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1.僕はいつもこうなんだ

「トマス、お前も少しは兄たちを見習ったらどうだ」


父の言葉に、トマス・ベネットは小さく肩をすくめた。


「…はい」


それ以上は何も言えなかった。

言い返したところで空気が悪くなるだけだ。

だから黙って頭を下げる。


長兄は剣術も学業もそこそこ優秀で、誰にでも礼儀正しいし、次兄は人当たりがよく、笑顔一つで大抵のことは上手くやってしまう。


二人とも飛び抜けた才能があるわけではないが、トマスにはどう頑張っても届かない存在だった。


食事を終え、自室へ戻る。


廊下ですれ違った使用人が立ち止まり頭を下げるのを見て、自分の方が主人なのに、反射的に頭を下げてしまう。

使用人は一瞬だけ困ったような顔をしたあと一礼すると去っていった。


「……」


またやってしまった…。

部屋へ入り、椅子へ腰を下ろして見回した。


机には読みかけの本が伏せて置いてあり、壁には学園で使う木剣がかけられている。


どちらも中途半端だ。

勉強も、剣も、魔法も、僕は何一つ人並み以上になれない。


「はぁ…」


ため息をつき窓を見た。

窓の外では、庭で長兄と次兄が剣を合わせていた。


楽しそう…でもああいう輪の中へは入れる気がしない。トマスは視線を逸らし、小さく呟いた。


「僕は…いつもこうなんだ」


その瞬間だった。


——いつも?


自分で言ったその言葉が、妙に胸へ引っかかった。


「…え?」


頭の奥が熱くなり、ザワザワし始めた。


——知らない景色

——高い建物

——人混み

——信号

——電車


聞いたことのない言葉たち…いや、違う。

僕は知っている、全部。


「な、んだ…これ…」


ある男の人生が、頭の中へ雪崩れ込んできた。


——学生服

——就職活動

——会社

——満員電車


夜遅くまで働いて、誰もいない家へ帰る毎日と、そして


『あいつはいいよな』

『実家が太いと違うな』

『俺も才能さえあれば』

『せめて顔が良ければ』


そんなことばかり考えていた、一人の男。


「…これは…僕?」


トマスは息を呑んだ。


違う…いや、違わない。

その男が考えたことも、見た景色も、情けなくて落ち込んだ気持ちも全部、自分のことのように分かる。


「…前世?」


しばらく呆然と座り込んだあと、トマスはようやく顔を上げた。


「そうか…」


——異世界

——前世

——転生


昔、前世の自分が夢中で読んでいた物語たち。


「本当にあるんだ…」


胸が少しだけ高鳴る。


ということはもしかして、何か特別な力や隠された才能が…トマスは立ち上がると鏡の前へ向かった。


そこに映っていたのは。


黒髪に、どこか卑屈さがにじんだ、不細工だと言われるような顔つきで、猫背気味の自信なさげな少年だった。


「…………」


それは期待していたような主人公の姿ではなかった。


「…転生したのに…これ?」


まじまじと鏡に映る顔を見るが、イケメンどころか不細工だと言われる顔つきだったので思わず苦笑した。


「はは……」


異世界へ転生しても。

兄たちと比べられて、自信もなくて。

見た目もこんなだし、結局、僕は僕らしい。


鏡から目を逸らし、ベッドへ倒れ込む。

天井を見つめながら、小さく呟いた。


「…せめて女だったら、もう少し人生イージーだったのかな」


もちろん、本気でそう思っているわけではない。

けれど、学園で見かける女子たちは、いつも楽しそうに笑っている。


男みたいに剣で競わなくてもいい。

あんなふうに笑っていられたら少しは生きやすいのかもしれない。


そんなことを考えながら、トマスは目を閉じた。


もちろん、その考えが。


数日後、自分自身をひっくり返すことになるとは、この時は夢にも思っていなかった。

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