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7.最初の朝

1日目の朝、トマスは扉を叩く音で目を覚ました。


「お嬢様、朝でございます。」

「……ん…?」


ぼんやりと目を開けると見慣れない天井。

そして見慣れない寝台。

一瞬、自分がどこにいるのか分からなかった。


「……」


そして昨日起きたことを思い出す。


「……あっ」


慌てて起き上がり、両手を広げて見てすぐに顔を上げた。


(そうだった…)


(僕、今エマさんなんだった。)


「お嬢様?」


扉の向こうから声がする。


「あっ、はい!」


返事をしてから、トマスは固まった。


(…はい?)


昨日のカンペを思い出す。


——六時半、侍女が起こしに来る。


そこまでは大丈夫。

だが、返事の仕方までは聞いていなかった…。


「失礼いたします。」


扉が開くと昨日の侍女が入ってくる。


「おはようございます、お嬢様。」

「お、おはよう。」


侍女は特に不思議がる様子もなく、カーテンを開けた。


(…よかった。)


朝一番から心臓に悪い。


「お身体はいかがですか?」

「あ……」


そうだった、筋肉痛だ!


「まだ、少し…」

「それでは本日もお支度をお手伝いいたしますね。」

「お願いします……」


侍女は嬉しそうに微笑んだ。

昨夜もそう、手伝いを頼むと彼女は嬉しそうな顔をする。


(エマさん、いつも断ってるって言ってたけど…)


トマスはそれ以上考えず、侍女に任せることにした。


洗顔を済ませ、鏡台の前へ座る。

侍女が髪を梳かしていく。

そこでトマスは初めて、鏡の中に映るエマの顔をじっくりと見た。


長い前髪、少し荒れた肌。

俯きがちだから気付かなかったが、こうして正面から見ると、思っていたよりも…。


「……」


トマスは首を傾げた。

顔立ちも体型も確かに、綺麗とは言えないが…


(…そんなに酷いかな?)


昨日、エマは言っていた。


——こんな身体を、人に見られたくなくて。


その言葉を思い出した。

そしてトマスは鏡から視線を逸らした。


…自分だって似たようなものだ。

人のことなら、こんなふうに思えるのに、自分の顔を鏡で見れば、欠点ばかりが目についてしまう。


「お嬢様?」

「あ、いや…何でもない…わ」

「前髪はいかがいたしましょう?」

「…え?」

「いつものように下ろしますか?」


トマスは鏡を見ると、長い前髪が目にかかっている。


「……いつも通りでお願い。」

「かしこまりました。」


今は勝手なことをするべきじゃない。

だってこれはエマさんの身体なのだから。



一方、トマスの身体で目を覚ましたエマもまた、見慣れない天井を見つめていた。


「…………」


数秒後。


「……そうだったわ。」


小さく呟くとゆっくり身体を起こす。

身体が重い…いや、重いというより。


「…なんか大きい。」


自分の身体とは、感覚がまるで違う。


手も大きいし腕も長い。

立ち上がれば視線も高い。

昨日も分かっていたつもりだったが、一晩眠って目覚めると改めて奇妙だった。


着替えを済ませ、食堂へ向かう。

扉を開けると、すでに兄二人が座っていた。


「おはよう、トマス!」


次兄がすぐに声を掛けてくる。


「お、おはようございます。」

「…ございます?」

「!」


エマは固まった。

次兄が不思議そうな顔をする。


「トマスどうした?」

「い、いえ。」


長兄が新聞から顔を上げた。


「まだ疲れているのか?」

「…少し。」

「そうか、無理するなよ。」


それだけ言って、また新聞へ視線を戻す。


(…優しい。)


エマは少し驚いた。

トマスから兄たちの話を聞いた時はもっと、彼を見下している人たちなのかと思っていたからだ。

父親から比べられているとも聞いていたし…。

けれど、少なくとも兄たち自身はそうでもないらしい。


席につく。


パンとスープ。

卵にそして、豆。


(……あ。)


——豆×


エマはカンペを思い出した。

トマスは豆が嫌いだ、食べない方が自然だろう。

そう思って豆を避けていると、次兄が笑った。


「お前、本当に豆食わないよな。」

「……はい。」

「俺にくれよ。」

「え?」

「食わないんだろ?」

「あ……どうぞ。」


皿を差し出すと、次兄は当然のように豆を自分の皿へ移した。


(…いつも、こうしているのね。)


ほんの些細なこと。

けれどエマはそれを忘れないよう、頭の中に書き留めた。


あとで日記にも書いておこう。


———


なんとか学園へ着いたトマスは教室へ向かいながら、無意識に辺りを見回していた。


(エマさん……)


どこだろう。

自分の姿ならすぐわかるはずなのに、なかなか見つからない。とその時、廊下の向こうに、見慣れた黒髪が見えた。


「あ。」


向こうもこちらに気付いた。


「……あ。」


二人とも足を止めた。

昨日までなら、目が合ってもそのまま通り過ぎていただろうが今日は違った。


トマスが少し早足になる。

エマも同じように近付いてくる。


「お、おはよう。」

「おはようございます。」

「……。」

「……。」


顔を見合わせる。

言いたいことは山ほどある。


「昨日……」

「昨日……」


同時だった。


「あっ。」

「す、すみません。」

「いや、僕こそ。」


また二人とも黙った。

そして、


「…大丈夫、だった?」


トマスが尋ねた。

エマは少しだけ笑った。


「はい。」

「トマスさんは?」

「……なんとか。」

「私もです。」

「……。」

「……。」


二人は顔を見合わせた。

それだけなのに、トマスは昨日からずっと張り詰めていたものが、少しだけ緩むのを感じた。


エマも同じだった。


昨日までほとんど話したこともなかった相手なのに、今は、自分の姿をしたその人の顔を見るだけで、こんなにもほっとする。


「…昼休み。」


トマスが言った。


「昨日の場所で話そう。」

「はい。」


エマは頷いた。


「報告したいことが、たくさんあります。」

「僕も。」


二人はもう一度だけ顔を見合わせ、会釈すると教室へ向かった。


三日間のうち、これはまだ一日目。


それなのに、二人の手帳とは別の新しいノートには、すでに相手へ伝えたいことでいっぱいになり始めていた。

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