生存の条件
「んじゃ、少し休憩したらまた再開だ」
食事が終わり、カルムはそう告げた。
「…」
「おいおい、そんな顔すんなよ」
気が重い。だがカルムが言っていた事はあまりにも正しかった。
仮にもし、それこそさっきのエヴァンの言っていた軍役に着いていた人間と対峙したら。その人間が殺す事に躊躇いが無ければ。そして僕が躊躇いを見せたら。
「隊長」
「ん?」
「今の状態で僕は生き残れますか」
「厳しいな」
カルムは即答した。
「とにかく、躊躇うな。それだけで生き残れる可能性が高くなる」
「…はい」
僕は少しずつ覚悟を決めていた。
「…生きたら勝ち、死んだら負け」
30分ぐらい経っただろうか。僕達はまた中庭に移動していた。
カコンカコンと木のぶつかる音も聞こえる。彼等もまた、覚悟が決まったのだろうか。それとも恐怖によるものだろうか。理由は分からないが、殴られている様子は無かった。
カルムは指輪を僕の腕輪に当てる。
「さて、今一度確認するぞ。殺す気で来い」
その一言がカルムのスイッチなのだろうか。刹那、空気が張りつめる。
僕は木刀をしっかりと握った。朝とは違う、しっかりとカルムを見据え。
「りゃあぁ!!」
カルムの頭をめがけ本気で振るった。カルムは軽く頷きながら攻撃を捌く。
「良いぞ。だが」
間髪入れずに横に凪ぐ。カルムは動じる事もなく捌く。
「基本的に鎧を斬るのは難しい。斬るより突き刺すようにしてみろ」
言われた様に胴体めがけ思いきり突きを入れた。
カルムはひらりと身をかわし
「くぉら」
僕の頭に裏拳で拳骨を入れた。
殴られる痛みよりかはマシだが、やはり痛い。
「なんで!?」
言われた通りに突きを入れたのに何故叩かれなくちゃいけないんだ。
「片手で突くな」
カルムは僕の突きが気に入らなかったらしい。
「かわされた時どうする。それに狙いがぶれる。突くときは」
木刀の持ち手の下に手を添え、カルムが体を引いて眼前を突いた。
任侠映画のドスの持ち方によく似ていた。
「かわされたとしても、だ」
突きの体勢から身体を捻り一回転する。そのまま僕のうなじに木刀が触れた。
「はぁ…」
感嘆の声が自然に出ていた。全くもって無駄が無い。
「ほら、続き」
「はい!!」
僕は再度カルムに打ち込んだ。
「はぁ…はぁ…」
赤髪の少女は息を荒げる。
「キア、大丈夫?」
ジルが不安気に確認を取る。
「大丈夫…です」
「…キアさん、結構です。休憩を」
リカルドはこれ以上は無理と判断した。
「でも!!」
「年長者の意見は聞くもんだよ、キア」
キアの横に並んでいた妙齢の女性が諭す。
「…分かりました」
キアは悔しげに球体から手を離す。
「おおよそ30分か…」
「まだ初日です。これから慣らしていけばもっと延びるでしょう」
アルヴィスは気難しい顔をするが、リカルドはキアをフォローした。
「…」
キアにとってはそのフォローが辛かった。
廊下の柱にもたれ掛かるかのようにキアはうずくまっていた。
キア・ノルド
この少女は元居た異世界では、言わば落ちこぼれと言われる存在であった。
魔導士で有りながら、高位魔法と呼ばれる魔法が一切使えない。家庭も大して名門では無く、血が第一と言われる魔法界において両親も恵まれた魔法の才能は持ち合わせていなかった。
それ故か、見下されるのを嫌い、同情や哀れみに対して非常に過敏であった。
代理戦争における魔導士の選定は平等である。
志願者が多ければ抽選を行い、抽選を得たものがこの代理戦争の魔導士として選定される。
魔導士達は、誰もがこの代理戦争に憧れを持っていた。
否、代理戦争の後の処遇にである。高名な魔導士で有ろうと、落ちこぼれと呼ばれる存在だとしても。
例えそれが命を賭ける事だとしても。
「…」
「きーちゃん」
キアは肩を叩かれ振り向く。キアより少し歳上だろう女性が立っていた。
「その呼び方やめてください…ミリアさん」
ミリアと呼ばれた女性が怪訝そうな顔をする。そして何かを思い付いたかのように
「みーちゃんって呼んでも良いのよ?」
笑いながら答えた。
「…馴れ合う気はないんです」
「そんな不機嫌そうにしないでよー」
キアは肩を震わせる。その様子にミリアは失敗した顔を浮かべた。
「…どうせ次の代理戦争で死ぬかもしれないのに!!こんな落ちこぼれ慰めて楽しい!?どうせ足引っ張るって思ってるんでしょ!?」
キアは怒鳴りちらす。ミリアは少し悲しげに笑いながら
「きーちゃんは落ちこぼれじゃないよ」
優しい言葉を掛ける。
「口先だけなら何とでも言えるでしょ!?」
キアは振り払うかの如くミリアの手を払いのけ、立ち去ろうとした。
「おや、使われますか?」
突如現れた声の主はキアの行く手を防ぎ、ミリアにペンを渡す。
「大臣さんこれは…ふふ」
ミリアは少し含み笑いをした。自分のポーチから紙を取りだし
「私ミリア・ウラフォン・シェンタはキア・ノルドを落ちこぼれと思っていません」
そう言うとミリアは紙に円を描いた後に、何かを付け足した。
キアにそれを見せる。
「…」
「ね?」
紙には円の中に三本の曲線が描かれていた。
その曲線は目と口になっていて、笑っているように見える。
「…下手くそ」
涙目のキアは鼻で笑った。
「あはは…絵はからっきしなの」
ミリアもまた、笑顔を見せた。
昼食後の休憩から休まずに木刀を振っていた。何度もカルムに拳骨や張り手を喰らうが、言ってる事は確かだったし、朝とは比べ本気で殴る事はなかった。
僕の打ち込みに躊躇いが無くなってきたのだろうか。
「はぁ…いっ…」
手のひらの豆がいくつか潰れ、グローブには少し血が滲む。
短時間のはずなのに、こんなにも豆が出来るのか。少し感激する。
「休憩兼ねてちょいと問題出すか」
「はぁ…はぁ…えっ?」
カルムが座るように促す。僕は素直に指示に従った。
座ったのを確認したよう、カルムは問題を出す。
「問題。君は相手国の兵士と対峙しました。相手国の兵士は右手に剣を持ち、左手には小さな盾を持っています。そして君も同じ装備です。どうする?」
どうすると言われても困る。
「えっと…盾を前に構えて」
「はい、ぶー」
「えっ」
「正解は地面を切り上げて砂を相手の目に入れて攻撃、盾を投げて怯んだすきに攻撃、相手国の兵士に戦うふりして降参まで生き延びようと提案し、受諾したら不意討ち、後は…」
「ちょ、ちょっと待って!!」
あまりにも卑怯で卑屈な戦法に僕は驚きを隠せなかった。
カルムがかなり戦闘慣れしてるのは、一度も僕の攻撃が当たる事も無かったし、幾度か的確な反撃もしてきた事から良く分かっていた。
言わば僕が憧れを持った異世界の主人公とも言える存在。それが外道染みた戦法を平然と言うなんて。
「まさか卑怯だとか言わないよな」
「えっ」
図星だった。
カルムは呆れた様に息を吐く。
「…死体が喋るのは魔術師の言葉って諺がある」
「死人に口なしじゃ」
聞いたことも無い諺に困惑する。
「ネクロマンサーが平気で喋らせるから産まれた諺だ。まぁ、自分の声だが。それは良い。正々堂々なんざ戦争にあると思うか?」
戦争という行為自体をまず知らない僕にとって、難問であった。しかし、命のやり取りという行為で有ることは間違いない。死体は確かに卑怯者だのは語ることは無いのは事実だ。それはつまり
「…生きたら勝ち、死んだら負け」
「分かってるな。第二問。無事敵兵士を倒した。しかし空から矢が降り注ぐ。盾は投げてもうない。どうする?」
生き延びるには剣で矢を払うのが正解だろうか。
いや違う。そもそも、そんな漫画みたいに払う事は可能と言えるのか。
「…敵兵士の死体で身を守る」
これに関しては少し聴いたことがあった。非人道的だが、恐らくこれが一番最適だろう。
カルムは少し驚くが、笑った。
「おー、花丸だ。お前の事だから剣で払うとか言いそうだったんだが。第三問。敵の弓兵と対峙。距離にして50m。どうする」
近距離対遠距離。明らかに不利な状況。とにかく狙いをはずさせるには…
「ギリギリまで近付いて剣を投げる」
遠距離の武器に対して対策するならこれが正解だろうか。
「馬鹿。ジグザグに不規則に移動して外させ即座に切りかかるのが正解だ。弓兵に対して絶対直線に入るなよ。それとビビるな。近付かれると奴等も相当なプレッシャーがかかる。一本射って外したら後が無いからな」
「もし当たったら?」
「手が動くなら何がなんでも仕留める。命乞いして不意を突く。プライドなんて捨てろ。二本目は確実に死ぬぞ」
カルムは真剣に答えた。
「それと、絶対に競り合いだけはするなよ」
「つば競り合い?」
「ああ。どうしてだか教えてやる」
カルムは木刀を握り目を配らせる。
まだ少し休んでいたいが、ひっぱたかれそうなので渋々立ち上がった。
立ち上がった直後カルムは僕に切りかかる。
「うわっ!?」
僕は反射的に木刀で防御した。
木と木がぶつかった音と共に凄まじい力で後ろに押される。
「…はいここで問題」
「ぐ…ぎ…」
「この状態で俺の後ろから弓兵が現れました。さぁ君はどうなるでしょうか」
現状弓兵にとって今の僕は動かない的である。もはや問題どころでは無く、必然であった。
「正解は?」
カルムが力を緩め僕を解放した。
「致命傷にならなくても殺されて…致命傷だったら死ぬ」
「戦場でサシで戦えると思うな。覚えておけよ」
戦いとは何か崇高な物だと、僕はアニメや漫画で戦う主人公達から学んでいた。火花を散らす剣と剣。絶妙な駆け引き。お互いに譲れない思い。
実際の戦いにそんなものは無い。ルールも法律も。
あるのは正に生か死か、Dead or Aliveそのものだった。




