04
「よし、馬車はそこでいい。これからお前たちには街に入る為の審査を行う。いくつか質問をするからそれに答えてくれ。その間に馬車の中も確認させてもらうが問題はないな?」
「あぁ、なんの問題もねぇよ。好きに調べな」
いかにも騎士らしい丁寧な喋りと、それに比べて素っ気ない態度のおっちゃん。明らかに、騎士に対しての不信感が見て取れた。
「わかった。では早速、質問をさせてもらう」
衛兵も衛兵でそういった態度はとられ慣れているのか、どこ吹く風で話を進める。
それをおっちゃんは軽くあしらわれたと感じたのだろう。先程より増した怒りが、恰幅のよいその身体から滲み出てきていた。
「まずは出身地と名前、職種を答えてくれ」
「出身地は旧シュドウェスト領のカルムって町だ。名前はメルカートル・ホスキン。職種は見ての通り商人だ」
衛兵が言い終わるの待たず、悪意を持って一息で言い切るおっちゃん。流石の衛兵もこれには少々腹を立てたのか、片方の眉毛をピクリと持ち上げた。
しかしそうするだけで何も言わず、すぐにまた元の融通の利かなさそうな顔へと戻すと俺の方に顔ごと視線を移した。
その衛兵の肩が僅かに上から下へと落ちるのを見た俺は、民を守る騎士もその民に邪険にされちゃあ形無しだなと心中哀れずにはいられない。
「君は?」
ため息混じりのその言葉を受けた俺は、さてどうすっかなと思考を巡らせては、頭に湧いてくる〝デタラメと真実〟を織り交ぜた言葉を〝あくまでも真実〟として衛兵に騙った。
「俺の出身地は旧フルール領のスリジエ。名前はリヒト。職種は特にない。旅しながらその都度人助けでもして、必要な物を得ては気楽に生きてる道楽者だよ。おっちゃんともそんな道中で出逢って、道すがらの用心棒としてこの街に来たってところだ。こんな感じでいいか?」
そう言って最後には気さくに笑って見せた。
自分の知りうる人を騙す上での定石は打ったつもりだ。後は衛兵が騙されてくれれば万々歳。
だったんだが、世の中そんなに甘くないらしい。
ふむと一つ頷くと、衛兵の目が細まった。
「ちょっと待て、一つ気になる事がある。リヒトと言ったか、姓は何という?」
やっぱりそこ突っ込まれるよな。
この堅物そうな衛兵のことだから、たぶん聞き逃さないと思っていたが予想通り過ぎる。まぁ、でも逃げ道はまだある。
「あぁ、それな。知ってたら答えてるんだが、生憎俺も自分の姓を知らねぇんだ」
「どういうことだ?」
「つまりは、生みの親の顔も知らねぇ捨て子ってことだよ」
「……そういうことか」
余計な事を訊いてしまったと、衛兵が目を伏せた。
だがすぐに、しかしならばと言葉を続ける。
「リヒト、君は今日までどうやって生きてきた?」
「そのスリジエって町に孤児院があるんだよ。そこを一人で切り盛りしている院長に拾われて、十二になるまでそこで育てられた」
「その後は?」
「物好きな独り身の爺さんに引き取られて、剣術やら狩り、農作から調理の仕方まで独りでも生きて行ける技術と知識を叩き込まれたよ。そしてその爺さんが先日亡くなっちまってな。どうせならって、こうして旅でも始めてみたわけだ」
自分で言うのもなんだが、よくもまぁこんなにもすらすらとデマカセが言えるもんだと自身で感心する。
口にした内容全てが噓ではないが、俺は十二まで孤児院にいてはいないし、あの師匠も死んでなんかいない。そもそもあの師匠がくたばる事が想像出来ない。
まぁしかしだ。話の辻褄はあってはいるから、これがデタラメと考える奴は少ないはず。そもそも、嘘か本当かをこの場で決めることは出来ない。もちろん後日、スリジエに本当にある孤児院を訪ねられたら噓だってばれるがそこまでの事をすることはないだろう。こいつらの仕事は今この場で俺の噓を見破ることじゃなく、目下国内を逃亡しているであろう罪人を捕らえることだ。俺たちの相手をしている暇はない。
「あんちゃんにそんな事情が、苦労……してきたんだな」
おっちゃんの目に涙が浮かぶ。
どうやら俺のデタラメな身の上話を信じ込んだようだ。
だが、対してこの衛兵、おっちゃんほど単純ではないらしい。
「ふむ……些か気になる点はあるが、噓を言ってるようにも思えないな。ここは君の話を信じることにしよう」
要約するに「お前の言ったことなんか信じてねぇよ」ってことだ。
これには流石、首都イデアルタの衛兵ってところか、観察眼がよく鍛えられている。
そんな衛兵に俺は「そりゃどうも」と再び笑って見せたが、相手はどこまでも岩の如く無表情だ。
そして、次の話を喋り始める。
「続いてだが……まず、私達がこうしていつもよりも厳重な審査を行っているのは何故か知っているか?」
「何故かだぁ? まるで大層立派な大義名分でもありそうな言い方じゃねぇか」
すかさず、おっちゃんが敵意剝き出しで衛兵に嚙みついた。
たぶんだけど、意地でもこの岩って感じの衛兵を動じさせてやるつもりなんだろう。中々におっちゃんも執念深い。
が、たぶんそれは一人相撲で終わる。
「事実、我らには〝これ〟を行う大義名分がある」
衛兵はおっちゃんと面と向って静かに、だがはっきりと言い放った。
その言葉からは、まるで岩が急に迫って来たかと思わせるほどの気迫と信念が伝わってきた。
「な……なんだよ急に……じゃあ、その大義名分とやらを聞かせて貰おうじゃねぇか」
圧倒されてしまったのだろう、声に覇気が無ければ怒りまでも沈んでしまっている。
相手にする岩がデカすぎたなおっちゃん。
そしてこの衛兵、やっぱり只者じゃないようだ。さっきの気迫、歴戦の戦士が放つそれに感じた。恐らく相当の手練れだ。
まぁ、それは置いといて話の続きを聞こう。
恐らくこれで、俺が気になってることの答えが聞けるはずだ。あまり当たっては欲しくない答えが――。
「いいだろう、事はイデアルタ共和国の今後を左右する話だ。心して聞け」
一拍の間。衛兵は息を吸い込むとまず一言。
「先日、オルフェーデ神聖国側からイデアルタ共和国との国境を越えて何者かがこの国に侵入した」
そう言った。
この一言だけで、はっきり言って俺の嫌な予感の半分は的中してしまったわけだが……この感じだともう半分も正解だろう。というより、半分当たった時点でもう半分も必然的に正解になっちまう。
「お、おい! それってまさか! 条約違反じゃねぇのか!」
おっちゃんに動揺が走る。
「そういうことだ。これはイデアルタ、アスルカム、オルフェーデ各三国間で五十年前に取り決められたデクステラ条約――その三条に触れる行為だ」
デクステラ条約――大陸の名を冠するこの条約は、簡単に説明をするなら三国間における向こう百年間の停戦を示したものだ。その内の三条を俺なりに噛み砕いて言うなら、〝特別な許可を持つ者〟以外の越境は禁止。もしそれを破った場合は、その国家自体が既に条約を破棄し侵略行為をおこなったとみなして、残りの二国で協力して潰しにかかるから「覚悟しとけよ」と言った内容だ。
特別な許可を持つ者と言うのは主に、三国に属さず中立的な立場で点在する組織――傭兵斡旋組合に所属する奴らの事を指す。
こいつらは戦争や内戦以外の荒事を生業とし、国が兵を割きにくい民間の護衛や僻地での魔物狩り等を行っている。言わば痒い所に手が届く存在ということで三国に根付き、国の内情を漏らさない約束のもと、越境の許可を貰っているわけだ。
しかしまぁ――。
これだけを見れば件を起こしたのはオルフェーデでイデアルタに問題はないはずだ。慌てることじゃない。なんて考える奴は余程の平和ボケした奴だろう。
このデクステラ条約、破ればその国の存亡に関わるほどの内容が示されているのは三条だけでもお分かりだ。だからこそ、この条約を百年の時まで守ろうと三国は今まで自国も他国も監視を続けていたわけだが。
それをオルフェーデが簡単に破棄したとなればそれは、圧倒的不利な状況に立って他の二国と戦争しようとも勝つことを確信しているということになる。
まぁ、あくまでもお隣がそのつもりだったらの仮の話だ。
オルフェーデが本意で条約を破棄したとは思えない。逆に今、一番慌ててるのはオルフェーデ側だろう。俺の嫌な予感が正しければ。
「それじゃあ戦争が始まるってことかよ……」
おっちゃんの顔が青ざめていく。
「それはまだわからない。だが、条約が破棄されたことは変わらない。それも視野に入れ、現在イデアルタ騎士団は動いているとは言っておこう。そして我らが国家元首もオルフェーデに侵略の意思はあったかどうかを問いただす為、近くエグリムの地にて他二国の長を招集し、ギルド長を含めた緊急の会議を執り行う予定だ。その為にも我ら騎士団は侵入者を即刻捕らえなければならないのだ。でなければ、会議は開けない」
冷静に事の重大性を説明する衛兵。
これだけでイデアルタが複雑な状況下に立たされているのがよく分かる。
さて、じゃあそろそろもう半分の答え合わせと行こうか。
お読みいただきありがとうございます。
次回の投稿は明日、20時以降です。よろしくお願いします。m(__)m




