23.冴え返る朝と、迎えてくれる手のひらのはなし
ある早朝、レイジのベッドで寝ていたスフレは冷たい風で目を覚ます。なんだかいい気持ちなのだけど、夢は何も覚えてない。すぐそばの寝ているままのレイジを見ながら、くるまって温まれるものを探す彼女が見つけたのは……。
妖精スフレと魔法使いレイジの、少し甘い日常のひとコマ。毎回独立、一話完結の掌編。
※イラストは AI生成(ChatGPT)です。
あったかい……。
禁断の感触だった。
優しくて、暖かくて、少し柔らかくて……。その下に、もっと熱い芯がある。
妖精の子は、初めにみんな教わること。
それに触れてはいけない。
それから逃げなくてはいけない。
危険で。留まってはいけないところなのに。
抱かれる、包まれる……その感触は至福そのもので――。
◆◇◆◇
まだ暗い、早朝だった。
冷たい風に、あたしは細く目を開ける。
……何もない。けれどもなぜか口角は少し緩く上がってて。背中の翅も揺れていた。
覚えていない夢見の味わいを留めるように。強く、ぎゅっと目を瞑ってから伸びをする。
そして、伸びた腕の指先で。お気に入りのクッションを探す。
下に敷き、抱きしめて寝たはずなのに。
なぜか離れたところに落ちていた。
指先で……。
届かなかったから、足で摘んで引き寄せて。
ぎゅっとして、…‥楽しむ。
お茶の葉の詰まったそれは、ふかふかでいい香り。
いつもなら、このまま二度寝なんだけど。
翅と身体を、ぶるぶるっと震わす。
……寒い。
薄く開けた瞼から、睨む先には開いた窓。
昨日、閉め忘れて寝たみたい。
そのまま上を見上げれば……。
いつもとは、ちょっとだけ違う。
何も無い天井。
そこにあった鳥籠は……。
リンデル村の……、誰だっけ……?
名前は忘れちゃったけど、よく卵をくれるおばちゃんに貸したのだった。
そして……。
瞳をまっすぐにすれば、そこに居るヒトの姿。
数日前の、真剣な彼の言葉を思い出す。
クッションを前に。少し影に隠れるように。
それ越しに、見えてる黒い髪に目を向ける。
……レイジ。
あたしの恋人。
羽ばたきのひと押しさえも不要なままに、彼の頭と寝ている顔が目に映る。
なぜだかうつ伏せに寝てる彼。
枕を超えて、ここから見えてるその顔の。確かに閉じてる瞼と睫毛を、身体の揺れを、見つめてしまう。
鳥籠が戻るまで、それまでは――。
……レイジの、すぐとなり。
とっても近くで……、すぐ近くで……。
息や睫毛が、触れる程にすぐそこで……。
思わず伸びてた指先が、寝息に触れた。
……ほんのりと暖かい。
近づいて、その前に身体を晒す。
膨らんだりしぼんだり、大きくなったり小さくなったり。
不思議な動きの空気を放つ、その縁に。
視線も指も、吸い寄せられて……。
……。
宙に、留める。
……起こしちゃ、悪いよね。
躊躇う指先を、暖かな風がくすぐっていく。
それと。身体を這い上がって震わせる、冷たい空気も。
昨日の夜。
彼が遅かったのを知ってたから。
何か包まれるものを持ってこようと思って、静かに翅を動かした。
そうしたら――。
「ん……。」
当たった風で、彼の髪と睫毛が揺れる。
翅を止め、様子を眺め……。変わらず続く寝息のリズムに安堵する。
翅はダメ。ならば他に何かいいものは、って見回して。
そして……。気づいた。
あたしの寝てたすぐ側にあったもの。
近づいていく。
一足で沈むつま先に、翅を止めたままでは真っ直ぐ立てないあたしの身体。
手を広げ、転ばないよう慎重に。
――それは上向きの。レイジの手のひら。
揃って並んで上を向く、指先たち。
離れたひとつの方に手を添えて。間からそっと、並んだよっつと、その下側を覗き込む。
迎えるような、少し曲がったそのカタチ。
息を吸い込む。冷たい空気を。
添えた指に、寄り添えば。
その温もりは背中へと、翅まで滲みて震えてく。
指先を、彼の指へと滑らせたその先で。触れ合った大きさ違いの同じモノ。
あたしのまで、……熱くなる。
片手を胸に添えた。
どくっ、どくっ、と鳴る鼓動。
衝動が、その内側を跳ね回る。
吸い込まれるように引き込まれるように。視線が、指先の続きを……、その後ろへとなぞってく。
受け止める、迎えてくれる、そのかたち。
触れてはいけない。
逃げなくてはいけない。
……だから今まで。自分から、なんてない。
……なのにもう、何回か。
触れて安らいだ場所でもあって……。
背中はぴりぴり、翅はそわそわ、踵は上がってゆらゆら揺れる。
……なのに心は、期待でとろりと溶けていく。
熱の籠る、視線と、手のひら。
揺れて、震えて。熱くなる。
冷たい風が、ふっ、とあたしの背を押してきた。
その勢いのままに――。
身体を投げ出すように。飛び込んだ。
「ん、ん……、んん……」
ゆっくり優しく、触れたあたしを包みこむ、レイジの指。
あったかい……。
身体の下から伝わって、じわっとあたしを包んでいく、彼。
大きくて暖かくて、少し柔らかくて……。その下にはもっと熱くて硬い芯がある。
胸に当ててる手のひらと同じなんて思えない。
胸の鼓動が、止まらない。
窪みに寝そべるあたしのために。指が曲がってその先が、あたしの翅に触れていく。
遠慮がちに止まったそれに身を寄せて。
あたしの手のひらを添えて引っ張って。
横倒しになったまま、隙間に身体を押していく。
狭くなる隙間に、翅が震えてびくっとなって、僅かに指を押し返すけど。
……もう遅い。
翅は、畳んだ形のままに。
あたしはすっぽり彼のなか。
捕まっちゃった。
……なんて嘘に。身を浸してく。
「ぅ、んん……」
小さく、小さく、身体を伸ばす。
とってもせまくて、翅も広げられないけれど。
密着してるとあったかい。
手のひらの凹凸にあたしのカタチを合わせてく。
身を寄せれば、彼の温度に染まってく。
痛くない。
抜けてる力が戻ったら……握られたら、たぶんきっと違うのだろうけど。
静かにしてれば、いまはぎゅっと抱きしめられてる感覚で。
温かで、柔らかで、すべすべのところを同じ指で撫でながら……。
誰にも見せない微笑みに顔が緩んでく。
髪を、頬を、胸を、脚を擦り付けて……。
満足し、そのまま目を――。
「……スフレ。」
声に、跳ねる。
思わず、ぱたぱたって手足を慌てさせて。
でも翅は……レイジの指先にあるままに。
留められて動かない。
「捕まえた。」
薄目を開けて、手のひらのあたしを見るレイジ。
その口が、瞳が、向いてる先は。
まるで……、悪戯っ子のようにあたしだけ。
見つめる視線を纏ったままに、動ける瞳でくるくると彼の周りをかき混ぜる。
「……仕方ないなぁ。」
手足を揃えて彼を見て。ふて寝。
「いつからみてたの?」
「スフレが……、動き始めた時かな。」
バツの悪そうに目を逸らす仕草に……、はっと気づく。
近かった顔に、クッション、それに……手のひら。
「――もう。本当に……。」
気を引くように、絡む視線と指先と。
うつらで感じた筈の撫でる指。
髪越しの感触を、比べるように味わって。
「もう少し、寝てようか……?」
ふかふかで、優しい言葉に堕ちていく。
「……うん。」
瞼を閉じながら、撫でる指を抱き寄せる。
頬に寄せ。その陰から彼の瞳を覗き見て。
閉じ側に、膨らんだ頬をふっと緩めながら。
あたしは、……あたしたちは。
少し鋭くなり始めた、朝の気怠い光に向けて。
このまま、ずっと待ってて欲しいの願いを込めて。
そっと、『おやすみ』を呟いた。




