4.どうしよう
「…………」
「…………」
校舎裏はシンと静まり返っていた。
トマスは目の前に立つ”自分”を見つめる。
いや、違う、自分の身体に入ったエマさんだ。
向こうもまた、エマさんの身体になった自分を見つめている。
「…………」
「…………」
しばらく、二人とも口を開けなかった。
やがて
「…ご、ごめんなさい。」
先に謝ったのはエマさんだった。
「えっ!?」
トマスは思わず顔を上げる。
「な、なんで謝るの…!?」
「私が…本に触ってしまったので。」
「ぼ、僕も触ったよ!」
「でも……」
「いや、だから僕も!」
二人とも慌てて首を横に振る。
「…………」
——また沈黙…どうしよう。
二人とも同じことを考えていた。
「と、とりあえず…」
ようやくトマスが口を開く。
「戻る方法を探そう。」
「は、はい、そうですね!」
二人は古びた本を開き、最初から最後まで何度も読み返した。けれど戻る方法らしきものは、どこにも書かれていない。
「ない…」
「ありませんね…」
肩を落としたその時、閉じたはずの本が、ひとりでに開いていき、最後のページで止まった。
そこへ淡い光と共に、新しい文字が浮かび上がってくる。
『術は三日で解ける。』
「三日…」
「三日ですか」
さらに、その下へ文字が浮かぶ。
『無理に抗えば、互いの心を損なう。』
二人は顔を見合わせた。
「……つまり」
トマスが小さく呟く。
「三日待つしかない、ってことかな。」
「そう……だと思います。」
また沈黙が落ちる。
「……学園、休みますか?」
エマさんがおそるおそる聞いた。
少しだけ考え、首を振った。
「二人とも急に休んだら目立ちそうだよね」
「そうですね…」
「僕たち、友達はあまりいないけど」
「……はい」
「それでも不自然だ。」
エマさんも静かに頷いた。
「それに授業についていけなくなってしまったら…」
「それは…私もそうです…」
「じゃあ……」
トマスは深呼吸をした。
「三日だけお互いのふりをしよう。」
「……はい。」
「目立たないように。」
「はい。」
そこで二人は、同時に固まった。
「…………」
「…………」
「……着替えどうしよう」
トマスがサッと青ざめる。
「……お風呂も」
エマさんが小さく続けた。
「…………」
「…………」
二人そろって頭を抱えた。
そしてしばらく考え込んでいたエマさんが、遠慮がちに口を開く。
「あの……」
「うん?」
「侍女にお願いしてください。」
「え?」
「なるべく、ご自分では……見ない方が。」
トマスは目を丸くした。
「そ、そうか、女性は侍女に身の回りの支度をしてもらうのか!」
「本来は…そうですね」
「本来は?」
エマさんは恥ずかしそうに俯いた。
「私が…その、断っていたんです」
「…どうして?」
少し迷ってから、エマさんは小さく笑った。
「…こんな身体を、人に見られたくなくて。」
その笑顔は、どこか寂しかった。
トマスは何と言えばいいのか分からず、黙ってしまった。エマさんは慌てて話題を変えた。
「だから今日は……その、筋肉痛、とでも言ってください。」
「筋肉痛?」
「身体中が痛くて、一人では難しい、と。」
「それで大丈夫なの?」
「多分……。」
トマスは少し考えて、小さく頷いた。
「わかった。」
「僕…エマさんとして、この身体を、大事にする。」
その一言に、エマさんは少しだけ目を見開き、そしてほっと息をつく。
「…ありがとうございます。」
「それと僕の方も。」
今度はトマスが口を開いた。
「兄さんたちに何か聞かれたら、無理して合わせなくていいから!」
「え?」
「僕、普段からあまり喋らないから。」
「……」
「黙ってても、多分そんなに変には思われない。」
エマさんは思わず小さく笑った。
「ふふ……」
「あっ」
トマスは慌てる。
「ご、ごめん。」
「いえ。」
エマさんは首を横に振った。
「少しだけ、安心しました。」
「……よかった。」
二人はようやく、小さく笑い合った。
まだ不安は消えないが、それでもさっきまでよりは、少しだけ心細さが薄れていた。




