18. 移りゆく景色と、変わらない花畑のはなし
雰囲気重視の掌編シリーズ。
毎回ひとつの独立したエピソード。どの話からでも、サクッと読めます。
基本、妖精スフレと魔法使いレイジの、少し甘い日常のひとコマです。
※挿絵は、AIイラストです。(使用ツール:ChatGPT Image Generation)
(挿絵: カフェで景色を眺めるスフレ(使用ツ―ル:ChatGPT Image Generation))
◆◇◆◇
「客かい?帰んな。」
いきなり凄いひとことを言い放ったのは、バルコニ―にひとり座ったおばあちゃん店主。
ここは、眺望のとても良いカフェ……の筈。
少なくともあたしはそう思ってる。
今は、パン屋のカイにたのまれた出張販売の途中だったんだけど。
ひょんなことから、王都から観光に来たヒトのご年配の一団を案内してた。
この店に来たのは初めて……と言うか、ずっと閉まってたから開いてるのを見たのすら初めてだけど。
「……なんで?」
聞き返しの動機は、本当にただの疑問。
だってバルコニ―はガラガラ。席があるのに誰も座ってない。
おばあちゃんの座ってるテ―ブルに、茶葉はダ―ス単位で揃ってるし、どう見ても皿にいっぱい焼き菓子もある。
「あ、ちゃ―んと、ヒトのお客さんだよ?」
念の為の補足。様々な事情で、異種族はお断りという主義の店も偶にはあるし。
「見えてるよ。だがお断りだ。
そもそも、なんでここを選んだ?」
「だって、眺めが一番良いとこだもの。
空を翔ぶのがいちばんとして、2番目にはここを挙げるよ。
いつも閉まってたのに今日は空いてたしさ。」
「……ふん。」
店主のおばあちゃんは不機嫌だけど、景色の話には満更ではない反応ぽかった。
「ここ、お店でしょ?違うの?
表にすごく立派な看板あったと思うけど。
ひょっとして、あれ置物?
ここは、ただの家だった……?」
ここに来る前にくぐった、バルコニ―に通じる扉。そこに掲げられてた木の看板。
『見渡す限りの花畑』と飾り文字で焼印されてたそれは、古いけれども、欠けも掠れも無かったし、寧ろ油も塗られて丁寧に磨かれていた。
「……店だよ。今日だけはね。」
店主はあたしを見た後、視線をバルコニ―の外に向けて大きくため息をついた。
「お前も客も……初めてだろうね。
仕方ない。入んな。
誉めそやしてくれた眺望は見せてやる。」
「お茶とその焼き菓子は買えないの?
お店でしょ?」
すかさず突っ込む。
表には確か、カフェと書いてた筈。
「ふん……。図々しい翅虫だね。
茶も菓子も銅貨5枚だ。どの茶葉もだ。
価値のわかる奴だけ買いな。」
絶対的な値段だけで言うなら、高い。
例えば、今あたしがバスケットいっぱいに抱えてるカイのパン、それはひとつで銅貨一枚。
お茶を4杯も飲めば、いまバスケットにあるパンをあらかた買える計算になる。
……でも、まぁ。連れてきたヒト達、あんまりお金に困ってなさそうだし。
案内の交換条件に、パンを買ってもらう約束をした時の光景を思い出しながら、了承する。
1枚という対価を、銀貨と勘違いされて次々に差し出されたのだ。
銀貨は確か、銅貨の10枚分。
いや、もちろん受け取ってないよ?
お金のコトはしっかりと。カイにもそう言われてるからね。
「スフレちゃん、ありがとうねぇ。」
こちらのセリフは、案内してきたお客のおばあちゃんの方。
市場でモタモタしてたから、ここまで誘導してきたことについてのお礼だろう。
パン購入との交換条件だから別に気負うところは無いんだけど。
渡された焼き菓子はありがたく受け取る。
このカフェのやつ。銅貨5枚の茶色の菓子。
齧ると甘い。
そして香ばしいけど……だいぶ硬い。
不味くは無いけど、変わった食感だった。
席の向こうには、市場の景色が広がる。
ちょうど小高い丘の頂上にあるここからは、活気ある市場が一望できた。
だからやっぱり、景色は満点。
行き交う人々や、露天の様々な売り物、謳い文句や工夫を凝らした看板など。
ここから見ると小さく作り物みたいだけど。
みえる全てに固有の動きと、ひたむきさがあって、見てて飽きない。
「……ふん!」
不機嫌なおばあちゃんが、ずっと座ってるのは誤算だけど。
とりあえず、店主には構わず。
お客の方のおばあちゃんたちを席に座らせて、翔んで注目を引く。
王都からのお客さんは、市場を観光したかったみたいだし。
なら、お店を紹介したらいいんだよね。
そっちは大得意。
村に来るたびに、市場の試食に釣られてウロウロしたあたしの情報網が光るとき。
お店の名前と位置と、売ってるものを次々に紹介していく。
……美味しくて安くて……、試食させてくれたとこだけね。
お肉中心なのは、単なるあたしの好み。
「ふん、ゴミゴミしてるだけさ。
昔の方が良かったよ。」
ささっと説明してたら、店主が横槍を入れてきた。
少しムッときたけど……、おばあちゃんを見る限り、わざと嫌味で言ったというより、心の底から湧いてきた呟きのようだった。
「昔は違ったの?」
「一面の花畑だったのさ。昔はね。旦那も――
……いや、昔の話さ。」
問い返すと、店主はぽつりと思い出を漏らしかけた。
「そうさねぇ。確かに10年前に私がここに来た時には、市場なんてなかったねぇ。
あぁ、たしかに綺麗な花畑が広がる丘だった。
懐かしいねぇ……。」
お客さんのひとりが呟く。
「おばあちゃん、昔の光景詳しいならさ。
みんなに話してよ。
きっと、当時を知ってる人が他にもいるよ。」
なので、店主に矛先を向けた。
だって、並んだ顔の中で、呟きに1番興味ありそうな顔をしてたから。
「なんで私がそんなことをしてやらなきゃいけないんだい……!」
「だって、その思い出の花畑、独り占めしてるからだよ。
気になるもの。聞かせてよ。おばあちゃんだけが知ってる話。」
くるくると店主の周りを飛んで、皆を誘導。
人懐っこそうな表情を浮かべたおばあちゃんを筆頭に幾人かが店主と同じテ―ブルに座った。
露骨にイヤそうな表情を浮かべる店主のおばあちゃん。
でも、席を立ったりとかはしなかった。
目の前の減ったお茶と焼き菓子を、周囲に並ぶ顔を、あたしを見て、そして、お店の看板を見て。
それから、ふぅ、とため息をついた。
「……仕方ないねぇ……。」
話し始めた店主とそれを聴くおばあちゃん達のテ―ブルを尻目に、それ以外のテ―ブルもくるっと見て回る。
女の人が抜けて、取り残されたのはだいたいおじいちゃんかな―。
「スフレちゃん、市場の店なんじゃが。
味見はできんのかの?」
ふらっと翔んでたら、席に座ったおじいちゃんに呼び止められた。
銅貨一枚で渡したパンと、紅茶のカップだけを持っての質問。
……なるほど、確かに。寂しい見た目。
何にもなしで食べ物の話だけ聞くのは辛いよね―。
「うん。買ってくるよ―!どこがいい?」
「じゃあ銅貨5枚で、さっき言ってたお店の肉を見繕えるかの?」
ふむふむ。
……と、翔びたちかけて、入れ物がないことに気づいた。
ないと余計にお金取られるんだよねぇ……。
ちょっとお高い店に案内した手前、銅貨一枚とはいえ余計な出費を重ねるのは忍びない。
くるくると周りを見回しても……。
ここにある容器は紅茶のカップくらい。
流石にそれに入れるのはね……。
ふと、おじいちゃんの手を見ると、そこにあるパンはまだ齧られてなかった。
あ、それ使えるんじゃない?
「おじいちゃん、そのパンに挟むね。」
売ったパンを返してもらい、パカっと開いてから、見えてる市場のお肉の店にまさに文字通りの一直線。
空は混みようがないし、雑踏も関係なし!
行列具合も一目瞭然。
ちょうど行列が途絶えた隙に潜り込んだ。
高度を下げた途端に、むわっとあたしを包む、お肉と油とスパイスが入り混じった独特の香り。
「お、スフレちゃんか。
カイくんとこの手伝いかい?」
声は、お肉屋のおじさん。
今日はちゃんとお客さんだから、お金を払ってパンに挟んでもらう。
「ん。そうだけど、ちょっと違う感じかな―。
市場を案内してるの、あっちの高台から。」
短く答えて、あっちの高台のほうを指す。
ちょうど陽の方向で、おじさんが眩しそうに見上げた。
「あ―、ランド―ルさんとこかぁ……。
そうか。今日が命日か。」
おじさんがちょっと気まずそうに呟いた。
まぁ、あのおばあさん、偏屈そうだものねぇ……。
それにしても命日?
「元々この一帯は、あのご夫婦のものだったんだよ。
開拓当時は閑静な土地でねぇ……。
老後を過ごすのに買った土地だったそうなんだが……、今この有様だろ?」
おじさんは、市場の喧騒を代表するかのように手を広げた。
「変わってく眺望に、それはもう、酷く怒られてなぁ……。
ちょうどご主人が亡くなった頃が、開発のピ―クだったんだよ。」
おじさんは、話しながら塊肉をすっとナイフで切り分けていく。
「今は、ランド―ルの婆さんが、爺さんの命日にだけ喫茶店をしとる。
昔を懐かしむためだけにな。」
さくさく切り取られて小さくなって行くお肉。
その魔法のような手際に、見入ってしまう。
「うっかり入ると、それはもう、どやされたものだが……。
そうか、客として入れたのか……。」
おじさんはパンにたっぷりとお肉を挟んで、それから返してくれた。
ちょっとおまけが入ってる気がする。
「ランド―ルの婆さんも、もうかなりの歳だ。
良くしてやってくれ。」
おじさんを見ると、いつもの売り文句の代わりにそんな言葉。
何かできるわけでは無いけど、なんて思いつつ、返してもらったパンを片手に、ばいばいと手を振って、ふわっと翔び立つ。
そのまま、おじいさんのもとへ。
店主のテ―ブルも、話好きのおばあちゃん達がうまく場を進めてるらしく、和やかそうな雰囲気。
耳をすませば、お店のお茶の葉が、かつてあった花畑に因んでいることの話や、店主の腕を褒める声。
意識して息を吸い込めば…… 、確かにここに漂うのは、市場の強い香りとは明らかに異なる、すっきりと落ち着いた香り。
店主のおばあちゃんを少し見直しながら、その横顔を見れば、嫌そうな表情が最初より和らいでる……気もする。
じっとみてたら、うっかり目が合ってしまったけど、彼女はあたしが吊り下げたパンと肉を一瞥しただけで何も言わなかった。
パンを渡したおじいちゃんには、別にめちゃくちゃに感謝される、と言うわけではなかったけれど。
「ありがとう」のセリフと、お釣りの銅貨3枚をそのまま貰った。
大変だったのは……その後。
今のやりとりを見ていた他のおじいちゃんたちからのリクエストが殺到し。
あたしは、市場とそのカフェを10回くらい往復することになった。
◇◆◇◆
……疲れた。
お客さんの一団に、別れを告げて。そして、貰ったお菓子で一休みしてたときだった。
傍には、中身のだいぶ減ったバスケット。
残った四つのパンと、それから市場のあたしおすすめの店の詰め合わせ。
途中から、何度も往復するのが面倒になって、市場の品を買って来て並べてたのだ。
「お前、面白い妖精だね。」
かけられた声の主は、店主のおばあちゃん。
褒め言葉なのかどうなのかは判断に困って、彼女を見る。
「お前はさ。ここのもっと昔の光景を知ってるんじゃ無いのかい?」
声に、呼び起こされたのは……。
懐かしいような寂しいような、不思議な感覚。
ヒトに混じって、レイジといて、同じように感じてたのが少し剥がされた気分で――
……違いを、少しだけ強く感じる。
「……そうだね。
種族の皆ほどじゃないけれど。」
息を吸って、言葉を切る。
店主の聞いてる気配を感じながら。
「あたしは、ここが森だった時を知ってるよ。
森が、草原になって、村ができて、市場ができて……。」
「森の方が良かったと思うことはないのかい?」
「あたしは……。」
新しい物が好きだし、と答えそうになったけど。
あたしを見つめる目に宿るものを感じて、別の言葉にする。
目の前に広がる、夕暮れの市場の光景。
ますます喧騒を深め、夕闇に抗うように光を強める景色に目を細める。
「あたしにとってはね。変わらない。なんにも。
花畑も、森も、市場も、自然の営み。」
真っ直ぐ前を、見渡す限りの凄い光景を、心に焼き付けるように。
「どちらが相応しいとかじゃなくて、ただ結果としてそこにあるもの。
ここはずっと、森で、花畑で、今は市場でもある。」
そして、この雄大な光景を作り出した、小さく見える者たちの姿を眺める。
「みんなここが大事で、集って、一生懸命に頑張ってる。
……だからさ。見てるとすごく楽しくて、飽きないよ。」
あたしの見ているその前で。
眩い夕日は、何もかもを同じ色へと包みゆく。
「……花畑は変わらない、か。」
おばあちゃんの呟きが聞こえた。
それきり、彼女もあたしも黙って。
ここから見える、沈みゆく陽の光とそれが照らし続ける眺めに浸る。
「……お前のやり方を真似ても良いかい?」
暗くなる景色の中でつぶやかれた言葉。
頷きは、もう見えないから言葉を紡がなといけない。
――ああそう言えば、カイに頼まれてたっけ。
「ひとつだけ、条件。
パンを買ってくれたらね!」
◇◆◇◆
「スフレ、お前いったい、何をどう売り込みに行ったんだ……?」
言われたのは、それから数日後。
レイジの用事のついでに村外れのカイのパン屋に訪れた時だった。
「ん―?どうしたの?」
「どうしたもなんのって……。
なんか、大量の定期注文が入りそうなんだよ。」
相変わらずの木箱に並べただけの簡素な店。
並んだパンの状況は……今日は、前よりも早いペ―ス。
店先で寝てても、バスケットを持って売りに回らされることはなさそう。
「丘の上に新しい軽食屋ができるらしいの知ってるだろ?
市場を回らなくても、市場のものを一通り食えるって店。」
「……初耳だけど?」
何故か知ってる体で話されたけど、知らないから、こてんと首を傾げる。
「いや、絶対にスフレ絡みだ。
気難しそうな婆さんが訪ねて来て、形と味にケチをつけられ倒したんだぞ。
んで、やな客だな思ってたら、『腕を上げろ、お店のパンはここで買うのが条件だからな。』って定期購入の宣言してったんだぞ?」
「お店の名前は……花畑?」
「『リンデル村の花畑』だ。」
……そっか。今度のは……。
皆で見て、触れる花畑なんだね……。
「やっぱ知ってるじゃ無いか!」
知らず上がった口の端。それをカイに見咎められた。
彼が、半眼になっていく。
「良かったじゃない。あたしのおかげで、パンがたくさん売れるんでしょ?」
慌ててというよりは、半ば開き直る感じに返す。
けれど、彼の表情は変わらず、ジト目のまま。
「いや、お前な。
市場の人気店に並んで、俺のパンが並ぶんだぞ?
市場の店ですら無い特別枠だぞ?どんだけ目立つと思うんだ。
凄いプレッシャ―だぞ、お前。」
そこは、手伝いようがなく。自分で頑張って貰うしかない。
彼の視線と指先を、ひらひらっとかわして、代わりに尋ねる。
「新しいお店って、流行りそうかな?」
「お前な!流行りそうだからヤバいって言ってるんじゃないか!」
元気に文句を叩きつける彼は、プレッシャ―にめげてるようには全然見えなかった。
……そりゃそうか。ひとりで村に来て、商売を始めた、凄い男の子なのだ。
「そっかぁ。それはごめん〜。」
翔び上がって、カイの文句をやり過ごす。
ふと見れば、ここからはぼんやりと見えるだけの丘。
それは、まだ登り始めたばかりの光が行きつく彼方。
あたしは――
心に沸いた感覚を捉える前に、悪戯に撫で来た風。
翅で受けて、ふわっと乗せて、空を揺蕩う。
届かない輝きが照らし出す、遥かな先を思いながら。




