ならない男だと俺は思った。
「怪しそうに人の顔をジロジロと見んなって……俺は噓なんかついてねぇぞ?」
白髪交じりのぼさぼさな黒髪を搔きむしっては、また怪しく笑みを浮かべる。
「噓吐いているかどうかなんて、〝旦那を知らない〟俺には判断出来ねぇな」
冗談めいて言いつつも俺は、脅すように機構弓剣をチラつかせる。
だが男は、俺に脅されたところで怯む素振りも見せない。
むしろ手の平をパンと叩いては「おう、言われてみれば確かにそうだ」とあたかもいま気付いたような反応を示す。
「でもよ、青年? お前さんにここの場所を教えた奴は、旦那って奴がどんな風体をしてんのか言ってなかったか?」
男の言葉通り、確かに言っていた。顔はまぁ見ての通りで、身長体格は俺と変わらず、服装は黒の長袴に開襟された淡黄色の襯衣。その上には刺繡が施された紺青の外套と、着る奴が着れば映えそうな物をだらしなく着こなしてるおっさんが旦那だ。と、おやっさんは言っていた。
照らし合わせてみると、うん、まぁこの胡散臭さを体現したような奴が旦那で間違いはなさそうだ。
俺は黙って機構弓剣から手を外し、それを肯定の意味合いとした。
「どうやら俺が旦那だって認めてくれたみたいだな。良かった良かった」
そう言って、男はさも安心したように笑う。
とても噓くさい笑顔だ。
人柄の良さを演出して、自身の胡散臭さを隠そうとしているのが見え見えだ。
まぁ俺も、あのロッシュとかいう副団長さんに同じことをかましていたわけだから人の事は言えないが。
それはともかく――この男が旦那と分かった以上、さっさと情報を貰うとしよう。
「んなことよりも、あんたには訊きたいことがあるんだ。まず――」
「ちょいと待った!」
男が手で制した。
「気が早すぎるぜ青年……そんなせかせかしてると女子に嫌われちまうぞ? まだお互いの名前も知らねぇんだからよ。な?」
身振り手振りを交えて軽口を叩く男の姿は、いちいち芝居掛かっていて、若干とは程遠い苛つきを覚える俺。
「名前なんざどうでもいいだろ。アンタは情報を売り、俺が買う。それだけだ」
「ところがどっこい! これが重要なんよ。どうやら、青年は何か勘違いしてるみたいだな」
怒気を込めて言ったところで、男の態度は変わらない。
たぶん無駄だと理解すると、俺は早々に諦めて慣れることにした。おっちゃんみたいに、一人相撲になってしまっては無駄に疲れるだけだ。
「……勘違い?」
俺が聞くと男は頷いた。
「そう、勘違いだ。どうやら青年は、俺達から情報を手に入れるのにただ金を払えばいいと考えてるようだが……そうじゃねぇ。まず、情報が欲しいのなら俺達の組織〈時勢の使徒〉に客として加わって貰う必要があるんよ」
は? と俺は思った。
あまりにも突拍子もなく、組織だとか〈時勢の使徒〉だとか挙句には加われとか言われたところで理解が追いつかない。
「ちょっと待て、それはどういうことだ?」
だから俺は説明を求めて男に聞いた。
「どうもこうもねぇ、そのまんまの意味さ」
だが、男はこうだ。
どうやら俺の質問の意図を理解してくれなかったらしい。
「いや、そうじゃなくて……情報を買うのに組織に入らなきゃならねぇ理由とか、〈時勢の使徒〉がどういった組織なのかを俺は訊いてんだ」
再度、質問の仕方を変えて男に聞くと「あぁ、そういうことか!」と、またわざとらしく手を打っては声を上げた。
なんというか、緊張感のないやり取りだ。
「そいつは確かに説明しとかねぇと、青年も納得いかねぇわな。いいぜ、話してやんよ。でもまぁ、立ち話もなんだ……あっちで話そう」
男が親指で部屋の奥を指し示す。そこには帳場があり、細長い台と椅子が二つ置いてあった。
つまり腰を据えて話そうってことか、これは長話になりそうだな。
理解すると俺は「分かった」と頷き、男に促されるまま部屋の奥へと足を向けた。
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