13. ちょうちょを追って、くるくるしちゃうはなし
雰囲気重視の掌編シリーズ。
毎回ひとつの独立したエピソード。どの話からでも、サクッと読めます。
シーン単品で、結末がない場合もあります。
基本、妖精スフレと魔法使いレイジの、少し甘い日常のひとコマです。
※挿絵は、AIイラストです。(使用ツール:ChatGPT Image Generation)
(挿絵: 網をかけられたスフレ(使用ツ―ル:ChatGPT Image Generation))
◆◇◆◇
「ちぇっ、ハズレだー。」
突然、薄暗くなった世界。
被さって来たのが網である事がわかるのと同時ぐらいに降って来た声がソレだった。
「ハズレじゃない!失礼な……。」
文句を言いながら、あたしは身を起こす。
久々に、ひとりで日向ぼっこに来た草原。
ヒトの村の近くの、獣や魔物のいない、特に危険のない一角。
そこで花にもたれて寝ていたら、ばさりと虫取り網が被さってきたのだ。
網を持っているのは、小さなヒトの男の子。
網の中には、あたしだけ。
さっきまで周囲をひらひらしてた蝶は、逃げてったみたい。
安全な、レイジの家に慣れすぎたかも……。
警戒心という点では、ダメダメなことを自覚しつつ、ふああ、ともう一度あくびする。
男の子の格好を改めて見れば。
ツバの広い帽子に、丈の長いシャツにズボン、肩から下げた虫籠。
虫取りあそびかな……?
籠の中は空だから、どうやらあたしは獲物第一号みたい。
……大物、とれてよかったねー。
なかば、他人事のように思いながら、虫籠ならもう一眠りしてもいいかなぁなんて思ってたら……。
「いらない。いっていいよ?」
ばさっ、と惜しげもなく網が外された。
「えっと……、ねぇ、あたし。結構、大物だと思うんだけど……?」
自分でムシと比べるのはどうかと思うものの。
少なくとも、妖精の成体のあたしは、その辺によくいるムシの数倍の大きさはある。
周りをひらひら飛んでた奴らに、速度も体躯も負ける点なんて一切ない。
……網は、油断してただけだってば。
「だって、欲しいのはちょうちょだもの。
お前の翅は、色も粉もないし、小さいし、ひらひらじゃないから可愛くない。
偽物の蝶だ。」
「……聞き捨てならないんだけど?」
可愛い顔で、しれっと苛烈な全否定をかましてくれる彼。
子供の言うこととはいえ、思わず半眼になる。
「だって本物のちょうちょは、お喋りしないんだよ?」
……そりゃあ、そうでしょうけど。
未練もなく立ち去ろうとする男の子
別に、気にせず寝なおしたらいいだけ、冷静に考えればそうなんだけど……。
「待ちなさい。ついてく。
せっかく捕まえられたんだし。
……あのね。あたし、蝶よりずっと価値があるんだからね!」
飛び起きて、男の子の周囲をぐるっと一回りした。
やっぱり若い、と言うか幼い、5歳くらいだろうか。
「ムシを集めてるのは何で?」
「虫じゃない、ちょうちょだよ。
僕もね……いいのを捕まえるんだ。」
ばさばさ網を振りながら、男の子は答えた。
新しい網と虫籠。いかにも初心者な雰囲気。
「大きいのを捕まえるの?」
「大きさだけじゃないよ。綺麗でなくちゃ。」
……あたしダメなの、ますます遺憾しか無いんだけど。
「偽ちょうちょはーー」
「スフレ。それがあたしの名前。だからそれで呼んでよ。」
顔の前に移動して、鼻先に指を……ぶつけかけて掌でタッチする。
イマイチ格好がつかない。子供って、動き回るんだもの。
「僕は、リディオ。
……スフレさ。なんで着いて来るの?
暇なの……?」
「うぐ……。」
初めてちゃんと向いた瞳で尋ねられた質問がソレ。
純粋な疑問のつもりなんだろうけど……。
思わず、視線が宙に泳いでしまう。
いや、今日はさ。レイジもいないし、特になーんにも用事はないし。
家の掃除とか片付けとか、しなくても、ね……。
「……ちょうちょ捕まえるんだから、邪魔しないでよ?」
返答を考えているうちに、すたすたと先に行かれた。
「ちょっと!まちなさいよー!」
それを、慌てて追いかける。
もー、ほんとにこのままじゃ全く格好つかないってば。
◇◆◇◆
虫を捕まえる。それは単純そうでいて……。
「あー、あっち、あそこの花の上!
違う違う、もっと奥….…!
あー、逃げられたぁ……!」
「スフレ、うるさい。」
意外と、上手くいかない。
ひらひらと逃げる蝶を見送ること、既に数回だった。
見つけるところまでは、あたしが誘導するんだけど。
それ以降が、全然上手くいかない。
リディオの目線とあたしの目線の高さが違いすぎてるみたい。
上から見れば簡単なのにー!
……だったら、あたしが捕まえろって?
それは出来るんだけど……、そんなのズルって受け取り拒否された。
至極真っ当な意見すぎて何もいえない。
そんなこんなで、彼のサポートに回ってたわけだけど。
「ちょうちょ、スフレみたいに捕まらない……。」
「あたしが鈍臭いみたいに言わないでよ。
網を振る速さが遅いんだってば。あと動きが直線的。」
「スフレが騒がしいんだよ。だからちょうちょ逃げちゃう。
場所だけ示して、後は黙ってて。」
むむむ。そんなにいうならお手並み拝見と行こうじゃ無いの。
言われた通り、次の蝶は見つけるだけで、黙ってその上で合図する。
ばさっと網が降ってくるけど、
案の定、遅い。
ひらひらと逃げる蝶に合わせて空中を移動。
そうしてたら、がむしゃらに振られた網に絡み取られた。
「また、スフレだけ……、ハズレー!」
「ハズレじゃ無いから!振り回しすぎなの!
そんなんじゃ、何も捕まえられないよ!」
絡まった網から脱出しながら、文句を呟く。
そしたら、リディオは不思議そうな顔。
「スフレは捕まってるよ?」
「だーかーらー!普段は!蝶みたいなおっそい速度で翔ばないから!」
ただ風圧で押されて逃げれる彼らと一緒にしないで欲しいところ。
「僕だけ、まだなんにも捕まえられてない……。」
「あたしをカウントに入れなさいよ!」
そして、何だかこんなところで、泣き出しそうなリディオ。
彼目線で高い草に囲まれてるし、孤独感を刺激したのかも。
「……あー、もう。」
世話の焼ける、という一言は飲み込んで。
ひゅっと上空に上がって、高い草の群生の向こうを覗く。
「あっちの野原の方に、大きな蝶いっぱいいるよ。
こんなとこよりそっちの方が捕まえやすいんだから。」
「……スフレみたいに……?」
比較基準、なぜあたし!?とは思ったけど。
泣きそうな小さい男の子相手に突っ込むわけにもいかず、ぐっと我慢。
代わりに、彼の帽子を奪って先導する。
「はいはい、行くんだから!ちゃんとついて来なさいよ!」
◇◆◇◆
開けた眺めの風にそよぐ草原は、リディオの機嫌をなおすには充分だった。
ムシ取りは、途中からただの遊びになっていき。
ひらひらと蝶を追いかけたり、昼寝したり、風で飛んだ帽子を探したり。
ひとしきり遊んだ後に、大きな切り株に座って休憩。
あたしは、上空をふよふよ漂う。
そうしたら、同じように網とカゴを持った男の子が近づいて来た。
似たような年だけど、身体はリディオよりちょっと大きいかな。
上から、眺めて思う。
「ダニー?」
「あれ?リディオじゃないか。なんか捕まえたのか?」
ダニーと呼ばれた男の子の方は、日焼けしてもっと草の種や泥ハネも多くて、なんか活動的というか歴戦感がある。
リディオは……、あの子を苦手にしてるのかな……?
やや身体を縮めた気がする。
……リディオの虫籠がいまだに空だってあたりも関係してるかも。
それと比べると、おっきな方の男の子の虫籠は、何やら動くものが入ってるのがわかる。
「見せ合いっこしようぜ。」
「……えぇ、いいよ、やらないよ……。」
リディオは完全に及び腰。
……仕方ないなぁ。
上からさっと、狙いを定めて降下する。
「いいから、いくぜ!せーの!」
有無を言わせぬ迫力に呑まれたか、リディオも仕方なく虫籠を前に出した。
「なんだそれ?でかい蝶……?」
ダニーくんの声で、リディオがあたしを見る。
虫籠の中。さっき全力で近づいて、こっそり中に入ったのだ。
魔力を翅に込めて、無駄にキラキラの光を溢れさせてみる。
喋るのはダメっぽかったから、黙ったまま。
目を見開いてる彼にだけ見えるように、ウインクを送る。
ちなみにダニーくんのカゴに入ってたのは、大きな黄色い蝶。
翅の大きさなら、あたしを超えてるかも。
狭い虫籠のなかを、煌めく粒子でいっぱいにして、でかい蝶に負けじとアピールする。
「……なんかキラキラしてるけど、それ蝶じゃないだろ。
なんか変なムシだから、俺の勝ち!」
だめかー。あたし、ムシじゃ無いからねぇ……。
苦笑いをリディオに向ける。
ほんとに……今日は、格好がつかないなぁ。
リディオは、勝敗をハッキリ言われて、泣きそうになっていた。
「……まぁ、でも……。ソレ、蝶じゃ無いからな……。」
背中の震えで雰囲気を感じ取ったのか、ダニーくんは少し困った顔で言った。
思ったより、いい子なのかもしれない……。
ーーなんて思ってたあたしの前に、別の虫籠がどんと出て来た。
「じゃあさ、虫バトルさせようぜ。
そんなに光るなら、強いかもしれないだろ?」
ーーえ!!?
すごく、やな予感で背筋がゾワゾワする。
「同じ虫かごに入れてさ。睨めっこで逃げたら負け。
じゃ、さっき捕まえたデカ蜘蛛からな!
そっちにいれるぞ!」
子供の手に掴まれて、
わさわさと、いっぱいの脚をばたつかせる蜘蛛が、黒くて目がいっぱいなのがーー
……目の、前に…………。
ぱたぱたしてた翅が止まって、だらっと垂れ下がる……。
「勝負だーー!」
ーーっ……!!
……ええとその。結果だけをいえば、
あたしは、最弱のムシの称号をほしいままにした……。
だって!ムシ!キモいムシ!
蜘蛛もムカデも、大ミミズも、ぜーんぶ
苦手なんだものーーーー!!!!
◇◆◇◆
夕方、暮れかけの陽の中をリディオは歩いてた。
ダニーくんは、門限があるとか言って、さっき先に走って行った。
リディオとダニーくんは、友達になったのだろうか?知らないけど仲を深めてたのは確か。
虫バトルとやらで、あたしがあまりに弱かったので……。
ダニーくんが、リディオにムシの捕まえ方を教えてた。
あたし……?
トラウマを刺激され、ぐったりしてリディオの虫籠の中。
ゆらゆら揺れる籠の中から、最低限、彼が迷子にならない程度に声をかけてたくらい。
たくさんの苦手なムシを直視したダメージは、なかなか癒えない。
夕暮れの光景。目指す先の村は茜色の光で眩いばかり。
茜色の光に飲み込まれて、草木も建物も、あたし達もみんな同じ色になる。
……あー、そろそろ戻らないと。
なんか今日、あたし、全然いいところ見せられなかったなぁ……。
そう思いながら、身を起こした時だった。
「……スフレ。キミは、最高のちょうちょだよ。」
不意にかけられた声。
虚をつかれて……、一瞬目を見開く。
けれど眩いオレンジ色の光に解かされ、ふっと宿った微笑みだけが残る。
「……ありがと。」
いろいろ思いが巡ったはずだけど。それも混ざって見えなくなる。
歩みに合わせて揺れる、大きく伸びた影。
この時だけは、あたしの翅もリディオの足も、蝶にも大人にも届く、長い長い形に。
何にも変わらない、いやひょっとしたら普段よりも調子が悪かった日なのに。
1日の終わりの色は、過ぎ去った全てを包んで。
あたしも彼も、ひとまわり大きくなった気分だった。




