12.おばあちゃんと、ひとりだけを見つめる水晶玉のはなし
雰囲気重視の掌編シリーズ。
毎回ひとつの独立したエピソード。どの話からでも、サクッと読めます。
シーン単品で、結末がない場合もあります。
基本、妖精スフレと魔法使いレイジの、少し甘い日常のひとコマです。
※挿絵は、AIイラストです。(使用ツール:ChatGPT Image Generation)
(挿絵: 水晶玉を覗くスフレ(使用ツ―ル:ChatGPT Image Generation))
◆◇◆◇
「翅虫、おるか?」
「いるよ。聞こえてるから大丈夫。」
何度目かの質問に、同じ答えを返す。
ここは薬と、それから少しだけ未来の匂いを漂わせたところ。
薬屋と医者と、占い屋を混ぜたみたいな、とても変わったお店だった。
あたしは今日、そこで臨時の店員をしてる。
けれど今はただ、店主たるおばあちゃんの後ろを、ふよふよ漂ってるだけ。
……何をしてるのか、って?
指示待ち。
お仕事内容は、腰を痛めて置物になってるおばあちゃんのお手伝い。
彼女の担当は、水晶玉での占いと薬の調合で、ほかの全てはあたしが担当だった。
ちなみにこういう薬の知識は自信ない。もちろん占いなんて、全くもって専門外。
……こんなんで務まるのか。不安しかない。
ふぅ……。と息を吐く。
実際、さっきひとりお客さんは来たけれど。
慣れないし、まごつくし、対応は大変。
下を向くと、視界の隅にまるい輝き。
それは、おばあちゃんの水晶玉。
大事に布に包まれたまま、異彩を放ってる。
店が暗いのもあって、宿した光は一際……余計に目立ってた。
……すごく気になるのだけれども。
あの水晶玉は、とても大事なものらしく。覗く程度はともかく、触らせては貰えなかった。
一緒にいた女の子も使えないって言ってたし。完全におばあちゃんしか使えない、専用の道具みたい。
――で。あたしの仕事の方は……。
幸い、主なのは薬の材料を棚から出すこと。
それは軽くて小さいから、なんとかなるのだけど。
……おばあちゃんの、指示がね。
こうなったのは、おばあちゃんの占い結果。ご指名によるもので。
きっかけは、一緒に村に来たレイジと別行動を始めた、ついさっきのことなんだけど……。
◇◆◇◆
ふらふらーっと、翔んで入った路地の裏。
表に出してあった看板から、お店かなと思って進んだ先には、狭く薄暗い簡素な建物。
中を覗いてみたら……。
そこには、おばあちゃんと若い女の子。
もちろん両方ともにヒト。
おばあちゃんが受付台の奥に座ってて、その後ろにはでかい棚と、女の子。
そして受付台には、なぜか水晶玉。
「おばあちゃん、やっぱ分かんないから。」
「おかしいのぅ。今日は良い助っ人が来ると、占いに出てたんじゃがの。」
「おばあちゃんの占い、たまに外れるからそれじゃ無いの……?」
「そんな事は無い。今占ってもそう出るはずじゃからの……。」
お客のいないお店。見回しても、店の中にいるのはこの2人だけだった。
おばあちゃんの方は、水晶玉のまえで、むにゃむにゃ言ってる。
……占いのお店かぁ。
冷やかしに来ただけだから用事はないかなって、踵を返そうとした時だった。
「むむ、出た。近いな。すぐそこじゃ。
美しく聡明な娘じゃ。長く綺麗な髪と……。靴も、服も着ておらん……?」
「おばあちゃん、それじゃおかしな人じゃない……?」
え―っと……。
まさかぁと思いながら。その言葉に、翅がぴくっと揺れる。
「おかしいのぅ……。」
「他には……?」
「身の丈に合わぬ彼氏持ち、だが仲は良好、住んどるのは檻……?」
「……ますます、ほんとーに、大丈夫なの?それ?」
「ちゃんと愛し合ってはいるみたいじゃぞ。彼の証も常に抱いていて、昨日の夜なんぞは……ううむ……。そして、年齢は……ひゃ――」
「こ、こんにちはぁー!!」
遮って声を張り上げる。
それ以上は、黙って聞いてられなかった。
ふたりともびっくりしてあたしの方を向く。
「あたたた……」
驚いたついでに、おばあちゃんの方は呻いて女の子に介抱されてた。
「おばあちゃん、お客さん。しかも妖精。
……どうするの?」
おばあちゃんは助け起こされながらも、くわっと目を見開いた。
「……いや、いや!彼女は客では無い……!
……助っ人じゃ…!」
◇◆◇◆
……というわけで。
なんだか孫娘らしい女の子に、仕事を譲られてしまったわけだけど。
「翅虫、今何時だ?」
「10時だよ。お昼ごろにはあたし帰るからね。
あと、その呼び方嫌だってば。」
既に何度か、呼び名を変えてとお願いしてるんだけど。
おばあちゃんは聞こえてないのか知らん顔。
「そろそろ、来おるな……。」
言い終わるか終わらないかのうちに、1人のお爺さんがやって来た。
「こんにちは、リラちゃん。
ゆうべから、体調が怪しくてな。
すまんが見てくれるか?」
そして、受付台に銅貨をじゃらっと置いた。
「……はいよ。」
言うが早いか、受付の前の椅子に座った彼を、おばあちゃんが水晶玉に映す。
「……あぁ、今夜には崩れるね。熱が出る。
翅虫、あの引き出しと、そっちから、材料を出しとくれ……。」
「ほぉ、珍しい。今日は、カルラじゃなく妖精が手伝いか……。」
……という感じに。
占い師兼薬士のおばあちゃんが、なんだか未来の体調を予測して薬を調合してた。
で、問題は……。
「……いや、そっちじゃない、あっち。
違う違う、向こうじゃ。」
万事、指示が、この調子だということ……!
分かれって?
無理が、あるから……!
声を頼りになんとか探し当てて渡すと、おばあちゃんは手早く調合を済ませ、お爺さんに手渡した。
「……はっはっは、苦労しとるようじゃの。
ほれ、菓子をやろう。」
お爺ちゃんが、帰り際にクッキ―をくれた。
もぐもぐしながらおばあちゃんの前に翔ぶ。
「ねぇ、指示なんだけど。
もっとわかりやすくできない……?」
レイジなら甘くなってくれそうな、必殺の上目遣い。
………でも、おばあちゃんには効果なし。
同性だから当たり前か。
「無理じゃのう。
わしも水晶をみて占ってるだけじゃ。
ぼんやりと、これだとわかる程度でな。」
「えぇ……?」
そんな調合で、大丈夫なのかなぁ……。
「手伝いも、お前がいいと出ていたが。
それもはっきりわかったわけじゃない。
現に、翅虫が来るまで、手伝いは孫娘の事だと思っておったくらいじゃ。」
……ええ?それじゃ、本当に適切なのは、あたしじゃない可能性すらあるじゃん。
空中でガックリきてたら、ちょうど視界に光る玉が映った。
「……そういうのさ。
アレを覗けば、分かるの……?」
「水晶に気に入られたものならば、じゃ。
誰でもは使えん。
占うのも、具体的に、できるだけ近くにすることじゃ。でなけりゃ当たらん。」
「……ふ―ん。」
精霊にお願いする魔法、みたいなものかなぁ……。
光る、まるい水晶を眺める。
あたし、精霊系のは……あんまり得意じゃないんだよね。
「――おぅ、やってる?診てくれな。」
お次は、さっきと違うおじいちゃん。
フレンドリーに挨拶しながら、椅子にどかっと座った。
「あたた……」
その途端に、腰をさらに曲げて呻く。
「3日前から腰をいわしてな……。
なかなか治らん。」
さっきのお客と同様、台に銅貨を積んだ。
「そうさな……。」
同じように、水晶に映すおばあちゃん。
ほぼ、さっきと同じ流れ。
「翅虫、あっちとむこう、そして手前じゃ。」
わ、か、る、か!
……と思いつつ、ふと思い立って水晶玉を覗いてみる。
確か、出来るだけ具体的に。近い場所と時間……だっけ?
……う―ん、と。
水晶に映った、人の像。
人には難しいレベルの精緻さで、魔力的な動きをみたけれど……。
……やっぱり、何にも感じない。
ただ、おじいさんが映ってるだけ。
ぐるっと一周回って――
「……翅虫、はやく。」
大写しになったおばあちゃんに、水晶越しに言われてびくっ、となる。
「――は、はいっ!」
脅かしに満足したみたいに、遠ざかるおばあちゃん。
小さくなるその姿が、何故か水晶の中に波紋みたいに滲んだ、気がして――。
…………。
瞬きひとつしなかったのに、いつのまにか滲んだ輪郭はどこにもなく。
そして、いまだ瞳に残る幻影に、重なるように棚が映った。
……これと、あれと。それかな……?
感じたままに、引き出しを開けて中身を取り出していく。
「おっと……こんどは……。
だいたい合ってるね。翅虫や。」
おばあちゃんは渡されたものを確かめながら、にやりと笑ってつぶやいた。
やったのは、何となくの当てずっぽう。
だけど的中率は、悪くなかったみたい。
ふぅ、と息を吐く。
こういうの、魔法の師匠を思い出すなぁ……。
「はいよ、翅虫。
次の客だ。準備しな。」
そして、休んでる間もなく。
あとの1時間はひっきりなしに客が訪れた。
◇◆◇◆
「おつかれさま。」
お客さんの一団が過ぎ去った後に、漸く女の子が帰ってきた。
そして、奥に積んでた今日の売り上げの銅貨の中から、5枚ほどを選んで……。
渡そうとしたけど、あたしが持てないから、布の切れ端にくるんでくれた。
しかし、計ったみたいな帰宅タイミング。
……いや、実際、路地裏の店なことを考えると、並んでたのが見えないはずもないし。
本当にお客さんが居なくなるのを見計らっていたのかも。
「……どうだった?」
「なかなか、スジが良い。」
女の子が聞いたのは、あたしにだったけど。
答えたのはおばあちゃんだった。
「へぇ……。」
女の子が、不思議そうにあたしを見つめる。
珍しいことなのかもしれない。
「そういえば……、なんで自分の腰は治さないの……?」
尋ねたら、2人して肩をすくめた。
「そりゃお前、水晶に映して見れないからだよ。」
「私は占いのセンスは、これっぽっちも継いでないの。」
なるほど……それで……。
思いながら、水晶玉を覗いて……女の子を透かし見る。
………………。
やっぱり、何にも見えないし、感じない。
おばあちゃんのほうは……。
――覗くと、水晶玉は、また。
幻視のうちに不思議な紋様を描いた。
「え―っと、これと、それと、こっち。」
引き戸から、いくつかの薬の材料を取り出して並べる。
「分量は分かんないから、あとよろしく。」
「占えるの……?」
女の子が聞いてきたので、ひらひらと手を振って否定。
「無理無理。
水晶のざわめきが、なんとなく分かるだけ。
……その子、おばあちゃんが大好きなんじゃないかな?」
そして、水晶とおばあちゃんの方を向く。
「ずっと一緒で、凄く大事にしてたでしょ?
ソレ、徹頭徹尾、あなたしか見てないよ。
そんなの、おばあちゃんにしか使えないんだから。」
告げると、ふたりは暫く顔を見合わせた。
そして、次第に女の子の方は表情が緩んで、おばあちゃんに優しく微笑みかけていた。
「翅虫……、ありがとう。
わしらにはモノの声は、よく聞こえんでな。」
なんだかしんみりした声だった。
「……あれ?おばあちゃん。
じゃあそれ、新しいのだったら、ひょっとして私も……?」
「さぁてな?
お前は、真面目に修行しとらんしの。」
「――ばあちゃん!やってるー?」
お客も飛び込んできたし、なんだか取り込み中になり出したので。
この辺で、手を振って。
くるりと2人の周りを翔んでから店を出る。
「ああ、翅虫や。
ちょい高く翔んどけ。出て右じゃ。
……またな。」
また寄ることなんてあるかなぁ?
そんなことを思いながら、礼だけ述べて、高度を上げて――
「うわっ!」
「ん――っ」
路地から出た瞬間にレイジと鉢合わせした。
ちょうど助言の通り、高く上がろうとしたところで。
横を向いた顔にレイジの顔がぶつかって――
…………っ。
ぶつかったところを、両手のひらで押さえる。
翅が……動きすぎて、姿勢が安定しない。
「おっと、ぶつかって悪かった。
良かった、もう帰るから探してたんだ。」
レイジの顔が、あたしの方に。
柔らかなそれが……、意識しちゃうと……。
「……どうした?口を押さえて……?」
「――っ、なんでも、なんでもないったら!」
真っ赤な顔と耳を、ぷいっと逸らした。
――感覚は、ふわふわで、もやもやで……。
そして、ふらふらなあたしは、レイジの肩へと降り立って座る。
彼に近いけど見えない、絶好の死角に。
赤くなった顔を隠し、翅を休めて、足をぶらぶらさせながら。
路地の先、出来始めた行列の向こうへ、ちらりと視線を巡らせれば……。
見えたのは、入り口の看板の「恋の悩みも承り中」なんて書かれた文字。
……そして、見えるはずのない路地の奥に。
きらりと丸い光を幻視した。




