05
「それで、どんな奴なんだよ。その侵入者ってのは?」
俺の問いに衛兵が頷くと一枚の資料を取り出し、書かれた内容を読み上げる。
「まず外見から説明すると、全身を外套で覆い頭巾を目深に被っていた為、容姿性別を確認することは出来なかったそうだ。しかし、ちらと見えた前髪は朱に染められていたらしい。そして何よりも分かりやすい特徴としては小柄だということだ」
この時点で予感と予想は確証になって、俺の脳裏には一人の人物が浮かんでるわけだが。
「次に、この侵入者を捕らえんと国境警備隊一個分隊が動き戦闘になったのだが、数分と掛からず蹴散らされたそうだ。多種多様な魔法を一瞬で繰り出してきた事から、この侵入者が非常に高い魔力と技量を有する魔導士であることは間違いないらしい」
正解も大正解。
間違いなく、あの女だ。昨日のうちに出逢い、ほんの数時間前まで吞気にも共に馬車で揺られていた女――〝サラ・ソルシエール〟で間違いない。
そうすると別れ際の台詞もこういうことだったってことだ。
『街に着いたらあたしのことを知って、驚くでしょうね』
あぁ、驚いたよ。正直、額に手でも当てて「なにやってんだあの女」と嘆きたい気分だ。気分だけで実際にはしねぇが。
そんな事をして、俺達が侵入者の素性を知っていることがこの衛兵にバレでもしたらそれはそれで面倒だ。
自身の目的を優先したい俺としては、素知らぬふりをしてやり過ごしたい。
問題は果たしておっちゃんが黙っていられるか。
「マジかよ……その話が本当ならとんでもない奴がこのイデアルタに潜り込んだってことじゃねぇか。その侵入者、やっぱりオルフェーデの密偵か何かじゃねぇのか?」
どうやらそれがサラ本人ってことには気付いてないらしい。これは好都合だ。
「断言は出来ないが、その可能性も考えておくべきだろう。いずれにせよ侵入者を捕らえればわかることだ。……ちなみにお前達は旅の道中で、この侵入者と思しき人物を見た覚えはないか?」
「あ~……ねぇな。というより情報が少なすぎやしねぇか? この時期、商人や旅人含め街の外を出歩いてる奴等なんて外套纏ってんのが殆どだろ? 心当たりがありすぎて逆にわからねぇよ」
おっちゃんの言う事は正しい。
季節は寒いイヴェルミナス期を終えたばかりだ。これから暖かくなってくるとは言え、まだまだ寒いグランメナス前期では防寒として外套を纏ってるのが普通だ。そこから侵入者を絞る出すのは中々難しいだろう。
「俺もおっちゃんと同意見だな」
それだけ言うと、ここで初めて岩が渋い表情で唸った。
「やはり言う事は皆同じか……」
もう何百と聞いた答えだったんだろう、落胆混じりに呟いていた。
「ロッシュ隊長――」
そんな衛兵を隊長と呼び、駆け寄る二人の衛兵。
同時に隣でおっちゃんが「ロ、ロッシュだって⁉」と、素っ頓狂な声を上げる。
ロッシュと呼ばれた人物が何者か知らない俺は、誰だよと疑問に思いつつもおっちゃんの反応と隊長という事柄で、どういった人物か察しが付いた。
そして、そんな様子のおっちゃんをよそに、ロッシュと呼ばれた男とその部下二人は話を続けた。
内容を聞くに、どうやら馬車の中を調べ終えたらしい。
不審な者や人物がない事を部下二人から確認したロッシュが頷くと、二人の衛兵は一歩距離を置き、横に整列した。
「この者達より、お前たちの馬車に不審がないことが認められた。そして話を聞くに疑うべき点もないことが分かった。よって、首都イデアルタへ入ることを認めよう……長らく待たせてすまなかったな。それと協力を感謝する」
そう言っては微笑みはしなかったものの、最後の一言と頭を下げる姿にはしっかりと謝辞が込められていた。
気位の高そうな騎士と思ってたんだが、意外とこのロッシュという男はそこまで堅物じゃないのかもしれない。
でもまぁ、これでようやく街に入れる。
そう思うと俺は「それじゃあ許可も貰ったし、さっさと首都に入っちまおうぜ」と、おっちゃんを促し歩を進めた。
だけど、おっちゃんが動こうとしない。
何だ? と振り向けば、おっちゃんがロッシュの前で何度か頭を下げていた。
それをロッシュが分かったからと身振りで示すと、最後にもう一度頭を下げてからこちらにやって来る。
「どうした、おっちゃん?」
そう訊くと。
「どうしたって……俺の無礼を許してもらってたに決まってるじゃねぇか。まさか、あの衛兵がロッシュ・マクガイルとは思わなかったぜ。……てか、あんちゃんまさかロッシュの事を知らねぇとか言わねぇよな?」
「そのまさかだと言ったら?」
「噓だろあんちゃん……ロッシュ・マクガイルといえば、かつて反貴族派組織軍最強と謳われた七人の内の一人で現イデアルタ騎士団副団長を務める程の実力者だぞ?」
マジか。隊長と呼ばれてたからある程度の地位のある人物だとは思ってたけども、副団長だとは驚きだ。そして、その副団長を相手に騙るなんざ、俺も割と命知らずな行為をしていたってことか。
……いや、ちょっと待てよ。
「なんでそんなお偉いさんが衛兵の真似事なんてしてんだ?」
「……確かに、なんでだ?」
お互い頭を捻り思考するが、特段別に理由が知りたいわけでもない。
そのことに気付くと――。
「まぁ、大方人手が足りてないか好きでやってるかのどっちかだろ」
なんて適当に決めつけては、馬車と共に門へと向かった。
門をくぐるまでの僅かな時間。
俺は考えに耽っていた。
それは主にサラについてだ。
あの女が今このイデアルタを騒がせているお尋ね者。改め、侵入者ってのはさっきの話で判明したわけだが……。
今考えてみても、色々とおかしな点はあった。
まず、最初に出会った時の事。
あいつは学者を名乗り、調査の為あの土地に訪れたと言っていたが、そもそも学者が一人で外を出歩いてること自体がおかしい。
普通、護衛の一人や二人を連れてるもんだ。それこそ傭兵斡旋組合に頼めば、金次第でいくらでも護衛を付けてくれる。
まぁ、あいつの場合。それが必要ないってのは、この目で見てるから分かってはいるんだが。
それでも流石に、あのだだっ広い平原を馬にも乗らず歩いていたって時点で、お察しだったのかもしれない。
頭巾を目深に被っていたのも、あいつが言っていた落ち着くからとか集中出来るからとかって理由じゃなく、単純に顔を知られるのが不味かったってことだろう。
顔を晒したのは、俺達が侵入者の話を耳にしていないと確信したからだ。
そう考えると、あいつも人を欺くのが上手い。
まぁ、しかしだ。
何の目的があってこの国に侵入したのかは分からないが、条約を無視してまで越境してきたって事は余程の理由があるんだろう。
それがおっちゃんの言う密偵行動なのか、あいつが言っていた〝単語と存在〟の解明の為なのかは知らないけどな。
……恐らく。恐らくだが、たぶん後者なんじゃねぇかと思う。
あの研究に対する情熱は確かに本物だった。何か語っている時の目が本気だった。
だから何だって話だが。
もしそうだったとしたら、自身の目的の為に手段を選ばないヤバい女って事だ。
例え戦争になろうが、国に追われようが関係ない。自身の命すら軽んじる大馬鹿者ってことだ。
だとするなら、俺は共感してしまう。
俺自身もまた、目的の為なら手段を選ばない大馬鹿者だからだ。
もし、あの男が他国にいると知れば、俺もあいつと同じことをするだろう。
ようするに何が言いたいかというと、俺とあいつは似た者同士なのかもしれない。
なんて、あいつの前で言ったら「アンタと一緒にしないでくれる」って返されそうだが……。
そうだな。もし仮に偶然にもまた、バッタリあいつと出会うことがあれば今のことを言って茶化してみるのも面白いかもしれない。
もちろんあいつが侵入者だって事を踏まえてだ。
それぐらい俺にとっては世間のゴタゴタなんてどうでもいい。
俺は復讐さえ果たせれば、それでいいんだ。
お読みいただきありがとうございます。
因みに少し補足させて頂きますと、イヴェルミナス期は冬、グランメナスは春と思って頂ければ大丈夫です。後はシャルミナスが夏、フォルメナスが秋です。
それを前期、中期、後期とおよそ40日毎に三分割してる感じです。つまり一年がおよそ480日です。
人を含む動植物の成長具合もそれに沿った感じで、地球で言う10歳の見た目とこの世界で言う10歳の見た目は一緒です。つまり私たちから見たら長寿って事ですかね。そんな感じです。
では次回の投稿は明日、20時以降です。m(__)m




