癒しの魔法とやり直しの昼食
心の何処かで僕は逃げていた。この異世界の、この不条理に。
望んでいたのは数時間前の食堂の景色。戦闘訓練だとしても軽いチャンバラ。むしろ僕は最初からカルムの攻撃全てを見切って、逆に打ち倒していた。
魔法だって一目で魔導書を理解し、魔導師が驚くレベルの威力で魔法を使う。
そもそも戦争は人殺しなんかせずに、例えば身に付けた物が破壊されたらとか…人が傷付かないルールの中で行われて…
そうそう。気の合う友人と、可愛い女の子。それで少しドタバタして、ちょっとエッチな…
何かが倒れる音がした。そして僕の身体に衝撃が走る。
何か?違うよ。これは僕の身体だ。
身体中が痛い。あれ?何でだっけ?
突如頭に冷たい物が掛けられた。水?
「ほら立て」
首根っこを誰かに掴まれる。視界が歪む。
そして僕の手に重いものが渡される。棒?いや木刀だ。
「そうだしっかり持って…ほら」
「…うあ」
そうだ…木刀振って…
カコン
「…昼休憩にするか」
カルムの一言と同時に僕の意識は完全に遠退いた。
「始まりましたね」
リカルドは窓の外を見ながら呟く。
「しかし、あくまでもまだ訓練だ。問題は第一戦を乗りきれるかだが…」
アルヴィスは少し不安げに答える。
「前回はおおよそ半数。前々回も半数。その前はほぼ全滅でしたね」
「中々覚悟が出来ぬものだ。命を奪うという行為はな」
「まぁ、この先その覚悟が無ければ王を殺すなど到底無理ですがねぇ」
「間違いないな」
アルヴィスは何処か寂しげに笑いながら答えた。
「何でこうあんた達兵士ってのは…相手は素人なのよ!?」
誰かが怒鳴る声が聞こえた。聞いたことのある優しい声だった。
「歯は折ってないし骨も折ってない。脳震盪は…まぁ」
「そこまでやったら私があんたをひっぱたいてるわよ!!」
「仕方ないだろ?こうでもしねえと実戦でも躊躇しちまう」
聞き馴染んだ声も聞こえる。気だるそうな声だった。
身体に少し自由がききだすと同時に、不自然な違和感があった。
(確か…訓練で…殴られた。蹴られもした…けど何で)
身体に痛みが全く無かった。目を開けると、そこは外ではなく大きな広間…食堂だった。
「あ、目が覚めた?」
「クロア…さん?」
クロアは両手を僕の前に突きだし、淡いクリーム色の光を発光させていた。
「…魔法?」
「ここのメイド達は皆、治癒魔法は使える。何時からだったかな…そういう」
「カルム隊長」
クロアが制止する。
「おっといけね…何でもない、忘れろ」
カルムは何かを誤魔化したが、僕の耳には目の情報のインパクトが強すぎて何も入ってこなかった。
「もう少し横になってて良いわよ。もうお昼だからお腹すいたでしょ?用意するわ」
よくよく考えたら朝食は食べていない様なものだった。しかし胃が少しムカムカする。
「クロア、胃に優しめのな」
原因の一人は察してくれていた。
「はいはい」
クロアは足早に駆けていく。目で追った先には
「何これ…」
戦場が拡がっていた。
多くのメイド達がしゃがみこんで発光させている。その手の先には数多くの異世界の人間だった。
「死なせない事が俺達の役目だからな」
「だからって…これじゃあ戦争より先に死ぬ!!」
僕は反論した。あんなやり方は流石に酷すぎる。
いくらここの人達が治癒魔法を使えるとは言え、僕は実際痛みを覚えているしカルムが今も怖い。
仮に僕と同じ様に叩きのめされたとしたら、ここに倒れている者達も同じ感情を持つだろう。
「安心しろ。人間そんな柔じゃないし、俺達兵士も急所は外して殴ってる。それにな」
カルムは僕の目をしっかりと見据える。
「最初から殺す気でやるなら俺達はこんなことしない」
「だからって…」
「おーおーカルムちゃん、どうした?喧嘩か?」
後ろを振り返ると大柄な男が立っていた。
「お前は兵科が違うだろエヴァン」
「つれねえなぁ…大丈夫かい?坊や」
「坊っ…僕は成人してるぞ!!」
エヴァンと呼ばれた大柄な男に突っかかる。
「だが、こういうのはまだまだ坊やさ。だからこうやってここにぶっ倒れてたんだろ?」
「ぐっ…」
エヴァンはケタケタ笑う。口喧嘩にすら僕は誰にも勝てそうに無いようだ。
「エヴァン・グロスター。騎兵の隊長やってる。6日間よろしくな、坊や」
「…」
名は名乗らなかった。代わりに右手を差し出す。
「ハハハ、教育はしっかりしてるねぇカルム」
「いちいち覚えてたら身が持たねえよ」
「そうでもないだろ?」
恐らくカルムは僕以前にも誰かの戦闘訓練を担当していたんだろう。隊長と呼ばれるぐらいなら何もおかしくはない。
「お前の所は?」
「どうもこうも。ありゃ根っからの兵士だ」
「兵士?」
僕は疑問視する。いや、あってはいけない。その可能性は。
「…元居た世界で人を殺してたんですか?エヴァンさんの教え子って」
エヴァンは僕の発言を聞くと
「だったら苦労しないんだよなぁ」
と答えた。
「…代理戦争の召集はあくまでも「殺意を持ったことがあるが、殺した事が無い」のが限定だ」
「じゃあ何で?」
「元の世界で軍役に着いてたんだとさ。数年後には出兵するはずだったらしい。覚悟が出来てるから俺も」
刹那、食堂内に悲鳴が響く。悲鳴の中には床に金属を落とした音が含まれていた。
「元気が良いねぇ」
「ま、無理も無いだろ」
目線の先には床を転がる人間と、慌てる様子もなく食事を続ける男が居た。床には食事に使うナイフが転がっている。
「良い判断だ。代理戦争の時にもその感情忘れるなよ」
食事をしている男はそう投げ掛けた。
「何が起きたんです?」
二人に訊ねる。
「腕輪だ」
「…死ぬことは無いけど痛いってのは」
「あれ痛いんだよなぁ…全身を切り刻まれる様な痛みだ。幻痛だけど」
「良かったな。昨日俺が止めて」
昨日カルムが掴みかかる僕を止めなかったら、彼の様になっていたのだろうか。背筋が少し凍る。
「まぁあれ見て変な気起こす奴等は居ないだろ。よくやってくれたな」
そう言うとエヴァンは倒れた男の方に歩いていった。それとすれ違う様にクロアがトレーを手に戻ってくる。
クロアが一瞬止まるが、エヴァンがそれを静止し僕らを指差した。
「お待たせ二人とも」
シチューとパン、それとサラダにウインナーみたいな物が乗っている。
「ごめんね?なんか朝と似たり寄ったりで」
「大丈夫です。むしろこれぐらいが調度良いです」
「朝飯のやり直しだな」
カルムが皮肉を言う。
朝の処刑からまだそんな時間は経っていないのに、僕はあの光景を思い出しても食欲が失せることは無かった。
そして相変わらず料理は絶品だった。
「それにしても、あの子大丈夫かしら」
クロアは転がっていた男を心配する。子という年齢でも無さそうだが。
「ま、エヴァンも言ってたけど周りの奴等も学習しただろ。ガキじゃあるまいし」
「あら、私から見たら皆可愛い子供だけど?隊長さんも」
「あーそうですねクロアおばさま」
クロアとカルムがまた言い争いを始める。妙な既視感があった。
「クロアさん」
「ん?どうしたの?」
「女性に聞くのは失礼だと分かってますけれど…凄くお若く見えますけれど…その」
肝心の一言が出なかった。
「獣人は人間と違って長命だ。年齢聞きたいんだろ?」
カルムは別に気遣う訳でもなく失礼な事をストレートに聞いた。
クロアは少し困った様に
「17歳って事にしておいて」
笑顔で答えた。
カルムはそれを聞いて吹き出し、また言い争いが始まった。
「やり過ぎたかなぁ…」
廊下を二人の男が歩いていた。歩くというよりは一人の男が肩を貸し、一人を引き摺るかのように移動していた。
「…」
「…嫌われるよなぁ」
アルスはそうぼやいた。
訓練とは言いつつも、殴る蹴るの暴行を素人相手に躊躇いなく浴びせたという事実が、ソラの顔に痣となって残っていた。
隊長の所の教え子もこんな感じなんだろうか。生き残らせる為とはいえ他に方法は無いのだろうか。そんな事をぼんやり考えつつ食堂に向かう。
「ん?」
「えっと…あれ?」
一人の少女が右往左往していた。
「お嬢ちゃんどうした?」
アルスは訊ねる。
「えっと実は…きゃあぁぁぁ!!!!!!」
少女が悲鳴をあげる。
「ど、ど、どうしたんですかその人!?」
よくよく考えたら現状、どうしたはそっちのセリフだったかぁ。アルスは感心した。
「あー、いや、訓練」
「とにかく横にしてください!!」
「いやここ廊下」
「早く!!」
少女の気迫に押され、アルスはソラを横に寝かせる。
少女は何かを囁くと同時に手が淡く光だし、その光はソラを包む。
「お嬢ちゃんもしかして…」
「はい。代理戦争志願者の魔導師。シロ・オルステッド・ケノンです」
ソラの傷はかなり早く治っていく。
「専門は回復か」
「それしか出来ないんです」
えへへ、とシロは笑った。
「…天使」
突如ソラが呟く。
「あ、良かった。起きましたか?」
シロが確認を取る。
ソラは飛び上がり
「あの!!その名前聞かせて貰って良い!?」
「えっ!!シロ・オルステッド・ケノンですけど…」
「シロちゃん!!俺ソラって言うんだ!!よろしく!!」
ソラの勢いに終始圧倒されるシロだったが、悪い人ではない様なので警戒する様子は無かった。
「やっと見つけた!!」
突如廊下に声が響く。
「あ!!ジルさん!!」
「全く目離すと…あなた迷子の才能でもあるの?」
「そーいうあんたは方向音痴だろ、ジル」
「げ、アルス」
「やっほ」
アルスが軽く挨拶をするが、ジルは嫌な顔を見せる。
「嫌な奴に捕まったわ」
「ひでえ言いぐさだ」
ジルは本当に嫌そうな声を出す。ふと、ソラの顔を見ると
「あれ?綺麗ね」
不思議そうにまじまじと見詰める。
「あ…えっと…ジルさんもお美しいですよ」
ソラは褒められたと勘違いしていた。
「その子回復が得意分野みたいだな」
ジルの顔が青ざめる。
「見せた?」
「そりゃもうばっちり」
アルスは答える。
「見た?」
「えっ?魔法ですか?見ました」
ソラも答える。
「使った?」
「不味かったですか?」
シロは問い返した。
ジルは大きな溜め息を吐く。
「何も見なかった事にして」
「頼み方がなってないんじゃない?」
ジルは舌打ちをする。
「…何も見なかった事にしてください」
「良いよ。ソラ、何も見なかったよな」
「えっ!?あ、はい…」
「さ!!行くわよ!!」
「あ、それでは。アルスさんにソラさん」
シロは手を振る。
一人は直立不動で、もう一人は本当に名残惜しそうに手を振った。
「あー…ソラ」
「天使…シロちゃんかぁ…」
ソラの耳には何も届いていなかった。




