2.女はいいよな
前世を思い出してから一か月ほど過ぎた学園でのこと。
トマス・ベネットは今日も昼休みになると教科書を閉じ、騒がしい教室から逃げるように立ち上がる。
誰かと昼食の約束があるわけではない。
人の少ない場所で、一人で食べるためだ。
その方が気楽だった。
前世ではトイレで食べていたなと思い出しながら、それよりはマシだと弁当を抱え、教室を出る。
途中、中庭では女子生徒たちが輪になって話していた。
「あはは!」
笑い声が聞こえる。
その中に、僕がいうのもなんだが、あまり可愛くない同じクラスのエマ・カーターの姿もあった。
…女はいいよな、いつも楽しそうだ。
男みたいに剣術で競わなくてもいい。
笑っていれば誰かが話しかけてくれる。
少なくとも、僕にはそう見えた。
そしてそのまま視線を逸らし、校舎裏へと向かう。
人気のない木陰のいつもの場所へ腰を下ろす。
「…静かだ」
昼くらい、誰にも気を遣わず過ごしたい。
そんなことを考えながら弁当を食べ終えると、鞄から一冊の古びた本を取り出した。
実家の書庫で見つけた本だ。
埃をかぶり、誰も読んだ形跡がない。
表紙には古い文字で題名が刻まれている。
『相互理解術』
「変な本…」
魔法書で、禁書らしい。
もっとも、本当に禁書なのかどうかは分からない。
だって難しい言葉ばかりで、半分も理解できていないのだから。
「相手を理解する魔法…?」
そんなもの、本当にあるのだろうか。
トマスは苦笑しながらページをめくっていく。
⸻
一方その頃、エマ・カーターは教室を出ていた。
なるべく目立たないように、いつものよう一人になれる場所へと向かう。
背後から、女子たちの声が聞こえてきた。
「あれ? エマは?」
「もう行ったんじゃない?」
「また一人?」
「うん。あの子、一人が好きみたい。」
「変わってるよね。」
「まあ、人それぞれじゃない?」
エマは振り返らず、聞こえなかったふりをして歩き続ける。
…違う、一人が好きなんじゃない。
一人の方が楽なだけよ。誰にも気を遣わせなくて済むし、誰にも気を遣わなくても済む。
そして今日も、いつもの場所へ向かう。
歩いていると、グラウンドから男子たちの声が聞こえてきた。
「一本!」
「今の惜しかったな!」
木剣を打ち合わせながら笑っている。
…男はいいよね。
力があれば認められる。
堂々としていればいい。
私みたいに、空気を読み続けなくても生きていけそう。
そんなことを考えながら、エマは校舎裏へ向かった。
もちろんその木陰に、自分と同じように一人で昼食を食べている少年がいることなど、知らなかった。




