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5.引き継ぎ

「…まずは」


トマスは手帳を取り出した。


「今日を乗り切る方法を考えよう。」

「はい。」


エマも手帳を取り出す。


「今日の夜」

「明日の朝」

「それから学園」

「…順番に確認しましょう。」


二人は頷き合った。


「じゃあ、まず家から…」


トマスが手帳を構える。


「エマさん帰ったらまず何がある?」

「侍女が出迎えてくれます。」

「…そうか」

「着替えますね」

「……」

「それからお風呂。」

「…………。」


トマスの顔から血の気が引いていく。


「心配ではあるけれど、さっきエマさんが言ってた通り…」

「はい、今日は筋肉痛、と言ってください。」

「筋肉痛だね…」

「身体中が痛くて、一人では着替えられないから、と」

「それで大丈夫かな」

「多分、大丈夫です。」


トマスは急いでメモ帳に書き込む。


——筋肉痛

——侍女に任せる


「他には?」

「髪も任せてください。」

「わかった。」

「………」

「なるべく見ないようにもするし、その、侍女さんに任せるから…安心して」


エマはそれを聞いてくすりと笑った。


「次は僕だね…」


トマスは手帳をめくる。


「兄が二人いるんだ」


エマも書き始める。


——兄が二人


「長兄さんは?」

「とても真面目な人だ。」


——長兄は真面目


「次兄さんは?」

「明るくてよく喋る。」


——次兄はよく喋る


「トマスさんはどんな…?」

「……」


トマスは少し考えた。


「だいたい…聞いてるだけ、かな」

「相槌はうちますよね?」

「そうだね、相槌を打つだけで大丈夫だよ」

「相槌だけ…」

「うん」

「……」


エマはそのまま書き込む。


——聞いてるだけで大丈夫


「無理に喋らなくていいから」

「はい。」

「次は朝、だね」

「ええ…」


エマが頷いて言う。


「六時半に侍女が起こしに来ます。」


——六時半


「寝起きはそんなに悪い方ではないですが、侍女に委ねる形で大丈夫かと…」

「わかった、朝食は…」

「パンと紅茶です。」


——パン

——紅茶


「ジャムは?」

「苺です。」


トマスは無言で書き足す。


——苺ジャム


「他には?」

「特にありません。」

「わかった。」


トマスは小さくため息をついた。


「次は僕だね」

「はい。」

「朝食は兄さんたちと一緒。」


——兄二人と朝食


「好き嫌いはありますか?」

「豆かな…」

「豆がお嫌いですか?」

「うん、恥ずかしい話、豆は避けて食べている。」


——豆×


「あとは猫舌だからいつも冷ましながら食べるよ」


——猫舌


「…それくらいかな」

「……」


エマは手帳を見返す。


「これで…足りますか?」

「……」


トマスも自分の手帳を見る。


「足りない気がする…。」

「私もです。」


二人は同時にため息をついた。


「学園生活は…」

「席は、わかりますよね」

「ああ、雑談は…」

「話しかけられた時に相槌は打つようにしていますが、自分から話したりは、しませんね…」

「それは同じだ…それで昼休みは」

「…ここです」

「友達は。」

「……。」


二人は顔を見合わせた。


「いない。」

「……いません。」


思わず同時に答えてしまう。


「…………」

「…………」


少しだけ気まずくなって、二人は苦笑した。


「他に何かある?」


トマスが尋ねるとエマは少し考え込む。


「あっ。」

「なに?」

「階段です。」

「階段?」

「スカートなので。」

「あ。」


トマスは慌てて書く。


——階段注意


「あっ。」

「どうしましたか?」

「兄さんが…」

「はい…」

「たまに肩を叩いてくる。」

「え?」

「いつものことだからあんまりびっくりしないようにして欲しい…」


エマも真剣にメモを書く。


——兄から肩を叩かれる



やがて二人の手帳は細かな文字で埋まっていた。

トマスはそれを見つめる。


「……これで」


エマも自分の手帳を見る。


「何とか…」


二人は顔を見合わせた。


「……なるでしょうか」

「……」


トマスは苦笑した。


「…ならない気がする」


エマも小さく笑う。


「私もです…」


不安は消えなかったが、二人は手帳を胸にしまい、同時に深呼吸をした。


——今から三日間、僕はエマさんの人生を預かるのだ。

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