25. 噂の泉と、つかってるだけのあたしのはなし
復活の泉?それはレイジに聞いた村の噂。萎びた野菜や美味しくない果物を浸すと救ってくれるらしい泉。心当たりはあったけど、仕組みの方はからっきし。いいや、暑いし浸かりながら考えよ……。
妖精スフレと魔法使いレイジの、少し甘い日常のひとコマ。毎回独立、一話完結の掌編。
※イラストは AI生成(ChatGPT)です。
「復活の泉?」
それはヒトの村に来た朝にレイジに聞いた噂。
何やら村の片隅の泉に、野菜とか果物を浸しておくと元気になったり美味しくなるらしい。
へーって聞いて、照りつける太陽にふへーって喘いで、今はぽちょんと泉の中。
長い髪がでれーっと水中で広がっていくのに任せる。
最近特に気温が高く、何も遮るものがない空中を飛んでたら暑くて仕方ない。
水に浸かれば、ほわぁって生き返る感じ。
あたしの魔力属性は、陽。だけど日差しに強かったりとかは無い。
むしろ暑いのは苦手……。
……変じゃ無いってば。
水属性の魔法使いが溺れたり、火属性の魔法使いが火傷するのと一緒。
ちなみにあたしを拝み倒されても、陽光を弱める魔法なんて知らない。
これも風属性の魔法使いに嵐が止められないとかと同じ、当然のことなんだから。
ひとり雷属性で自然発生の雷を蹴散らすお方を知ってるけど……。あんなのは例外。あっちがおかしい、規格外。
そんなわけで、泉に浸かって翅を一直線に伸ばし、水面にぷかぷか浮かぶ。
この泉の大きさは、レイジの半分程度。
彼には狭いだろうけど、あたしが浸かるなら十二分に広い。
ああ、火照った身体が冷えてくのが気持ちいい。
水。暑い日に冷たいって贅沢。やっぱり湧き水っていいよね……。
噂を聞いたから、今日はちょっとばかり期待してやってきたんだけど。
別にいつもと何にも変わらず。
精霊とか魔法とか、そういう片鱗は何にも感じない。
ひょっとしてここじゃ無いのかなー……。
精霊のいる泉。
大体、そういう加護とかくれる精霊って植物由来で変じてるのが多い。近くに来たよしみみたいなので、魔力を分けて元気にしてくれるの。
森の奥地の、木のうろの中にあったっけ。そういう水溜り。絶対に育てたい貴重な種とか浸しに行かされたなぁ……。
目を閉じると浮かんでくる思い出。
あたしにも魔力分けてくれたらいいのにって、種と一緒に浸かってみたこともあったっけ。
……結果は。種に陽の魔力が混じって怒られたっけか……。
まぁ、泉自体に秘密がないなら、外部要因ってことなんだろうけど。
翅を半分起こして半回転。片翅で水を掻いてボートみたいにぐるっと周る。怠惰なことこの上ないけど誰が見てるわけでも無いし。
見回して感じるいつもとの違いといえば、浮かんでるものだろうか。
葉野菜、葉野菜、芋、果物。
どれも品質はやや貧相で、原因というよりは、単に恩恵待ちの一団。
日照りをもろに受け、葉の縁が縮れた野菜、小さくて、硬そうな芋。
そして手近にぷかぷか浮かんでる果物は……。
さっきふらふら村を翔んでたら貰った果実。
これは、あたしが浮かべたものだった。
何の実なのかは知らないけれど、熟れれば甘くて美味しいらしい。
薄黄緑の実に手を触れて、水面でくるくると回転させる。実の微妙な凹凸が、ぱしゃぱしゃ水面を跳ねさせた。
まだまだ石みたいに、かったい。
誰かがつけたナイフ傷があるけど、傷つけて調べるまでもなく、食べごろは程遠い。
そんな感じに、水面に浮かぶ先客たちは雑多。
けれど泉に漂うのは神聖さよりも生活臭。
浮かんだものの共通点は、どれもこれもあたしより大きいってことくらいかなぁ。
『貧相』は、共通点じゃないってば!
小さいけど凹凸はあると自認してるんだから。
………………ヒト視点じゃ誤差だけど。
おっとと脱線。泉に浮かんでるのはそんなとこ。
どれもこれも見たまんま。大した魔力も精霊の気配もまるきり何も感じない。
他に泉にあるのは……沈んでるコイン。銅貨ばかりが数枚程度。
こちらも不審な点は、特に無し。
つまり現状本当に、見渡す限り不思議なものは何にもない。
目を閉じて、見えない魔力の気配も探るけれど。
……絶無。何にも反応なし。
むしろ水の魔力は少ない寄りで、通した魔力はすっと溶けて消えていく。
これもごく普通の反応。だから泉の正体は、ますますもって澄んでるだけのただの水。
無理やりに魔法的に考えれば、コインが何かの触媒?
ここにいるかもしれない精霊への対価になる?……のかも。
…………
コインで喜ぶ精霊って、すごく人間的というか、俗すぎて嫌だなぁ……。
顔に垂れた髪をかきあげて、そのまま解して水中に広げてく。
暇にまかせて、思考も感覚も回り道してみたけれど、結論はやっぱり変わらない。
復活の泉なんて、気のせいじゃ無いかなー。
近頃じゃ、冷やせば何でも美味しいし。
思考を区切るように、腕をぱたんと下ろせば、反動で、身体が揺れて浮かんで波のひとつになっていく。
薄目を開ければ、空に居座る眩い光。
照りつける日差しで、あたしの翅も野菜みたいに萎びてしまいそう。
やる事ないし、やる気もないから、陽の魔力も溜まる一方で。
ふーっ、と息を吐く。
水に入れば、本当に気持ちいい……。
漂ってれば、熱も余分な力も抜けていく……。
……これが、最近のあたしの日課。
レイジを待つ間中、何にもせず泉に漂ってるだけ。
いいじゃない……。このところ立て続ってなだけで。これからずっと毎日ってわけじゃないんだし。
◆◇◆◇
鐘の音が水面をさざめかせる。
お昼を告げる鐘だった。
結局それらしき魔法も存在も、何の片鱗も感じることはなく。
目をぱちっと開けて、うーんっと仰向けから身を起こしたあたし。
瞳に飛び込んできた光景は……。
瑞々しい葉っぱの野菜たち。
「……え?」
びくっと翅と肩を動かし、その拍子にバランスを崩しそうになる。
驚きは二重。
見てわかる周囲の違いと、思わず探った周囲の魔力と……。
……いやいやぼーっとしてるうちに誰かが、入れ替えただけだって。
そんなあたしが、水中に手をついた拍子に触れたのは。今は沈んでる。艶のある膨らんだ芋たち。
それは下に、ぽんと泉の底に押しやって。
はてさて持ってきた果物は……。
うん……冷えてる。
………………。
泉の水を、手で掬う。
たっぷりと陽の魔力を含んだそれを。
…………さあて。レイジを迎えに行かなくちゃ。
気のせい気のせい。気にしない。
だって精霊なんて居なかったし。
身を起こし、翅先から雫を散らして翔び立って、ざばっ、と果実を引き上げる。
黄色く柔らかくなって。食べごろの甘い匂いを漂わせたそれを、あたしはしっかり両腕で抱える。
気温と日差し。そして水、浸けた泉。
これ程に溢れかえるほどの陽の魔力があれば、熟れるのなんてあっという間かぁ……。
しみじみ抱きしめて。
ナイフ傷だった部分から中に触った手のひらをひと舐め。
ちょっと酸味、そしてすっきり甘い。誘う匂いに見合った充分な味だった。
冷やしたからその味は一際、身体に染み渡りそう。
……それで。レイジに振る舞うべきかって、思い至った。
舐めた手のひらを見つめる。
だって…………精霊じゃなかったわけなんだけど。
でもでも、泉のせいなんだけど。
泉で、たっぷり陽の魔力を吸ったそれ。
ふんわり鼻をくすぐる、甘い熟れた果実の香り。
………………。
気にしない。気にしないったら。
……食べて貰わないなんて、もったいないんだから。
水にも溶けてたせいか、それとも吊るして運んでるせいなのか。なんか気づけば全身は、甘い美味しそうな匂いに包まれていた。
ぎゅっと掴み直し、実を身体に押し付ける。
身体と頭の芯を香りで揺らして、もう何にも考えないことにする。
そして溢れるきらきらの陽の光の中を、熱と香りを振り散らしながら、あたしは一途に一直線に翔び去った。




