16. 降り来た雫と、雨の日の花のはなし
草原の真っ只中で、傘もないまま雨に遭遇したスフレの話。
妖精スフレと魔法使いレイジの、少し甘い日常のひとコマ。毎回独立、一話完結の掌編。
※イラストは AI生成(ChatGPT)です。
「うっひゃー。降ってきたぁ。」
呟いたのは、草原のど真ん中。
買って出ていたお使い帰り、村から家に戻る途中の道だった。
ぽつり、ぽつりと垂れてた雨粒は、いつしか間が繋がって。天気はもやもや曇りから、はっきりしっかり雨へと変わる。
雲には、気づいていたのだけれど。
降らないでー、という願いは虚しくこだまする。
髪に触れ、揺れるリボンを手で直す。
村で貰った紫の、つるつる綺麗な布紐で、せっかく可愛く結べたのにーって。
無愛想で、灰色な雲に口を尖らせる。
出かけにチラ見の閉じてる傘が、心に引っかかって揺れている。
うっかり置いてきちゃったから、開いて大きくできるのは記憶と心の中ばかり。
村のおじちゃんにも警邏のウマの人にも、注意はされて、大丈夫って答えたのに。
あたしの髪と身体に、雫が宿って伝ってく。
翠色リボンを着けてれば、風の守りがあったのに。濡れずに翔ぶこと出来たのに。
……今日は、お出かけ気分だったから。
朝に試しにちょっとだけって、鏡の前で紫リボンを試していたら、何だか楽しくなっちゃって。
夢中なってたら、うっかりレイジに見つかって。
……すごく、可愛いって言われたから。
見つめて、褒めて貰えたから。
それで。そういう気分になっちゃって……。
そのまま、一度も解かずに。来ちゃってた。
雨かぁ……。
レイジの仕事もそろそろ終わり、だったのに。
出かける約束、したかったのに。
行くも戻るも何もない、草原の真っ只中で。
濡れて浸って、急ぐ理由も溶け消えて、翅も湿って鈍くなる。
ぽつぽつと当たる雫は増えゆくばかり。
手で覆う、髪のリボンもじっとり重くなる。
雨宿り、できないかな……。
なんてみまわすけれど。
見渡す高さに何にもなくて、ただただ草が広がるばかり。
……贅沢なんて、言わないけれど。
やっぱりほんのちょっぴり期待して、遠くの道に黒いカタチを探してしまう。
「はぁ……。」
息を吐いた口にも、とびこんでくる雨粒が。
傘がない。
それだけでもう……すっごい無力感。
手を翳して見上げても、雫は容易にすり抜けて。睨むなよと、言わんばかりに目に当たる。
翅にあたって散る雫。
気になるけども、防げない。
縛って左右に垂らした髪が、しなっと萎れて縮んでく。
リボンも濡れて滑って緩んでく。
少しおしゃれなワンピースの服の上、だんだん広がっていく濃い色も。
降りゆく雫に、どんどん周りも変わってく。
跳ねる雫に揺れる葉に……、地面もすっかり雫の流れで覆われて、所々に見え出した、穴のような水たまり。
水面が、空の模様を広がる波紋で映し出す。
大きな葉を摘み、伸ばして空へと突き上げた。
だけど葉っぱの付け根を掴んでも、うまく傘のようにはならなくて。
雫は手や腕を伝ってく。
添えた手に、じっとり湿って絡んでく。
足先も、垂れた髪の先からも、大きな粒がぽたぽた落ちる。
あたしの先に集まって、まあるくなって零れてく。
「ぅわっと……!」
解けたリボンが葉に絡み、掴んだ拍子に一回転。うっかりしっかり姿勢を崩し……。
ぱちゃんと、地面の水たまり。
持っていた傘の代わりのでかい葉も、ひらひら宙を舞っていく。
仰向けの視界に映る、分厚い雲と雫たち。
髪は、浸かった水たまりに広がって。
解けたリボンも泥まみれ。
張り付く布に身を捩る。
服だってもう、ぐっしょり湿ってる。
……期待の予定も、リボンなおしゃれも、水に流れて解けていけば。
もうこれ以下は、なにもない。
泥に塗れて大の字で。
傘もささずに濡れたまま。
降りくる粒を眺めれば。
――なんかもう。
むしろ、気楽になっていく。
雨の草原、空は見渡す限りあたしだけ。
ぴちゃぴちゃと雨音だけが響いてく。
ぽちゃん、ぽちょんと雫の音に。
遠くに聞こえる蛙の声。
濡れるに任せて、聞き入れば。
水溜りだって、悪くない。
開き直って、鼻歌を。
視界には、固く厚ぼったい雲の群れ。
雲とあたしの間には、数えきれない雫があって。
ぐしょ濡れの、あたしに溶けていく。
服も身体もずぶ濡れで、髪は縮れて広がって、モップみたいになりながら……。
もう、慌てることなんてなく。
ゆっくり、ふわりと翔び上がり。
翅で余った雫を舞い散らし。
手を広げ、大きくすいっと翔んでみる。
降りゆく雨の粒を突っ切って。
伸ばした指先と翅と、解けて長く伸びた髪。
そして、真ん中で握ったリボン。
宿しきれない雫のかけらが、先から溢れて散っていく。はためき、ゆらめき、吹き散って、だんだん泥も落ちていく。
左右になんて弧を描いて。
尽きなく宿って離れてく、空の雫を弄ぶ。
髪も服も雫のかけらが浮かんでる。
貼り付き、乱れて、どうみても。まるっきりに最低なのに。
なぜか、気分は悪くない。
さぁっと、風と雨の音。
ずぶ濡れのあたしは手を広げ。
雫よりもゆっくりと、宙をまわってる。
目を閉じて。
降りくる不思議に揺蕩って。
宙を舞う、粒のひとつとなって。
雫の紡ぐ音と、風の流れを味わって。
あたしだけの空の下、無数の雫を抱きとめる。
◇◆◇◆
ふと見ると、ぬかるんでいる道の先、雫に紛れて黒色の、微かな揺れが……、瞳に映った気がした。
……でもたぶん、見間違い。
約束だって、してないし。
目を閉じて。
深呼吸して、言い聞かせるのに。
どきっと跳ねて、じっと出来ない翅と胸。
耳までも、静かになって聞こうとしてる。
ちゃぷちゃぷと。慣れたリズムが響いてる。期待が先に飛び出して、音より先に見つけてしまう。
雫では誤魔化しきれない熱いのが、じりじり奥を焦がしだす。
……もう、観念するしか無くて。
膨らんだ気持ちに押されて、瞼を開ける。
遠くに目を凝らしたら……。
道の奥、やってきてたのはーー。
ーー雨の日だけに咲く、黒い花。
微かに、確かに、揺れながら、あたしのことを呼んでいた。
濡れない花弁に、その揺れに。
心がそわっと動きだす。
頬も緩んで、ふうっ、と吐息も漏れていく。
地味色で、飾り気も何にもなくて。
花弁も下向きなんだけど。
そっと迎えに来てくれた優しいかたち。
濡れ翅も、揺れて余計に羽ばたいて。
……ちょっと。遅かったかもだけど。
へたってなった髪からも、べっとり張り付く服からも、ぽたぽた雫が垂れ落ちる。
あたしとしては……、あたしだけなら。
このままで、雫のひとつになっちゃってたって、いいのだけれど……。
胸をだんだん占めてくものに、手を添える。
してなかった約束が、向こうの方からあたしを探しに来ちゃっているし。
……だったら。ちゃんと応えないといけないよね。
大きな大きな布を作り出す。
頭も髪も覆えるような大きさの、無地でハンカチみたいな薄い布。
タネも仕掛けもある技で。
これは服にしていた魔法銀。
何にでもなる金属を解いて魔力で広げてく。
けどカサはちょっと足りなさ過ぎて……。
色は抜けるし肩は丸出し。布から服まで、全てがまるで薄いヴェールのようだけど。
透けたのは、フリルを増やして誤魔化して。
髪は軽く絞って、リボンで縛って巻いて、束ねてく。
濡れ髪も、滴る身体も、纏ったフリルのかたまりも。すぽっと被った薄衣の、中にひっそり覆われて。
◆◇◆◇
(挿絵: 雨中の白い花な気分のスフレ(使用ツ―ル:ChatGPT Image Generation))
◆◇◆◇
かたちだけでも、白い花。
灰色ばかりの空のなか、ひとつ浮かんだ違う色。
仰ぎ見れば。
まだまだ全然、止まぬ雨。
降りゆく雫はヴェールの上にも、宿ってく。
……願いは、ちゃんと通じたけれど。
素知らぬ顔の、どんより雲に微笑んで。
ふわふわひらっと宙を舞う。
雨の雫を彩りに。
黒い花の切先に、倣って背筋を伸ばしつつ。
雫に押され、あたしはゆらりと翔んでいく。
きっと待ってるその彼の、傍に並んで咲くために。




